« メトロポリタン・オペラの「ニーベルングの指環」DVD | トップページ | 新国立の「ピーター・グライムズ」について »

シュヴァルツコップ友の会できないかなあ・・・

 昨日、「エリーザベト・シュヴァルツコップ その声楽人生」を自費出版なさった佐藤勝宏さんと新宿でお会いして昼食を御一緒した。シュヴァルツコップについて楽しく話をした。佐藤さんは、私よりも10歳以上年上の、今は悠々自適の暮らしをなさっている男性。大学時代にシュヴァルツコップのレコードに出会い、その後、愛し続けておられる方で、シュヴァルツコップについての愛情の深さと知識の多さに脱帽。

 「エリーザベト・シュヴァルツコップ その声楽人生」は年ごとにシュヴァルツコップの活動やエピソードをまとめたもので、初めて知る事実も多く、とてもおもしろく読ませていただいた。コンサート記録、ディスコグラフィもついて、実にありがたい。

 私がシュヴァルツコップの声を初めて聴いたのは、中学生のころ、カラヤン+フィルハーモニア管弦楽団の演奏によるベートーヴェンの演奏会用アリア「おお、裏切り者よ」だった。交響曲第四番のレコードの余白に入っていた。「へえ、ソプラノって、こんな声で歌うものなんだ・・・」と思いつつ、第四番の交響曲を聴くついでに必ず聞いていた。そのせいか、今でも、第4番の交響曲が終わると、頭の中で反射的に「おお、裏切り者よ」の冒頭が聞こえてくる。

 次に聴いたのが、カラヤン+フィルハーモニアの第九。その次が、フルトヴェングラー+バイロイトの第九。そこで、完璧にシュヴァルツコップを強く意識するようになり、ベーム+ウィーンフィルの「コシ・ファン・トゥッテ」、カラヤン+フィルハーモニアの「ばらの騎士」に至って、完全に虜になった。それが中学3年生の時だった。その後、モーツァルトやシューベルト、ヴォルフの歌曲集、「ナクソス島のアリアドネ」「こうもり」「魔笛」「四つの最後の歌」などの絶品の数々を知ったのだった。考えてみると、母よりも年上の女性だったが、高校生時代の私は、シュヴァルツコップの写真を持ち歩き、ほとんど恋焦がれていた。

 1968年、シュヴァルツコップが福岡で公演をするというニュースが飛び込んできた。大分市に住む高校生としては、福岡市は遠かった。が、必死の思いで両親に頼みこんで、チケットを購入。父に車で福岡まで送ってもらって、リサイタルを聴いた。

 あの時の感動は今も忘れない。アンコールにシュトラウスの「献呈」。感動のあまり声をあげて泣いたのを覚えている。

 70年、東京に出て、あの伝説のザルツブルク音楽祭の「ばらの騎士」のオペラ映画をみて、ますますシュヴァルツコップにこがれた。ただ、残念ながら70年の2度目と3度目の来日の時には、私は経済的にまったく余裕がなく、聴くことができなかった。74年の4度の来日時には、上野の文化会館の最前列中央の席に座って、シュヴァルツコップにうっとりしながら聴いた。ヴォルフ、シュトラウスの歌曲の世界に酔った。

 シュヴァルツコップよりも美しい声の歌手は山のようにいる。シュヴァルツコップはそんなに美声でもないし、音程も時々不確かになる。とりわけ、晩年のステレオ録音の中には、かなり衰えの感じるものもある。だが、心の襞を歌い、音楽に即した絶妙の歌い回しで人の心に訴えかける力は、圧倒的だと思う。マリア・カラスに匹敵するほど、ぐいぐいと心の中に入り込んで、感動させ、圧倒させる。とりわけ、モノラル期の録音には圧倒的な名演がたくさん残されている。とりわけ、リートの世界での彼女の表現力たるや、他の人の追随を許さない。唯一、それに匹敵するのはフィッシャー=ディスカウくらいだろう。

「私の歌を聴く前と聴いた後では、人間が変わっていなければならない」(曖昧な記憶によるので、かなり言葉としては不正確かもしれない)というようなことをシュヴァルツコップは語っていたが、まさにその通り。少なくとも、私の人生はシュヴァルツコップを聴くことによって大きく変わった。もし、シュヴァルツコップに出会わなかったら、オペラ好き、シュトラウス・ワーグナー好きの人生を歩まなかったのではないかと思う。

 佐藤さんと話すうち、そのような私とシュヴァルツコップの関わりを思い出した。佐藤さんも同じようにしてシュヴァルツコップを愛し続けてこられた方だった。

 私の知らないシュヴァルツコップの録音、エピソードを佐藤さんにたくさん教えてもらった。

 今の日本には、実際にシュヴァルツコップに出会われた方がたくさんおられるだろう。私よりももっとシュヴァルツコップの影響を受けけた人もたくさんおられるに違いない。厳しいことで定評のあったレッスンを受けられた音楽家もおられるだろう。そのような人と楽しく話ができたらいいなあ・・と思い始めた。

 マリア・カラスのCDは今も人気だ。書籍も多く、映画にもなっている。ところが、カラスに匹敵するシュヴァルツコップの存在は今や忘れられつつある。もっとCDを出してほしい。佐藤さんによれば、一度もリリースされたことのない録音がいくつも存在するそうだ。そのようなCDを出してほしい。エリーザベト・シュヴァルツコップ友の会のようなものができて、もう一度盛り上がって、それが圧力になって新しいCDがでるようなことになると、こんなうれしいことはない。

 これを読まれた人の中に、シュヴァルツコップ・ファンの方がおられたら、そのうち集まってみませんか?

|

« メトロポリタン・オペラの「ニーベルングの指環」DVD | トップページ | 新国立の「ピーター・グライムズ」について »

音楽」カテゴリの記事

コメント

シュヴァルツコップの生声は残念ながら体験できませんでした。
他の多くの世界的な歌手は60年代からけっこう聴いたけれど。福岡でお聴きになられたのはとても貴重なご体験でしたね。

映像は「バラの騎士」はじめ、いろいろ拝見しております。マルシャリン役、その後、数多くの歌手たちを聴いていますが、あのシュヴァルツコップの哀愁をもった何とも言えない気品!雰囲気は誰も凌駕する人はいませんね。

投稿: 白ネコ | 2012年10月 3日 (水) 13時06分

樋口さんのシュヴァルツコップ友の会の提案に賛同します。ファン同志で集まり彼女の歌唱芸術について話し合う場が作れればと思います。声楽の専門の方等の話も聞ければより充実した会になるでしょう。いまだ陽の目を見てない録音のリリース推進運動にも力を発揮できれば一石二鳥にもなります。3年後の生誕百年、4年後の没後十年に向けてレコード会社を動かせるように努力したいものです。

投稿: 佐藤勝宏 | 2012年10月 3日 (水) 20時17分

私もシュワルツコップに恋焦れた一人です。出会いはフルヴェンの第九。シュワルツコップとはなにやら上品な響きに思われ、一生懸命その名を「暗記」したものです。そしてジャケットの写真が女優にしてもいいような上品で貴族的な顔立ちで、その姿にも憧れたものです。それ以来のファンです。北海道の田舎から東京に出て来たころ、彼女が来日するしないで裁判沙汰になり、もうナマでは聞けないと思っていたら急転直下和解が成立し、1968年の初来日が実現しました。もちろんドキドキワクワクしながら文化会館へ行きました。ピンク模様のドレスを着て舞台袖に現れてから、愛嬌をふりまきながら実にゆっくり歩いて舞台中央に向かいます。知る限り、舞台袖から中央までの最長時間の記録ではないでしょうか。貫禄たっぷりで、その姿を見るだけで感動でした。
当夜での白眉はアンコールで歌ったシュトラウスのMorgen。ピアノのなが~い余韻が消えても聴衆は金縛りにあったように、微動だにできません。シーンとして凜とした空気が会場を満たしてすばらしい沈黙が訪れました。後のインタビューで、シュワルツコップ本人が、「日本の聴衆があれほどの共感を示してくれるとは思わなかった」と言っておられましたが、その場に居合わせていたのです。
それから続けて4回の来日を果たし、あの厚生年金会館でのフェアウエルコンサート(バラの騎士の1幕幕切れを歌ってくれた)も行ったし、サインも貰っています。幸せな時代でした。

投稿: ル・コンシェ | 2012年10月 4日 (木) 17時19分

白ネコ様
コメント、ありがとうございます。
68年の福岡のリサイタルは、私の最高の思い出の一つです。世界的な音楽家の実演を初めて聴いたのも、この時が最初でした。
「ばらの騎士」の映像の第三幕、本当に素晴らしいですね。いまだにあれ以上の実演も映像も見たことがありません。何度見ても涙が出てきます。

投稿: 樋口裕一 | 2012年10月 4日 (木) 22時10分

佐藤勝宏様
先日はいろいろと教えていただき、ありがとうございました。
シュヴァルツコップ友の会、実現すると嬉しいですね。まずはこのブログを見ていただいた方にコメントをいただきたいものです。

投稿: 樋口裕一 | 2012年10月 4日 (木) 22時12分

ル・コンシェ様
コメントありがとうございます。
私と同時期に同じような感動体験をなされた方のコメントを読ませていただいて、大変うれしく思います。私よりも数歳年上とお見受けしますが、その分、当時高校生だった私よりも多くの情報をもち、深く音楽を理解なさっておられると思います。私も、もう少し年上だったら、もっと深く音楽を理解し、もっと深く感動できたのではないかと、少し心残りです。
それにしましても、本当に心を揺さぶるリサイタルの数々でした。良い時代でした。

投稿: 樋口裕一 | 2012年10月 4日 (木) 22時23分

ぼくが学生時代に、シュワルツコップが公開レッスンのため来日するので、ぼくのいた大学にも来て下さるいう話がありました。楽しみにしていましたが、すでに高齢のため残念ながら来日する事は出来ませんでした。代わりにヴィクトリア・デ・ロス=アンヘレスが来学したのでレッスンを聴講しました。シュワルツコップさんがいらっしゃらなかったのは本当に残念でしたが、歌うという観点から、ロス=アンヘレスの公開レッスンも、チェロ専攻だったぼくにもためになりました。

投稿: 崎田幸一 | 2012年10月15日 (月) 12時46分

崎田幸一様
コメントありがとうございます。
デ・ロス・アンヘレスの公開レッスンに出られたのですね。素晴らしい経験ですね。そういえば、そのニュース、記憶にあります。
シュヴァルツコップにレッスンは厳しいことで有名でしたので、もしかしたらデ・ロス・アンへレスのほうがレッスンとしては楽しかったかもしれません。

投稿: 樋口裕一 | 2012年10月16日 (火) 08時03分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/532807/55803675

この記事へのトラックバック一覧です: シュヴァルツコップ友の会できないかなあ・・・:

« メトロポリタン・オペラの「ニーベルングの指環」DVD | トップページ | 新国立の「ピーター・グライムズ」について »