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新国立劇場オペラ研修所公演「ナクソス島のアリアドネ」 最高レベルの舞台!

2月28日、新国立劇場中劇場で、新国立劇場オペラ研修所公演「ナクソス島のアリアドネ」を見た。素晴らしい上演だった。これは私の大好きなオペラなので、海外での公演(ザルツブルク音楽祭やウィーン国立歌劇場など)や来日公演、日本人による公演など、機会あるごとにすべて見ているつもりだが、これまで見た世界的な舞台に少しも劣らないと思った。

まず歌手がそろっている。先日から若手のオペラ歌手の力量に圧倒されてきたが、またもそう思った。プロローグもすべての歌手が実に見事だったが、プロローグだけに登場する人物の中では、特に音楽教師の駒田敏章と作曲家の今野沙知恵にひかれた。駒田は安定感ある歌いっぷり。今野は声の質も容姿もちょっと女性的すぎて男性とは思えない面があったとはいえ、声も美しく、とてもチャーミング。そして、何よりも感じたのは、歌手たちの仕草のリズム感の素晴らしさ。演出の三浦安浩の意図なのだと思う(ただし、幕間に少しだけ三浦さんとお話したら、仕草についてはかなり歌手に任せたとのことだった)が、音楽だけでなく舞台上の動きも実に流動的で見ていて飽きないし、うるさすぎもしない。

劇中劇が始まると、音楽と舞台は一層素晴らしくなった。三人のニンフ(種谷典子・藤井麻美・原璃菜子)も声がそろい、実に雰囲気がある。アリアドネの林よう子も見事。ちょっと気まじめすぎる感じがあって、もう少し自在に歌ってほしいとも思ったが、これも演出意図によるのかもしれない。私がこれまで録音や実演で聞いた世界のプリマドンナには負けるかもしれないが、情感あふれるアリアドネだった。バッカスの伊達達人も、この難しい役を輝かしい美声で歌いこなしている。アリアドネとバッカスの愛のシーンは実にリアルでみごと。

ハルレキンの村松恒矢、スカラムッチョの岸浪愛学、トゥルファルディンの松中哲平、ブリゲッラの小堀勇介に関しては、ただただ見事。動きも歌唱も最高に楽しめた。これほど4人が納得のゆく動きをしているのを見たのは初めてだと思うほど。

そして、やはり舞台全体を圧倒していたのは、ツェルビネッタの天羽明惠。研修生公演にあってただ一人の大ベテラン。その歌唱力と演技力はやはり研修生とは格が違う。しかも、こんなことを言うと大変失礼だが、容姿的にも研修生たちにまったく引けを取らず、若々しくチャーミング。「偉大なる王女様」の大アリアも楽々とのびのびと歌い、高音もぴたりと合って申し分なし。それ以外の部分もツェルビネッタの魅力を存分に発揮していた。

天羽さんは覚えておられないかもしれないが、実は私は天羽さんと仕事をご一緒してお叱りを受けたことがある。7、8年前だったと思うが、あるコンサートで私がコンサートのナビゲーターをしたのだが、その時、観客に向かって「天羽さんの迫力ある歌」という表現をしたところ、天羽さんに「そのように表現されると、歌いにくくなる」と言われたのだった。が、私は今も私の表現を撤回する気はない。私はかなり以前から天羽さんのファンなのだが、その歌唱にすさまじい迫力を感じる。シュヴァルツコップの歌にド迫力があるのと同じような、音楽の本質をとらえた迫力。ツェルビネッタを聞きながら、またもその迫力を感じた。

指揮は高橋直史。素晴らしいと思った。ちょっと停滞するところがあったが、それは初日の本番ではやむを得ない。全体的には実に流動的に繊細に、そして丁寧に音楽を作ってくれた。演奏によってはこのオペラが真面目になりすぎたり、ロマンティックになりすぎたりするが、そのようなことはない。知的で軽やかで遊び心もあった。ポロニア・チェンバー・オーケストラも実に美しい。

演出も素晴らしいと思った。ごちゃごちゃした人物の動きをごちゃごちゃ感をしっかりと残しながら、うるさくしていない。動きが音楽に合っているからだろう。

プロローグはほぼ現代に設定されている。コメディア・デッラルテの面々はロックバンドという出で立ち。「神聖なる音楽」対「俗世間」という対立とともに、「過去の音楽」対「現代」、「静謐・孤立・退歩」対「にぎわい・仲間意識・流動」という対立が明確になる。

アリアドネがテセウスとの愛を記したと思われる日記を大事そうにしているのに対して、ツェルビネッタがドン・ジョヴァンニの「カタログ」のような男性遍歴の手帳を持っているという対比は実におもしろおかしい。そして、最後、アリアドネはその日記を捨てることになる。うまく描いている。

劇中劇とプロローグが、「戸板返し」のように舞台の裏表を使っているのも秀逸な演出だと思った。劇中劇の途中、舞台がぐるりと回ってプロローグの場面が再び見える。そして、プロローグと劇中劇が輝く赤い線で結ばれているのが見える。これは迷宮からの出口を示す「アリアドネの糸」を意味するだろう。プロローグと劇中劇が、「迷路からの脱出」というテーマで結ばれていることを暗示している。

幕切れでアッと驚いた。音楽が終わりつつあるところで、背後に劇中劇を見るプロローグの登場人物たちが現れる。プロローグに登場していなかった唯一の人物はセリフの中でたびたび触れられる主人ジュールダン氏なのだろう。そのなかにズタズタにされた自分のオペラを見て嘆いている作曲家がいる。そこにツェルビネッタが近づく。おそらく愛をささやいたのだろう。アリアドネとバッカスの口付けと同時に、ツェルビネッタと作曲家も口付けする。「ほら、このオペラを観客はこんなに喜んでるでしょう? 聖なるものと俗なるものの合体はすばらしいことだったのよ。多くの人に聖なる音楽を味わってもらうには、俗なものとの合体が必要なのよ。そうしてこそ、一層魅力的に聖なる音楽が分かってもらえるのよ」とおそらくツェルビネッタは口付けによって語ったのだと思う。

そして、これがプロローグと劇中劇を結ぶ「アリアドネの糸」だったのだろう。迷路からの脱出の糸口は、両者の合体にあったわけだ。

そして、それは言うまでもなく作曲家リヒャルト・シュトラウスのこのオペラを作った意図だった、というのが演出家の三浦さんの解釈だろう。「カプリッチョ」の中で歌われるラ・ロッシュの演説とも符合する。そして、同時に、これはさまざまな対立によってぎすぎすしている現代社会へのメッセージなのかもしれない。

いろいろと考えさせられた。ここには書かなかったが、ほかにもいくつかこのオペラについて発見した。このオペラについての私の考えは拙著「ヴァーグナー 西洋近代の黄昏」(春秋社)に書いているが、三浦さんの演出に刺激されて、少し考えが深まった。

ともあれ、本当に素晴らしい舞台だった。研修所公演だが、日本でのオペラの最高水準の上演だと思う。これからの日本のオペラ界が実に頼もしい。

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