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映画「カルテット 人生のオペラハウス」と「リンカーン」のこと

 ダスティン・ホフマンは、私が映画を盛んに見ていたころの大俳優だ。だから、その初監督作ということでも「カルテット」という映画には大いに関心を抱いていた。しかも、オペラ歌手たちが主人公で、クラシック音楽がふんだんに出てくるという。やっと時間を見つけて、見に行った。

 とてもおもしろい映画だった。ビーチャム・ハウスという音楽家専門の老人ホーム。実在はしないのだろうが、ビーチャムは、ロイヤルフィルを作った大富豪なのだから、このような老人ホームを作っていたとしても不思議はない。ミラノにあるというヴェルディの作った老人ホーム「音楽家たちの憩いの家」をモデルにしたものだろう。

ホームに入っている元音楽家たちが、この施設を存続させるためのガラコンサートを行おうと計画しているとき、二度と歌うまいと決意したわがままな往年の大ソプラノ歌手が入ってくる。そのソプラノ歌手の元夫との葛藤を乗り越え、昔馴染みの4人で「リゴレット」の四重唱「美しい恋の乙女よ」の演奏をおこなうまでを描く。

 最後に出演者の名前が出るのを見て、ヒロインのライヴァルであるアンナ役を演じたのがグィネス・ジョーンズだと知った。ジョーンズについては、ブリュンヒルデを歌うのを実演でも聞いたし、もちろんCDもDVDもかなりの枚数を持っている。好きな歌手の一人だった。が、実はまったく気付かなかった。名前を見てもまだ信じられず、帰ってネットで確認して、やっと納得できた。見事な歌を聴かせていたが、あれは本当にジョーンズの今の声なのだろうか。

 ソプラノ歌手役のマギー・スミス、その元夫のトム・コートネイをはじめ、役者たちは実にいい。老いが迫り、みんながかつてのような自分でないことにいら立ちながら、それを受け入れ、未来に向けて今できる努力をしていく。それを、時にコミカルに、時にしんみりと描く。語り口が実にうまい。

最後、4人が歌う場面は映し出されず、4人の若いころの録音が流れて終わる。この処理は実に気が利いている。凡庸な監督なら、そこで老いて歌う4人を盛り上げて涙を誘おうとするのだろうが、それをうまく避けている。

 

実はこの映画は、老人たちを美しく撮りすぎている。実際の老人たちは、たとえ過去に音楽の世界で活躍したにしても、これほど容姿の整った人ばかりで、これほどセンスの良い服を着ていないだろうし、施設もこれほど設備が整っており、これほど豪華な場所ではあるまい。最後のガラコンサートはともかく、通常の場面で老いた音楽家たちの奏でる音楽は、実際にはこれほど高レベルのはずもないだろう。言ってみれば、この映画は老人たちの夢物語。現実からはかけ離れているだろう。映画というのはすべてそのようなものだとはいえ、ほかの映画以上に、この映画にはその傾向が強い。

 

最後に4人の歌を聴かせずに、昔のレコードを鳴らすのは、そのような「欺瞞」に対する後ろめたさを監督自らがほのめかしたように私は思う。「現実には、この人たちは昔のような素晴らしい歌は歌えない。私は、それをごまかして、ここでこの4人が素晴らしい演奏をしたというようなクライマックスを作ったりはしませんよ。だからといって、悲惨な歌を聴かせることもしません。彼らは彼らにできる最高のパフォーマンスをしてることをわかってくださいね」。ダスティン・ホフマン監督は、最後の場面でこのように言いたいのだと私は思う。

 

 ヴェルディのほか、プッチーニやバッハ、ハイドンなどの音楽がしばしば流れる。音楽好きとしては、これはかなり心地よい。プッチーニは好きな作曲家ではないが、ポップスよりはプッチーニのほうがいい。

 

 ところで、しばらく前、スピルバーグ監督の「リンカーン」も見た。京都で早めに仕事が終わったものの観光をするには時間が不足だったが、映画を見るには都合がよかった。とてもおもしろかった。奴隷解放令を可決させるために、汚い手も含めてあらゆる手段を用いて画策するリンカーンを描く。このような題材をハラハラドキドキさせる映画に仕立ててしまうのが、スピルバーグのすごいところ。ふつうに考えると、ちゃちなドラマにしかないような話を感動作にしてしまう。ただ、残念なのは、私の顔の認識能力に欠陥があるのか、共和党、民主党入り乱れての駆け引きにまきこまれる登場人物たちの顔を何人か認識できず、ちょっと困った。英語では、声で識別できないのがつらい。が、そのような面があっても、ともあれ、スピルバーグの映画は、最後には納得する。まさに名人技。

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コメント

わたしもカルテット!を観ました。ギネス・ジョーンズの声には仰天しました。本当に今の声かと――。友人にメールをしたところ、「わからないけど、まあそう思っておきましょう」との返事が来て、笑ってしまいました。エンディングの四重唱はパヴァロッティですね。あれは虚構がはっきりしていてよかったです。

投稿: Eno | 2013年5月27日 (月) 21時37分

Eno様
コメント、ありがとうございます。
ジョーンズは衝撃でした。数年前、70歳を超えたオブラスツォワを聞いたのですが、かなりの声を保っていましたので、ジョーンズももしかしたら今でもあんな声が出るのかもしれません。
最後は、パヴァロッティでしたか。クレジットは、私の英語力では、間に合わずに、かなり見落としたようです。
ところで、ブログを拝見しました。バイロイトで私と同じ日に「タンホイザー」と「ローエングリン」を見られたんですね。何人かの日本人らしいお顔を拝見しましたが、そのお一人がEnoさんだったのでしょうか。

投稿: | 2013年5月28日 (火) 23時58分

わたしもバイロイトで樋口様に気が付きました。声をお掛けしようかと思ったのですが、プライヴェートな時間なので遠慮しました。申し遅れましたが、わたしは以前に東京シティ・フィルのU氏を囲む交流会で同席したことがあります。そのときは楽しい時間を過ごさせていただきました。また、1971年4月から1975年3月まで早稲田大学第一文学部に在籍しましたので、キャンパスのどこかですれ違ったことがあるかもしれません。そのようなわけで、一方的ながら親しみを感じております。私事を長々と書き連ねてしまい申し訳ありません。今後ともよろしくお願いします。

投稿: Eno | 2013年5月29日 (水) 21時29分

Eno様
コメント、ありがとうございます。
私は一文に1970年4月から74年3月までいましたので、3年間重なっていますね。あの時代特有の同じ空気を吸い、きっと同じ講義をとっていたことでしょう。
「タンホイザー」につきましては、奥の映像では、第一幕の間はレントゲン写真のような映像で、嚥下の様子が映されていました。その時点では、私は演出の意味がよくわからなかったのですが、第二幕で確か、細菌の増殖のような映像が映し出されました。それを見て、舞台上で行われているのは、まさに体内の細菌の様子であり、身体を工場に見立てているのだと気付いたのでした。
とても充実したブログ、また寄らせていただきます。

投稿: 樋口裕一 | 2013年6月 1日 (土) 10時00分

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