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NHKの「ローエングリン、そしてシュヴァルツコップのCD

 昨日、今年の大学での仕事がすべて終わった。気を使う仕事もやっと私の手から離れた。少し安心。

今朝、起きて、疲労困憊している自分に気付いた。今日から正月にかけて原稿を書こうと思っていたが、それは少し先に延ばすことにして、今日はゆっくりすることにした。

 まず、先日、NHK-FMで放送されたミラノ・スカラ座の「ローエングリン」を録画していたものを見た。スカラ座で見た知人が素晴らしかったと言っていたが、まさにその通り。これほど凄い「ローエングリン」は、バイロイトでもベルリンでも、これまで見たことがなかった。バレンボイムの指揮も激しくうねり、ダイナミックであり、かつ繊細でもある。ローエングリンのヨナス・カウフマン、ハインリヒのルネ・パーペ、オルトルートのエヴェリン・ヘルリツィウスは、最高の歌。

エルザを歌うアンネッテ・ダッシュもバイロイトで私が聴いた時よりもずっと声が出ていてよかった.テルラムントのトマス・トマソンも、律儀で真面目な人物像をしっかりと歌って文句なし。

ただ、クラウス・グートの演出については、よく理解できなかった。うろたえて自信なげなローエングリンで、ブラバントにやってきたことに激しい違和感を覚えているようだが、それにどのような意味があるのか最後までわからなかった。

 

 ところで、しばらく前から、時間を見つけて、シュヴァルツコップのCDを聞き続けていた。

このブログにも何度か書いてきたとおり、私は中学生のころからの、ということはつまり47年ほど前からのシュヴァルツコップ・ファンだ。リヒャルト・シュトラウスに導いてくれたのも、そもそもオペラに導いてくれたのも、リートを好きにさせてくれたのもシュヴァルツコップだった。

佐藤勝宏さんが自費出版なさった「エリーザベト・シュヴァルツコップ その声楽人生」を読み、佐藤さんとお話ししてから、私の中でシュヴァルツコップ熱が再燃した。佐藤さんに教えていただいたり、新たに見つけたりの未聴のCDなども新たに購入した。そのいくつかの感想を書く。

 

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「四つの最後の歌」

  今回聴いた中での一番の掘り出し物は、これ。シュヴァルツコップが得意とする「4つの最後の歌」の二つの演奏が収録されている。パウル・クレツキ指揮、ウィーン交響楽団と、ハンス・ミュラー=クライ指揮、シュトゥットガルト放送交響楽団。それだけでなく、「ナクソス島のアリアドネ」の2つのアリアをカラヤン指揮、ベルリン・フィルで歌っている。52年から60年にかけてのライブ音源。音質は十分に鑑賞に堪える。

「4つの最後の歌」のクレツキ伴奏による演奏は、私にとって理想に近い。沈潜した凄味のようなものを含み、ぐいぐいと引きこまれる。シュヴァルツコップの歌に関しては、セルとの演奏よりもずっと率直。クレツキの指揮はかなり控えめで、歌手を立てている印象だが、第4曲のソプラノの歌が終わった後のオーケストラの沈痛さは尋常ではない。

 ハンス・ミュラー=クライ指揮のものは、歌もオケももっと情熱が表に出て、かなりロマンティックな印象。クライはイダ・ヘンデルの伴奏で名前を聞く指揮者だが、単なる伴奏者ではないと思った。情感豊かでとてもいい。

 それにも増して素晴らしいのがカラヤン指揮による「ナクソス島のアリアドネ」の二つのアリア。カラヤン+フルハーモニアの「アリアドネ」全曲盤のシュヴァルツコップの歌も素晴らしい。私はこれをシュヴァルツコップの最高の演奏だと思っている。が、それにもまして、このライブは素晴らしい。ライブであるだけに、シュヴァルツコップは全曲盤よりも自由に歌っており、訴える力が大きい。

 

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「ペレアスとメリザンド」 

 カラヤン指揮、ローマRAI響。1954年のライブ。ほかに、ヘフリガー(ペレアス)、ミシェル・ルー(ゴロー)。これが意外といい。私にわかる限りでは、シュヴァルツコップがとてもきれいなフランス語で歌っている。カラヤン指揮の「ペレアス」といえば、フォン・シュターデがメリザンドを歌ったものが有名だが、私はシュヴァルツコップの録音のほうがフランスの香りが残っていて好きだ。フォン・シュターデのレコードは、このオペラにしてはメリハリがありすぎ、演出がうますぎて、私は違和感を覚えるのだが、それに比べて今度聴いたものはもっと率直。シュヴァルツコップも可憐で不思議な少女を実にうまく歌っている。録音状態も悪くない。

 

・「ヘンゼルとグレーテル」

 カラヤン指揮、フィルハーモニア。ヘンゼルはグリュンマー、グレーテルがシュヴァルツコップ。これはまぎれもない名演。このレコードの存在はずっと昔から知っていたが、どういうわけだが、これまで聴いたことがなかったように思う。初めて聴いて、生き生きとしたヘンゼルとグレーテルの歌唱、そしてカラヤンの音楽づくりに驚嘆。

 

・「コシ・ファン・トゥッテ」

 ベーム指揮の1962年のザルツブルクでのウィーンフィル。配役の多くが有名なレコードと重なっているが、グリエルもを歌うのはヘルマン・プライ。引き締まったとてもよい演奏。シュヴァルツコップに関しては、レコードとかなり印象が異なる。実は私は、レコードはいじくりすぎている気がしてあまり好きではないのだが、このライブのほうが率直で好きだ。ところで、「コシ・ファン・トゥッテ」は、以前、カンテッリ指揮の1956年のミラノスカラ座のライブのCDを聴いて、とてもおもしろく思ったことがある。カンテッリの溌剌として引き締まった指揮もさることながら、シュヴァルツコップの歌にも勢いが合って素晴らしい。

 

・「ディドとエネアス」

 ジェレント・ジョーンズ指揮、マーメイド・オーケストラ。ディドを歌うのは、フラグスタート、シュヴァルツコップはベリンダを歌っている。これもなかなかいい。フラグスタートの堂々たる強靭な歌と、シュヴァルツコップの可憐でちょっと弱い歌が対照的でおもしろい。

 

 そのほか、新たに聴いたものに、オペラ「トロイラスとクレシダ」抜粋(ウィリアム・ウォルトン作曲のオペラからの抜粋。新古典主義の作曲家なので、19世紀のオペラを聴いているのと大差ない感覚で聴ける)、「バクダッドの理髪師」(ブラームスとほぼ同時期に生きた作曲家コルネリウスのオペラ。シュヴァルツコップの歌もおもしろい)、「アブ・ハッサン」(ウェーバーの1時間に満たないオペラ。シュヴァルツコップは好調)、そして、久しぶりに「ホフマン物語」(クリュイタンス指揮、パリ音楽院)、「賢い女」(サヴァリッシュ指揮、フィルハーモノア)、「ジプシー男爵」「ヴェニスの一夜」「ウィーン気質」「微笑みの国」(アッカーマン、フィルハーモニア)も聞き返した。本当にこのころのシュヴァルツコップは声もしっかりと出ており、迫真力に富んでいて実にいい。音程がびしっと決まっていないところもないではないが、それも魅力の一つだと思う。どっしりしておらず、どこか弱さを持った人間が浮かび上がってくる。

 私は多少凝り性のところがあって、いったん聴き始めると、すべての演奏を聴こうとする傾向がある。そのためにかなりお金と時間を使ってしまっている。本当は改めたい性格なのだが・・・

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「メデア」芸術祭大賞受賞、ミニコンサート、そして多摩市民第九演奏会

 文化庁主催の芸術祭の音楽部門の大賞をライマン作曲のオペラ「メデア」の二期会公演が受賞したことを知った。

もちろん、下野竜也の指揮、飯塚励生の演出、読売日本交響楽団の力にもよるだろうが、その主役のメデアを演じたのが、飯田みち代さん。私たち多摩大学樋口ゼミが1月9日にコンサートを企画している日本を代表するソプラノ歌手だ。逆に言うと、私たちのゼミは、それほど素晴らしい演奏家に演奏していただいているということだ。これはゼミにとってまさしく朗報。飯田さんおめでとうございます!

1月9日の樋口ゼミ主催のコンサートについては、以下をご覧いただきたい。

http://yuichi-higuchi.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-3849.html

 

本日12月22日、東京児童療育病院(みどり愛育園)で、本田佳奈さん(1st vn)、石井花菜美さん(2nd vn)、伊藤瑳紀さん(va)、福原明音さん(vc)の四人の桐朋学園大学の学生さんによる弦楽四重奏演奏のミニコンサートを多摩大学樋口ゼミ主催で開いた。

クラシック曲はバッハの「主よ、人の望みの喜びを」のみで、あとはクリスマス曲など。聴いてくれたのは障がいのある子どもたち。

障がいのある子どもたちなので、音を立てることもある中で、四人はとてもよい演奏をしてくれた。四人の才能あふれる学生に感謝。子どもたちも真剣に聴いてくれた。喜びを体で表現してくれる子もいた。音楽の力は素晴らしい。生の音の素晴らしさをきっとみんなが味わってくれたと思う。

多くの人に音楽の素晴らしさを伝えたい。障がいのある子どもたちは生の音楽を味わう機会が少ないはずだ。今回の企画をしたのは、私のゼミに所属している障害のある女子学生だった。このような活動を続けたい。間違いなく、音楽の力は子どもたちの魂の中に入り込むだろう。

 

その後、車でパルテノン多摩に急いで、第26回多摩市民第九演奏会を聴いた。古谷誠一指揮によるTAMA21交響楽団、合唱は多摩市民「第九」をうたう会。とてもよかった。

初めに「ナブッコ」序曲と「いけ、わが想いよ、黄金の翼に乗って」。消えゆくような合唱の最後は素晴らしかった。

第九もみごと。もちろん、先ごろ聴いたバイエルン放送交響楽団や昨日聴いた読売日本交響楽団とはかなり違いはあるが、木管(とりわけ、オーボエとフルート)が実にしっかりして、弦が美しい。指揮者の表現をしっかりと実現している。弱点はあるが、それ以上に感動的な個所がいくつもあった。指揮の古谷(「こたに」と読むらしい)さんも実に知的な組み立てで、オケの弱点を理解したうえで、メリハリをつけていく。はらはらしながら聴く、ということもなく、大いに感動した。アマオケといえども軽んじることはできない。70年代に聴いていた在京のプロのオーケストラとそれほどレベル的に変わりがないのではないか。

ソリストも素晴らしかった。まず、バリトンのカルロ・カンにびっくり。昨日、与那城さんに圧倒されたばかりだったが、与那城さんにも匹敵する素晴らしさ。テノールの村上敏明、アルトの菅家奈津子も文句なし。音程のしっかりした声が伸びる。そして、ソプラノの宮澤尚子にはもっとびっくり。太めの美しい声でりんりんと響く。こんな素晴らしい歌手たちが聴けるとは思わなかった。

合唱もみごと。間違いなく素人集団だと思う。男性陣の人数が少ないために、声を張り上げているのだろう、男声がときどき苦しそう。が、全体的には感動をかきたて、喜びの思いを場内に響かせていた。

パルテノン多摩大ホールが満員になっていた。もちろん、合唱やオケの人々が知り合いを呼んで満員にしたということだろうが、義理で来た客も間違いなく第九の素晴らしさに触れて感動したことだろう。そして、演奏する人々と思いを一つにして喜びを感じたことだろう。これが「第九」の凄いところだと思う。

非常に満足。このようなレベルの高い演奏がなされ、それを多くの市民が聴く。ともに音楽を味わう。私はこのようなことをもっと日常的なことにしたくて、ゼミ活動を行っている。

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カンブルラン+読響の第九、見事!

 昨日(12月21日)、やっと大学の今年の授業が終わった。少しだけ時間的な余裕ができた。

 12月22日、東京芸術劇場でシルヴァン・カンブルラン指揮、読売日本交響楽団によるベートーヴェンの第九の演奏を聴いた。木下美穂子(ソプラノ)、林美智子(メゾ・ソプラノ)、小原啓楼(テノール)、与那城敬(バリトン)、合唱は三澤洋史の指揮による新国立劇場合唱団。

 第一楽章が始まった途端、あまりの速さに驚いた。CDではこのくらい速い第九の演奏をいくつか聴いた記憶があるが、実演では初めて。荘重さを大袈裟に作り出すのではなく、無駄なものをそぎ落とした、引きしまった現代的な第九といってよいだろう。曲の構造を浮かびあがらせ、アクセントを強くし、リズムを強調して音楽的なドラマを作り出す。

 私としては、あまりの速さとあまりのアクセントの強さに多少の抵抗を感じないでもないが、それはそれできわめて説得力がある。情緒に流れることなく、ぐいぐいと音楽を推進し、要所要所ではびしっと決める。しばしば感動に震えた。読響はこの速さにしっかりとついて、美しい響きで答える。第二楽章のティンパニも見事。

 先日、ヤンソンス+バイエルン放送響の圧倒的な第九を聴いたばかりだったが、今回もまた大いに感動した。まったく別のタイプの演奏だが、かつての巨匠風の壮大な作りを否定しようとしている点では共通する。

 ただ、第3楽章については、もう少しゆっくり演奏してくれるほうが、私としては感動すると思った。もちろん、カンブルランはもっと別の感動を求めようとしているのだと思うし、確かに説得力を感じる部分もあったが、やはり急ぎすぎの印象。

 第四楽章は、実に素晴らしい。バリトン独唱の始まる前の部分も、きわめて知的に処理して、不自然さは少しも感じさせない。歌手たちも堂々たる歌唱。とりわけ、与那城さんのバリトンは、世界の名歌手たちにまったく引けを取らないと思った。テノールは、高橋淳さんが健康上の理由でキャンセルになった。小原さんはとても立派に歌っていたが、高橋淳ファンの私としては高橋さんの歌を聴きたかった。最後は劇的に盛り上がった。

 第九の演奏会は、ふだんほとんどクラシックのコンサートに足を運ばない人がかなりいるようで、私の慣れているコンサートと雰囲気が異なる。演奏中に話をする人、プログラムをぱらぱらめくって読む人もたくさんいる。が、第九はそのような人たちも引き付ける力を持っている。最後には誰もが感動した様子を見せる。ただし、素晴らしい演奏のわりには大喝采にならなかったのは、きっとコンサートに慣れていない人たちが、あまりおおげさに表現しないせいだろうと思う。

 それにしても、年末の池袋は人であふれている。人込みをかき分けながら、家路についた。

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マリア・アレイダの驚異のコロラトゥーラ

 12月20日、武蔵野市民文化会館小ホールで、マリア・アレイダのソプラノ・リサイタルを聴いた。まだかなり若くて、かなりきれいな歌手。私は名前さえ聞いたことがなかった。ピアノ伴奏は斎藤雅広。まさしく驚異のコロラトゥーラ。

 前半は、コロラトゥーラ名曲集という感じ。グローテの「ナイチンゲールの歌」で始まったが、いきなりコロラトゥーラ全開。その後、デラクァの「牧歌」、グラナドスの「嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす」、グノーの「おお、かよわき燕、ドリーブの「ラクメ」の「鐘の歌」、「リゴレット」のジルダのアリア、「ホフマン物語」のオランピアのアリア。

 表現力はまだ十分に開発され尽くしていないと思った。それにときどきコントロールの甘いところがある。まだ完成されていないといっていいだろう。これからもっと上手になって行く人だと思う。が、高音の声の美しさ、その響きの強さは比類がない。「一体、どこからこの声を出しているんだろう」というプリミティブな疑問を抱きたくなるような人間の声とは思えない高音がホール全体に響き渡る。これはほかの誰にも真似できない技だと思う。

 後半は、クリスマスキャロルや「ロンドンデリーの歌」など、あまりコロラトゥーラが表に出ない選曲。最後はモーツァルトの「アレルヤ」。実を言うと、私は後半の選曲は多少物足りなかった。それに、このような単純な曲だと、ピアノ伴奏がやりにくそう。いつものように斎藤雅広の名人技のピアノ伴奏なのだが、後半の曲では、多少、歌と合わないところを感じた。

 アンコールは、「キャンディード」の有名なアリア。これは絶品。素晴らしかった。後半、感動に襲われた。英語の歌が実にいい。ほかのどの曲よりも、本当に自分のものにしている感じ。アンコールの2曲目は、本日の最初に歌ったグローテの「ナイチンゲールの歌」。きっと本人は、最初の歌はまだ本調子でなかったということだろう。素晴らしかった。

 一般には名前は知られていない名歌手の演奏を聴けるのは、武蔵野市民文化会館ならでは。改めて、企画の素晴らしさに驚いた。

 

 ところで、しつこいようだが、多摩大学樋口ゼミ主催のコンサートの紹介をまたもしておく。詳しくは本ブログの11月24日の記事参照。

http://yuichi-higuchi.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-3849.html

 

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2013年1月9日19時、ライマンのオペラ「メデア」日本初演の主役を歌って大きな感動を巻き起こした日本を代表するソプラノ歌手・飯田みち代が、話題の作曲家、笠松泰洋のシンセサイザーを伴奏に歌う。曲目は、シューベルトやフォーレの歌曲、笠松泰洋の曲など。場所は、九段下駅から徒歩3分のところにある寺島文庫Caf
é「みねるばの森」(多摩大学の寺島実郎学長が運営する知の殿堂というべきカフェ)。軽食・飲み物付きで4000円。40人しか入らない狭い空間で、飯田さんの歌を目の前で聴ける!!

 予約申し込み先 08046041560(浅島)add9_imagine1560@i.softbank.jp

 

 

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2013年2月3日19時、若手のコロラトゥーラ・ソプラノを代表する森美代子とギターの新星松尾俊介のデュオ。曲目は、ジブリの歌やコロラトゥーラの名曲。場所は、京王・小田急の永山駅から徒歩1分の永山公民館ベルブホール。子どもからお年寄りまで楽しめる親しみやすい曲やコロラトゥーラの名人芸が味わえる!

料金は一般1000円、学生800円、中学生以下500円。

予約申し込み先 wanokokolo@softbank.ne.jp

 

 

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「マイスタージンガー」のグラインドボーンのDVDのことなど

 久しぶりの休み。会議や推薦入試やAO入試、オープンキャンパスなどで休日出勤も続いていた。大学の授業のない日もあったが、そんな日も何かしらの出かける仕事が入って、ゆっくりできなかった。20日ぶりくらいの休み。今日は身体を休める。

 昨日は衆院選挙だった。選挙結果については、私の望む方向にはならなかったが、やむを得ないと思う。この3年間の民主党のマニフェスト違反や言葉をなくすような無能ぶりは、国民の信頼を失って当然だと思う。今回の選挙の結果を受けて、自民党が自信を持ちすぎて右傾化するのを恐れるが、とりあえず日本がしばらく安定するのは好ましいことだろう。その間に、民主党もこの3年間を反省して、現実的な力をつけてほしいものだ。次の選挙まで、民主党が健在だといいのだが・・・。

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 そんななか、しばらく前に購入したまま見る機会のなかったDVDを見た。グラインドボーン音楽祭2011年の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。

何よりもハンス・ザックスを歌うジェラルド・フィンリーが圧倒的。歴史に残る当たり役ではないか。太くて美しい声で、しかも実にしなやか。表現力豊かで、喜怒哀楽のある人間的な要素が浮かび上がる。私は、昨年のザルツブルク音楽祭で、フィンリーの歌うドン・ジョヴァンニを見て、凄味のある歌と演技に驚嘆したが、ザックスにおいても同じことが言える。

これまでフィンリーはワーグナーを歌ったことがないという。が、これを聴くと、ザックスだけでなく、もっとヴォータンも歌ってほしいと思う。

それに比べるとほかの歌手たちはかなり小粒といえるかもしれない。ベックメッサーを歌うヨハネス・マルティン・クレンツレは芸達者で歌も実にいい。ヴァルターのマルコ・イェンチュ、ダヴィットのトピ・レティプー、エファのアンナ・ゲイブラーは容姿は理想的だが(ただ、ちょっとイェンチュは少し太りすぎ)、歌は弱い。実演を聴くと、もっと強くそれを感じるだろう。

指揮のヴラディーミル・ユロフスキはきびきびした指揮ぶり。ちょっとメリハリが付きすぎて、ワーグナーらしいじっくりとしたうねりがあまり感じられない。そのため、前半は違和感を覚えたが、だんだんと納得していった。「トリスタンとイゾルデ」や「リング」でこのようにされると困るが、この楽劇はこれでよい。オケのコントロールに関しては、私は大いに満足。

デイヴィッド・マクヴィカーの演出はきわめて穏当なもの。奇をてらったところはまったくない。時代をワーグナーが少年時代を過ごした19世紀初めに移しているとのことだが、違和感はない。ベックメッサーがちょっと大柄なシューベルトのように見える。人物の表情や集団の動きが実に計算されており、見ていて楽しいし、美しい。これこそ王道の才能ある演出といったところだろう。フィンリー以外の歌手はかなり弱いとは言えるが、演劇として見たところでは、しっかりと人物として動いているので、特に不満はない。一言で言って、とても満足できる映像だ。

ところで、ワーグナーつながりで少し付け加える。

NHK-FMの年末のバイロイト音楽祭の全演目放送にゲストとして呼ばれた。解説は音楽評論家の広瀬大介さん。私が学生のころ、毎年、柴田南男先生の独特の語りによる解説の入るこの番組を何よりも楽しみにし、必死の思いで録音しては繰り返し聴いたものだ。その意味で、あれから40年ほどたって、この番組にかかわれたことは、内心、実にうれしい。

すでに収録を終え、26日の放送予定。全体的には、広瀬さんのおかげで楽しく話ができたのだが、「あれを言うべきなのに、言わなかった」「質問された時、うろたえてしまって、バカなことを言ってしまった」ということがいくつもある。でも楽しかったから、まあいいか・・・。

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マンツのクラリネット演奏はとても楽しかった

 1210日、武蔵野市民文化会館小ホールで、セバスチャン・マンツのクラリネット・リサイタルを聴いた。ピアノは三輪郁。とても楽しめた。

 前半は、シューマンの幻想所曲集作品73とブラームスのクラリネット・ソナタ第1番。後半は、ドビュッシーの第一狂詩曲、フランセの主題と変奏、ミヨーのスカラムーシュ。つまり前半はドイツ、後半はフランスの音楽。マンツはユーモアある口ぶりで観客に話しかける。ピアノの三輪さんが通訳。三輪さんの通訳も人柄を反映してか、とても楽しく、客の笑いを誘う。

 ブラームスは、輪郭の明確なくっきりとした音楽づくり。かなり若々しくて晩年のブラームスの雰囲気はない。あまりのめりこむ演奏ではなく、かなり客観的。しかし、音が美しく、構成がしっかりしている。客観的な音の中にぐっと抑えたロマティックな心がのぞく。私はとても心ひかれた。

 後半は、ユーモラスで楽しい音楽が中心。私の知らない曲ばかりだった。3曲とも、ジャズなどの影響を受けたアメリカっぽさのある曲といえるかもしれない。孫のために書いたというフランセの曲がおもしろかった。孫を表すテーマが示され、様々な孫の行動が返送曲によって示される。クラリネットの悪戯っぽい音で表現されるので、とてもユーモラス。クラリネットのテクニックは実に素晴らしい。ミヨーの曲も軽妙で楽しい。

 ピアノの三輪郁も、のめり込まずに客観的なところが実にいい。大人の音楽の雰囲気がある。マンツのクラリネットに実にピッタリ。

 アンコールは知らない作曲家の知らない曲が2曲。アレック・テンプルトン作曲ポケットサイズ・ソナタ第1番の第三楽章と、アドルフ・シュライナーの「インマー・クライナー(だんだん短く)」。後者は、クラリネットを分解してだんだん短くし、最後にはリードだけで演奏する曲。とてもユーモラスでありながら、技巧をこらした曲。

 とても楽しかった。実に満足。

 

 ところで、しつこいようだが、多摩大学樋口ゼミ主催のコンサートを告知する。私たちのゼミは、クラシック音楽を多くの人に聞いてもらうための活動をしている。ぜひとも、多くの方においでいただきたい。詳しくは、前回(12月5日)のブログ記事をご覧いただきたい。

 

●飯田みち代+笠松泰洋のデュオ (日本を代表するソプラノと話題の作曲家のデュオ!)

・演奏曲目 シューベルト 「楽に寄す」「野バラ」 笠松泰洋「ラクリモーザ」「足羽川」

山田耕筰「さくらさくら」「からたちの花」フォーレ「リディア」など

・1月9日 19時開演 文庫café みねるばの森(九段下駅 徒歩3分)

・料金  4000円(軽食ドリンク付き)

・連絡先 080-4604-1560add9_imagine1560@i.softbank.jp(浅島)

 あるいは樋口裕一ブログ

 

●森美代子+松尾俊介デュオリサイタル(若手を代表するソプラノ歌手とギターの新星のデュオ)

・曲目 「もののけ姫」「いつも何度でも」などのじぶりの歌 オッフェンバック 「ホフマン物語」よりオランピアのアリア「森の小鳥は憧れを歌う」ドリーブ 「カディスの歌」

・2月3日19時開演 多摩市永山公民館 ベルブホール(小田急・京王の永山駅より100メートル)

・入場料 一般1000円、学生800円、中学生以下500円。

・チケット申し込み連絡先 wanokokolo@softbank.ne.jp あるいは樋口裕一ブログ

 

●山本裕康(チェロ) バッハの無伴奏チェロ組曲全曲演奏

 日本を代表するチェリストの山本裕康が、40人を前にバッハの無伴奏チェロ組曲を演奏する。客は40人前後。気軽に飲み物を飲みながら、奥深いバッハの世界に入ることができる。

 第一回 29日(土)で 第1と第5番、第二回は 420日(土)で第2番と第6番、第三回は 622日(土)で 第3と第4番。料金は一回につき4000円。全3回通し券で10000円。すべて軽食ドリンク付き。

 申し込み先 tamazemi@gmail.com あるいは樋口裕一ブログ

 

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新国立「セビリアの理髪師」、そして、樋口ゼミ主催コンサートのこと

12月4日、新国立劇場「セビリアの理髪師」公演を見た。正直言って、期待していたほど楽しめなかった。

 歌手は図抜けた存在はいないが、特に不満だったわけではない。フィガロのダリボール・イェニスとロジーナのロクサーナ・コンスタンティネスクはしっかりした美声。バルトロのブルーノ・プラティコは独特の声で、なかなかの芸達者。ドン・バジーリオの妻屋秀和、ベルタの与田朝子もまったく引けを取らない。とりわけ、妻屋さんの声には圧倒された。ただ、アルマヴィーヴァ伯爵を歌ったルシアノ・ボテリョはちょっと期待外れ。ロッシーニのテノールが難しいのはよくわかるが、もう少し、張りがほしい。

 東京フィルハーモニーももちろんしっかりと演奏し、合唱も良かった。だから、たぶん、私が退屈した原因は、指揮と演出にありそうだ。

 カルロ・モンタナーロの指揮にかなり一本調子なところを感じた。曲想が変わっても同じ雰囲気が続く。だから、わくわくしない。オケはしっかりそろい、きちんと整理されているのだが、音が生きてこない。せっかくフィガロが「街の何でも屋」を歌い、ロジーナが「今の歌声は」を歌い、ドン・バジーリオが「陰口はそよ風のように」を歌っているのに、私はあまり楽しめなかった。第一幕幕切れの大混乱の部分も音が大きくなるだけ。

 それにヨーゼフ・E ケップリンガーの演出にも、私はおもしろさを感じなかった。第二幕には笑っている人がたくさんいたので、私とセンスが合わないだけだったのかもしれないが、私は笑う気になれなかった。第一幕冒頭、楽師たちが集まっているはずなのに、音楽はラジカセのようなもので再生されるという設定のようだ。ギャグのつもりかもしれないが、私はまったくセンスを感じなかった。しかも、娼館があったり、子どもたちや妊婦や壁塗り職人や学生などが登場したりするが、そうしたことにどんな意味があるのかよくわからない。様々な階級がごたまぜになった猥雑感のようなものを出したいのかもしれないが、どうもそれが伝わらない。

それに、ロッシーニのオペラなのに、まるでバイロイトの演出のように、歌手がアリアを歌っているときに、あちこちで寸劇をやっている。そのため、笑いの焦点が定まらない。小さなギャグの一つ一つが私のツボから外れる。なんだか、いろんな人物を出して、ごちゃごちゃさせ、いくつものギャグを織り交ぜ、お金と手間をかけてわざわざつまらなくしてしまったように感じた。

 ただ、第二幕の嵐の部分の演出はおもしろかった。絵としてとても美しい。配色がみごと。大変失礼ながら、ここだけ決まっているように感じた。

 夏にザルツブルク、バイロイトに行き、先日、ヤンソンス+バイエルンのベートーヴェン・チクルスを聴いたばかり。少々なことでは満足できなくなっている自分を発見。少し前なら、このレベルの「セヴィリアの理髪師」を見たら、間違いなく満足しただろう。

 というわけで、少々欲求不満を抱きながら、帰途についた。期待が大きすぎたのか・・・。

 

 ところで、多摩大学樋口ゼミ主催のコンサートの案内させていただく。私のゼミでは、学生が主体となって、クラシック音楽を多くの人に聴いていただくため、コンサートを企画運営している。数日前、このブログでコンサートの愛内を書いた。新たに詳細が決まったものもあるので、付け加える。

 

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●飯田みち代+笠松泰洋のデュオ 1月9日(水)

 ライマンのオペラ「メデア」日本初演のタイトルロールを歌って大きな感動を巻き起こした日本を代表するソプラノ歌手・飯田みち代さんと蜷川幸雄氏の舞台音楽を手掛ける話題の作曲家・笠松さんのデュオを、軽食ドリンク付きで。場所は、テレビでおなじみの寺島実郎・多摩大学学長の運営する「文庫Café みねるばの森」。

 

・演奏曲目

シューベルト 「楽に寄す」「野バラ」

笠松泰洋「ラクリモーザ」「足羽川」

山田耕筰「さくらさくら」「からたちの花」

フォーレ「リディア」

ドナウディ「私の愛の日々」

マスカーニ「友人フリッツ」より「わずかな花を」(ただし、変更の可能性あり)。

・日時 1月9日 19時開演 

・会場  文庫café みねるばの森 (九段下駅 徒歩3分)

・料金  4000円(軽食ドリンク付き)

・チケット予約連絡先 add9_imagine1560@i.softbank.jp 

 080-4604-1560(浅島)あるいは樋口裕一ブログ 

・当日券あり        

 

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●森美代子+松尾俊介デュオリサイタル (2月3日 多摩市永山公民館 ベルブホール)

 さきごろ都内で上演されたチャイコフスキーのオペラ「イオランタ」でタイトルロールを歌って大きな話題になった大活躍中のソプラノ歌手・森美代子と、ギターの新星として大評判の松尾俊介のデュオコンサート。「音符の森の木の下で  楽譜の中のワンダーランド」と題して、「じぶり」の歌やファンタジーにあふれたクラシックの親しみやすい曲をお贈りする。

・曲目

「もののけ姫」「いつも何度でも」などのじぶりの歌

武満徹 「小さな空」

オッフェンバック 「ホフマン物語」よりオランピアのアリア「森の小鳥は憧れを歌う」

ドリーブ 「カディスの歌」

「禁じられた遊び」(ギターソロ)

 

・日時 2月3日19時開演

・会場 多摩市永山公民館 ベルブホール(小田急・京王の永山駅より100メートル)

・入場料 一般1000円、学生800円、中学生以下500円。

・チケット申し込み連絡先 wanokokolo@softbank.ne.jp あるいは樋口裕一ブログ

・当日券あり

 

●山本裕康(チェロ) バッハの無伴奏チェロ組曲全曲演奏

 何と日本を代表するチェリストの山本裕康がいよいよ知の殿堂「文庫café みねるばの森」にて、バッハの無伴奏チェロ組曲を演奏する。客は40人前後。気軽に飲み物を飲みながら、奥深いバッハの世界に入ることができる。

 第一回 29日(土)で 第1と第5番、第二回は 420日(土)で第2番と第6番、第三回は 622日(土)で 第3と第4番を予定している。料金は一回につき4000円。全3回通し券で10000円。すべて軽食ドリンク付き。

(なお、前回、このブログで告知した際には、2回目を46日としていたが、都合により420日に変更)

 申し込み先 tamazemi@gmail.com あるいは樋口裕一ブログ

 

 

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ヤンソンス+バイエルンのベートーヴェン8・9に大感動

 121日、サントリーホールで、マリス・ヤンソンス指揮、バイエルン放送交響楽団のベートーヴェン・チクルスの最終日、交響曲第8番と9番の演奏を聴いた。これはもう言葉をなくすほどの素晴らしさ!! 

 前半は8番。これも圧巻だった。きりりと引き締まっていながらも、しなやかで躍動的。音楽をゆがめることは一切していない。大袈裟に自己主張することもない。ふつうに演奏しているのだが、そこに様々な工夫がなされ、極上の音楽が生まれてくる。そして、きわめて論理的。音が緻密に構築され、それが折り重なって一つの世界を作り出していく。第一楽章と第四楽章にとりわけ圧倒された。

 個性的な演奏を好む人は、ヤンソンスの指揮を物足りないと思うかもしれない。だが、私は、これぞ演奏の模範だと思う。音楽そのものに内在するものをすべて描き出している。どこかを恣意的に誇張するわけでもない。それでいて、最高の感動を引きだしている。神技としか思えない。

 後半は第九。これは8番に勝る凄さ。

 力むことなく、素直に始まる。3番や5番と同じように、それほど英雄的でも悲劇的でもない。おどろおどろしさもない。だから、「苦悩を経て歓喜へ」という感じはあまりしない。だが、音楽が生きているので、そのようなドラマ性が感じられなくても、音楽そのものにぐいぐいと引きつけられていく。

 第2楽章のティンパニの素晴らしさに驚嘆。躍動そのもの。しかも、楽しい。うきうきする。心が躍動する。この楽章の最後の音がびしっと決まって本当に心地よい。第3楽章は穏やかで幸せな世界が広がった。ホルンの音、そしてオーケストラのファンファーレが魂を昇華させる。まさしく至福の時。第4楽章は、まさに喜びに沸きたつ。

 ソプラノのクリスティアーネ・カルク、アルトの藤村実穂子、テノールのミヒャエル・シャーデ、バリトンのミヒャエル・ヴォッレ、みんなが実に素晴らしかった。

 最後はもう幸せいっぱい。高らかに笑顔で喜びをいっぱいに歌う。フルトヴェングラーなどを聴くと、打ちのめされ絶望した後の歓喜を強く感じるが、ヤンソンスは育ちがよいせいか、深い絶望の経験がないのだろう。だから、絶望の後の歓喜ではない。だが、そうであるがゆえに、いっそう屈託のない幸せが感じられる。まさしく等身大の歓喜。その分、実にリアリティがある。

 ベートーヴェン・チクルスを聴き終えて、最高に幸せだった。2010年の大晦日にベートーヴェンの全9曲をロリン・マゼールが指揮した「ベートーヴェンは凄い!」も凄まじかったが、それにも勝ると思う。ヤンソンスの正統派指揮の凄さを味わい、バイエルン放送交響楽団の実力を思い知った。むりに個性的にしなくても、無理矢理どの部分かを誇張しなくても十分に観客を感動させられることをヤンソンスは教えてくれた。

ともあれ、一生の思い出になるベートーヴェン・チクルスだった。

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ヤンソンス+バイエルンのベートーヴェン6・7番も素晴らしかった

1130日、サントリーホールでマリス・ヤンソンス指揮、バイエルン放送交響楽団のベートーヴェン・チクルス、ベートーヴェンの交響曲第6番・7番を聴いた。一言で言って素晴らしかった。

これまで1番から5番までを聴いてきたが、もちろん同じ路線。メリハリがあり、切れが良いが、わざとらしくなく、実に豊かで自然。正攻法で、小細工はまったくない。大袈裟に振りかざすのでなく、内的な喜びにあふれている。細かいところに実に神経が行き届いており、音楽がまったく停滞しない。ちょっと停滞しかけると、ヤンソンスがアクセルを少し踏み込んですぐに生き生きとしてくる。信じられないような知性で音楽を組み立て、オーケストラは即座にそれに反応していく。

6番「田園」は美しいという言葉しか浮かばない。管楽器がとりわけふくよかで素晴らしい。起伏に富んだドラマを展開して第五楽章ではまさに賛歌になる。幸せにあふれ、内的な喜びが充満する。

7番は、実に論理的な演奏だと思った。これ見よがしにリズムを強調するわけではない。ヤンソンスは、音と音の重なりあい、展開の妙に重点を置いているように思える。私はこれまでこの曲を聴くときには、躍動するリズムに酔ってきたが、今日はむしろ理詰めの音が次々と押し寄せ、それが見事に整理され、高揚に向かっていくのに感嘆した。論理的感動とでもいうべきものを感じた。

ただ、実を言うと、今日のコンサートの前半、ちょっと音楽に乗れずにいた。音楽がよくないわけではない。ただ、目の前にいる客二人が、スポンサーになっている企業関係の人らしく、音楽を聴いている人とは異なる動きをする。きょろきょろしている感じ。演奏中にプログラムをぱらぱらめくったりもする。まったく音楽と関係なく、しかも頻繁に頭が動くので、どうしても違和感を覚えた。

コンサートでの感動の一つに場内全体の一体感がある。最高度に感動した時というのは、コンサート全体が一つになって盛り上がった時だ。だから、目の前で一体感が殺がれると、どうも乗れなくなってしまう。その客を非難するつもりはない。はじめてコンサートに来たのだろう。それはそれで、クラシックファンからすると、とてもありがたいことだ。私ももっと寛容になりたいと思った。が、どうしても乗り切れなかった。

それと、私の視野に入るP席の前のほうの二人が演奏中に何度もおしゃべりをしているように見えた。もちろん、私にその話声が聞えるわけではないので、特に気にする必要はないのだが、ヤンソンスがそれに気づいたらどう思うだろうかと気になってしまった。P席の前のほうの列なので、ヤンソンスにも十分に見えるはずだ。

私は講演などをしている時、客がおしゃべりをしていると、とても気になる。おしゃべりを早くやめてほしいと願いながら講演を進める。大学の授業などでは、「静かに!」と一喝するが、大人のお客相手の講演などではそうもいかないので、困ってしまう。しゃべっている人は気付かれてないと思っているのかもしれないが、壇上にいると、一人ひとりのしゃべりが手に取るように見える。もしかしたらヤンソンスもおしゃべりに気づいているかもしれない、ヤンソンスが気を悪くしなければいいが、などと余計なことを考えているうちに、音楽に乗れなくなった。

とはいえ、ベートーヴェンの7番の第3楽章になると、これは「乗れない」などと言っていられなくなる。先ほど述べたような論理的な音の洪水に鳥肌が立ち始めた。第四楽章に至っては悪寒がしてきて、風邪でも引いているのではないかと思ったほど。が、どうやら感動の震えだったらしい。

終わってみれば、やはり大いに感動していた。素晴らしい指揮者に素晴らしいオーケストラ。音楽を聴く幸せを今日も心ゆくまで味わった。

 

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