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九州での3日間

 今日は昨日までの疲れをとるために、一日中、自宅でゆっくりした。

21日から2泊3日で九州にいた。私が塾長を務めている通信添削塾・白藍塾の仕事で大分市に行く必要があったので、それを利用して、両親のいる大分県日田市に寄ったのだった。その間のことを少し整理してみる。

 4月21日。午前中に家を出て、羽田から福岡を経由して、高速バスで日田に向かった。5歳まで私は日田で暮らしていた。実家に着いてすぐに、両親、従姉とともに外に出て食事。

両親は90歳に近いので、昔のようにはいかない。足が弱っているので、歩くのが危なっかしい。無理もできなくなっている。母は手に痛みが走るようで、家事も満足にできない様子。父の食事などのために家事をせざるをえないようだが、大変そう。とはいえ、それ以外に大きな病気もなく、とても元気。安心した。

実家に寄っても、今では面倒を見てもらうどころか、私のほうが面倒をみる立場なのだろうと思うが、ここはあえて昔通り、両親に甘えることにする。私が高齢になったとしても、できるだけ息子や娘に面倒をかけるよりは、いつまでも面倒をみる立場でいたい。両親もそうだろうと勝手に解釈している。ぎりぎりまで、私は親に面倒を見られるわがままな一人息子でいたいと思う。

22日。叔母や従兄弟たちと顔を合わせ、先日亡くなった叔母の仏前にお参りをした。叔母や従兄弟たちみんなが高齢化しているのを改めて感じる。午後、特急で日田から大分市に移動。すぐにホテルに入って、私が塾長を務める白藍塾のメンバーと合流。

大分市は私が小学5年生から高校3年生までを過ごした土地だ。とはいえ、この土地を離れて40年以上になるので、昔の名残はほとんどない。中心街で雰囲気が比較的変わっていないのは、トキハ付近と竹町商店街だけかもしれない。駅も建て替え中。

夜は、高校以来の友人と二人で食事をし、楽しい時間を過ごした。一慶という寿司店。とてもおいしかった。大分の魚を久しぶりに堪能した。

 23日。午前中から大分市内の岩田中学に白藍塾メンバーと赴いた。岩田中学・高校では白藍塾が小論文指導をサポートしている。その成果も上がり、岩田学園の出身者は論理力に優れ、さまざまなコンクールでも上位に入賞していると聞く。12歳の文学賞の大賞を昨年受賞し、そのほかさまざまな作文コンクールで上位入賞を果たしている工藤みのりさん(工藤さんは、白藍塾で作文の力をのばしてくれたのだった!)もこの中学に在籍している。

 岩田学園の先生方の研修と、中学2・3年生向けの講演を行った。とても気持ちよく話をすることができた。

 昼食は岩田学園の学食で取った。なかなかおいしかった。定食にうどんがついていた。味が似ていたのかもしれない。突然、大分大学付属小学校に通っていたころ、週に一回ほど、大学の学食で食べていた一杯15円の「すうどん」(関東で言う「かけうどん」のことを西日本では「すうどん」という)を思い出した。妙に懐かしい気持ちになった。

 仕事が終わった後、大慌てでタクシーとバスを乗り継いで大分空港に急いで、東京に向かった。

故郷といえる土地ではあるが、いろいろなことがあったので、大分に対しては愛憎半ばする気持ちを抱いている。帰路、ほかの都市に行った時とは別の感慨にひたった。

 

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