昨日見た「パルジファル」の感想を付け加える
昨日、二期会の「パルジファル」についての感想を書いた。その後、書き忘れていたこと、後で思いついたことを加える。
グート演出による舞台上の時代は20世紀の前半に設定されている。昨日は、これを「キリスト教が薄れていく時代」と捉えて書いた。それに間違いはないと思っている。
軍事病院の中で激しく痙攣する病兵がいる。あるいは、音楽に耳を傾けてうっとりしている病兵がいる。神が失われ、生きる指針を失ってあがく人々の姿だろう。音楽というのは、崇高な宗教に代わるものなのだから。アムフォルタスがエロスに負けて聖槍を奪われ、モンサルヴァットは信仰を弱めていた。そうした台本上の状況と、ニーチェやワーグナーの時代に続く「神の死」の時代を重ね合わせている。
昨日書き忘れたのは、国民が絶対的なものを求めた結果、出現したのが、ナチだったということだ。第三幕最後の軍服姿のパルジファルがヒトラーに似ておらず、ナチの制服も着ていなかった(とはいえ、実は、ナチの制服や、そもそもドイツ史についてよく知っているわけではないので、確信をもっていえるわけではない)し、ヘルハイム演出を真似てナチを出すのはあまりに安易だと思ったので、ナチについては考えなかったのだが、やはりそれは考慮したほうがよさそうだ。
いってみれば、ヒトラーという「純粋な愚か者」を絶対視し、不純なものを退廃として排除し、キリスト教信仰を称えて誕生したのが第三帝国だった。
だから、最後の部分は、ワーグナーの死後、「パルジファル」の精神がドイツで独り歩きしてしまって、ファシズムを呼んでしまったことを暗示しているだろう。
幕切れで、アムフォルタスとクリングゾルが仲良く座るが、アムフォルタスは「こんなはずではなかった。こんなことなら、エロスを許容するほうがましだった」という思いでいるだろう。そして、もちろんこれはグートのメッセージだろう。
私がこのようなグートのメッセージに説得力を感じるのは、これがきっと、ワーグナー自身の視点だろうと思うからだ。偉大なるワーグナーを矮小化して大変申し訳ないが、もしワーグナーが第二次世界大戦に至るドイツの「歩み」(「パルジファル」で繰り返し流れた歩みの映像を思い出しながら、私は書いている)を知ったなら、こう言いそうな気がするのだ。
「え? おれの作品の精神がそのような方向に向かって第二次大戦に結び付いたの? そんなはずではなかった。そんなことなら、もっとエロスを許容するように書いておけばよかった。だって、おれ、本当言うと、エロスを称えたい気持ちがあったんだから」。
それをグートが代弁しているように思う。
ともあれ、素晴らしい演奏、刺激的な演出だった。
それにしても、客が少ないのに驚いた。こんな高いレベルの上演なのに、残念! 超満員でチケットが取れないかと思って、焦ったのだったが!
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コメント
こんにちは。
失礼ながら、昨日の記事を拝見して、さて如何なものか...と思っていたのですが、今日の記事を拝見して、なるほど、そのように受け取られたのか、と分かりました。
私は、純潔に対するエロス、という軸での読み方にはあまり同意はしないのですが(個人的にはむしろ「救済」という考え方の拒絶のように感じるのですが)、それもまた或いはあるのかも知れず。面白く拝察させて頂きました。
投稿: Verdi | 2012年9月18日 (火) 23時58分
Verdi様
コメント、ありがとうございます。
ブログ、読ませていただきました。「アンチ・パルジファル」。救済の否定。
なるほど、とてもおもしろく拝見しました。「アンチ・パルジファル」はその通りだと思っておりましたが、「救済の否定」ということについては、あまり考えておりませんでした。が、言われてみれば、その通りですね。救済などあり得ず、俗世における権力奪取にほかならないということなのでしょう。
そして、『魔の山』のこと、確かに、私はまったく気付きませんでした。当然、グートはそれを意識しているでしょうね。言われてみれば、その通りです。
が、学生時代からニーチェの問題提起に関心のあった私は、やはり「神の死」の視点から見てしまいます。そして、「タンホイザー」で示された「エロス対純潔」の一つの帰結をグートは描いているように思えます。
ただ、ちょっと『魔の山』を読み返して、私の視点から考えてみたいと思っています。
お教えいただき、ありがとうございました。
投稿: 樋口裕一 | 2012年9月19日 (水) 09時34分