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映画「レ・ミゼラブル」と伯母の死

 日曜日の夜から京都に来ている。京都産業大学の集中講義のため。

 京都に着いてすぐになじみのマッサージ店に行き、なじみの和食の店、新阪急ホテルの美濃吉で京懐石「鴨川」を食べた。これが京都に来た時の習慣になっている。相変わらず「鴨川」はおいしかった。白みそ仕立てがまさしく絶品。これほどリーズナブルな料金でこんなおいしい和食を食べられるのは実に幸せ。

 今日は大学での授業が終わった後、京都駅付近のイオンモール内の映画館に急ぎ、「レ・ミゼラブル」を見た。

「レ・ミゼラブル」は、子どもの頃「ああ無情」を感激して読み、大人になってから新潮文庫でユーゴー原作の大部の小説を読んだ。私はミュージカル映画はあまり好きではない(オペラ好きの人間からすると、ミュージカルを歌う役者たちの歌の下手さがどうにも我慢できない)ので、今話題の映画については特に見たいとは思っていなかったのだが、信頼できる知人の何人もがこの映画に感動したというので、京都滞在中に見ようと思い立った。

 入場券を買おうとして、何とシルバー料金で入れることを知った。複雑な思いもしないではないが、一般料金の半額近くで見られるのは、なにはともあれ、うれしい。

 とても良い映画だった。実によくできている。ストーリーの運び、映像、役者たちの演技、カメラワークなどなど、圧倒されてしまう。コゼット登場まで、前史のように手際よくストーリーを進めるが、映像と音楽の力によって、まるであらすじ紹介のような画面ながら、十分に登場人物に感情移入させられる。

ジャン・バルジャンのヒュー・ジャックマンとジャベールのラッセル・クロウ、フォンティーヌのアン・ハサウェイの顔の表情、仕草の一つ一つが実にいい。ちょっと癪に障るが、監督の意のままに操られて、登場人物の何人かに激しい怒りを覚え、強く共感し、涙を流してしまう。私は、学生運動さかんな時期に高校生、大学生時代を送ったので、今でも民衆が蜂起するような場面になると、血が沸きたってくる。ジャンの死の場面以上に、民衆蜂起の場面に涙を流しながら見た。

 いつのころからか7月革命が舞台のような気がしていたが、そうではなかった。その2年後のことらしい。王政からの解放が、国民中心の国家統一やロマン主義に結びついていることが、この映画からもよくわかる。

 オペラが、グルックからモーツァルト、ワーグナー、シュトラウスへと進化したように、ミュージカルも、私が以前見ていた「サウンド・オブ・ミュージック」や「マイ・フェア・レディ」などと比べてかなり進化しているように思えた。「マイ・フェア・レディ」がモーツァルトだとすると、「レ・ミゼラブル」はまさしくワーグナー。台詞と歌の区別がなく、ずっと歌が続くところもワーグナーに近い。

ただ、音楽に関しては、「やはりオペラのほうがいいなあ」と思ってしまう。とはいえ、歌手が下手だという気持ちはほとんど持たなかった。まったく違和感なく、映画の世界に引き込まれた。

 映画館から出て、携帯電話を確認したら、父の声で伯母の死を知らせる留守電が録音されていた。

父は五人兄弟で、これまで全員が90歳前後で元気だった。その一人だった伯母がついに亡くなったことになる。明るくて元気な伯母だった。生涯を九州の山間部で暮らしたが、ピアノを弾いたり、自費出版の本を出したりして、実に開明的な伯母だった。田舎の価値観と合わずに、しばしば周囲と衝突を起こしていたらしい。生まれたのがもう少し後だったら、社会的に活躍した女性になっていたかもしれない。ガンにかかったとのことだったので、今度、九州に行く機会があったら見舞おうと思っているのだが、間に合わなかった。

伯母が元気だったころが目に浮かぶ。それは、伯母が今の私よりもずっと若いころの姿だ。

合掌。

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