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エド・デ・ワールト指揮、N響の「第九」

 12月26日、サントリーホールでエド・デ・ワールト指揮、NHK交響楽団の「第九」を聴いた。簡単に感想を書いておく。

第九の前にバッハのトッカータとフーガ ニ短調などのオルガン曲が勝山雅世によって演奏された。演奏した勝山さんには申し訳ないけれど、私にはよくわからなかった。もしかしたら、トッカータとフーガ ニ短調を生のオルガンで聞くのは初めてかもしれない。偽作説のある曲だが、これを聴きながら、「これは絶対にバッハの曲ではないな」と思った。演奏のためかもしれないが、バッハらしくなかった。なんだかよくわからないまま3曲が終わった。

第九については、見事な演奏といって間違いないだろう。細部に至るまでしっかりと神経が行き届いており、緻密に構成され、音も美しい。私は右前のほうの席だったが、コントラバスの音が大きく聞こえた。低弦に至るまでしっかりとコントロールされていると思った。第二楽章は躍動し、第3楽章は最高に美しい。第四楽章も素晴らしい。甲斐栄次郎、望月哲也、加納悦子、中村恵理のいずれもしっかりと声が出て、文句なし。国立音楽大学の合唱もとてもいい。女性の声が大きく聞こえ、男性の声が届かない傾向があったが、それほど気になるほどではなかった。

とはいえ、とてもよくまとまり、しっかりと構築された第九というだけで終わっている感じがした。もちろん、素晴らしいところはたくさんある。が、突きぬけてこなかった。先日のデニス・ラッセル・デイヴィス指揮の読売日響のような「けれんみ」はもちろんなく、昨年のヤンソンス+バイエルンのチクルスの時ほどの奇跡的な完成度ではなく、「とてもよかった」という印象で終わってしまった。最後も大きく盛り上がりはするし、その音楽の運びは素晴らしいのだが、あくまでも理性的で爆発しない。もう少し爆発してほしいのだが、理性の側にとどまっている。

 実は、エド・デ・ワールトの実演は初めて聴いた。リヒャルト・シュトラウスのCDなどからもっとロマンティックな演奏をする指揮者だと思っていたのだが、意外とたんぱくだったという印象を持った。機会を見つけて、また聴いてみたいものだ。

  24日に大学院時代の恩師である渡辺一民先生の通夜に出席し、恩師とのあれこれの出来事を思い出すうち、重苦しい気分に陥り、そのまま重苦しさから抜け切れずにいた。25日には大学で仕事をし、気が紛れたと思って家に帰ったのだったが、また重苦しい気分に戻った。今日(26日)、第九を聴いて、やっと振り切れたように思う。これが、第九の「効用」なのかもしれない。

 

 

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コメント

私もデ・ワールト&N響の第九を聴きました。素晴らしかったことは間違いないのですが、去年のワルキューレの感動ほどではなかったです。ともかくワールトさんは才能ある指揮者だと思いました。お会いすると、お人柄もとても良く親しみやすい方でした。

投稿: 若きワグネリアン | 2014年4月30日 (水) 22時23分

若きワグネリアン様
コメント、ありがとうございます。
ワールトの「ばらの騎士」のCD、とても魅力的だと思いました。これから巨匠になっていく人だと思います。ワーグナーももっと演奏してほしいですね。

投稿: 樋口裕一 | 2014年5月 6日 (火) 00時32分

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