三枝成彰「KAMIKAZE -神風-」DVD、そして「25年目の弦楽四重奏」のこと
土曜日と日曜日、二日連続で休みが取れたのは実に久しぶり。毎週、イベントや会議があって、毎週、何らかの形で大学で仕事をしていた。家にいても、もちろん原稿を書く仕事がたまっているとはいえ、二日間、大学に行かなくてよいと思うと、心に余裕ができる。そんなわけで、金曜日の夜から。ずっと見たいと思いながら、時間に追われて見られなかったDVDを見た。また、先ごろ時間を見つけて映画館で見ながら、ブログに書くための時間を見つけられなかった映画もある。それらについて、まとめてここに書くことにする。
今年、東京文化会館で見た三枝成彰作のオペラ「KAMIKAZE -神風-」のDVDを見た。実演を見て大感動したのだったが、映像を見て改めて考えるところがあった。
実演では涙を流し、音楽そのものやそれぞれの登場人物に感情移入をしていたが、DVDではもっと冷静になれる。正直言って、歌手の方々に小さなミスがいくつかあることに気付いた。だが、それはたいしたことではない。全体的には本当に力演。容姿も素晴らしい。オーケストラも見事。演出も簡素ではあるが、実にセンスが良く、日本の美しい原風景を作り出している。
やはり私が最も惹かれるのは音楽だ。DVDで聴いて、三枝さんの作曲技法の工夫にあれこれ気づいた。とはいえ、もちろん私は全くの素人なので、専門的なことはわからない。きわめて単純な印象でしかない。
オーケストラの音の様々な音の微妙な絡まりに驚嘆。管楽器がとりわけ美しい。人の心の襞が管楽器で歌われる。声から注意を楽器に向けても実に雄弁。世界全体が悲しみをうたっているかのように、オーケストラが鳴っている。
日本語は高低アクセントなので、どうしても歌詞は抑揚が平板になってしまう。私には具体的にどのようにしているのかはまったくわからないが、何らかの作曲技法によって、平板にならないように、ニュアンスが変わり、微妙に楽器が異なって展開していく。専門的な知識がないので、具体的に説明できないのが歯がゆい。
今回、改めて音楽を聞きながら、きっと三枝さんは平板な日本語を平板なまま用いたうえでオペラとして成り立つようなある種の実験をしているのではないかと思った。台詞にはまさしく平板な言葉が続いている。とくに平板さを避けているようには見えない。アクセントが平板だという日本語の特質を隠すことなく、それを真正面から取りあげ、そこに音楽によってニュアンスを込めて、日本語の名作オペラを作り上げている。
そして、もう一つ気づいたこと。それは、三枝さんの西洋的でモダンなセンスのために、一つ間違うと演歌調の暗く怨念のこもったものになってしまいそうなテーマが、普遍性を帯び、まさしく人類の悲劇として描かれていることだ。戦中の日本にしては異様なほどおしゃれでセンスの良い女性たちのファッションや舞台のフランス風色づかいも、そのような音楽の性格を強調している。
それにしても、「平和をお与えください」の歌は涙なしに聞くことができない。
映画「25年目の弦楽四重奏」
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番が使われているというので、見に行った。
世界的な弦楽四重奏団の最年長のチェリストがパーキンソン病のために退団したいと言い出したことから、それまでまとまっていたメンバーに亀裂が入り、あれこれの事件が起こる。そして、ラストコンサートが開かれ、チェリストが途中で演奏を中断。代わりの若いチェリストが後を続ける。そんなストーリーだ。ヤーロン・ジルバーマン監督。演じるのは名優たち。かつて、小池昌代の「弦と響き」という小説を読んだ。とてもよく似たテーマだと思う。
ふだんあれこれの弦楽四重奏団の演奏を聴きながら、私はときに彼らの人間関係を不思議に思うことがある。異性が混じっている場合、夫婦や兄弟が混じっている場合、彼らはどのような生活を送っているのか、いさかいがあったらどうしているのか、音楽観の違いをどのように克服しているのか。つまりは個人の問題を音楽という非人格的な場でどのように解決しているのか。そうした問題をこの映画は描いていく。
もちろん私は音楽家ではないし、弦楽四重奏団の生活も知らないが、きっとこのようなことがあちこちの弦楽四重奏団で起こっているのだろうなと想像できる。その点、きわめてリアル。そして、その中で、心が夫に向かずにいる女性ヴィオラ奏者、その夫で、妻への不満のあまり、若いフラメンコ踊り子と浮気してしまう第二ヴァイオリン奏者、その夫婦の娘であり才能あるヴァイオリニストと関係を持ってしまう芸術に厳しい第一ヴァイオリン奏者を描いていく。それぞれが人間くさく、しかもその真摯さが伝わる。役者たちのうまいこと。楽器の演奏もまるで実際に演奏しているかのよう。
最後、そのような一人ひとりの事情はともあれ、ベートーヴェンの第14番のもと、一つにまとまる。そこが感動的だ。一人ひとりが悩みを持ち、人生を持ちながら、最後には音楽という個人を超えたもののなかに昇華されていく。
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