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シャイー指揮、ゲヴァントハウスのショスタコーヴィチ第5番に興奮

 3月21日、サントリーホールでリッカルド・シャイー指揮、ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏を聴いた。素晴らしかった。

 かつてのゲヴァントハウスの伝統的で少し田舎くさい音とはかなり異なる。もっと透明でもっと切れが良い。シャイーの持ち味というべきだろう、シャープでありながら軽みがあって歌心がある。実にしなやか。そこが、アメリカのオケとは違う。味わいのある美しい音。とりわけ木管楽器の美しさに惚れぼれ。フルートとオーボエが特に耳に残った。

 前半はメンデルスゾーンの「ルイ・ブラス」序曲とヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリンは五嶋みどり。五嶋は、青春の謳歌として演奏されることの多いこの曲を、陰影の深い人生の音楽にして、さまざまなニュアンスを含ませた。そして、ベートーヴェン張りの「苦悩から歓喜へ」というようなストーリーをこの曲に含ませようとしたようだ。第三楽章で明るさが増し、スケールが大きくなる。とても説得力がある。確かに、ユダヤ人として決して幸せではなかったメンデルスゾーンの心象風景は、むしろこのようなものだっただろう。ただ、第三楽章はもう少し弾けてほしかった。ちょっと内面的なまま終わりすぎたように思う。もっとはじけていれば、もっと深い感動を覚えただろう。

五嶋みどりから、昔の凄まじい集中力はなくなったが、もっと深い音楽になってきた感がある。チョン・キョンファと同じような方向を進んでいるのを感じる。

ヴァイオリンのアンコールはバッハの無伴奏ソナタ第2番のフーガ。大喝采だったが、実は私はそれほど強い感銘は受けなかった。どのように音楽を作っているのかよくわからない…という感想を持った。

 後半はショスタコーヴィチの交響曲第5番。きわめて知的で明晰。オケの響きは完璧。豊穣でシャープで歌心にあふれたオケをシャイーは完璧に束ねていく。

初めはかなり抑え気味。最初から活劇風に盛り上げるのではなく、徐々に精神の高揚を描いていく。いかにもショスタコーヴィチらしい盛り上がり方。第一楽章後半の盛り上がりは素晴らしい。第二楽章は、諧謔性を表に出した演奏。ショスタコーヴィチの複雑な精神をえぐりだしている。第三楽章はいかにもマーラー風。第四楽章で爆発する。諧謔と怒りと皮肉がないまぜになり、勝利の歌になる。

このショスタコーヴィチの5番には中学生のころから好きだったが、諧謔にどのような意味があるのか、なんだかよくわからない。だが、それでも大いに感動した。魂が震えた。

 この曲を聞くうち、先ごろから話題になっている佐村河内守の(というか、新垣さんが代作していた)交響曲を思い出した。

 ショスタコーヴィチの交響曲を聞くごとに思うのだが、これらは本気で作られた曲ではないのではないか。ソ連当局による批判をかわす目的だったのかどうかはわからないが、ショスタコーヴィチは交響曲を作る際、明らかに自分の本心を描いていない。本音は室内楽のほうに現れる。交響曲は無意味に大袈裟であったり、あまりに諧謔的であったり、聞く者を馬鹿にしたようなメロディが現れたりする。おそらく、ショスタコーヴィチは、「ソ連の愛国者ショスタコーヴィチ」という仮面をかぶって作曲したのだろう。だが、そうであるがゆえに交響曲を作曲できたのだろう。もし仮面をかぶらなかったら、内省的で、自我の分裂を描くような室内楽曲を作曲するばかりだったのではないか。

 新垣さんも、「佐村河内守」という時代遅れの仮面をかぶったからこそ、交響曲を作曲できたのではないか。現代人は19世紀的な仮面をかぶることなしに交響曲を作曲できないのではないか。現代人が本気に音楽を作ろうとすると、分裂した自分を反映させることしかできない。そのような人間に統一ある宇宙を創りだす交響曲を作ることはできない。統一ある存在の仮面をかぶってこそ、統一ある曲を作ることができる。そういえば、佐村河内作曲とされる交響曲と、このショスタコーヴィチの第5番は雰囲気が似ている。

 とくに音楽学的な裏付けがあるわけでもなく、単に直感でしかないのだが、ショスタコーヴィチの交響曲第5番を聞きながら、そんなことを考えた。

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