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新居由佳梨ラヴェル・ピアノシリーズ 最高にすばらしかった

 7月31日、東京文化会館小ホールで、新居由佳梨ラヴェル ピアノシリーズのリサイタルを聴いた。第1回目として「舞曲、古典へのオマージュ」と題されている。初めにバッハのフランス組曲の第5番が演奏され、その後、ラヴェルの古典と舞曲にまつわる曲が選ばれている。実にすばらしかった!!

 新居さんのピアノはこれまで何度か聴いて、その素晴らしさは十分に知っているつもりだったが、ここまで圧倒的だとは思わなかった。

 バッハは実に清潔で知的な演奏。形が崩れず、凛として美しい。しかも、しっかりと形は保った中で高揚していく。

 次にラヴェルの「ハイドンの名によるメヌエット」と「クープランの墓」。とりわけ、「クープランの墓」は圧巻。極めて知的に構成され、高貴で美しい。しかも、抑制されながらもうねっていく。そして、魂の大きな爆発がある。派手さはないが、実にダイナミック。抑制されているだけに、一層、本質的なダイナミズムを感じる。

 後半はシューベルトの「高雅なワルツ」(このような曲があることを初めて知った)と、ラヴェルの「高雅で感傷的なワルツ」。やはり、ラヴェルが圧倒的にいい。最後が「ラ・ヴァルス」。

 「ラ・ヴァルス」は言葉をなくすすごさ。こんな「ラ・ヴァルス」は初めて聴いた。オーケストラ版に負けないダイナミズム。まさしく、ワルツが形をなし、生命となってうねり、高揚し、爆発し、エロスとなって拡大していく。爆発するとは言っても、そこに高貴さがあり、抑制があるので、気品が保たれる。なるほど、これが新居さんのラヴェルの真骨頂だと思った。

 アンコールは、「亡き王女のパヴァーヌ」ともう一曲。ピアノ曲に疎い私はよく知らない曲だった。が、これも素晴らしかった。

 若いころから追いかけてきたピアニストがこれほど飛躍して行くのを聴くのは実にうれしい。このような素晴らしいラヴェルを聴けて、実に幸せだった。しかも、なんという容姿の美しさ。まさに見目麗しい。その面でも実に満足。

 

ところで、先日、ギタリストの村治佳織さんが舌腫瘍の療養のため、長期休養することが、ニュースで報道された。あわてて村治さんのホームページを見て、それが事実だと確認した。私は村治さんとは何度かお話したことがある。もちろん、演奏は何度も聴かせていただきた。村治さんがパーソナリティを務めるラジオ番組に出演したこともある。

実は、私のゼミでも村治さんに演奏してもらえないかと考えていた。だが、村治さんのような世界的な人気ギタリストに演奏してもらうのは、資金面で難しい。そのため、半ばあきらめつつ、何らかの機会がくるのを待っていた。

一日も早い回復を祈りたい。

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最近のCD、DVD ヤノフスキ「ラインの黄金」、ラトル「ポーギーとベス」など

 相変わらず仕事に追いまわされている。あと数日で今の仕事が終わるので、そのあと少しゆっくりできると思っていると、その仕事が終わらないうちに次の仕事が入る。その結果、休む間がない。

 といいつつ、いくつかDVDを見たり、CDを聴いたりした。とてもよかったものを挙げる。

 

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ブルックナー 交響曲第9番 ヤノフスキ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団

 前日に、同じ演奏者のブルックナーの第7番のCDを聴いた。よくなかった。なんだか煮え切らず、弛緩した感じ。音の爆発もなく、秘めた思いもない。ヤノフスキ指揮のブルックナーは初めてだったので、ヤノフスキにはブルックナーは合わないのだろうかと思いつつ、第9番をかけた。期待をしていなかったのだが、7番とは打って変わって、凄まじい演奏。いかにもヤノフスキらしい躍動感にあふれ、クリアで切れの良い演奏。見通しがしっかりして、がっしりとした構成を感じる。一つ一つの音も実によく聞こえる。

 あまり宗教的ではない。私はもっと信仰心にあふれるもののほうが好きだ。だが、これはこれで魂を揺り動かされる。このような演奏を聴くと、もしかしたら7番も私の体調のせいでよく聞こえなかったのではないかと思えてしまう。そのうち、もう一度聞いてみよう。

 

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ワーグナー「ラインの黄金」 ヤノフスキ指揮、ベルリン放送交響楽団

 いよいよ始まったヤノフスキ「リング」全曲の発売。その第一弾として「ラインの黄金」。これもきわめてヤノフスキらしい。もやもやしたところがないし、おどろおどろしいところもないのが、不満といえば不満だが、この指揮者であれば、いたしかたがないだろう。力感にあふれ、ドラマティックに展開するので、あまりあるといえるだろう。むしろ、こけおどしがないので、本質的なドラマを感じる。

 歌手はそろっている。ヴォータンを歌うトマシュ・コニェチュニ、ファーゾルトを歌うギュンター・グロイスベックも実にいい。

「ワルキューレ」以降が楽しみだ。

 

 

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ガーシュウィン「ポーギーとベス」 DVD

 必要があって、「ポーギーとべス」を見た。私はドイツ音楽好き、古典派好きの超保守派なので、アメリカの現代オペラとは縁遠い。そんなわけで、これまで録音を聴いたこともなかった。アマゾンで探して中古品を入手。サイモン・ラトルの指揮、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団。

 とてもよかった。それどころか、大いに感動した。すごいオペラだと思った。

初めのうち、下層に暮らす黒人たちが登場し、音楽はジャズっぽいのでかなりの違和感を抱いたが、ぐいぐいと引き付けられた。

まず、ストーリーがおもしろい。台本をとてもよくできている。まさにハリウッド映画並みのサスペンス。下層の黒人たちの生活や心情が実にリアルに描かれる。ポーギーという足萎えの乞食、ベスという情婦、その交流が自然に描かれる。音楽もストーリーにぴったり。端役たちも、全員魅力的に描かれ、痛切な現実の中の人間味にあふれた音楽が歌われる。とりわけ、第3幕はドラマが最高潮に達して、息詰まるような音楽。演出はトレヴァー・ナン。

 ポーギーのウイラード・ホワイト、ベスのシンシア・ヘイモン、クラウンのグレッグ・ベイカー、セリーナのシンシア・クラーリ、クララのポーラ・イングラム、いずれもその役そのものに見える。「サマータイム」の歌は知っていたが、こんな風に歌われるものだとは知らなかった。

 こんなすごいオペラをこれまで知らなかったなんて! まだまだ知らない名作がたくさんある。

 ところで、このDVD、日本製で日本語字幕付きなのだが、メニュ画面で日本語字幕を選択できずに困った。あれこれいじっているうちに、突然、日本語が出てきたが、終わった後、もう一度見ようとしたら、また日本語字幕の選択方法がわからない。どうなっているんだろう・・・

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ミハル・カニュカの無伴奏チェロはとてもよかった

 7月8日、武蔵野市民文化会館小ホールでミハル・カニュカの無伴奏チェロリサイタルを聴いた。とてもよかった。

 ミハル・カニュカはプラジャーク弦楽四重奏団のチェリストとしてなじみの人。ソロ活動もしているようだ。プラジャーク弦楽四重奏団は、ラ・フォル・ジュルネで名演奏を何でも聴かせてもらった。

 前半はバッハの無伴奏組曲の1番から6番まで、それぞれプレリュードとジーグ。つまり、それぞれの曲の最初と最後の連続演奏というわけだ。このように演奏されると、曲と曲の雰囲気の違いが実によくわかる。ステージの中央に譜面台が置かれ、そこにノートが載せられており、それを紙芝居のようにカニュカ自身がめくる。そこにはそれぞれの曲想が日本語で示された。第1番からそれぞれ「うれしい」「かなしい」「めでたい」「厳粛に」「哲学的に」「英雄的に」というような言葉だったと思う。

 とても明快な演奏。楽器のせいなのか、実に豊かに響く。切れがよく、情緒に流されずに論理的に曲を作っていくタイプのようだ。ただちょっと深みには欠けるかもしれないが、おそらくそのようなバッハを目指してはいないのだろう。むしろダイナミックさを感じるバッハ。のめりこむのではなく、冷静さや客観性を重視した演奏。私はかなり好きなタイプだ。

 後半は、コダーイ、ストラヴィンスキー、マルティヌー、フェルト、ヒンデミット、レーガーの無伴奏曲。フェルトという作曲家は知らなかったが、ステージに置かれた譜面台に乗せられたノートによると、カニュカの義父だとのこと。作曲家ごとにしっかりと引き分けて、見事。アンコールは、バッハの無伴奏組曲第3番からクーラント。得意の曲なのかもしれない。素晴らしかった。満足!!

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最近聴いたCD、見たDVD、BD ティーレマン「アリアドネ」など

 一昨日の夜中、やっと原稿を編集者にメールで送って、ひと段落。思えば、今年に入ってからずっと原稿にかかりっきりだ。手慣れた小論文の参考書がほとんどなので、10年くらい前だったら、1週間で1冊くらい書いていたような気がするが、大学の仕事でなかなかまとまった時間が取れないために、時間がかかる。しかも、腰痛、肩こりに悩み、集中力が続かない。

 ともあれ、やっと少し時間が取れたので、今日は自宅で体を休めた。

 これまで、ちょこちょこ聞いてきたCD、DVDをいくつか紹介する。

 

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新居由佳梨(ピアノ)「透明な風」 ラヴェル名曲集 CD

 新居さんと初めて会ったのは、2005年だったと思う。ラ・フォル・ジュルネのアンバサダーだった私は、イベントで新居さんに演奏してもらった。その後、何度か多摩大学樋口ゼミのコンサートや、私がナビゲートした帝国ホテルでのサロンコンサートなどで、ヴァイオリンの江島有紀子さん、チェロの山本裕康さん、ソプラノの飯田みち代さん、平井香織さん、三宅理恵さんとともに演奏していただいた。透明でノーブルで実に繊細な音で薫り高い演奏をしてくれた。私は何度も新居さんのピアノの実力を思い知らされた。

 その新居さんが得意とするラヴェルの曲集。これは、新居さんを以前から知っているといったことを超えて、本当に素晴らしい演奏だ。「前奏曲」の最初の一音からして、その鮮烈な美しさに圧倒される。しかも、抑制されながらも実にダイナミック。緊密に統一がとれたなかで精神の高揚してゆく。この高揚感はかつての新居さんの演奏にはなかったものだ。「クープランの墓の終曲と得意の「夜のガスパール」はとりわけ圧巻。大いに感動した。

 

 

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ヤナーチェク『イェヌーファ』 2011年マルメ劇場 DVD

 

 全体的にとてもいい。歌手は図抜けた人はいないが、粒ぞろい。スウェーデンの歌手たちなのだろうか。まず、イェヌーファのエリカ・ズンネガルドがとてもいい。しっかりした声で、前半ややヒステリックな演技だが、だんだんと落ち着いてしっかりと歌う。コステルニチカのイッタ=マリア・シェーベリは、欲を言えばもっと凄味がほしいところだが、しっかりと歌っている。ラツァを歌うダニエル・フランク、シュテヴァを歌うブリヤ・ヨアヒムともに、実に適役。

 面白いと思ったのは、マルコ・イワノヴィチの指揮。なぜか指揮者の姿が映像にほとんど映らない。若い人だと思う。第一幕は、かなり角のたった演奏。アクセントが強く、切れがいい。ただちょっと一本調子を感じる。第二幕は少し大人しくなった印象。が、第三幕の最後の場はかなり気合が入って、みごと。もう少し聞いてみたい指揮者だ。

 オーフラ・フェランの演出も、私はとても気に入った。簡素化されているが、ヨーロッパの片田舎の雰囲気を出している。むしろ、あれこれリアルにしないほうがヤナーチェクの音楽の力が伝わる。最後、建設中のビルという設定。これからに希望を持たせた終わり方がおもしろい。

 

 

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シュトラウス 「ナクソス島のアリアドネ」 バーデン・バーデン祝祭劇場
2012年 BD

 

 最高レベルの演奏。指揮はティーレマン。オケは、ドレスデン・シュターツ・カペレ。

 作曲家のソフィー・コッシュ(以前、このブログにコッホと書いた記憶がある)が実にいい。完全に当たり役になっている。音楽教師のアイケ・ヴィルム・シュルテもよい味。執事長はなんとルネ・コロ。

 アリアドネのルネ・フレミングとバッカスのロバート・ディーン・スミスは特にすばらしい。昨年のバイロイトで聴いたディーン・スミスのトリスタンはまったく声が出ていなかったので心配していたが、今回はしっかりした声。ただ、フレミングのアリアドネに関しては、もっとしみじみとした歌を聞かせてくれるのではないかと期待していたが、それほどではなかった。

 一番驚いたのは、ツェルビネッタをうたったジェーン・アーチボルド。これまで見てきたツェルビネッタと違って、大柄でたくましい。ちょっとツェルビネッタのイメージとは異なる。が、歌は見事。まあ、こんなツェルビネッタもいていいだろう。

 ティーレマンとドレスデン・シュターツ・カペレについては、すごいというしかない。目覚ましい音の世界を作り上げ、まさしく縦横無尽に音が構築される。ただ、ちょっとすごすぎるという印象。このオペラは皮肉なパロディで、軽やかな遊び心にあふれているはずなのに、むしろ真剣勝負になっている。もっと遊びがほしい。

 

 

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デュカス「アリアーヌと青ひげ」 リセウ劇場 DVD

 2008年のパリ国立オペラの日本公演でこのオペラを初めて見た。その時は、ポラスキのタイトルロールだった。今度のDVDは、ジャンヌ・ミシェル・シャルボネ。青ひげはジョゼ・ヴァン・ダム。乳母はパトリシア・バードン。ステファヌ・ドゥネーヴ指揮のリセウ劇場管弦楽団。

 歌手は粒ぞろい。ヴァン・ダムはさすがに声の衰えは隠せないが、この役なら、特に問題はない。ただ、オーケストラをこんなに大きくダイナミックにならす必要があるのか、少し疑問に思った。パリ国立オペラの時の印象、そして、CDを数枚聞いた印象では、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」にも似た静謐で神秘の音楽が続く。それをときどきワーグナーやシュトラウスのように分厚く激しく演奏するべきではないのではないかと思った。とはいえ、楽譜を見てきちんと分析しているわけではないので、何とも言えない。

 ストーリーというか、このオペラのテーマについては、実はよくわからない。演出はクラウス・グートなので、きっと歌手たちは台本に忠実な動きをしているわけではないだろう。もともと謎めいたオペラがますますわかりにくくなっている。自ら隷属を求め、外に踏み出そうとしない人間たちの姿を、それと対極にいるアリアドネを通して描こうとしているのか。しかし、そうであれば、ますますもっと抑制した音楽にするほうがよいように思うのだが。

 とはいえ、とても美しい音楽。もっと上演されるべきオペラだと思う。

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