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多摩大学での岡田博美リサイタル なんとも圧巻「タンホイザー」序曲

 9月29日、多摩大学のオープンキャンパス。その一環として、樋口ゼミ主催の岡田博美リサイタルを開催。言葉をなくすほどの圧倒的演奏だった。

 初めにショパンを4曲。プレリュード作品45と「小犬のワルツ」と「猫のワルツ」、バラード第3番。まず多摩大学にあるピアノにこんな美しくてダイナミックな音が出るのにびっくり。その後、シューマンの「森の情景」。かわいらしい曲。音色の美しさに圧倒された。

 だが、そこまではまだほんの入り口でしかなかった。次がリストの「リゴレット・パラフレーズ」。もちろん、ヴェルディの「リゴレット」に着想を得た作品。くっきりと「リゴレット」のメロディが浮かび上がる。きらびやかなピアノの音に圧倒された。

 そして、最後の曲目がワーグナーの「タンホイザー」序曲のリストによるピアノ版。これを何と言えばよいのか。まずは、リストのピアノ編曲に驚いた。初めてこの曲を聴いたが、いやはや、これではおいそれと誰もが弾けるものではない。始まって1分もしないうちに、とてつもない数の音符が猛烈な速さでうごめきあう。鍵盤上の指の運動に息をのむ。そして、それらをこの上なくクリアで透明な音で実現していく岡田さんの音に引き込まれた。華麗でダイナミックで爆発的で官能的で、しかも実に知的で清潔。言葉をなくし、音の洪水に圧倒されるばかり、

 客は100名くらい。岡田さんのファンの数十人がいるが、クラシック音楽を初めて聞くような多摩大のオープンキャンパスに訪れて、ついでにリサイタルに寄った客もいる。そんな人々も、身じろぎもせずに耳を傾ける。みんながあまりに豊饒な音の世界に驚愕し、感動しているのがよくわかる。それだけの力を岡田さんにピアノは持っている。

 こんな凄まじいピアノ演奏を聴いたことがない。クリアで清潔な音なのに魔力にあふれている。感動のうちに終わる。リストから岡田さんまで、いったい何人のピアニストがこれだけの力でこの曲を演奏できたのだろうかと考えた。数人だったのではないかとさえ思う。アンコールに「エリーゼのために」。この曲のおかげで魔の世界から少しだけ現実に戻れた感じ。

 オープンキャンパスでの開催だったので、外の音が漏れたり、コンサートの客が受験生と交じって混乱したりといった問題があった。私たちの準備不足もあった。が、ともあれゼミ生もしっかりと対応してくれた。演奏に素晴らしさのおかげで今回のリサイタルは大成功といえるだろう。

 私自身は、オープンキャンパスで「学部説明・入試説明」をしたり、AO入試受験のための説明をしたり、模擬授業としてゼミ紹介をしたりと、大忙しだった。くたびれ果てた。

 が、ともあれ本日は私にとって、岡田さんの「タンホイザー」を聴いた日として一生記憶に残るだろう。

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ダネル弦楽四重奏団、ブロムシュテット+N響のブラームス4番。そして楽天優勝。

 926日、武蔵野市民文化会館でダネル弦楽四重奏団のコンサートを聴いた。曲目はチャイコフスキーの弦楽四重奏曲123番。素晴らしい演奏だった。

 第一ヴァイオリンのマルク・ダネルは演奏中、左足を浮かせる癖のある人。かなり高く持ち上げるので、初めのうちはかなり気になった。が、出てくる音はしなやかで叙情的で、実に素晴らしい。チャイコフスキー特有の音の響きと、まさしくチャイコフスキーらしい哀愁にあふれた美しいメロディが続く。それを適度にロマンティックに、しかし感情移入になり過ぎない程度に演奏していく。第一ヴァイオリンのほかに、私はヴィオラのヴラッド・ボグダナスの音に惹かれた。しなやかで甘美。

 昔、CDで何度かチャイコフスキーの弦楽四重奏全集を聞いた記憶があるが、恥ずかしながらほとんど覚えていなかった。もちろん、弦楽四重奏曲第1番第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」は、昔、よくきいたので、実に懐かしかった。実に美しい演奏。全体的に、メロディがきれいで構成がしっかりしており、とてもわかりやすく書かれているので、退屈することもなく堪能できた。

 アンコールはワインベルクという作曲家の弦楽四重奏曲とハイドンの弦楽四重奏曲第3番より。ハイドンがとりわけ美しい。

 

 9月27日、NHKホールでNHK交響楽団の定期演奏会。大学の授業の後、間に合うかどうかひやひやしながら車を走らせてNHKホールに到着。

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮。前半はフランク・ペーター・ツィンマーマンのヴィオリンでブラームスのヴァイオリン協奏曲。とても良い演奏。だた、どうも私はツィンマーマンにはあまり感動したことがない。何度か実演を聞いたことがあるが、毎回、何をしたいのかよくわからない。わからないまま終わった。アンコールにバッハのパルティータ第3番のプレリュード。これも同じ印象。ただ、終楽章のオーケストラは素晴らしかった。

 後半は、交響曲第4番。これはもう本当に素晴らしい演奏。魂が震えた。第一楽章の冒頭からして、情に流されず、しっかりと形式感を持っていながらも、実にロマンティック。知的に音をたたみかけながら、高揚していく。まったく無駄がなく、こけおどしもない。が、響かせるべきところはずしんと響かせる。ティンパニを独特の鳴らせ方をしていたようだ。第四楽章はとりわけ圧巻。くすんだところのない明るめの音色だが、心の奥にずしんと響く。この楽章はバロック時代の「パッサカリア」の形式を用いているという。私はパッサカリアがどんなものかよくわからない。ただ、変奏が次々と移り変わっていくのはよくわかる。ブロムシュテットはそれぞれの変奏によってメリハリをつけ、盛り上げていく。ぐいぐい引き込まれていった。ときどき、全身が震えた。

 このところ、エベーヌ弦楽四重奏団、ブロムシュテット、ダネル弦楽四重奏団の名演奏が続いている。興奮の毎日。

 

 ところで、プロ野球、楽天イーグルスの優勝について一言書き足しておく。ダネル弦楽四重奏団のコンサートにも車で行ったが、帰りの車の中でのラジオ放送で楽天の優勝を知った(ふだんは車の中では音楽を聴いているが、コンサートの帰りはラジオやテレビ番組の音を聞くことにしている)。

2008年、仙台で楽天の試合を観戦したことがある。試合後、パーティに出席し、当時の野村監督とも握手させていただいた。とてもいいチームだと思った。それ以来、パリーグでは楽天を応援してきた。そのうち優勝するだろうと思っていたが、優勝まで意外と時間がかかったな、というのが率直な印象。ともあれ、嬉しいことだ。それにしても田中将大投手の功績は大きい。

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ブロムシュテット+N響のブラームス2・3番 素晴らしい演奏!

 9月22日、NHKホールで、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮、NHK交響楽団によるブラームスの交響曲第2と第3番のコンサートを聴いた。昨晩のエベーヌ弦楽四重奏団に続いて圧倒された。

 前半に交響曲第2番。ブロムシュテットは1927年生まれというから、もう85歳。指揮台までしっかりと歩き、ずっと立ちっぱなしで指揮する。演奏もまったくもって老いを感じさせない。きりりと引き締まり、完璧にコントロールされ、弛緩するところがない。N響も美しくて引き締まった音の響き。改めて素晴らしいオーケストラであることを認識。ブロムシュテットの指揮で聴くごとにN響の真価を知る。まぎれもなくブラームスの音。形式がしっかりとしており、その中でメロディが歌うので、ブラームスにぴったり。厚みがあるが、鈍重ではなく、どちらかというと前のめり気味。

第4楽章はとりわけ素晴らしかった。音が重層的にたたみかけられ、ある種のお祭り状態を作り出す。私は、その昔、ブロムシュテットがサンフランシスコ響と録音した「カルミナ・ブラーナ」の生真面目ながらも明るく弾ける演奏が大好きなのだが、あの演奏を思い出した。

 後半に第3番。こちらは第2番よりももっと素晴らしかった。実を言うと、私は中学生のころから、この第3番が大好きだ。これまで録音と実演を合わせて随分の数の演奏を聴いてきたが、今回の演奏は最高の感動をもたらしてくれた。

第1楽章からして、私は音のうねりに乗り、ただひたすら感動していた。ワーグナーのうねりとは違い、もっと端正でもっと論理的。しかも、感情に耽溺せず、抑制が効いている。だが、十分にロマンティック。第3楽章の抒情的なメロディも、ほどよくロマンティック。そして、第4楽章。第2番の終楽章と同じように、いやそれ以上に、ドラマティックに振幅する。

なぜブロムシュテットはこの第3番を後半にしたのか。ほとんどのコンサートでは、最後、盛り上がらないまま静かに消え入るように終わるこの曲を前半にして、ほかの曲を後半に回す。ところが、ブロムシュテットはあえて第3番を後半にした。しかも、アンコールなし。

最後まで聴いて納得できた。これまでの闘いに満足し、高みに上り、より高いもののなかに消え行こうとするかのような終わり方。なるほど、輝かしく終わるのではなく、このような終わり方は大いに説得力がある。しばらく拍手も鳴らなかった。十分に余韻を楽しめた。

心の底から満足した。

 

ところで、少し宣伝をさせてもらう。

私は多摩大学経営情報学部、クラシックコンサートの企画運営を行うゼミを指導している。9月29日、多摩大学経営情報学部のオープンキャンパスが開かれるが、その一環として、16時から、樋口ゼミ主催の岡田博美ピアノリサイタルを開く。入場無料。曲目は、ショパン、シューマン、リストの有名曲。世界で活躍するあの孤高のピアニスト岡田博美を聴く数少ないチャンスだ。お越しいただけると、うれしい。

詳しくは、本ブログの8月4日の記事をご覧いただきたい。

http://yuichi-higuchi.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-f057.html

 また、多摩大学へのアクセスなどについては、以下をご覧いただきたい(ただし、コンサートのみ参加の方は予約の必要はありません)

http://www.tama.ac.jp/opencampus/index.html

 

 

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エベーヌ弦楽四重奏団、あまりに凄まじい

 921日、HAKUJU HALLでエベーヌ弦楽四重奏団のコンサートを聴いた。素晴らしいという言葉では表せない。

 最初の曲は、モーツァルトのディヴェルティメント ニ長調 K136。始まりからして、完璧なアンサンブル。しかし、洗練されているという以上に、リズムもよく、わくわく感が伝わってくる。若きモーツァルトの弾む気持ちとでもいうか。第二楽章は限りなく美しい。終楽章はドラマティックで、言ってみればかなり暴力的。しかし、完璧に音が合っているので、第一楽章以上に心が弾む。興奮のうちの曲が終わった。

 次は、バルトークの第4番。これは、モーツァルトに勝るもの凄さ。それぞれの楽器の音そのものが生きてうごめき、弾み、重なり、絡まり、荒々しく高まり、うねり、爆発する。比喩というよりも、まさに本当に音が生きていると感じた。ときどき、全身がふるえるような感覚を抱いた。感動というよりは、むしろ生きた音に接触したという感覚だ。

 後半はメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第6番。姉ファニーの死の後、レクイエムのようにして作曲したといわれる曲。私は、ファニーの弦楽四重奏とともに収録されたエベーヌ四重奏団のCDを聴いて深く感動したが、実演を聴くと、演奏の素晴らしさはそのレベルではない。とりわけ第2楽章の深い悲しみ強く感じた。そして、最終楽章はまさしく慟哭。完璧なアンサンブルで荒々しく音が躍動する。聞いている側も一緒になって、躍動した。

 エベーヌ弦楽四重奏団は、2006年のナントのラ・フォル・ジュルネで素晴らしさを知った。それ以来、注目して機会のたびに聴いてきたが、ますます進化している。現在の最高の弦楽四重奏団だと思う。

 アンコールは2曲。いわゆるクラシックではない。もちろん、知らない曲。エロル・ガーナー作曲の「ミスティ」、そして「ミザルー」という曲らしい。しかし、まさしくいかにもエベーヌ弦楽四重奏団らしい演奏。

 もしかしたら、今年出会った最高の演奏ではないかと思う。

 

 ところで、数日前にもうひとつ感動的なことがあったので、ここに記しておく。

 917日、多摩市連光寺にあるフランス料理の店エル・ダンジュで家族で夕食。いつもおいしい店だが、この日はとびっきりのおいしさ。家族にそれぞれの料理を少しずつもらって味見したが、いずれも感動もののおいしさだった。ぜひ、一度、この店の料理のおいしさを味わっていただきたいものだ。

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 沼尻「ワルキューレ」に大感動!

 9月15日、神奈川県民ホールで、「ワルキューレ」を見た。数年前から毎年行われている神奈川県民ホール、二期会、びわ湖ホールの共同制作によるもの。神奈川国際芸術フェスティバルの一環だという。素晴らしかった。感激した。何度も感動の涙を流した。

 歌手たちが素晴らしい。日本人歌手のレベルの高さに圧倒された。ジークムントの望月哲也は伸びのある声で、演技もしっかりしている。「ヴェルゼ」の叫びころから、場内を圧倒する声。ジークリンデの橋爪ゆかも望月に少しも引けを取らず、美声を響かせる。私ははじめて聴いたが実にすばらしい歌手だ。フンディングの山下浩司もフリッカの加納悦子も、見事な存在感。声も伸びがあり、訴えかける力が強い。そして、ワルキューレたちもみんな素晴らしかった。日本人歌手はこのままヨーロッパの一流の歌劇場で間違いなく通用すると思う。いやはや、日本人歌手もここまでの力を持ったのかとある種の感慨を覚える。

 ヴォータンはグリア・グリムズレイ。容姿と声の大きさ、美しさに関しては申し分ない。これから世界中に名前が知られていく人だと思うが、ただ、ちょっと歌い方が一本調子。日本人歌手たちのほうがずっと歌に説得力があった。ブリュンヒルデを歌ったエヴァ・ヨハンソンは申し分なし。この歌手、これまで何度か実演を聴いたことがある。良かったり悪かったりだったが、今回は素晴らしい。声が美しいし、室内楽的な繊細な部分とドラマティックな部分の両方を持つ。

 ともあれ、歌手に関しては私はこれまでにないほど満足した。感動の連続だった。

 神奈川フィルハーモニー管弦楽団&日本センチュリー交響楽団による合同オーケストラも見事だった。不満はまったくない。弦楽器がとりわけ美しい。

 沼尻竜典の指揮も素晴らしかった。実を言うと、もう少しうねって流動するほうが私の好みだ。沼尻のワーグナーはちょっと丁寧すぎる気がする。が、それはそれで素晴らしい。 美しい音が紡ぎだされ、要所要所は大きく盛り上がる。

 ただ、ジョエル・ローウェルスの演出についてはちょっと疑問を感じる。場面の切り替えが多く、まるで映画のコマ割りのよう。フラッシュバックの手法で過去のブリュンヒルデが描かれたりする。そのため、実に説明過多になり、散文的で世俗的な物語になっている。

 もちろん、散文的にしたのは意図的だろう。今回の演出では、「ワルキューレ」が、神々の物語というよりも世俗的な家庭劇として描かれる。

継母フリッカとワルキューレたちが共に暮らすヴォータンの家庭が何度か舞台上に現れる。第三幕、ヴォータンがブリュンヒルデを罰する場面でも、ブリュンヒルデを除くワルキューレたちがフリッカと共に幸せそうに暮らし、プチブル的な子供たちを生みだす様子が示される。まさしく、結婚を司る女神フリッカの規範に基づく家族。ヴォータンは、継母フリッカに逆らって野生的で聖なる面を保とうとするブリュンヒルデを罰し、フリッカとともに欺瞞的な家庭の幸せを選んだということを意味する。「欺瞞的」と書いたのは、気位の高いフリッカとあらくれのワルキューレたちから成る家族が本当に平和なはずがないからだ。表面だけ平和で、表面だけ体面を保った家族にしかなりようがない。だが、ヴォータンはそれを選ぶ。そうしながら、愛する娘ブリュンヒルデを見捨ててしまったことを激しく後悔する。

荒々しさをなくして、規範を守って欺瞞的な平和を心選んでしまった現代社会に対する皮肉を演出家は伝えようとしているのかもしれない。

ただし、私はこの演出は好きではない。こねくり回しすぎている。ワーグナーの世界からかけ離れていると思う。これをこのような家庭劇にすること自体無理があると思う。だが、バイロイトの演出のようには音楽の邪魔にはならなかったので、よしとしよう。

ともあれ、素晴らしい演奏だった。ワーグナーを堪能した。こんなワーグナー上演をもっともっと見たい。

 

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京都5日目

 9月9日(月)から京都産業大学で集中講義のために8日(日)の夜に京都に移動してきた。日記風にまとめておく。

 

8日 京都に到着してすぐ、新阪急ホテルの京料理の店、美濃吉で夕食。いつものように「鴨川」を注文。今日の白味噌仕立てと奥丹波鶏の朴葉焼きが絶品。

9日 なじみのホテルに泊まっている。値段は驚くほど安く、しかもフランスの2つ星か3つ星のホテルの雰囲気なので、とても気に入っている。昔、フランス貧乏旅行をしているころ、ふだんはホテルと言えないようなホテルを泊まり歩いていたので、このような雰囲気のホテルに泊まると、本当にうれしかった。授業の後、ホテルのレストランで、京産大の世話になっている教授と会食。意見交換。ただし、私は彼の研究成果を感心して聴くばかり。

10日 バイロイト音楽祭をともにした古くからの友人(ほとんど全員が70歳を越している)たちとシェモアというフランス料理の店で会食。音楽談義。私の日程に合わせて集まってくれた。本当に音楽を愛する人たち。この方たちと話していると、私の音楽に対する興味がかなり文学・哲学に偏っているのを感じる。音楽そのものを愛するというよりも、ついあれこれ理屈を言いたくなる自分を改めて発見。

11日 一応パソコンを持ち歩いて、時間を見つけては原稿を書いているが、ホテルに戻ると疲れきって仕事がはかどらない。あちこちからの仕事のメールが届いており、その中には頭の痛い問題も含まれるので、原稿に専念できない。そんなこんなで、気分転換に映画を見ようと決心。が、見たいと思っていた映画はすべて早い時間帯に終わっている。1本だけ夜の回があるのを見つけて出かけたが、途中でめげた。かなりの疲れを感じた。軽く食事を済ませてホテルに戻って、ゆっくり休憩することにした。マッサージを頼んだが、久しぶりに相性の良くないマッサージ師さんだった。私は毎週のようにマッサージを受け、このごろ、マッサージ師さんのレベルがかなり上がったと感じているが、この日はまったく効き目を感じず。力を入れて揉んでくれているようだが、「そこそこ!」と思う箇所からことごとく外れている。途中で我慢できなくなって、揉んでくほしいところを指示したが、それでも改善されず。無駄金を使ってしまった。

12日 疲れがピーク。大学からの帰りに、早めの夕食を済ませて、ホテルに戻ってゆっくりしている。原稿を書きたくなる気持ちになるのを待っているが、なかなか気分が高まらない。5年くらい前まで、頭の中で文章が動き出して、書かずにはいられない気持ちになったものだが、このごろは気分を奮い立たせ、気分が乗るのを待ちに待って、やっとちょっとだけエンジンがかかってくる。はてさて、今日はエンジンがかかるのだろうか・・・

 

追記

 11日の夜、マッサージの相性が悪かったので、腹立ちまぎれにテレビをつけたらドラマWOMANの最終回が始まったところだった。ふだん、私は連続ドラマを見るほうではないのだが、実は私は隠れた満島ひかりファン(映画「悪人」でその演技力に驚いた)なので、これは何となく気になって自宅でもちょこちょことみていた。あまりの不幸続き、あまりにドラマティックな展開にウンザリしながらも、演出の冴え、台詞のすばらしさ、そして、満島ひかり、田中裕子、小林薫、そして子役の二人の演技力にひかれて見続けていた。涙を流しながら最後まで見た。

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デュヴィヴィエ監督の2本の映画と日本ワーグナー協会賞のこと

 今週は、あえてほかの仕事はできるだけしないで締め切りの迫っている本の執筆に集中している。が、そうもいっていられない。別の仕事が次々と入ってくる。原稿もはかどらない。そんなわけで、原稿にうんざりして、知人に借りた昔の映画のDVDを2本見た。感想を記しておく。

 

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ジュリアン・デュヴィヴィエ監督「運命の饗宴」(1942年)

フランスの名匠ジュリアン・デュヴィヴィエ監督がハリウッドにわたって作った映画。昔々、どこかで見て、とてもおもしろいと思った記憶がある。あらためて見て、やはりとてもおもしろかった。

 次々と持ち主が変わっていく一着の燕尾服を追いかけ、持ち主の運命を描いていくオムニバス映画。6つのエピソードから成る。原題はTales of Manhatttan。当時の大スターだったシャルル・ボワイエ、リタ・ヘイワース、ジンジャー・ロジャース、ヘンリー・フォンダ、エドワード・G・ロビンソンが次々と登場。

 モーパッサンの短編小説のような、気のきいた、そして人生の断片を垣間見せてくれるエピソード。語り口が実にうまく、わかりやすい。遊び心があり、しゃれっ気があって、しかも人生の断片を上手に描く。最後のエピソードが実にいい。燕尾服を着て強盗を働いた男が逃走中に小型飛行機から燕尾服を捨てるが、そのポケットに大金が入っていた。燕尾服は貧しい黒人たちの村に空から落ちる。黒人たちはそれを神からの奇跡と信じ、村の人々でお金を分ける。そして、最後、燕尾服は案山子として村人を守る。オラトリオ的。

 



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ジュリアン・デュヴィヴィエ監督「埋れた青春」 (1954年)

 ディヴィヴィエの戦後の作品だ。傑作としての評価が高いという。原題はL’affaire Maurizius「モリジウス事件」。多感で正義感の強い少年が検事である父親の担当したモリジウス事件に疑問を持ち、真相を調べ始める。そうするうちに、17年前の事件の愛憎が明らかになり、厳格で、人の気持ちを理解しようとしない検事である父と息子の亀裂が明らかになっていく。

なかなかおもしろかったが、私自身としては、「運命の饗宴」のほうが好みだ。歳をとってしまったせいなのかもしれないが、多感で正義感の強い少年の行動にも、愛に理性を失う若い女性の行動にも、そして、ろくに調べもしないのに自信を持って被疑者を有罪にする検事にも、そして、やすやすと過去の真実を知りあったばかりの少年に語ってしまう当事者にも私は十分に納得できなかった。

私は、ディヴィヴィエの映画についてはちょっとウソくさくて人工的なところに魅力を感じる。「埋れた青春」はリアルにしようとしすぎている感がある。

 

 ところで、数日前、日本ワーグナー協会から、私の書いたエッセイ「野球とワーグナー」が日本ワーグナー協会賞を受賞したという知らせが届いた。エッセイは2人受賞とのこと。

 実は、ずっと前から「野球とワーグナー」というテーマでエッセイを書きたいと思っていた。頭の中ではほとんどできあがっており、書くための場を探していた。そんなとき、日本ワーグナー協会のエッセイ募集の告知を見つけた。書きたいことをまとめるにはよい機会だと思って書いてみたのだった。(ちなみに、私は発会時と10数年前の2度、日本ワーグナー協会に入会したが、初回は貧しくて会費が払えず、2度目は忙しくて少しも会に出られないために退会した。現在も忙しくて会を利用することができそうもないので、入会をためらっている)。

 野球のルールとワーグナーの「指環」はそっくり同じような構造になっている。両者は同時代のものであり、ともに入れ子細工になっており、二元論が崩れて西洋主義に疑念が持たれはじめる時代精神を反映している・・・といった内容だ。私としてはこの発見はそれなりの本質を突いていると思っている。そう思ってくださる人がどのくらいいるかは大いに疑問ではあるが。いずれにせよ、賞をいただけるということは、私の考えに多少なりと説得力があると思ってくださったということだと思う。大変うれしいことだ。

 

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テストの花道、広島のことなど

 忙しい日が続いて、音楽を聴く時間が取れない。列車の中でipadで聴いたり、車の中でカーステレオで聴いている程度。いくつか素晴らしい演奏に出会っているが、それについてはのちほど書こう。この数日間の行動を記録しておく。

 

・8月28日

 多摩大学構内で10時から18時までNHK・Eテレの「テストの花道」での録画出演の収録。NHKのスタジオで行われる収録には、私は京都産業大学での集中講義のために参加できないので、録画出演ということになった。かわいくて利発な3人の女子高生に小論文指導。3人はすぐに私の指導を飲み込んでくれて、ちょっと「型」やメモの取り方について説明しただけで、以前と見違えるような見事な小論文を書いてくれた。私自身が戸惑うくらい、3人とも私の指導を喜んでくれた。とても楽しかった。ただ、かなり長時間撮影した映像のどの部分をどう使ってもらえるのかちょっと不安。9月30日午後7時25分から55分までに放送されるとのこと。

 撮影が終わって自宅に帰ったら、疲れ切っていた。慣れないことをすると疲れる。

 

・8月29日

 朝の6時半に自宅を出て新幹線で広島へ。安田女子大学で「クリティカル・シンキング」について講演。安田女子大学付属の幼稚園、小学校、中学校、高校の先生方が聞いてくれた。私が白藍塾や学研とともに開発している教材「クリティカル・シンキング」について話した。活発な質問が出て、とても有意義だった。ただ、いつものことだが、「あのように話せばよかった…」という思いはいくつも残る。

 そのあと、少しだけ市内観光。リバークルーズ。平和公園近くを出発し、30分ほど船で川を回った。私のほかには7人ほどの客。あまり暑すぎもせず、川から広島を眺めるのもなかなかいい。

 夕食は一人で広島アッセの6階にある鮨処「魚喜」という店で食べた。大衆的な居酒屋風の店構えなのだが、味は本格的だった。にぎりが絶品。一品料理もおいしかった。東京に慣れていると、こんな味がこんな値段だなんて何かの間違いではないかと思う。

 満足して帰った。新幹線の中では、居眠りしたり、9月発売の本の校正の作業をしたり。自宅に着いた時には夜中になっていた。くたくたに疲れていた。広島日帰りは疲れる。

 

・8月30日

 午前中から大学で会議。その後、車で吉祥寺に向かい、新幹線の中で済ませた再校ゲラを編集者に手渡し、最終的な打ち合わせ。その後、一度自宅に戻って、業者から宅配されたばかりの多摩大学樋口ゼミ主催のチラシをとって、それをゼミ生に渡すために永山駅へ。その日のうちにゼミ生に渡す必要があった。

 その後、自宅に戻って原稿を書こうとして机に向かうが、なかなかはかどらない。

 

・8月31日

 横浜市にある横浜隼人高校で先生方に向けて小論文についての講演。車で出かけた。先生方はとても熱心に耳を傾けてくれて、その後も校長先生をはじめとした先生方と意見交流。とても充実していた。

 夕方には家に着いたが、またまた疲労している自分を発見。私は好き勝手にしゃべって、あまり他人に対して気を遣わない人間なのだが、そうであっても、未知の場所に行っての講演は実はかなり疲れる。帰ってすぐにひと眠りして、やっと一息ついた。

 

・9月1日(本日)

 本日は午前中に大学内で委員会があり、その後、多摩大学経営情報学部のオープンキャンパスが開かれる。入試委員長の私にも、もちろん、それなりの仕事がある。今日も酷暑になりそう。午後は天気の崩れが心配。

 あ、そうそう。おそらく明日9月2日発売の「日刊ゲンダイ」の「週刊読書日記」の欄に私の文章が掲載されるはずだ。シベリア鉄道の旅行とその間に読んだ本3冊について書いた。日刊ゲンダイを読む習慣のある方は、ついでにのぞいてみていただけると嬉しい。

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