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ツァグロゼク+シュトゥットガルト州立歌劇場の「ニーベルングの指輪」DVD感想

 今年度も終わりに近づいた。この2年間、入試委員長の立場にあったため、実に忙しく、実に苦しかった。あと数日で重荷から解放される。4月からは少し羽を伸ばしたいと思っている。

 昨日、やっとスマホを購入。これまで「ガラケー」を使っていた。人前に出して使うのを多少ためらうようになった。ちょっと見栄を張って、スマホを使うことにした。ipadは発売直後から使っているので、一日で使いこなせるようにはなかったが、設定のミスのためか、メールが届かなかったり、送信できなかったり。気の短い私は、不備のある機器をいじって長時間を費やすのを非常に不愉快に感じる。

 そんな中、ともあれ、オペラDVDを見た。感想を書く。

 

 ツァグロゼク指揮、シュトゥットガルト州立歌劇場の「ニーベルングの指輪」DVD。10年ほど前、それぞれ別の演出家が担当しての「リング」4部作ということで話題になっていたものだ。以前、この上演を録音したCDは購入して聴いたが、「読み替え演出」で有名なプロダクションであるだけに映像の購入をためらっていた。数年前にクラシカ・ジャパンで放映されたときに、それほど気合を入れないまま見ただけだった。DVDが安売りされているのを見つけて、先ごろ購入。あらためて見てみた。

 全体的に、演奏についてはレベルが高いと思う。それぞれ原則として別の歌手が演じているが、良い歌手もかなりいる。もちろん中には、このような大きな役を歌うべきでないと思えるような歌手もいないではないが、全体的にはこんなにたくさんヴォータンやらブリュンヒルデやらフリッカやらを歌える歌手がいるのは頼もしい。指揮のツァグロゼクは素晴らしい。知的すぎる演奏だという評を読んだ記憶があるが、そんなことはない。抒情的な部分もあり、ドラマティックな部分もある。ワーグナーらしく流動し、スケール感もある。オーケストラもとてもいい。ただ、やはり演出に関しては、ワーグナーの神秘性や形而上学性を徹底的に排除しようとするという点で、私好みではない。

067 「ラインの黄金」は、ローゲのローベルト・キュンツリとフリッカのミヒャエル・シュースターがとてもいい。シュースターは、いやな女を歌わせると最高の味を出す。ヴォータンのヴォルフガング・プロープスト、アルベリヒのエサ・ルートゥネンもいい。図抜けた歌手はいないが、うまくまとまっている。

演出はヨアヒム・シュレーマー。もちろんすべての登場人物が現代の服を着ている。ライン川は公園の噴水のようなものであらわされ、全幕が館の中庭のようなところで展開される。神々も少しも神々らしくなく、小人も巨人もふつうの人間たち。が、まずはストーリー通りに展開するので、それほど違和感はない。ともあれ、非常に高い完成度。

 

068 「ワルキューレ」 

 ジークリンデのアンゲラ・デノケが素晴らしい。容姿もさることながら、声の張り、表現の幅などが図抜けている。ジークムントのロバート・ギャンビルはやや不安定だが、それが気にならなくなるほどデノケに聴きほれる。フンディングのアッティラ・ユン(サミュエル・ユン、クワンチュル・ユンと並ぶ韓国人バスの一人。それにしても、どうして韓国人の世界的ワーグナー歌手はみんなユンなんだ??)、ヴォータンのヤン=ヘンドリク・ロータリング、ブリュンヒルデのレナーテ・ベーレ、フリッカのティチーナ・ヴォーン、いずれも素晴らしい。

演出はクリストフ・ネル。第三幕はうらぶれた劇場のような場所。ワルキューレたちは、学芸会のような手作り風のくたびれた羽を手にしている。そして、ヴォータンとブリュンヒルデはステージの上と下に分かれてしまい、父と娘の愛を感じながらも直接に触れ合うことがない。ブリュンヒルデだけでなく、ヴォータンもワルキューレたちも神性をはぎ取られている。現代社会の状況を描いているといってよいだろう。ただし、特に演出が音楽の邪魔をするわけではないので、それほど気に障るほどでもない。

 

069_2 「ジークフリート」

音楽的に、「ラインの黄金」や「ワルキューレ」よりもかなり劣るように思う。ジークフリートのジョン・フレドリック・ウェスト、さすらい人のウォルフガング・シェーネ、アルベリヒのビョルン・ワーク、森の鳥のガブリエラ・ヘレラともにあまり好調とは言い難い。とりわけ、シェーネはかなり声が不安定で歌唱が荒い。ミーメのハインツ・ゲーリヒとファフナーのアッティラ・ユン、ブリュンヒルデのリサ・ガステーンは悪くないが、かといって素晴らしいとは言い難い。ただ、オーケストラについてはしなやかでドラマティックで素晴らしい。

ヨシ・ヴィーラーとセルジオ・モラビトの演出については、これまでの2作と同じようなワーグナーの神話性をはぎ取ろうという意図が目立つ。下層の人々の風体をした主人公たちがうらぶれた舞台で動き回る。そして、今回はかなりコミカルな点を強調している。ジークフリートは、「Sieg Fried」と書かれたTシャツを着ているが、英語読みにすると「フライにされたジーク」「揚げジーク」という意味になる。丸々と太ったウェストがこのTシャツを着て動き回るとコミックになってしまうが、それが演出家の意図なのだろう。

第一幕はスラム街にあるようなうらぶれたアパートの室内。第二幕はこれまたスラム街にありそうな鉄条網で囲われた都会の空き地。第三幕は荒れはてたホテルの掃除作業員控室のようなところでの作業員の格好をしたエルダとヴォータンのやり取りで始まり、ブリュンヒルデはホテルの一室で眠っているという設定。ただし、ホテルの一室だけは豪華でこぎれい。そこで、ジークフリートとブリュンヒルデの愛の場面になる。二人とも100キロを超す巨体で、なおかつ枕を奪い合ったり、ベッドに倒れこんだりする。これでもかといわんばかりに漫画的になる。英雄的なジークフリートではなく、漫画的なジークフリート。

ワーグナーから神話性、聖性をはぎ取ろうとしているだけの演出でしかなく、演出の冴えは感じない。演出によって展開されるストーリーは、「下層社会で生きる肥満した無邪気なおじさんが、スラム街の空き地でけんかして気が強くなって、ホテルの高級な部屋で寝ている肥満したおばさんをものにして、とても楽しい気持ちになった」という物語に仕立てただけだ。私にしてみれば、かなり不愉快な読み替え演出でしかない。

 

070_3 「神々の黄昏」

 演出はペーター・コンヴィチュニー。実は、私はこの演出家に一度も共感を覚えたことがない。一度、パーティの席で少しだけ通訳を介して話をしたことがあるが、その時も、話に少しも納得できなかった。カタリーナ・ワーグナーやクラウス・グートなどの演出に対しては、私は少しも怒りは覚えない。むしろかなり感動する。だが、ヘルハイムやノイエルフェルスやコンヴィチュニーにはしばしば怒りを覚える。今回の「神々の黄昏」は、アイデアがかなりありふれているだけにさすがに怒りは覚えないが、げんなりしてくるのは間違いない。

 一言でいえば、ジークフリートをドン・キホーテとみなしている。グンターやクートルーネやハーゲンはスーツなどの現代の服をきちんと着こなした知的現代人。ジークフリートは、いかにも頭が悪そうな田舎者で、中世の服を着ている。昔ながらの騎士物語を信じ、空気も読まず、一人で騎士ごっこをしている。ジークフリートの英雄譚は木馬などであらわされるチンケな夢物語でしかない。「ブリュンヒルデの自己犠牲」においては、ト書きが文章で画面に映し出されるだけで、舞台上では何も起こらない。まさに現実ではない、単なる妄想として扱われる。これではワーグナーを茶化しているにすぎない。

 ただし、現代の論理で生きるギービッヒ家に対して、野生のジークフリートという構図はパトリス・シェローの時代からしばしば取り上げられてきた。特にコンヴィチュニーの創意というわけではなかろう。私自身、新たな発見はこの演出からはなかった。

 現代演出についていまさら固いことを言うつもりはないが、やはりこれは聞こえてくる音楽と差がありすぎる。音楽はきわめて英雄的で奥が深いのに、目の前で茶化され、コケにされているのは、かなり違和感がある。

 アルベルト・ボネマのジークフリートが声を張り上げるだけの、いかにも頭の悪そうな歌い方。もしかしたら、演出によってこのような歌い方をしているのかもしれない。そうだとすると、最高度に芸達者ということになるが、私には受け入れられない。音程も良くないし、声も通らない。グンターのヘルナン・イトゥラルデもハーゲンのローラント・ブラハトも不安定。ブリュンヒルデのルアナ・デヴォルはその中ではかなり健闘。そして、ツァグロゼクの指揮、シュツットガルト州立歌劇場の管弦楽団はとても素晴らしい。

 私としてはかなり不満の残る上演だった。

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