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 沼尻「ワルキューレ」に大感動!

 9月15日、神奈川県民ホールで、「ワルキューレ」を見た。数年前から毎年行われている神奈川県民ホール、二期会、びわ湖ホールの共同制作によるもの。神奈川国際芸術フェスティバルの一環だという。素晴らしかった。感激した。何度も感動の涙を流した。

 歌手たちが素晴らしい。日本人歌手のレベルの高さに圧倒された。ジークムントの望月哲也は伸びのある声で、演技もしっかりしている。「ヴェルゼ」の叫びころから、場内を圧倒する声。ジークリンデの橋爪ゆかも望月に少しも引けを取らず、美声を響かせる。私ははじめて聴いたが実にすばらしい歌手だ。フンディングの山下浩司もフリッカの加納悦子も、見事な存在感。声も伸びがあり、訴えかける力が強い。そして、ワルキューレたちもみんな素晴らしかった。日本人歌手はこのままヨーロッパの一流の歌劇場で間違いなく通用すると思う。いやはや、日本人歌手もここまでの力を持ったのかとある種の感慨を覚える。

 ヴォータンはグリア・グリムズレイ。容姿と声の大きさ、美しさに関しては申し分ない。これから世界中に名前が知られていく人だと思うが、ただ、ちょっと歌い方が一本調子。日本人歌手たちのほうがずっと歌に説得力があった。ブリュンヒルデを歌ったエヴァ・ヨハンソンは申し分なし。この歌手、これまで何度か実演を聴いたことがある。良かったり悪かったりだったが、今回は素晴らしい。声が美しいし、室内楽的な繊細な部分とドラマティックな部分の両方を持つ。

 ともあれ、歌手に関しては私はこれまでにないほど満足した。感動の連続だった。

 神奈川フィルハーモニー管弦楽団&日本センチュリー交響楽団による合同オーケストラも見事だった。不満はまったくない。弦楽器がとりわけ美しい。

 沼尻竜典の指揮も素晴らしかった。実を言うと、もう少しうねって流動するほうが私の好みだ。沼尻のワーグナーはちょっと丁寧すぎる気がする。が、それはそれで素晴らしい。 美しい音が紡ぎだされ、要所要所は大きく盛り上がる。

 ただ、ジョエル・ローウェルスの演出についてはちょっと疑問を感じる。場面の切り替えが多く、まるで映画のコマ割りのよう。フラッシュバックの手法で過去のブリュンヒルデが描かれたりする。そのため、実に説明過多になり、散文的で世俗的な物語になっている。

 もちろん、散文的にしたのは意図的だろう。今回の演出では、「ワルキューレ」が、神々の物語というよりも世俗的な家庭劇として描かれる。

継母フリッカとワルキューレたちが共に暮らすヴォータンの家庭が何度か舞台上に現れる。第三幕、ヴォータンがブリュンヒルデを罰する場面でも、ブリュンヒルデを除くワルキューレたちがフリッカと共に幸せそうに暮らし、プチブル的な子供たちを生みだす様子が示される。まさしく、結婚を司る女神フリッカの規範に基づく家族。ヴォータンは、継母フリッカに逆らって野生的で聖なる面を保とうとするブリュンヒルデを罰し、フリッカとともに欺瞞的な家庭の幸せを選んだということを意味する。「欺瞞的」と書いたのは、気位の高いフリッカとあらくれのワルキューレたちから成る家族が本当に平和なはずがないからだ。表面だけ平和で、表面だけ体面を保った家族にしかなりようがない。だが、ヴォータンはそれを選ぶ。そうしながら、愛する娘ブリュンヒルデを見捨ててしまったことを激しく後悔する。

荒々しさをなくして、規範を守って欺瞞的な平和を心選んでしまった現代社会に対する皮肉を演出家は伝えようとしているのかもしれない。

ただし、私はこの演出は好きではない。こねくり回しすぎている。ワーグナーの世界からかけ離れていると思う。これをこのような家庭劇にすること自体無理があると思う。だが、バイロイトの演出のようには音楽の邪魔にはならなかったので、よしとしよう。

ともあれ、素晴らしい演奏だった。ワーグナーを堪能した。こんなワーグナー上演をもっともっと見たい。

 

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コメント

私も昨日(9月15日)神奈川県民ホールに行きました。
率直な感想は、「バイロイトなんか行かなくても、(はるかに)いいワーグナーが見られる」です。
演出もおっしゃるほど抵抗はありませんでした。
マエストロ沼尻はオーケストラをよくまとめています。
今後もおおいに期待します。

投稿: 豊島健次 | 2013年9月16日 (月) 13時18分

豊島健次様
コメント、ありがとうございます。
今年のバイロイトの「リング」の演出はかなり不評ですので、私が見たとしても、きっとひどく失望したと思います。おっしゃるとおり、15日の神奈川県民ホールの上演は、バイロイトよりも総合的にずっと深い感銘を与えてくれただろうと思います。演出につきましては、私は、偉そうに言わせてもらうと、感銘を受けることはありませんでしたが、「許容」できるものではありました。
いずれにせよ、今後の日本人の演奏家たちのワーグナー上演が楽しみです。

投稿: 樋口裕一 | 2013年9月17日 (火) 08時32分

こんにちは。はじめまして。
神奈川フィルの応援ファンページやっております。
ぶしつけで恐縮ですが、facebookのページの方へ、貴記事をリンクさせていただきました。
支障ございましたら、ご連絡お願いいたします。
編集担当のyokochanです。
http://wanderer.way-nifty.com/poet/

いつも拝見させていただいております。
14日の回を観劇しましたが、日本人歌手が大きなホールでここまで歌えるということにまずは感激。
そしてオーケストラも素晴らしかったです。
演出はご指摘のとおり、虚しい内容に、わたくしも思いました。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

投稿: We Love 神奈川フィル | 2013年9月17日 (火) 21時36分

We love 神奈川フィル様

コメントありがとうございます。リンクしていただき光栄です。
神奈川フィルにはもっともっと活躍して欲しいと思っています。
今年から来年にかけて何度か聴かせていただこうと思っています。
ともあれ、今回は本当に素晴らしい演奏でした。

投稿: 樋口裕一 | 2013年9月18日 (水) 08時46分

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