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ヤンソンス+バイエルンのベートーヴェン1・2・5は超名演だった!

 11月27日、サントリーホールでマリス・ヤンソンス指揮、バイエルン放送交響楽団のベートーヴェン・チクルスの2日目、交響曲第1・2・5番の演奏を聴いた。言葉をなくすような名演。

 前半は1番と2番。ベートーヴェンの初期の交響曲をヤンソンスは実に生き生きと聞かせてくれる。数年前、オーケストラはコンセルトヘボウだったと思うが、ヤンソンスはベートーヴェンの2番の素晴らしい演奏を聴かせてくれた。その時のことを思い出した。名人技としか思えない。ヤンソンスの手にかかると、初期の曲が息づき、起伏を持ち、繊細で豊かな世界を築く。音楽史の上では、ベートーヴェンが自分の世界を築いたのは交響曲第3番からというのが常識になっているが、第1番も第2番も歴史に残る名曲だということを認識させられる。とりわけ、第2番はヤンソンスの得意曲なのだろう。

 ハイドンの延長線上にあるベートーヴェン。大袈裟ではなく、しっかりと構成され、繊細で音楽の豊かさにあふれている。しみじみと美しい。張りがあり、切れがよく、しかもしなやか。第1番の第4楽章、第2番の全楽章が圧倒的に素晴らしい。

 休憩中、音楽ジャーナリストのS氏と言葉を交わした。「ヤンソンスは初期のベートーヴェンについては素晴らしいけれど、5番や7番のような壮大な曲は向いていないのではないか」などと話した。そんな危惧を実は抱いていた。

 が、始まってみると、5番はもっと凄かった。

 といっても、ヤンソンスらしく、壮大さを求めていない。運命的ではない。「苦悩から歓喜へ」というような人生の苦しさを精神の力で乗り越える物語はここでは展開されない。形而上学的なドラマはヤンソンスの音楽にはない。おそらくそのようなものは意識的に排除されている。もっと純粋に音楽的。

 ただひたすら音楽的に緊密に構成され、音が生き生きとして、一部の隙もなく織りなされた豊かな音が押し寄せてくる。その迫力に圧倒される。そして、第四楽章は、「苦悩から歓喜」というよりも、まさしく音楽の喜びの世界。わくわくとした音楽そのものの世界が爆発する。非音楽的な思想が盛り込まれていないだけにいっそう愉悦を覚える。音楽の力だけで、これだけのものを達成できることに改めて驚く。「苦悩から歓喜」などという言葉を乗り越えて、それ以上の歓喜を観客全員に最高度に感じさせてくれる。

 第4楽章のピッコロの音も、ただひたすら愉悦を高める。なんと楽しげなピッコロの音だろう。なんと若々しく、何と音楽の喜びに全身をゆだねたベートーヴェンだろう。フルトヴェングラーの形而上学的な演奏を好んできた私だが、ヤンソンスを聴くと、それはそれで非常に強い説得力を覚える。

 オケは何度かミスがあったが、そんな小さな傷はどうでもよい。弦の響きは美しく繊細、全体のアンサンブルも最高に美しい。管楽器もえも言われぬ美しさ。

 アンコールはハイドン作曲と言われる弦楽四重奏曲の「セレナード」の弦楽合奏版。最高度に興奮した観客の心を鎮静化させる楽しい曲。これもまた絶品。

 先日、ネマニャの演奏を今年最高と表現したが、ヤンソンス+バイエルンを聴くと、こちらの今年最高の座を譲らざるを得ない。これほど完成度の高いベートーヴェンは久しぶりに聴いた。家に帰りついてもまだ音楽の喜びに酔っている。

 

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ヤンソンス+バイエルンのベートーヴェン4番3番に興奮

 11月26日、サントリーホールでマリス・ヤンソンス指揮、バイエルン放送交響楽団のベートーヴェン・チクルスの初日、交響曲4番と3番を聴いた。最高に素晴らしかった。まだ興奮している。

 前半は4番。私の大好きな曲。

 まったくもって小細工なし。正攻法の第4番。大袈裟なところはまったくない。大上段に構えるわけではない。うまさを見せつけるわけでもない。ハイドン風のベートーヴェンといってもよいかもしれない。実にまとまりよく、細部に至るまでしっかりと音が息づき、まったく隙がない。オケが実に美しい。とりわけ第二楽章のクラリネットが素晴らしかった。

 決まるべきところは決まり、実に自然に音楽が進んでいく。ヤンソンスは、初期や中期のベートーヴェンを実にうまく指揮する。若々しく生気に満ちたベートーヴェン。パーヴォ・ヤルヴィのようなベートーヴェンもいいが、このような正統派のベートーヴェンも実に素晴らしい。あれこれいじる必要はない、ふつうに生き生きとした音でベートーヴェンを演奏すると、それだけで最高のベートーヴェンになる。そう言いたげな演奏。もちろん、細部ではあれこれと工夫しているからこのように素晴らしいのだと思うが、作為をまったく感じさせないので、すべてが自然に聞こえる。

 後半は第3番「エロイカ」。

 これは4番よりももっと素晴らしかった。とりわけ第1楽章の凄さときたら。こんな第1楽章はこれまで聴いたことがなかった。

 まったくもって英雄的ではない。等身大のベートーヴェンとでもいうべきエロイカ。しゃかりきになるのではなく、音楽が自然に流れている。これはこれで素晴らしい。何もこの曲は英雄的である必要はない。しかし、それにしても、何というわくわく感。この第1楽章がこんなに楽しく、こんなにわくわくする音楽だったとは! 私は音の渦が楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 実を言うと、私はこの曲の第1楽章にこれまでずっと違和感を持ち続けてきた。どうにもつぎはぎだらけに聞こえる。あちこちで破綻したものをベートーヴェンが力づくで無理やりつなぎ合わせているようにきこえていた。フルトヴェングラーの演奏など、とりわけそのように聞こえる。もちろん、だから悪いというわけではないのだが、違和感をぬぐえなかった。中には、自然に流れる演奏もあるが、それはまたそれであまり心を動かされない演奏であることが多かった。

 ところが今日のヤンソンスとバイエルンの演奏は、無理矢理につぎはぎした感じがまったくしない。実に自然に音楽が流れていく。ヤンソンスの頭のよさというべきだろう。うまく強弱をつけて、音楽の流れを途切れさせない。それでいて躍動し、わくわくする。音楽そのものの喜びにあふれている。凄い演奏だと思った。

 第2楽章も、少しも重くない。これまで多くの指揮者で聴いてきた「葬送行進曲」とはまったく異なる。ここでも音楽の楽しさが何よりも勝る。ちょっと拍子抜けしないでもなかったが、聴きすすめるうち、これはこれで十分に盛り上がり、十分に感動することに気付いた。

 第三楽章スケルツォも良かったが、第四楽章の躍動が第一楽章と同じように素晴らしいと思った。メリハリが実に自然。躍動の中で曲が終わった。

 アンコールはシューベルトの「楽興の時」弦楽合奏版。うまい! 

 本当に素晴らしいオーケストラ。バイエルン放送交響楽団って、こんなにうまいオーケストラだったのかと改めて思った。弦楽器も実に美しいし、管楽器も言うことなし。

 私にとって至福の時だった。ヤンソンスはまさしく現代最高の指揮者だと改めて思った。

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飯田みち代+笠松泰洋、森美代子+松尾俊介、山本裕康の豪華コンサートを樋口ゼミが主催

 多摩大学の私のゼミは多くの方にクラシック音楽を聴いてもらうことを目的に活動している。これまでにも、多くの一流演奏家によるコンサートを運営してきた。いくつかのグループに分かれてコンサートを企画・運営しているが、1月と2月に立て続けにコンサートを行うことになった。そのいくつかの日程や曲目が決まった。いずれも日本を代表する素晴らしい演奏家によるコンサートだ。間違いなく素晴らしいコンサートになるだろう。ぜひ多くの方においでいただきたい。

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飯田みち代+笠松泰洋のデュオ

 先ごろ、ライマンのオペラ「メデア」日本初演の主役を歌って大きな感動を巻き起こした日本を代表するソプラノ歌手・飯田みち代さんが笠松泰洋さんのシンセサイザーを伴奏に歌う。笠松さんは、蜷川幸雄氏の舞台音楽を手掛ける話題の作曲家。笠松さんの作曲した歌も飯田さんが歌う。もう、これだけでも事件だと思う。

 飯田さんは、いうまでもなく、歌唱力はもちろん、容姿、演技力、知性すべてにおいて強い感銘を与える歌手だ。

 このブログを読んでくださった方はご存じだと思うが、ひょんなことから久しぶりに飯田さんと連絡を取り合って、今回のコンサートが実現した。引き受けてくださった飯田さん、笠松さんに本当に感謝する。

演奏曲目

 シューベルト 「楽に寄す」「野バラ」

 笠松泰洋「ラクリモーザ」「足羽川」

 山田耕筰「さくらさくら」「からたちの花」

 フォーレ「リディア」

 ドナウディ「私の愛の日々」

 マスカーニ「友人フリッツ」より「わずかな花を」

                  (ただし、変更の可能性あり)

・演奏者 飯田みち代(ソプラノ) 笠松泰洋(シンセサイザー)

・日時 2013年1月9日 19時開演

・場所 寺島文庫Café「みねるばの森」 九段下駅5番出口徒歩3分

・料金  4000円(軽食ドリンク付き)

・予約申し込み先 080-4604-1560(浅島)add9_imagine1560@i.softbank.jp

 

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森美代子+松尾俊介デュオリサイタル (2月3日 多摩市永山公民館 ベルブホール)

 こちらは若手のソプラノとギターのデュオ。昨年、みねるばの森でこの二人に演奏していただいて大好評だった。それを今度は多摩地区の人にぜひ聴いていただこうとして学生が企画した。

 森さんはさきごろ都内で上演されたチャイコフスキーのオペラ「イオランタ」でタイトルロールを歌って大きな話題になった大活躍中のソプラノ歌手。若手の代表といってもよい存在だ。松尾さんはギターの新星として大評判の人。マヌエル・ポンセ作品を集めたCDはレコード芸術誌特選盤に選ばれた。このお二人が再び私たちのゼミのコンサートに出演してくださるのは感激だ。

 「音符の森の木の下で  楽譜の中のワンダーランド」と題して、「じぶり」の歌やファンタジーにあふれたクラシックの親しみやすい曲をお贈りする。小さな子供からお年寄りまで楽しめるだろう。

 

・演奏曲目

 「もののけ姫」「いつも何度でも」などのジブリの歌

 武満徹「小さな空」

 オッフェンバック「ホフマン物語」よりオランピアのアリア「森の小鳥は憧れを歌う」

 ドリーブ 「カディスの歌」

「禁じられた遊び」(ギターソロ)

・演奏者 森美代子(ソプラノ) 松尾俊介(ギター)

日時 2013年2月3日 18時30分開場 19時開演

会場  多摩市永山公民館ベルブホール (京王線・小田急線永山駅より100メートル)

料金  一般1000円、学生800円、中学生以下500円。

・予約申し込み先 wanokokolo@softbank.ne.jp

 

・山本裕康(チェロ) バッハの無伴奏チェロ組曲全曲演奏

 何と日本を代表するチェリストの山本裕康がいよいよ「みねるばの森」に登場。3回に分けて、バッハの無伴奏チェロ組曲を演奏する。客は40人前後。気軽に飲み物を飲みながら、奥深いバッハの世界に入ることができる。まさに目の前でバッハの世界が広がる。しかも、山本裕康のバッハはCDでも定評がある。バッハの無伴奏曲は多くのチェリストが録音しているが、山本さんのものはそのなかでもとりわけ味わい深い素晴らしい演奏だ。私は以前、山本さんと仕事をご一緒して、それを機会にCDの存在を知り、聴かせてもらって本当に感動した。その感動を多くの人に聴いていただきたい。CDを録音なさったころときっと解釈変わっているに違いない。それも楽しみだ。

 第一回 29日(土)で 第1と第5番、第二回は 4月20日(土)で第2番と第6番、第三回は 622日(土)で 第3と第4番を予定している。料金は一回につき4000円。全3回通し券で10000円。すべて19時開演。

 山本さんのチェロをすぐ間近で聴けるのは、それだけで最高の幸せだといえるだろう。

・演奏者 山本裕康

・演奏曲目 J・S・バッハ 無伴奏チェロ組曲全曲

・日時 2013年2月9日(第1・5)、4月20日(第2・6)、6月22日(第3・4)。いずれも19時開演。

・会場 寺島文庫Café「みねるばの森」 九段下駅 5番出口徒歩3分

・料金 各回4000円 3回通し券 10000円

・予約申し込み先 tamazemi@gmail.com

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今年最高! ネマニャ・ラドゥロヴィチの無伴奏リサイタル

 間違いなく今年最高の経験だった。ザルツブルクやバイロイトを加えても、これほどの凄まじい演奏には、今年は出会わなかった。11月13日、浜離宮朝日ホールでのネマニャ・ラドゥロヴィチの無伴奏リサイタル。

 曲目は2007年のトリフォニーホール、昨年、兵庫県立芸術文化センターとまったく同じ。前半にバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1番、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番、後半にバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番「バラード」。得意のプログラムということだろう。

 これまでの2回も凄いと思ったが、今年はもっと凄かった。今年は昨年よりももっと余裕ができた印象。研ぎ澄まされた細身の美音、完璧な音程、完璧な技巧。そのような音で、スケール大きく、そして鬼気迫る音を作り出していく。一昨日も書いたが、感情に任せて弾いているのではない。起伏があり、スリリングでドラマティックだが、そこにしっかりした構成がある。だから、形が崩れない。余裕なく必死に弾いて鬼気迫る雰囲気になっているのではなく、技術的に余裕があり、音も美しいがゆえに、本質的に鬼気が迫ってくる。

 バッハのソナタの第二楽章で私は頭に音が突き刺さるような感激を覚えた。これほど明晰で、これほど怜悧でありながらもこれほどスリリングで熱い音楽を、私はネマニャ以外のヴァイオリニストの演奏で聴いたことがない。魂が流動し、躍動し、興奮する。第四楽章もますます高まり、飛躍する。そして、イザイの凄まじさときたら。「怒りの日」のテーマがまさに形を変え、音質を変えて現れる。恐ろしかったり、悲しかったり、ため息交じりだったり。いってみれば、「死」の観念があれこれと表情を変えて人生に現れるかのよう。イザイの曲がバッハと同様に深く、鋭く、スケールの大きな曲として現れた。

 後半のバッハのパルティータ第2番は圧巻。ジーグあたりからもう独壇場。シャコンヌは言葉をなくすほど。オペラシティで聴いたシャコンヌとは比べ物にならないくらいに気迫がこもっていた。出だしからして、私は揺さぶられて涙が出てきた。これほどすごいシャコンヌがこれまであっただろうかと思った。

 ネマニャの音楽は「対話」だというのが私の持論だ。作曲者と演奏家、演奏家と観客。その対話を音楽で奏でる。決まった曲を決まった通りに演奏するのではない。対話しながら、音楽をその場で生成していく。だから音楽が生まれ出てくる瞬間の感動がある。シャコンヌが今形を取り、目の前で生まれているかのように感じる。

 弓の毛が切れ、それが絡まって、何度か音がつまずいた。一度は大きく間が空いた。そのため、確かに音楽が途切れた。だが、ネマニャの場合、これも音楽の一つだ。こうして、今まさに音楽ができている。「シャコンヌ」という既成の名曲を弾いているのではない。今、ネマニャがシャコンヌを作り出している。だったら、弓が絡まって音が途切れても、それが今あらわられる音楽なのだ。イザイの「バラード」も、鋭利で劇的でしかも情緒にあふれる音楽として現れた。

 それにしても、今日の観客の何と上質なこと。楽章の間もほとんど物音ひとつ立てず、じっと音楽に耳を傾ける。ネマニャも凄まじい集中力だが、今日の観客もまた凄まじい集中力。

 アンコールはシャンソンの「枯葉」を無伴奏ヴァイオリンに編曲したもの。これも素晴らしかった。これを聴いて、ネマニャの音楽の特質の一つがわかるような気がした。一つの楽器でこのシャンソンを実に立体的に、重層的に弾き分ける。ヴァイオリンだからほとんどが単音なのだが、音色を使い分けることで、あたかも別の楽器が重なっているかのように演奏する。しかも、それが完璧な構成感で演奏されるので、まったく楽器一台で演奏しているという違和感がない。楽曲でもいくつものモティーフがそれぞれ対話して、一つの曲が成り立っていく。しかも、「枯葉」が遊び心もあり、知的でもあり、高貴でもある曲になっていた。

会場は大喝采で大興奮。終演後サイン会が行われたが、200人か300人が並んだのではないか。この会場の最高記録に近いらしい。

 2007年に初めてネマニャを聞いて心を奪われてから、ずっと追いかけてきたが、その成長ぶりも著しい。初めから凄かったが、ますます凄まじい演奏家になっているのを感じる。私は、今日のコンサートを今年の最大の事件の一つだと思うのだが、私が期待するほど、ネマニャの凄まじさが人々に伝わらない。残念ながら、今日も顔見知りの音楽評論家の顔を見かけなかった。なぜネマニャがもっと大ヴァイオリニストとして大ニュースにならないのか実に不思議。

 ともあれ、大興奮。ネマニャを聴くごとに、これこそが本当の音楽なのだという思いを強くする。来年の10月に来日が予定されているという。それまでが待ち遠しい。

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ネマニャ・ラドゥロヴィチ・ファンクラブ親睦会にネマニャ飛び入り!

 1112日、驚異のヴァイオリニスト、ネマニャ・ラドゥロヴィチの来日に合わせて、私が会長を務めるネマニャ・ラドゥロヴィチ・ファンクラブ「プレピスカ」(セルビア語で対話を意味する)の親睦会を開いた。場所は京橋のクロアチア料理の店ドブロ。参加者は会員10名のこじんまりした会。

 ファンクラブが結成されたのが、一昨年。昨年までは、二度ほど私たちのファンクラブはネマニャを招き、ミニコンサートを開いてきた。が、今年は残念ながら、ネマニャはコンサートが続くので、ミニコンサートはなし。ネマニャも親睦会には参加できないとのことだった。やむを得ず、会員だけでネマニャの話で盛り上がろうと考えていた。そして、残念ながら、親睦会に参加する会員もあまり多くなかった。

 ところがところが、急遽、ネマニャが忙しいなか、来てくれることになった。待つこと20分。ネマニャが幼友達という男性とともに現れた。30分ほど同席しただけだったが、英語とフランス語で語り合った。コンサートのこと、音楽のこと、好きな食べ物、嫌いな食べ物、ベオグラードのこと、日本のことなどなど。全員と話をし、握手やハグを交わした。ヴァイオリンを持ってきていたが、レストランなので、もちろん演奏してもらうわけにはいかない。

 私としては、ネマニャが私たち日本のファンクラブの存在をとても喜んでくれ、私たちと打ち解けようとしてくれていることがとてもうれしい。私は名前だけの会長で、何一つ実のあることはしていないが、ファンクラブの結成を持ちかけて本当によかったと思った。

 今回の親睦会を組織し、ネマニャへの愛情のために献身的に努力してくれるファンクラブスタッフに感謝。多くの人がこれだけのことができるのも、ネマニャの音楽があまりに感動的で、人の心をとらえて離さないからだ。

 ネマニャが去った後も、食事をとりながら、一昨日のオペラシティでの東京交響楽団との演奏、そして、私は大学での仕事のために行かなかったが、数人の会員が追っかけた新潟での公演などについて、会員同士で楽しく話した。料理もおいしかった。

 浜離宮朝日ホールでの明日のリサイタルが楽しみだ。

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ネマニャ・ラドゥロヴィチ+東京交響楽団に興奮

 11月10日、東京オペラシティコンサートホールで、東京交響楽団の定期演奏会を聴いた。指揮とヴァイオリンはネマニャ・ラドゥロヴィチ。ものすごい演奏。バイロイトもザルツブルクも含めて、私の聴いた今年最高の音楽だったかもしれない。そう思ったのは、私がこの若手ヴァイオリニストのファンクラブの会長であるためではあるまい。私は大いに興奮した。

 私が2007年に初めてネマニャの演奏を聴いた時、その激情的でデモーニッシュな力に幻惑された。聴いているうちに自然に体が動き、聴いている私たちもネマニャのリズムと音を生きた。20歳そこそこだったネマニャの若い命が音楽の中にたぎっていた。だが、今回は、ネマニャはもっと大人になっていた。

見かけは例によってまるでロックスター。だが、相変わらず音程がびしっと合った研ぎ澄まされたスリムな音。しばしば激しく弾くが、リズムや音程が乱れることがないので、激情的な感じはしない。私はネマニャのヴァイオリンの音をどこまでも澄み切った命の光線のように感じる。命の光線がまさしく生命の律動によって息づき動く。そして、それが一つの宇宙を形作っていく。自由で豊かで無限の宇宙。聴いているうち、私たちもまた宇宙の中を漂い、揺り動かされ、人生を生き直す。そして、そうしているうちにこの上ない幸福感を覚える。

今回のコンサートの最初にネマニャ一人が登場して演奏したバッハのシャコンヌはまさしくはそのような世界だった。たった一台のヴァイオリンで、まさしくそのような宇宙が目の前に広がった。私はネマニャの音に圧倒されるばかりだった。

 次に東京交響楽団の弦のメンバーが加わって、バッハのイ短調のコンチェルト。これも素晴らしかった。オケと独奏が親密に対話し、研ぎ澄まされていながらも豊かで自由な世界が広がる。特に第三楽章に圧倒された。ここで命が躍動する。何かを解釈しているわけではない。まさしく音楽そのものの楽しみ。私は何も考えず、ただヴァイオリンの音に揺り動かされ、ヴァイオリンの音そのものを生きる。なんと新鮮な音、なんと新鮮な流動。

 後半はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲2曲。先に若書きの二短調。天真爛漫でメンデルスゾーンの育ちの良さや天才ぶりがわかるチャーミングな曲。それをまさしく音そのものの楽しさを際立たせるかのような演奏だった。激しいところは激しく、美しいところは美しく。しかし、それは単に大袈裟に表現しているのではない。曲想に素直に従って、まさに音楽と対話しながら演奏している。音楽が自然に息づき、躍動していく。

 そして、最後にホ短調の協奏曲。これはもう、言葉をなくすほどの素晴らしさ。私の語彙力では、この音楽の凄さを語ることができない。第一楽章のあの有名なメロディの得も言われぬ美しさ。突き抜けるほどに美しい音。そこに何らかの感情を無理やり託そうとしているようには思えないが、その音には人生のすべてがあるかのように感じられる。第一楽章の終わり、あまりの素晴らしい音の流動に涙が出そうになった。メンデルスゾーンの人生もこの美しい音の連続の中にすべて結晶化されているように感じられる。第三楽章の躍動も圧倒的。ヴァイオリンとともに私の魂は宇宙の中を躍動していた。

 アンコールはバッハの第二番のパルティータから「サラバンド」とパガニーニの「24のカプリース」の「悪魔の笑い」と呼ばれる曲。「サラバンド」は深く沈潜するように、カプリースは華麗に。いずれも清潔で研ぎ澄まされた音。これまた素晴らしい。

 ネマニャの凄さに改めて圧倒された。改めて、私がこのヴァイオリニストの音の心の底から愛していることに気付いた。

ロックスターのような服装で登場するこの27歳の若者に弾き振りをさせ、その指揮に従いつつ、実に楽しそうに演奏してくれた東京交響楽団のメンバーにも感服。ぜひまたネマニャの弾き振りを聴きたい。レコーディングしてくれると、こんなうれしいことはない。

 

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ライマン作曲のオペラ「メデア」日本初演はおもしろかった

 11月9日、日生劇場で二期会+読売日本交響楽団によるアリベルト・ライマン作曲のオペラ「メデア」の日本初演を見た。

 私は現代音楽にまったく詳しくないので、専門的なことは何も言えない。音楽的にどのような特徴があるのかも、よくわからない。そんなわけで、情けないことに、まったくもってド素人の感想しか言えないのだが、なにはともあれ、とてもおもしろかった。幕が上がる前、難解すぎて退屈になるのではないかと少々心配だったが、十分に楽しめた。

 これまた、あまりに素人っぽい感想だが、この複雑極まりない大オーケストラ(ピットに入りきらずに、舞台上でも管楽器の楽団員が演奏している!)の音楽を実に精緻に、そしてダイナミックに演奏した読売日本交響楽団と指揮の下野竜也は凄いと思った。そして、この音程の取りにくい、歌と言えないような歌を暗譜して正確に歌う歌手たちにも驚嘆した。いや、単に正確というのではなく、しっかりと役作りができているのにも驚嘆。素人としては、ただ驚嘆することしかできない。

 歌手はみんな良かった。タイトルロールの飯田みち代さんは、メデアが舞台上にいるかのような存在感。声に迫力があるだけでなく、演技力が素晴らしい。そして、容姿も美しい。どうしても、日本人の演奏する西洋オペラは、声はともかく容姿に違和感を覚えることが多いが、今回はすべての役においてそんなことはない。度の役も見た目が美しい。とりわけ、飯田さんはあまりの美しさに驚いた。先日、この王女様と会って話をしていたのが不思議な感じがした。

 ゴラの小山由美(堂々たる歌と演技)、イヤソンの宮本益光(うまいだけでなく、外見も素晴らしい)、クレオンの大間知覚(堂々たる歌と演技)、クレオサの林美智子(清楚な美しさが声と演技と容姿に現れていた!)、使者の彌勒忠史(音程が正確な見事なカウンターテナー)、すべてが世界レベルといってよいだろう。休憩後の第三場のメデアが子どもを殺す前後の音楽は圧倒的だった。

 台本は、19世紀に活躍したグリルパルチャーによる。もちろん、エウリピデスの悲劇がもとになっている。私にとっては、大好きだったピエル・パオロ・パゾリーニの映画「王女メディア」でなじみの物語。演出もおもしろかった。メデアの内面を表現する6人の仮面をつけた女性たちの踊りも実に見事。

 それにしても、無調のオペラは「ヴォツェック」「ルル」「軍人たち」など、どれもこれもなぜこうも血なまぐさいのか。神の存在する調和した世界が崩壊した状況を描くがゆえにこのようになるのだろうが、もう少し違うタイプの無調のオペラを見たい気がする。

 カーテンコールでは、作曲者のライマン本人が登場。満足げな様子だった。このレベルの演奏がなされれば、作曲家ももちろん満足だろうと思う。

 ところで、今日は、夕方まで大学で授業があったので、そのまま大慌てで車で日生劇場に行ったのだった。私はふだん郊外ばかりを運転し、首都高速や都心の運転に慣れていないので、到着するまでにかなり疲れた。広い道路の右側に日生劇場を確認したが、なかなか駐車場にたどり着けなかった。都心には車で行かないほうがよいと改めて思った。

 ・・と、今日は本当に素人っぽい感想ばかり書いて終わりにする。

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ブロムシュテット+バンベルク響の最高のブルックナー4番

 116日、サントリーホールで、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮、バンベルク交響楽団の演奏を聴いてきた。魂の震える素晴らしい演奏だった。

 前半はピョートル・アンデルシェフスキのピアノでモーツァルトのピアノ協奏曲第17番。注目の若手ピアニストだが、なかなかに個性的。なぜ、20番以降の協奏曲ではなくて、17番なのだろうと思っていたら、第2楽章になって意図がわかった、まるでバッハのようなモーツァルト。研ぎ澄まされた音で、一つ一つの音の粒立ちが最高に美しく、沈黙の中から音そのものがたちあらわれる。グールドのバッハを思わせる。モーツァルトの俗的な部分を除いて結晶だけを取り出したかのよう。第3楽章はかなり立体的に弾いて、楽しめた。ただ、モーツァルトにしては自然に流れない音楽だが、それはそれで、とてもおもしろい。ピアノのアンコールとしてバッハのフランス組曲の中のサラバンド。これも第2楽章と同じ雰囲気。見事だった。

 もちろん私の目的は後半のブルックナーの交響曲第4番。

 これはもう第1楽章から私の心の奥底を揺り動かした。ヴァントやウェルザー=メストのような緊張感にあふれる演奏ではない。ところどころ、緊張の緩んだようなところがある。しかも、バンベルク交響楽団はうますぎない。ベルリンフィルのように垢ぬけ研ぎ澄まされた音を出すわけではない、ウィーンフィルのように機能的でありながら情緒にあふれる音を出すわけではない。アンサンブルも完ぺきではない。だが、それが程良いブルックナーを作り出す。このオーケストラに関してよく言われることだが、まさしく田舎じみた雰囲気。バンベルクは一度訪れたことがあるが、川の美しい落ち着いたドイツの地方都市だった。まさにあの町が目に浮かぶ。

 ブロムシュテットは完璧にオーケストラをコントロールしているわけではなく、かなり自由に演奏させているように見える。それでいて、要所要所は締めて、自然に流れ、自由に歌い、しかも十分に宗教的で自然賛歌的なブルックナーが生まれてくる。第3楽章と第4楽章に、とりわけ魂が震えた。第4楽章では、何箇所かで涙が出てきた。

 85歳だという。信じられない。昔の巨匠のように重々しくない。引き締まった、それでいて実に自由な音楽。

 ホールで旧友と出会って、帰りに少し飲んだ。夜中に帰って、感動の残っているうちに、と思って、大急ぎでこのブログを書いている。

 

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飯田みち代さんと打ち合わせ、そしてネマニャ来日

 昨日(11月5日)、都内で日本を代表するソプラノ歌手の飯田みち代さんと打ち合わせをした。

 飯田さんは今週9日からのアリベルト・ライマン作曲のオペラ「メデア」の日本初演(二期会・読売日本交響楽団・下野竜也指揮・日生劇場)でのタイトルロールを歌う。忙しい合間を縫って私たちのゼミの打ち合わせの時間を作ってくれた。

 このブログをご覧になっている方はご存じだろう。飯田さんとは、2006年に帝国ホテル、2008年にパレスホテルで私の企画で歌っていただいてからの仲(そのとき、歌っていただいたラフマニノフの「ヴォカリーズ」とシューベルトの「魔王」のドラマティックな歌唱は今も忘れない)。2010年のラ・フォル・ジュルネでは、飯田さんがショパンの歌曲を歌ったコンサートの後、前もって約束していた通り控室を訪れたら、それを見ていた悪意ある人に「樋口は女性の控室にずけずけと入って行った無礼な人間」と2ちゃんねるに書き込まれた。そして先日は、私がブログに電車内でのトラブルについて書いたところ、2ちゃんねるのウソを真に受けたウブな人たち(まあ、要するに頭の作りが簡素な人たち)が中傷のコメントを寄せて、ちょっとした炎上になった。その時、飯田さんご自身が私のブログに2010年の出来事をコメントしてくださり、また、その時の私の行動を目撃していた二人の方も証言を寄せてくれて、一件落着したのだった。

 それをきっかけに、久しぶりに飯田さんと連絡を取り、今回の打ち合わせになった。ある意味で、ウブな人たちの愚かな中傷のおかげで飯田さんと旧交を温めることができたわけだ。人生、何が幸いするかわからないものだ。

 私が担当する多摩大学樋口ゼミでは、上質なクラシック音楽を日本に、とりわけ多摩地区に送ることをめざしてコンサートを企画している。これまでも飯田さんにお願いしたいと何度も考えてきたが、日本を代表するソプラノ歌手に私たちの小規模なコンサートで歌っていただくのはあまりに失礼と思い、遠慮してきた。が、今回、思い切ってお願いすると、快く引き受けてくださった。そんなわけで、私たちのゼミの4年生の企画として飯田さんに歌っていただくことになりそうで、その打ち合わせをゼミ生と行ったのだった。(そのほか、私たちのゼミでは日本を代表するチェリスト山本裕康さんの無伴奏チェロ、現在大活躍中のソプラノ歌手、森美代子さん、若手の注目ギタリスト松尾俊介さんのコンサートも企画している)。

 とても楽しい時間だった。「メデア」の舞台稽古の様子も聞いた。舞台衣装を身に付けた飯田さんの写真も見せてもらった。ライマン自身が飯田さんの歌に満足したという話も聞いた。私も「メデア」を見せていただくつもりでいるが、実に楽しみ。

 なお、飯田さんと話しているうち、飯田さんが演出家の中村敬一さんとおこなったレクチャーの話が出た。その様子がネットに公開されている。これは実に面白い。演出の舞台裏がわかると同時に、「私の名はミミ」を清純なミミ、病弱なミミ、妖艶なミミの演出で歌い分けるところが、最高におもしろい。飯田さんの歌だけでなく、容姿、演技力、そして中村さんの話上手にも引き込まれてしまう。

http://www.hirameki.tv/ipn/mp4/iida.html

 私のゼミでは来年の1月に飯田さんのコンサートを実現したいと思っている。楽しみだ。そして、それ以前に、日生劇場での「メデア」が楽しみだ。

 

 ところで、私がファンクラブの会長を務めているセルビア出身の若手天才ヴァイオリニスト、ネマニャ・ラドゥロヴィチが昨日あたり来日したはず。先日の上海でのネマニャの公演を聴きに行ったファンクラブの中でもとりわけコアなメンバーであるHさんによれば、今回も最高度に期待できそう。

10日にはオペラシティで、11日には新潟で、バッハとメンデルスゾーンのコンチェルトを東京交響楽団とともに指揮+ヴァイオリン! 13日には浜離宮朝日ホールで無伴奏のリサイタル。これも楽しみでわくわくする。

11月には、目当てのコンサートがたくさんある。ただでも目が回るほど忙しいのに、どうなることか・・・。

 

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ひと月以上前の友の死を初めて知った

 今日の午後、親しくしていた友がひと月以上も前に亡くなっていたことを知って愕然とした。

 経営情報学部というところに所属しているのに、実は私は情報機器が大の苦手だ。ワードとメールくらいは何とか使いこなしているが、エクセルもパワーポイントも使えない。パソコンもしばしばトラブルに見舞われて往生している。facebookも必要があって加入しているが、使い方もよくわからないので、よほどのことがない限り、のぞいてみることもない。

 が、今日、原稿が捗らないので、仕事にうんざりして、よくわからないままfaceboookをのぞいていた。どういう仕組みになっているのかまったく理解していないのだが、ともあれ友達登録した人たちのコメントが出ているので、読み始めた。

「カルテット」(映画化されている!)などの小説で知られる鬼塚忠さんのコメントを見つけて、何気なく読んだ。そこに、立川亜美さんの「お別れ会」のことが書かれていた。立川さんは鬼塚さんと私を結び付けてくれた人だ。「お別れ会」というところをみると、立川さんがどこかに引っ越しでもするのだろうかと思いながら読み進めてびっくり。

 9月24日に、立川さんが交通事故で亡くなっていた!

 まったく知らなかった。もう少し丹念にfacebookを見ていたら、もっと前に気づいていただろう。それとも、もしかしたら、メールなどでどこかから連絡があったのを見過ごしてしまったのか。いずれにせよ、亡くなってからひと月以上、何も知らずにいたことになる。のんきなことに、最近、立川さんから連絡がないのでこちらから連絡してみようかなどと考えていたのだった。情報機器が苦手なことを、今日、本当に情けなく思った。

 そういえば、私がIPADを購入して使っていると、「こんなものを使いこなせるようになって、すごいじゃないですかあ」などと立川さんに冷やかされたものだ。

 立川さんはラジオパーソナリティのプロダクションである株式会社サンディの専務取締役。私よりも少し年下の女性だ。FM放送に出演した時に知り合い、意気投合して何度も個人的に食事を共にさせていただいた。コミュニケーション術の本を共著で出したいと考えて、打ち合わせを繰り返していた。最近でこそ多摩大学の仕事があまりに忙しくて会う機会を作れなかったが、昨年までは一、二カ月に一度くらいの割合で顔を合わせる機会があり、公私ともにあれこれと話をしていた。だから、単なる仕事上の知り合いではなく、友と呼ばせていただく。私のゼミの主催するコンサートにも鬼塚さんとともに足を運んでくださった。顔の広い方だったので、コンサートやイベントでもよく顔を合わせた。

 共著が実現せずに誠に残念。それにしても交通事故で亡くなるなんて。人懐こく、明るく元気な声がまた聞こえてきそうな気がする。葬儀にも「お別れの会」にも出席できなかったのが心残りだ。

 遅ればせながら、冥福をお祈りしたい。

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グルベローヴァの「アンナ・ボレーナ」 衰えたりといえども凄まじい!

 10月31日東京文化会館でウィーン国立歌劇場公演「アンナ・ボレーナ」を見た。目当てはもちろんグルベローヴァ。グルベローヴァのおそらく日本での最後のオペラ公演。最終的にはとてもよかった。

 「アンナ・ボレーナ」は、先日、今回と同じ演出の映像(ネトレプコ出演)を見たばかり。カラスのCDは何度か聴いた記憶があるが、実はほとんど私にはなじみのないオペラ。昔々、世界史でも習い、映画「1000日のアン」でも見たイギリスのヘンリー八世によって処刑されたアンの物語。

 グルベローヴァは第一幕の出だしは、まったく衰えを感じさせず、最高に素晴らしいと思った。が、すぐに声がかすれたり、苦しげな声になったり、音程が決まらなかったり。グルベローヴァほどの大歌手でも、衰える時は来る。これまで、多くの歌手の衰えを目の当たりにしてきたが、やはり、グルベローヴァにもその時がきた。

 と、思いつつ見ていたら、そこはグルベローヴァ。並みの歌手とは違う。だんだんと調子が上がってきた。

 もちろん、絶頂期ほどの声の輝きはない。あの頃のように音程がびしっと決まって会場中に響き渡る美声はない。「だましだまし」という表現が一番近いかもしれない。が、会場中の人々を感動させる力は変わらない。アンナ・ボレーが乗り移ったかのように、誇り高く健気な王妃を歌いあげる。ほかの歌手たちとは格が違う。

 第二幕の狂乱の場面は会場中が静まり返る中で、まさしく人々への別れを歌った。苦しげであるだけに余計に悲劇性が高まる。細かいコントロールは甘くなっているが、相変わらずの美しくよく響く声。心の奥にビンビンと響く。

 私が初めてグルベローヴァの実演を見て大興奮したのは1980年のウィーン国立歌劇場来日公演の「ナクソス島のアリアドネ」だから、32年前ということになる。私が初めて購入したCDもグルベローヴァのアリア集だった(なんと14200円だった記憶がある!)。その間、ずっとコロラトゥーラの女王の座を守り、観客を感動させてきたのだから、改めてそのすごさに驚く。最後は満員の客がスタンディング・オーベーション。

 指揮のエヴェリーノ・ピドは音がいきいきしていて、しかも歌わせる。とてもいい指揮者だと思った。飽かせることなく、最後まで聴かせてくれた。ウィーン国立歌劇場のオーケストラは本当に素晴らしい。言うことなし。

 そのほかの役では、エンリーコ8世のルカ・ピサローニがよかった。悪役らしい迫力ある歌。スメトン を歌うエリザベス・クールマンもジョヴァンナ・シーモアのソニア・ガナッシもしっかりした歌で見事。ロシュフォール卿のダン・ポール・ドゥミトレスクも歌はとてもいいのだが、ちょっと太り過ぎ。リッカルド・パーシー卿のシャルヴァ・ムケリアは、ほかの歌手たちに比べて、かなり弱いと思った。音程も不安定。声も少なくとも私の好みではない。この人のせいで、アンナとの二重唱やロシュフォール卿との二重唱も感動できなかった。

 それに、「アンナ・ボレーナ」というオペラ自体、やはり今回のウィーン国立歌劇場公演のほかの2演目に比べると音楽的な弱さを感じざるを得ない。イタリアオペラがあまり好きでない私としては、もう少し音楽的に何とかしてほしいなあ・・・という思いを禁じ得なかった。

 とはいえ、やはりグルベローヴァは凄い。この人と同じ時代を生き、この人の歌を何度も聴けたことを感謝しよう。大満足。

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