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山本裕康バッハ無伴奏チェロ組曲連続演奏 最終回も素晴らしかった

 6月22日、九段下の寺島文庫ビルのみねるばの森カフェで、多摩大学樋口ゼミ主催により山本裕康バッハ無伴奏チェロ組曲連続演奏の最終回を開いた。第4番と第3番。

 これまでの2回も素晴らしかったが、今回もそれに劣らない。

 内に秘めた情熱がひしひしと伝わってくる演奏。気取りも衒いも背伸びもない、まさに地に足をつけた演奏。しかし、音楽に対する真摯な思いが伝わってくる。抑制されたな情熱がチェロを伝わって、聴く者の心の中に広がっていく。山本さんの人柄が伝わってくる。同時に、バッハの偉大さをつくづく感じる。これこそがこの曲の醍醐味だと思う。まるで、自分の中の心のつぶやきを聞いているかのよう。

 第4番のサラバンドあたりから、じわじわと感動が押し寄せてきた。後半の第3番では涙が出てきた。第3番のブーレとジークはまさしく至高の芸術。祈り、高揚し、高みに達する。

 ゼミ生もしっかりと対応してくれた。このようなリサイタルを運営し、しかもこのような音楽を間近で聞くことは、これから生きていくうえでの最高の体験になるだろう。

 バッハの無伴奏チェロ組曲のリサイタルを私たちのゼミが企画し、実現するのが夢だった。山本さんのおかげで最高の形で夢がかなった。これからも多摩大学の寺島学長の経営するこのカフェでこのような無伴奏のリサイタルを続けたい。

 もっとこのリサイタルについて書きたいが、疲れ切った。大学の仕事や原稿を書く仕事で毎日が忙しい。ブログを書く精神的余裕もない。そろそろ寝て、明日に備えなくては・・・

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クララ・シューマンとファニー・メンデルスゾーンのコンサート

本日(6月21日)の午前中、TAMA女と男がともにいきるフェスティヴァル2013のイベントの一つとして、多摩大学樋口ゼミの協力により、関戸公民館ヴィータホールで、ファニー・メンデルスゾーンとクララ・シューマンを中心としてコンサートを開いた。

演奏は、久保山菜摘さんのピアノ、犬嶋仁美さんのヴァイオリン、松本亜優さんのチェロ、松島理紗さんのソプラノにお願いした。いずれも桐朋学園大学の3・4年生。曲目は、クララ・シューマンのピアノ三重奏曲の第1楽章、ヴァイオリンとピアノのためのロマンス、歌曲「愛の魔法」「あなたの瞳に」、ファニー・メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1・4楽章、歌曲「夜の旅人」「憧れ」。そのほか、二人の作曲家にまつわる人物としてロベルト・シューマンの「トロイメライ」、ブラームスの「子守歌」、フェリクス・メンデルスゾーンの「歌の翼に」「結婚行進曲」、グノーノ「アヴェ・マリア」。私の発案で、演奏家やゼミ生と相談して、曲目は決定した。

0歳から入れるコンサートにしたので、何人もの子どもたちがたえまなく泣き声や叫び声をあげ、歩き回る状態。演奏家たちは演奏しにくかっただろう。だが、小さな子どもたちやその親がなまの音楽に接する機会はほとんどない。そのような機会を与えることができたのは素晴らしいことだと思う。観客は子どもを含めて140人くらいだっただろうか。

演奏は素晴らしかった。プロにもまったく劣らない。いや、これほどのプロが日本にはそれほどは存在しないと確信する。

二つの三重奏曲が見事。全曲を聴きたかった。ロマンティックで生き生きとした感受性のクララ。メロディが美しい。それに対して、ファニーは、情熱というよりも、むしろ情念というほうがふさわしいのではないか。秘めた感情のほとばしりをうねるようなメロディに乗せて投げはなつ。久保山さん、犬嶋さん、松本さんの息もぴったり合って、感情の高まりを見事に描く。

ソプラノの松島理紗の素晴らしさにも圧倒された。大学生ということを抜きにしても、これほど見事な歌唱のできる歌手が日本にどれだけいるのだろう。ファニーの二つの歌曲には凄味のようなものさえ感じた。そして、アンコールのグノーの「アヴェ・マリア」(これは、バッハに傾倒していたファニーがグノーにヒントを与えた曲だという)のソプラノには深く感動した。表現の幅が広く、ぐさりと聴く者の心を揺さぶる。

 

ゼミ生もしっかりとサポートしてくれた。会場の設置に始まり、受付、アナウンス、司会、会場案内、譜めくり、譜面台や椅子の移動などの仕事をほぼ完璧にこなしてくれた。

 

もちろん、私自身もクララとファニーの曲を実演で聴いたのは初めてだった。その真価を知った。もっと演奏されてよい作曲家だ。これら二人の作曲家を取り上げることができて、とてもうれしい。そして、これまで何度も演奏をお願いしている久保山さん、犬嶋さん、松本の実力を改めて認識。同時に、松島さんというすでに完成された素晴らしい歌手を知ることができた。そのうち、これらの演奏家でクララとファニーの本格的なコンサートを、樋口ゼミによって開きたいと切に思った。

 あすは、九段下のみねるばの森で、多摩大学樋口ゼミ主催の山本裕康によるバッハの無伴奏チェロ組曲連続演奏会の最終日。4番と3番が演奏される。すでに満席。あすの演奏も楽しみだ。

 

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チョン・キョンファのリサイタルに不満を抱いた

 6月3日東京文化会館で、チョン・キョンファのヴァイオリン、ケヴィン・ケナーのピアノによるリサイタルを聴いた。引退したのではないかと思われていたチョン・キョンファの久しぶりの日本公演。前半にモーツァルトのソナタホ短調とブラームスのソナタ第1番「雨の歌」。後半は、シマノフスキの「夜想曲とタランテラ」、フランクのソナタ。私は大いに期待して聞きに行った。 

 実はかなり不満だった。前半は特に強く不満を覚えた。モーツァルトが優美でもなく華麗でもなく繊細でもない。ブラームスも、私には何をしようとしているのか納得できなかった。かなりふつうの演奏。もちろん、これがチョン・キョンファでなく、並みのヴァイオリニストの演奏なら、良い演奏だと思うだろう。しかし、チョン・キョンファの演奏にしては、あまりにふつう。いや、確かにかなり個性的な表現があちこちにある。ほかの人では聞いたことのない歌い回しが出てくる。しかし、それが私の心にはなぜか響かない。何事もなく通り過ぎていく。後半は前半よりは音楽に乗ってきたように思った。しかし、技巧が華々しいわけでもなく、音がとりわけきれいなわけでもなく、特にエレガントなわけでもない。かつてのような一途なまでの集中力とすさまじい迫力があるわけでもない。

 アンコールはエルガーとクライスラー。これにもあまり感動しなかった。

 実は、私はチョン・キョンファについては、ずっと聞かず嫌いを続けていた。デビュー当時、FM放送で何かを聞いて、あまりの我の強さに辟易した。ドイツ正統派の演奏が大好きだった当時の私には、チョン・キョンファの演奏は我慢できなかった。その後、しばらくたって、ラトル+ベルリンフィルが伴奏したブラームスの協奏曲を聞いて初めて驚嘆。プレヴィンとのシベリウスの協奏曲のCDなどを聞いて、その素晴らしさに気付き、その真価をやっと知った。機会があったら実演を聞こうと思って、今日に至る。が、もっと前に聞いておくべきだったとつくづく思った。

 本日が来日の初日。たまたま調子が出なかっただけかもしれない。あるいは、もしかしたら、本質的に私には合わない演奏家なのかもしれないとも思う。いずれにしても、そのうちまた次の機会に聞きたいものだ。

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チェジュ島で考えたこと

 済州平和フォーラムを終え、昨晩帰国。

フォーラムの会場は、済州島(チェジュ島)のヘビーチホテル(Haevichi Hotel)だった。昨日は、多摩大学の学生と教員を中心とする日本訪問団は、午前中にバスで出発し、観光がてら空港に向かった。まずはホテルの近くにある民俗村を観光。NHKで放映されていた韓国歴史ドラマ「チャングムの誓い」の撮影場所にもなったところだった。昼食を終えて、次に城山日出峰(ソンサンイルチュルボン)へ。2007年に世界自然遺産に登録された岩山。10万年前に海底噴火によってできたい火山で、海に突き出している。高さ90メートルで、30分ほどで登れるということで、私も挑戦してみたが、普段の運動不足を痛感して、途中で断念。多くの訪問団メンバーは頂上までいったようだった。諸橋副学長もその一人。その体力に感服。

その後、上りに見えるのに実は下り坂だという「おばけ道」(見た位置がよくなかったのか、私にはどこがどう「おばけ」なのかよくわからなかった)を経て空港へ。そのまま無事、帰国した。

済州平和フォーラムについての感想を付け加えておく。

私は22人の多摩大学の学生の引率をしつつ、自分の見聞を広め、観光も楽しもうと思ってこの済州平和フォーラムに参加した。

多摩大学の学生は予想以上にフォーラムにきちんと参加し、ノートをとり、そこから何かを得ようとしたようだ。学生も東アジアの平和と繁栄を考える手がかりになったはずだ。鳩山元総理や下村文部科学大臣と話をしたり、写真を撮ったりという経験は社会に目を開く機会としても大事だろう。成果は大いにあった。

 

そんな中、私が個人的に強く感じたことがある。それについて記しておく。

私はずっと前から、自由貿易か保護貿易か、グローバル化を推進するか、国家の枠組みを残すかという点について、態度を決めかねていた。これらについて書かれた本は、まったくの素人でありながらももちろん何冊も読んでいた。そして、グローバル化は危険が多いとは思っていた。だが、自由貿易主義にも一理ある。とりあえず、保留にしておきたいと考えていた。

そして、あるセッションに参加した。まさにそうしたことが問題になっていた。これまで文章で読むだけだった主張を目の前で実際に人間の口によって語られるのをはじめて目にした。

7、8人のパネラーだった。中国、カンボジア、ベトナム、タイ、韓国などを国籍にする人々(日本人は参加していなかった)が、自由貿易か保護貿易か、グローバル化を推進するか、国家の枠組みを残すべきかについて語っていた。使われている言語は英語。イヤホンでの同時通訳がついた。

一人を除いて、自由貿易を強く推進し保護貿易を批判していた。

 語られている内容については、どちらにも一理ある。だが、語っている人については、私は、保護貿易の必要性を語り、グローバル化の危険を示そうとする人に強い共感を覚えた。逆に、反対派の人に強い違和感を覚えた。

保護貿易を唱える人は、少しためらいながら、間を置きながら、グローバル化が弱い国、弱い人々にとって一層事態を悪くすることにつながる、理念はよいにしてもそう急に進めるべきではないと語っていた。

ところが、自由貿易を強く主張する人々は、そろいもそろって全員が、会場全体を圧倒するような大声で機関銃のようにまくし立て、まさしく立て板に水というのか、口角泡を飛ばすというのか、ものすごい勢いでしゃべりまくる。すさまじい自己主張ぶり。確か10分ほどで語ってほしいという依頼だったと思うが、一人が15分から20分以上ほど、1秒の間が空くこともなく言葉を発した。どういう頭をしていれば、母語でないはずの英語、しかも専門用語にあふれた高度な内容の言葉がこれほど次から次に口から出てくるのか、その知能の高さに驚嘆するばかりだった。そのうえ、そろいもそろって自信たっぷり。

これを見ながら、自由競争を主張する人たちは、このような人たちだったのかという思いを強めた。自らが競争に勝ち抜き、相手を圧倒し、弱者を踏みつけてきた人たち。とてつもなく優秀で、弱者の存在に目がいかず、強者が勝てば弱者も潤うはずであると信じている人たち。

現実にこのような人を目の前にすることによって、私は絶対にこの人と同じ立場には立ちたくないと思った。このような人たちの理想の社会が私にとって住みやすい社会であるはずがないと思った。どちらが正しいかは私はまったくの専門外であるから、わからない。だが、彼らが主張するような社会になることを、私は断固として阻止するべき立場に立つしかないと思った。

私は講演はあまり好まない。パネルディスカッションも好きではない。そんなものを聞くよりは、講演者、パネラーの本を読むほうが正確に深く理解できる。そう思っている。だが、今回、パネルディスカッションを聞いて、文章ではわからないことがわかった。

あまりに素人じみてはいるが、これが今回の平和フォーラムに出席して、私が得た最も大きな収穫だった。

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チェジュ島平和フォーラム2日目

 5月31日、チェジュ島平和フォーラムの2日目。私は22名の多摩大学の学生がこの国際会議に参加しているのを引率する立場で参加している。

8つほどの会場で、午前中から夕方までセッションが行われている。私は、英語も韓国語もできないので、日本語の同時通訳の付いたセッションを選んで聞くことにならざるを得ない。多摩大の学生たちもほぼ同じセッションを聞いて回り、熱心にノートをとっている。学生たちの真摯さが伝わる。もしかしたら、騒いだり眠ったりするのではないかと心配していたが、そんなことはない。しっかりと会議から得ている様子。

 午前中はジョージ・ソロスと並ぶ伝説の投資家ジム・ロジャースの講演。「どこに投資するべきか」が中心の話。印象に残ったのは、日本に対する低い評価だった。「アベノミクスは失敗し、日本経済はひどいことになる」「中国はどんどんと成長し、韓国も成長する」「韓国と北朝鮮の統合は4,5年後に実現する。そうなると、韓国はたくさんの資源と安い労働力を持つ国になり、日本の経済力を追い越す。日本はそれを恐れて邪魔しようとしている」。

 日本の評価が低いせいではないが、私はこの講演にはじつはかなり大きな反感を抱いた。ロジャースはあれこれのことを主張するが、その根拠が十分に示されない。実に雑駁な決めつけばかり。それに、「どうして儲けるか」「どこの株を買うか」という視点しかない。このような人たちが世界を悪くしていると思った。

 そのほか「世界の中のCSR(企業の社会的責任)」についてのセッションにも参加。今回の日本訪問団の大竹最高顧問がパネラーの一人だった。大竹氏はジム・ロジャースのような投資資本主義を批判。日本には100年以上続く店が25万以上あり、それは世界にある100年以上の歴史を持つ店の半分を占めるという。1000年以上の歴史を持つ店は日本に19あるという。それらの店が社会的な責任を果たしてきたことを説明した。

 3人の議論はそれなりに面白かったが、「消費者に対する責任と、消費者ではない人々への責任はどうするのか」「社会的責任をいうからには、企業内告発を守る必要があるが、それをどう考えるのか」という疑問が残った。

 次に、「アジアの連帯協力と新事業新技術が世界を救う」というセッション。株式会社YAMATOの川合アユム社長が、殺菌・除菌・消臭の力を持つ石を開発し、新事業を展開し、それを用いて社会貢献をしていることを説明した。そして、行徳哲夫氏が、現在の日本人が過去の日本人の美質を失っていること、これからは感性を重視した政治・経済を行っていくべきことを提言した。そのあと、下村博文文部科学大臣が到着。すぐに日本と韓国と中国が連帯してグローバルな問題に立ち向かう必要のあることをプレゼンした。なお、下村大臣は韓国からは右翼政治家とみなされているとことで、厳重な警備によって守られながら到着したとのことだった。

 引率してきた学生たちは真剣に聞いている、川合社長のことはご自分がしてきたことをきわめて具体的に話していてわかりやすい。行徳先生の言葉は、まさに人生を知りつくした言葉で、一つ一つに納得がいく。下村大臣のプレゼンも、真摯な人柄が伝わる。

 その後、閉幕の大規模な晩餐会。長い長い挨拶のあと食事。

そして、場所を移動して、日本訪問団の懇親会。下村大臣も参加。多摩大学の学生も含めて多くの参加者が自己紹介や感想などを話した。私もこの会議に出席したおかげで学生たちが成長できたことに感謝を述べ、もっと発信力をつけるための制度を作ってほしいと大臣にお願いした。

 会場には、私たちの訪問団の外から、別のセッションで話をした川村湊氏が参加。法政大学の川村教授と紹介されたので、すぐにはわからなかったが、文芸評論家のあの川村氏。お話を伺いたいと思ったが、多摩大学教授としての役割を果たしているうちに、機会を逸した、

 チェジュ島平和フォーラムについては考えさせられることが多かった。自分の中であれこれと発見した。迷っていたことに決断がついたという思いもある、帰国してからまとめたい。

 今は6月1日の朝9時。あと少しゆっくりしてから、バスで観光に出発し、夕方、日本に戻る。残念ながら、雨模様。観光には好ましい天気ではない。

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