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2014年びわ湖ラ・フォル・ジュルネ 4月29日

 4月29日、びわ湖ラ・フォル・ジュルネ。今日も実に充実。素晴らしい演奏の連続だった。私は26日、ネマニャのコンサートのために関西に入り、仕事を兼ねて30日まで京都のホテルに滞在。27日と29日は仕事が休みなので、ラ・フォル・ジュルネを楽しんでいる。ごく簡単に感想を書く。

 

・アンリ・ドマルケット(チェロ) エマニュエル・シュトロッセ(ピアノ) ドヴォルザーク「静かな森」「ロンド」、ブラームス チェロソナタ 第2番

 朝の10時からのコンサートなのに、実に充実。ドヴォルザークでロマンティックな気分を高めて、ブラームスは第一楽章からテンションの高い演奏。畳みかけるように熱く音楽が展開する。が、形は崩れず、きわめて知的。感情に流されることはない。ぐいぐいと聴く者を引きこむ。ピアノのシュトロッセもドマルケット同じように知的で実に音が美しい。 堪能した。

 

・アブデル・ラーマン・エル=バシャ(ピアノ) シンフォニア・ヴァルソヴィアジャン=ジャック・カントロフ(指揮) スメタナ 交響詩「ヴィシェフラド」、ブラームス ピアノ協奏曲 1

  ブラームスはエル=バシャらしい、きわめて精緻で知的で、粒立ちの美しい音楽。ちょっと激情に欠ける気がしないでもないが、この曲はもともと気負いが目立ちすぎる曲なので、このように演奏してくれると、むしろちょうどよい感じ。知的だが、スケールが大きく、抒情があふれる。ただ、前半のスメタナの交響詩は、あまり面白いと思わなかった。

 

 

・トリオ・アリアンス、東条慧(ヴィオラ) ブラームス ピアノ四重奏曲 1

 トリオ・アリアンスというのは、正戸里佳(ヴァイオリン)、ドミトリー・シリヴィアン(チェロ)、岡田奏(ピアノ)から成るパリ音楽院で結成された若いピアノトリオ。素晴らしかった。4人のうち3人が日本人女性なのだが、ひ弱なところはまったくない。情熱的なブラームス。ジプシー音楽の要素の強いこの曲を実にエネルギッシュに、野性的に演奏してくれた。わくわくするような躍動感がある。ものすごい才能だと思った。最初から最後まで引き込まれた。モディリアニ・カルテットやエベーヌ・カルテットやショーソン・トリオなどの最近はやりの、信じられないほど音程がよくて洗練された団体とは少し違う。もっと躍動感を重視するタイプ。これからが楽しみだ。

 

・アレクサンドル・クニャーゼフ(チェロ) 日本センチュリー交響楽団 園田隆一郎(指揮) ドヴォルザーク 序曲「わが故郷」 ドヴォルザーク チェロ協奏曲

 これも素晴らしい演奏だった。クニャーゼフのロマンティックこの上ない演奏。のめり込み、耽溺し、音楽に没入する。実を言うと、このタイプの演奏は私の好みではない。が、園田の指揮がそれを補っている。実にテキパキとして論理的で、重心が低く安定している。しばしば破綻寸前のクニャーゼフを助ける。 おかげで輪郭がはっきりとしながらもこの上なくロマンティックな音楽に仕上がった。ドヴォルザークのロマン性が爆発。美しいメロディ、激情、しっかりとした構成。園田隆一郎という指揮者、名前だけは知っていたが、今まで演奏を聴いたことはなかった。注目すべき指揮者だと思った。

 

・マリナ・シシュ(ヴァイオリン)、アンリ・ドマルケット(チェロ) エマニュエル・シュトロッセ(ピアノ) ドヴォルザーク「ドゥムキー」、ブラームス ピアノ三重奏曲第1番

 シシュという若い女性ヴァイオリニスト。大柄な美人。演奏はきわめて個性的。野性的といってもよさそう。まず演奏する姿勢が独特。左肘をほかのヴァイオリニストよりも内側に寄せているのか、傾いて見える。出てくる音は鋭くてエネルギーにあふれている。「ドゥムキー」ではかなり民族的な雰囲気を出していた。二人のベテランが支えて、ブラームスは圧巻。若きブラームスの煮えたぎる激情が噴出するような演奏だった。

 

 

・ドミトリー・マフチン(ヴァイオリン) アレクサンドル・クニャーゼフ(チェロ) シンフォニア・ヴァルソヴィア ジャン=ジャック・カントロフ(指揮) スメタナ 交響詩「モルダウ」ブラームス ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲

 2階席で聴いたせいか、ちょっと迫力不足に感じた。クニャーゼフにしておとなしい。もっと大暴れするかと思っていたら、そうでもなかった。 マフチンも遠慮がち。カントロフの指揮はとてもよかった。「モルダウ」の後半などカントロフは実にうまく音楽を運び、躍動を作り上げていた。アンコールで第三楽章を繰り返した。アンコールのほうがずっと盛り上がった。

 

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2014年びわ湖ラ・フォル・ジュルネ始まる

 4月27日。びわ湖ラ・フォル・ジュルネが始まった。東京と違って、こちらのテーマは「ウィーンとプラハ ~音楽の都へ~」。

昨日は大阪のフェスティバルホールでネマニャ+大フィルのコンサートを聴いて、そのまま京都宿泊。昼過ぎ、大津に向かい、シャトルバスでびわ湖ホールへ。夏のような天気で、大勢の人が会場を埋めている。びわ湖沿いを歩いて、屋台で買った点心を食べた。その後、コンサートを4つ聴いた。感想を書く。

 

・大阪フィルハーモニー交響楽団 尾高忠明(指揮)ブラームス:交響曲 4 、ハンガリー舞曲 1 

 昨日、大植指揮で聴いたばかりの大フィル。しかし、まったく違う音。内面的で緻密で、抑制がきき、無理に煽ることもなく、じわじわと盛り上がって行く。素晴らしいブラームスだった。第一楽章はなにげなく始まったが終盤で静かに爆発。そして、徐々に盛り上がり、第三楽章、第四楽章は圧巻。ハンガリー舞曲では、交響曲と打って変わって激しくテンポを動かし、まさしくハンガリー風。これも絶妙。尾高忠明は巨匠の風格が出てきた。

 

・びわ湖ホール声楽アンサンブル 本山秀毅(指揮)、稲垣聡(ピアノ) 「トリッチ・トラッチ・ポルカ」、ドヴォルザーク「ジプシーの歌」、スメタナ「モルダウ」、ブラームス「ジプシーの歌」、「美しく青きドナウ」など。 

 ドナウ川をテーマにとったコンサート。実に楽しく、実に美しい。きわめつきは「モルダウ」と「美しく青きドナウ」。声の重なりがみごと。声の質がそろっている。「モルダウ」は、いわゆるダバダバコーラスなのだが、起伏があり、物語があり、ドラマがありで、感動的な歌の絵巻を作り上げていた。いまや世界有数の声楽アンサンブルと言ってよいだろう。谷村由美子に続く逸材が出てきそう。

 ただ、大フィルのコンサートでも感じたが、紙を触るガザガサ、カサカサという音が客席でやむことがなく続く。演奏中にバッグを開ける音もあちこちで聞こえる。アナウンスするなり、どこかで注意を促すなりしてほしいと思った。

 

・大阪フィルハーモニー交響楽団 尾高忠明(指揮)「新世界より」、「スラヴ舞曲」作品.72-2

  昼過ぎに聴いたブラームスと同じメンバーによる演奏。ブラームスにも増して素晴らしかった。しなやかで美しく、しかも盛り上がるところではロマンティックでドラマティック。第二楽章も実に郷愁にあふれ、滋味にあふれ、言うことなし。大フィルも素晴らしい音を作り出している。弦も実に美しい。昨日の「アルプス交響曲」ではがなりたてるだけの音に思えたが、今日は実にふくよか。第三楽章、第四楽章の盛り上がりも素晴らしかった。「スラブ舞曲」になると、もっと自由にテンポを動かし、自在にオケを操り繊細で美しくて物悲しい世界を作り出した。

 

・ラファエル・セヴェール(クラリネット)、プラジャーク弦楽四重奏団 ブラームス クラリネット五重奏曲

 セヴェールは20代に見えるほどの若いクラリネット奏者。かなりのイケメンなので、きっと人気が出るだろう。スケールの大きなのびのびとしたふくよかな音を出す。だから、もしかしたら、枯淡の境地のブラームスのクラリネット五重奏曲よりも、モーツァルトのクラリネット五重奏曲のほうが向いているのかもしれない。だが、若いわりに、悲しみの表現も深い。クラリネットの高音が絞り出すような嗚咽に聞こえる。ブラームスの深い精神の世界を十分に描き出している。 プラジャーク弦楽四重奏団はもちろんしっかりとした音でクラリネットを支えていた。堪能した。

 

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ネマニャ+大フィルによるブルッフ ネマニャの進化!!

 426日、大阪のフェスティバルホールで大植英次指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏を聴いた。前半には、ブルッフ作曲のヴァイオリン協奏曲第1番。ヴァイオリンは驚異のヴァイオリニスト、ネマニャ・ラドゥロヴィチ。もちろん、ネマニャ目的でわざわざ大阪まで足を運んだのだった。今回のネマニャ来日は、このコンサートのためだけ。東京での公演はない。となると、大阪まで足を運ばざるを得ない。私はネマニャのファンクラブである「プレピスカ」の会長なのだが、東京の会員も10人以上が関西に押し寄せている。

 来た甲斐があった。ネマニャらしい鮮烈で研ぎ澄まされたクリアな音。そこに大きな身振りで激しくドラマティックに音楽を作っていく。だが、全体的な形が崩れることはなく、しっかりと音楽が足についている。激動し、大きく振幅しながらも、何か中心的なものに肉薄していく真摯な姿がある。何度か、あまりに美しい音、あまりに激動する音に涙が出そうになった。

 ブルッフのこの協奏曲を生で聴くのは二度目か三度目だが、とてもロマンティックで、しかも形式感もあり、メロディも美しい。もっともっと演奏されてしかるべき名曲だと思う。

 ただ、大植の指揮はかなりテンポを動かし、しばしば煽ろうとする。時々、ネマニャとの音楽の作りの違いを感じた。敢えて言葉を選ばずに言うと、大植の指揮は外面的な効果を狙いすぎているように思った。ネマニャの音楽は、ときに外面的で俗受けと誤解されるが、まったくそんなことはない。音楽に肉薄するるが、情緒を煽ろうなどとはまったくしない。私には、大植さんがネマニャを別の方向に進めているように思えた。

 ネマニャのアンコールは、パガニーニの「24のカプリース」をミックスした曲だという。ネマニャと大植さんの英語のやり取りからうかがえた。なるほど、24のカプリースの中の聞き覚えのある部分が続く。それはそれは凄まじいテクニック。クリアな音で冷徹に、しかも情熱的に弾きまくる。爽快というのではなく、むしろ心の奥に突き刺さる。単に技術を聞かせる曲ではなく、魂の躍動の曲になっている。大喝采。

 後半はシュトラウスの「アルプス交響曲」。私は中学生のころからの、つまりは50年近く前からのシュトラウス・ファンなのだが、好きなのはオペラや歌曲であって、交響詩の類はあまり聴かない。とりわけ「アルプス交響曲」と「家庭交響曲」と「ツァラトゥストラ」(さすがに、冒頭の部分はシュトラウスの天才の表れだと思うが)はまったくおもしろいと思ったことがない。だから、あまり期待しないで聴いた。

 そして、やはりおもしろくなかった。大植の指揮は私にはあまりに野放図に聞こえる。オーケストラのメンバーは絶え間なく全力で演奏しているのだが、そうであるがゆえに、形が崩れ、ただひたすら音の洪水の連続になる。だが、静かなところがあり、秘めたところがあり、少しずつ盛り上がるところがあってこそ、音の爆発は意味を持つ。私は少々退屈した。もともとシュトラウスの音楽には野放図なところがあり、音の洪水という要素があり、外面的な効果を狙っている面が強いので、大植の解釈も十分に成り立つと思うし、それを好む人が多いのもよくわかる。しかし、私の好きな音楽の作りではなかった。

 本日は、ともあれネマニャのますますの進化を聴くことができた。それだけでも素晴らしい。

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葉加瀬太郎チャリティコンサート大成功

 本日、多摩大学001教室で、樋口ゼミ主催の葉加瀬太郎チャリティコンサートが開かれた。ふだんは、教員の目が届かず、居眠りしたり携帯をいじったりする学生の多い大教室の授業の場。

 ところが、今日の001教室は感動と興奮にあふれた。葉加瀬太郎さんが多摩大に来てくれてのコンサート。私と葉加瀬さんとはラジオで共演して以来の仲。とはいえ、こんな大物をうちのゼミで呼んでも怒鳴られはしないかと心配だった。が、思い切って、ゼミ生の企画を伝えてみたところ、本当に来てくれることになった。チャリティという形で演奏してくれるとの返事。ゼミ生一同、大興奮。

ゼミ生の張り切りようは尋常ではなかった。とりわけ、今回の企画は4年生女子が中心。準備を重ね、少しでも気持ちよく演奏してもらえるようにと女性らしい配慮をして、控室を快適に整え、手際良く仕事が進むようにもあれこれ工夫。葉加瀬さんもそれをわかってくれたのだと思う。とても気持ち良く演奏をしてくれた。

私はクラシック以外の曲をほとんど聴かない。聴くのは、せいぜい民族音楽とフラメンコくらい。だが、葉加瀬さんの音楽はそんな私にも実に心地よい。心地よいだけでなく、深い感動を覚える。アフリカや南米の民族音楽、あるいはワールドミュージックと呼ばれるジャンルを思わせる。生命の核心にあるもの、生きる意味、愛することの大事さ、そのような心がおおらかに、しかもひしひしと伝わってくる。

私はなぜか葉加瀬さんの曲を聴くと、生命の尊さ、生と死の悲しみ、そして、それを超える人生の素晴らしさを感じる。生きててよかったなあ、とついプリミティブに思ってしまう。葉加瀬さんの音楽はそんな力を持っている。

私は葉加瀬さんの演奏するクラシック音楽も好きだ。技術的には、テクニックを売り物にする世界の有数のヴァイオリニストには劣るかもしれない。だが、私は葉加瀬さんの演奏を聴くと、いつも魂の高貴さのようなものを感じる。葉加瀬さんの音楽を大衆に媚びていると考える人もいるだろう。だが、「媚び」ほどこの人に縁遠い言葉はなかろう。ユーモアにあふれ、サービス精神を持ち、気遣いをし、人を楽しませるすべを心得ている人だが、実に内面的で感受性豊かで孤高の部分があり、それがクラシック音楽を演奏する時に現れる。そして、それはオリジナル曲にも聞こえてくる特徴だ。サービスをしながらも、謙虚でありながらも誇り高い自分の全体をさらけ出し、そうであるからこそ、人の心の奥底に届く音楽を作り出している。それが、葉加瀬さんの人気の秘密なのだと思う。

とりわけ私はやはりクラシックの曲に最も深い感銘を受けた。クライスラーの「前奏とアレグロ」。私の好きな曲でもある。豪快でドラマティックな出だし、そして超絶技巧のアレグロの部分。これ見よがしに演奏するのではなく、もちろんきちんと演出を交えながらも真摯に、そして心豊かに演奏する。圧巻。

数日前から、実は心配で眠れなかった。客はきちんと入るだろうか。ガラガラではなかろうか。ゼミ生が大失敗をやらかさないだろうか。ゼミ生どころか、私自身がへまをしないか。もちろんあれこれの失敗はある。だが、葉加瀬さんの音楽ですべては吹っ飛んだ。

ところで、この数日のことをここに書き加えておく。

19日は大分県日田市に住む両親を訪れた。21日に大分市の岩田学園で仕事があるので、その機会に実家に帰ったのだった。90歳に近い両親はとても元気。もちろん年齢には勝てない面もあるが、年齢の割にはしっかりとしている。

20日に大分市に移動。夜は友人とフグ料理を食べた。21日に岩田学園で小論文指導の研修。私が塾長を務める白藍塾の仕事の一環だ。高校生相手に短い講演をして、空港に移動、夜の9時ころ羽田到着。

そして、その間も、実はゼミ生や多摩大学の教職員から、葉加瀬太郎コンサートについての相談や打ち合わせのメールがひっきりなしに入っていたのだった。

今日は幸せな気持ちで眠れる。

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多摩大学・樋口ゼミ主催 葉加瀬太郎チャリティ・コンサート 曲目決定!

 本日(422日)、18時半から、多摩大学多摩キャンパス001教室で、多摩大学・樋口ゼミ主催 葉加瀬太郎チャリティ・コンサートが開かれる。私がラジオ出演を通して葉加瀬さんとブラームスへの愛で意気投合し、交流してきたために、今回のコンサートが実現した。

 チャリティ・コンサートなので入場無料だが、東日本大震災への寄付を募らせていただく。また、参加できるのは、多摩大学にかかわりのある人、あった人に限らせていただく。

 なお、曲目が決定した。まだ変更の可能性があるが、以下の曲が予定されている。

(チラシ作製の段階で、松田理奈さんが出演すると記載したが、プログラムが変更になった)

 多くの方に葉加瀬さんの音楽の素晴らしさ、そして生きることの素晴らしさを味わっていただきたい。

 

曲目

・葉加瀬太郎  Etupirka  (エトピリカ)

・葉加瀬太郎  Another Sky (アナザー・スカイ)

・葉加瀬太郎  流転の王妃~メインテーマ

・フリッツ・クライスラー  序奏とアレグロ

・ジュール・マスネ タイースの瞑想曲  (オペラ「タイース」より)

・葉加瀬太郎  冷静と情熱のあいだ

・葉加瀬太郎  ひまわり

・葉加瀬太郎  情熱大陸

 

出演者  葉加瀬太郎(ヴァイオリン)、マチェック・ヤナス(ピアノ)

日時  4月22日(火)18時開場 18時30分開演  19時30分終演予定

場所  多摩大学 多摩キャンパス 001教室

入場料  無料 (東日本大震災のチャリティ・コンサートなのでお気持ちとしての募金)

参加資格 多摩大生、OB、保護者、多摩大学にかかわりのある方、その友人。ただし、未習熟児童の入場はご遠慮いただきたい。また、公共の交通機関を利用してお越しいただきたい。

主催  多摩大学樋口裕一ゼミ

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デセイの美声に心を奪われた

4月16日、東京芸術劇場で、ナタリー・デセイ(ソプラノ)とフィリップ・カサール(ピアノ)のデュオコンサートを聴いた。都民劇場音楽サークル公演。デセイの歌の素晴らしさに圧倒された。

デセイにはずっと前からCDや映像で親しんできたが、どうもなまで聴くのは初めてのような気がする。私が出掛けるオペラはドイツ系に偏っているので、フランス系、イタリア系を多く歌うデセイをなまで聴く機会は多くなかったということだろう。

前半は、クララ・シューマンとブラームス、デュパルク、シュトラウスの歌曲。デュパルクの「旅への誘い」、シュトラウスの「夜」、「春の賑わい」がとりわけ素晴らしい。ただ、はじめのうち、時々声が割れることがあった。デセイの声が失われたという噂を聞いていたし、METライブビューイングで見た「椿姫」でもデセイが不調だったので、今回も心配していたが、やはり本調子ではなさそう。事実、曲の合間に何度か咳をしていた。

が、そうはいっても、デセイはデセイ。だんだんと調子に乗ってきて、最高に美しい声が響き渡る。いたずらっぽくて軽やかでチャーミングで、しかも知的。ブラームスに関してはちょっと余りブラームスらしくなく、あまりに軽やか。が、これもデセイの持ち味だろう。

後半はプーランクの「偽りの婚約」に始まり、ラフマニノフ2曲とドビュッシー2曲、最後に「ラクメ」のアリア「美しい夢を下さったあなた」。プーランクは、真面目すぎることもなく不真面目すぎることもなく、さすがデセイ。真面目なのか不真面目なのかさっぱり分からず、しかしどこか憎めず、そうでありながら感受性豊かで信仰心にあふれた心を持っている・・・というプーランク特有の音楽を実にうまく表現していると思った。デセイはオペラでも圧倒的な演技力で人々を魅了してきたわけだが、声の演技力も実に圧倒的。後半になったら、声が割れることもなくなり、全盛期に近い声になった。

何よりも素晴らしかったのはラフマニノフの「ヴォカリーズ」。何と美しい声だろう。深刻にならず、彩り豊かな声で微妙に、美しく、流麗に声の流れを作っていく。最後、声が消えゆくまで、完璧に歌の世界をコントロールしている。ロマン主義の極致。ドビュッシーの「アリエルのロマンス」もほんとうに軽やかで美しい声を堪能した。

アンコールはドビュッシーの「星の夜」とフォーレの「マンドリン」。これも素晴らしい。ピアノのカサールも知的で情緒もあって実に見事。

ところで、本日、会場で配布された冊子に挟まれていた知らせで、ボストン交響楽団の来日公演の指揮者がマゼールからデュトワに変更になったことを知った。マゼールはアクシデントにより来日が不可能になったとのこと。実に残念。

 

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METライブビューイング「ウェルテル」 カウフマンのすごさ

銀座の東劇でMETライブビューイング「ウェルテル」を見た。何よりもタイトルロールのカウフマンのすごさに圧倒された。

シャルロットを歌ったソフィー・コッシュも素晴らしい。ソフィー役のリゼット・オロペーサもいい。さすがMETというべきか、すべての役が現在最高レベルだが、カウフマンはその中でも群を抜いている。高貴な声、歌の表現力、そしてウェルテルにふさわしい容姿。死を前にした弱音も最高に素晴らしい。映像ではわからないが、この声はおそらくはっきりと劇場全体に響いているのだろう。どういう物理現象なのか知らないが、名歌手が歌うと、弱音で歌っても会場の隅々まで聞こえる。そのことをネトレプコの歌うヴィオレッタで経験したが、それと同じことが起こっているのだろう。声の様子、観客の様子から伺うことができる。

私はこのオペラはCDDVDをそれぞれ数回かけたくらいで、とくに好きというわけではないし、よく知っているわけでもない。数か所、覚えのある旋律があった程度。とても美しい音楽だと思うが、ドイツ系のオペラ好きの人間にはちょっと違和感がないでもない。

映像内でカウフマンも語っていたが、やはりこの物語を現代人に素直に納得させるのは至難の技だろうと思った。根っこのところでかなりロマンティックな人間だと自分で思っている私も、主人公たちのあまりの一途な行動にはついていけない。カウフマンは実にうまく演じ、素晴らしい歌を聞かせてくれるが、それでも私はどうも感情移入できない。むしろ、不思議な人たちを珍しがって見ている気分だった。感情移入させようとする音楽にも十分には乗れなかった。

演出はきわめて妥当で、納得のいくものだった。自殺の場面の血糊にはびっくり。さすがハリウッド映画の国。

ともあれ、カウフマン(私はなまのカウフマンは一昨年のザルツブルクでドン・ホセを見ただけ)のすごさを体験できてとても満足だった。

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緊急速報! 4月22日葉加瀬太郎チャリティコンサート プログラム変更のお知らせ

 4月22日に多摩大学内で開かれる、樋口ゼミ主催・葉加瀬太郎チャリティコンサートのプログラムが変更になった。

 松田理奈さんにおいでいただいて、葉加瀬さんとともに2台のヴァイオリンのための曲を演奏していただく予定を発表したが、葉加瀬さん中心のプログラムに変更させていただく。曲目は、葉加瀬さんのオリジナル曲が中心になる。

 詳細は以下の通り。

 

出演者 葉加瀬太郎(ヴァイオリン)、マチェック・ヤナス(ピアノ)
日時   4月22日(火) 開場18時 開演1830分 終演1930分(予定)
場所   多摩大学多摩キャンパス 001教室
曲目  葉加瀬太郎オリジナル曲など
入場料  無料  (東日本大震災のチャリティ・コンサートの一環です)
参加資格 多摩大学にかかわっている方、かかわったことのある方
(在校生、保護者、OB、多摩大学との関連で仕事・学習・作業をなさっている人、なさった人など。それらの方がご家族やご友人と同行してくださるのは歓迎いたします)
なお、未就学児童の来場はご遠慮ください。また、当日は公共の交通機関を利用してお越し頂けますようお願いいたします。

主催  多摩大学樋口裕一ゼミ

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バッハ・コレギウム・ジャパンによるマタイ受難曲

 4月13日、ミューザ川崎でバッハ・コレギウム・ジャパンによるマタイ受難曲を聴いた。指揮は鈴木雅明。鈴木秀美、鈴木優人もコンティヌオとして出演。大変よい演奏だった。ただ、大感動とまではいかなかった。オーケストラは素晴らしいと思うが、歌手陣がやはりCDで聴く世界有数の歌手たちに比べると、凄みに欠ける。

 とはいえ、ソプラノのハンナ・モリソン、バスのベンジャミン・ベヴェン、エヴァンゲリストのゲルト・テュルクは安定している。日本人歌手たちも健闘。ただ私には、アルトのクリスト・ファン・デア・リンデは期待外れだった。男性のファルセット特有の音程の不安定さと発音の不明瞭さが気になった。あの有名な「憐れみたまえ、わが神よ」のアリアに感動できなかった。同じアルトの青木洋也のほうがずっと安定していた。

 バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏で「マタイ」を聴くのは初めてだと思う。実はもう少し期待していた。もちろんとてもよいのだが、もっと深い敬虔な音がほしい。最後の合唱もそれほど心にしみなかった。

 

 実は大変忙しい。6月20日締め切りとばかり思い込んでいた本の原稿締め切りが、どうやら3月末締め切りだったらしい。4月初めに編集者から催促のメールを受けてびっくり。もちろん3月末はもう過ぎているので、5月中旬ころに締め切りを延ばしてもらった。が、それにしても時間がない。大学の新学年と重なり、しかも、大学のゼミでの葉加瀬太郎さんのコンサートとも重なって大忙し。そのうえ、今週末は九州に行くことになっているし、コンサートも立て続けにある。そして、もっと悪いことに、パソコン2台が不調。一つはXPだったのでついでに買い替えたが、その設定の時間がない。そもそも私はパソコンの設定の類の作業を最も苦手にしている。この忙しい時期にパソコンで時間を取られると思うと、途方に暮れてしまう・・・。

そんなわけで、ブログはこのくらいにして仕事にかかる。

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ヤノフスキのブルックナー第5番、少々期待外れ

 4月12日、NHKホールでNHK交響楽団定期演奏会、マレク・ヤノフスキ指揮のブルックナーの交響曲第5番を聴いた。先日の「ラインの黄金」があまりに素晴らしかったので期待を大きくして聴きに行ったが、残念ながら私は感動できなかった。

 実はブルックナーの5番は、少々苦手な曲。もちろんブルックナーは大好きなのだが、5番はどうも迷路にはまりこんだ気分になって居心地が悪くなる。ヴァントで聴くと実に納得するのだが、ほかの多くの指揮者で聴くと、しばしば途方に暮れる。

 そして、今日、まさに途方に暮れた。とりわけヤノフスキの指揮は、求心的ではなく、むしろ散漫な感じがした。もちろん素晴らしく美しい音はしばしば聞こえる。出だしの所で大事故があったが、まあブルックナーの実演ではこんなこともあるだろう。だが、そのあとも曲想の変化にどのような意味を持たせているのかがよくわからず、次々に別の曲想が表れては消えていくように思える。全体が一つの統一体をなさない。音の一つ一つに思いがこもっておらず、淡白な断片に思えてしまう。フィナーレになってやっと少し盛り上がったが、それでも特に感動することなく終わった。

 もっと切れがよくたたみかけてくるように全体像を作るブルックナーを期待したのだったが、そうはならなかった。ブラヴォーを叫んでいる人も何人かいたが、心なしか拍手も淡白な気がした。

 ちょっとヤノフスキという指揮者がつかめなくなった。「ラインの黄金」との差が大きすぎる。また機会があったら聴いてみたい。

 

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METライブビューイング「イーゴリ公」 内面性と芸術性を増したヴァージョン

東銀座の東劇でMETライブビューイング「イーゴリ公」をみた。

 演出はディミトリ・チェルニアコフ。これまで私が見たヴァージョンとはかなり異なる。ボロディンが完成させずに亡くなり、友人のリムスキー=コルサコフとグラズノフが補完してこれまでの形になっていたので、新たなヴァージョンを作ったということのようだ。私にとってそれほど好きなオペラというわけではないので、詳しいことはわからないが、ところどころで「おやおや?」と思いながら見た。

 通常版とは、ストーリーが少し異なる。まず、あの有名な「韃靼人の踊り」が展開されるポロヴェツ陣営の場面が、一面の赤いケシ畑に設定され、なかば非現実のイーゴリ公の内面の場面として描かれている。だから、ポロヴェツ人の大合唱や大舞踏は登場せず、ケシの花々の中で幻想的な踊りが20名ほどのダンサーによって行われる。そして、通常版では、コンチャーク汗が娘コンチャコーヴナとイーゴリ公の息子ヴラヂーミルの恋を許し、脱走したイーゴリ公をむしろたたえる場面があるはずだが、その場面はカットされている。脱走後のイーゴリ公は民衆に称えられるというよりも、むしろまだ絶望の中にいて幻想を見ている。最後にはかろうじて再生を誓う場面で終わるが、通常版のように民衆は楽観的にイーゴリ公をたたえるわけではない。

 通常版のような都合のよすぎるところは少ない。もっとずっと内面的で芸術性が増した印象を抱いた。このオペラに私はあまり馴染んでいないので気付かなかったが、音楽的にもかなり通常版と異なるのだろう。ワーグナーなどのドイツオペラを愛する私としては、「イーゴリ公」を英雄譚ではあるがちょっとチャチなオペラ・・というように思っていたが、今回のヴァージョンをみると、「ボリス・ゴドゥノフ」に劣らず重厚で深いオペラになっている。ただ、見終わった後、「あれ、コンチャコーヴナと恋に陥っていたヴラヂーミルはどうなったんだ?」という疑問に駆られた。

 演奏はMETの常でまさしく現代最高の布陣。どの歌手も圧倒的。とりわけイーゴリ公を歌ったイルダール・アブドラザコフは本当に素晴らしい。近いうちにぜひボリス・ゴドゥノフを歌ってほしい。ガリツキ公のミハイル・ペトレンコとコンチャーコヴナのアニータ・ラチヴェリシュヴィリも素晴らしい。指揮はジャナンドレア・ノセダ。指揮に関してどうこう言うほど私のこのオペラに詳しくないが、しばしば音楽に引き込まれた。

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ヤノフスキ指揮、「ラインの黄金」 最高の演奏!!!

4月7日、東京文化会館で、東京・春・音楽祭の一環としての、マレク・ヤノフスキ指揮、「ラインの黄金」(演奏会形式)全曲演奏を聴いた。オーケストラはNHK交響楽団。コンサートマスター席にいたのは、ウィーンフィルのコンサートマスター、ライナー・キュッヒル。

 最高の演奏!! これ以上は考えられないほど。

 まず、歌手たちがそろっている。ラインの娘たちを歌った小川里美、秋本悠希、金子美香が世界のレベルの歌手たちに交じってまったく遜色がない。フライアを歌った藤谷佳奈枝も可憐でありながらしっかりした声で世界性高レベルの歌手に引けを取らない。

 外国人歌手の中では、アルベリヒを歌ったトマス・コニエチュニーが、この素晴らしい歌手陣の中でもひときわ群を抜いている。声の強さ、表現の強さ、どす黒い怒りや欲望を感じさせる歌い回しが異常全体を圧する。これから、いろいろな役を歌ってほしい。

フリッカを歌ったクラウディア・マーンケも、まだ若く見えるのに、しっかりした強い声で風格のあるフリッカを歌いあげている。この人の歌ももっといろいろな役で聴きたいものだ。ローゲ役のアーノルド・ベズイエンもこの役ふさわしい意地悪で巧妙な役を自由に歌う。

 他の歌手たちも、もちろん素晴らしい。ヴォータンのエギルス・シリンスは、低音で少し音程が不安定だと思ったが、高音は美しく伸びて実に高貴。ドンナーのボアズ・ダニエルも声に張りがあって実に見事。そのほかの歌手たちも少しも不満はない。いずれの歌手たちも、明瞭で声に力がある。

 そしてもちろん、ヤノフスキの指揮するNHK交響楽団の力演にも圧倒された。スケールが大きく、テンポがしっかりして、楽器が実に明瞭に響く。かつての巨匠たちのような「もやもやして得体のしれないおどろおどろしいワーグナー」ではない。ドラマティックで輪郭が明確で、何よりも強い意志を秘めた音の構築物としてのワーグナー。だが、凄まじい悪や美や怒りなどの人間のすべてが入り混じっている。N響の実力にも脱帽。

わけのわからない演出に邪魔されずに音楽を聴けるのもありがたい。しかも、楽器を目の前にして明瞭な音を聴けるのもうれしい。このような音はヤノフスキの作りたい音楽に合っているのだろう。

といいつつも、ぜひこの演奏に合った演出をつけて劇場の上演を見たいという気持ちを抑えきれない。

 ともあれ本当に心の奥から魂を揺り動かす素晴らしい演奏だった!!

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速報!! 樋口ゼミ主催・葉加瀬太郎チャリティ・コンサートのお知らせ

 なんと、葉加瀬太郎さんが4月22日に多摩大学を訪れ、多摩大学の学生や関係者を前にチャリティ・コンサートを開くことが決定した。

 多摩大学樋口ゼミは、多くの人にクラシック音楽を楽しんでもらうためのコンサートを企画している。葉加瀬さんと私とは、ラジオ出演が縁で付き合いがある。私は何度か葉加瀬さんの演奏を聴かせていただき、音楽性の素晴らしさに感動した。多くの若者をクラシック音楽に導き、音楽の楽しさ、生きることの素晴らしさを人々に訴えるために葉加瀬さんのコンサートを開くのが、私たち樋口ゼミの夢だった。そのため、昨年来、その可能性を打診していた。

先週になって、4月22日にコンサートを開くことが決まった。しかも、東日本大震災のチャリティ・コンサートの一環として、多摩大学のため、私たちのゼミのためにコンサートを特別に開いてくれるという。そのうえ、今、若者の間で大人気の若手ヴァイオリニスト松田理奈さんが共演するとのこと。こんなうれしいことはない。

変更の可能性はあるが、今のところ、以下のように決定している。

 

出演者  葉加瀬太郎(ヴァイオリン)、松田理奈(ヴァイオリン)、マチェック・ヤナス(ピアノ)

日時  4月22日(火)18時開場 18時30分開演  19時30分終演予定

場所  多摩大学 多摩キャンパス 001教室

曲目

・ルクレール 2台のヴァイオリンのためのソナタ 第5番

・ショスタコーヴィチ 2台のヴァイオリンとピアノのための5つの小品

・葉加瀬太郎  With One Wish 

・サラサーテ 2台のヴァイオリンのためにナヴァラ

・葉加瀬太郎 Smile for you

入場料  無料 (東日本大震災のチャリティ・コンサートなのでお気持ちとしての募金)

参加資格 多摩大生、OB、保護者、多摩大学にかかわりのある方、その友人。ただし、未習熟児童の入場はご遠慮いただきたい。また、公共の交通機関を利用してお越しいただきたい。

主催  多摩大学樋口裕一ゼミ

 

なお、予約なしでも入場可能だが、入場者数を把握したいので、入場希望の方は以下に「お名前・参加人数・多摩大学との関係」を記入して送信していただきたい。

 y.higuchisemi@gmail.com  (樋口ゼミ 葉加瀬太郎チャリティコンサート係)

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マキシミリアン・ホルヌングの無伴奏チェロ、やや不満

 4月5日、武蔵野市民文化会館小ホールでマキシミリアン・ホルヌングの無伴奏チェロのリサイタルを聴いた。前半にバッハの無伴奏チェロ組曲第4番とアマン作曲の「チェロのための作品、後半にバッハの無伴奏チェロ組曲第1番とカサドの無伴奏チェロ組曲。

 バッハの無伴奏に関して、よく「楷書」と「草書」という言い方をされるが、ホルヌングの演奏は間違いなく草書にあたる。型を崩し、テンポを変えたり、表情付けをしたりして、かなり自由に弾いている。テクニックは見事で、音程はいいし、歯切れもいい。ふくよかでありながらもかなりシャープな音が豊かに鳴り響く。だが、私はどうも型の崩し方に違和感を覚えた。

 1986年生まれというから、まだ20代。若者が草書的な演奏をして精神の遊びのようなものを表現しても、そこに深みが現れない。表情付けはかなりロマンティックだが、表層的な印象を受ける。どうしても機械的に聞こえてしまう。達者に弾いているだけの精神性の欠けたバッハになる。

 むしろ、アマンの曲(1994年作曲)やカサドの曲(1925年作曲)のほうがずっとよかった。現在のホルヌングの演奏は、バッハよりも現代曲のほうに向いていると思う。

 アンコールは、プロコフィエフの「子供のための音楽」から「行進曲」とバッハの無伴奏組曲第3番「ブーレ」。プロコフィエフはとてもよかった。メリハリがあり躍動感がある。が、バッハはやはり表層的に感じた。

 

今日は土曜日。今週はかなり忙しかった。ちょっと振り返っておく。

 火曜日(4月2日)は大阪の堺市にある初芝中学・高等学校に出向いて小論文の研修、翌3日は奈良県の育英西中学高等学校で同じく研修。私が塾長を務める白藍塾は全国の中学、高校での小論文指導のバックアップをしているが、その一環としての仕事だ。とても充実した2日間だった。

 奈良で少しだけ時間があったので、東大寺、奈良公園、興福寺を回ってみた。桜は満開。大勢の観光客がいた。外国人、とりわけアジア系の外国人が実に多い。大学生のころ、九州に帰省する途中、何度か奈良を訪れて、寺院や仏像の見物をしたが、その後はめったに奈良を訪れなくなった。大好きで繰り返し訪れていた唐招提寺にまた行きたくなった。

 

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フランス映画名作集 感想

61kfj2zqr2l__sl500_aa300_  DVD10枚で1980円という超特価の映画名作集。だいぶ前に数セット購入しながら、なかなか見る時間が取れなかった。大学の春休み(とはいっても、入試委員長だったので、ほとんど休みはなかった)を利用して、「フランス映画 名作コレクション2」を見た。ただし、「天井桟敷の人々」(これはもう私の映画体験の中の間違いなくベスト5に入る大傑作!!)と「恐怖の報酬」(これも大変面白い)、「オルフェ」(あまり好きな映画ではない)は、これまで何度も見てストーリーもよく覚えているので、今回は見ないまま。残りの7本について感想を記す。それにしても、この素晴らしい内容がこの値段で見られるなんて、これでよいのだろうかと思ってしまう。

 

「大いなる幻影」

 ジャン・ルノワール監督。主演はジャン・ギャバン。30年以上前に、2度か3度見た記憶がある。あらためて見て、なかなかおもしろかった。一次大戦中のドイツ内にある捕虜収容所でのフランス軍人たちの人間模様を描く。二次大戦の捕虜収容所のかなり深刻な物語をたくさん聞かされてきた私たちには、一大戦はかなり牧歌的に映る。その中で、貴族同士のつながりを重視するドイツ人収容所長(監督として名高いショトルハイムが演じる)とフランス貴族(ピエール・フレネー)のエピソードが最も印象に残る。庶民やユダヤ人銀行家など、さまざまな階層の捕虜の人間模様が面白い。

 とはいえ、素晴らしい傑作かといわれると、そうも思わない。私としては、なかなかの佳作といったところ。

 

「ゲームの規則」

 ミュッセの戯曲「マリアンヌの気まぐれ」(昔読んだ記憶があるが、ほとんどの覚えがない)に基づくジャン・ルノワール監督の映画。貴族とその召使たちの恋の戯れを生き生きと描いている。人物が実にリアルで、複雑な人間心理や人間関係を魅力的に、しかもわかりやすくユーモラスに描いていくところはさすが。最後、ちょっとした偶然の重なりから大きな悲劇がおこるが、伏線の張り方も見事。昔、一度だけ見た覚えがあったが、ほとんど忘れていた。「もしかしたら、見ていなかったかも…」と考えているうち、貴族の館でのパーティの余興でサンサーンスの「死の舞踏」を鳴らしての骸骨のダンスが行われる場面になった。ここでやっと間違いなく見たという確信を持てた。この場面には大いに感動したのだった。あらためて見ても、この場面は実にすばらしい。この映画を象徴している。軽やかな戯れでありながら、そこに死の影があり、人間の哀歓がある。

 芸達者な役者が大勢出演。オクターヴを演じるのがジャン・ルノワール自身だというのでびっくり。実にうまいし、いい味を出している。ただ、私の眼にはヒロインのクリスティーヌはかなりの年齢に見えるのに、若い役を演じているようなのに違和感を覚えた。私の愛するソプラノ歌手シュヴァルツコップによく似ていると思った。ジュリアン・カレット、ガストン・モドなどの1930年代のフランス映画の常連が出ていて、実に懐かしい。

 ただ、この映画も、私には世評ほどには大傑作とは思えない。なかなか良い映画だとは思うが、少々退屈だった。私はこのような恋の人間模様というようなものにあまり関心がないためだろう。

 

 

「北ホテル」

 ウジェーヌ・ダビ原作の小説(かつて読んだ記憶はあるが、細かいところはほとんど覚えていない)をマルセル・カルネが監督した作品。2度以上見た記憶がある。最後に見たのは比較的最近(といっても10年くらい前?)のような気がする。北ホテルという場末のホテルで心中を図りながら命を取り留めた女性(アナベラ)が、同じ相手と生きなおそうとするまでを、北ホテルに暮らす人々の哀歓を交えて描く。たまたま女性を助けたために自分の人生を振り返り、自分もやりなおそうとしながら、果たせない謎の男(ルイ・ジュヴェ)の心の機微の描き方に説得力がある。その愛人(アルレッティ)や善良なホテルの主人夫婦たちも実にリアル。「天井桟敷の人々」は映画史の最高峰の一つだと思うし、「嘆きのテレーズ」も大傑作。マルセル・カルネの演出力に圧倒される。

 

「霧の波止場」

 マルセル・カルネ監督、ジャン・ギャバン主演。脚本は「天井桟敷の人々」と同じ、大詩人であるジャック・プレヴェール。かつて見たつもりでいたが、今回見ても、まったく記憶がなかった。もしかすると、今度初めて見たのかもしれない。

脱走兵(ジャン・ギャバン)が外国に逃げるために港町であるル・アーヴルにやってきて、娘(ミシェル・モルガン)と恋に落ち、すでに進行していた殺人事件に巻き込まれ、ついに自分も殺されてしまうまでの物語。港町に生きる人々が入り組み、愛憎が交錯し、悲劇的な結末へと一気に突き進んでいく。

犯罪社会とまったく無縁に生きてきた私にはこのような世界にあまりリアリティを感じない。だから、特に好きな映画だというわけではない。が、人間心理を交錯させ、それを展開させていく作劇法に、まるで交響曲を聴いている時のような知的感動を覚える。伏線があり、テーマとテーマが重なり合い、登場人物が重層化して緊密に展開していく。そこに愛について、人生についての含蓄のあるセリフが語られる。主人公が助けた野良犬がしばしば登場する。野良犬として生きていながら無償の愛を求める姿を象徴しているのだろう。犬の使い方もじつにいい。

ミシェル・モルガンの顔を久しぶりに見た。チンピラを演じているのはピエール・ブラッスール、娘の養父を演じているのはミシェル・シモンではないか。当時の映画にしばしば登場する名優たち! 心ならずも罪を犯してしまった男性が恋に落ちたために自分を変えようと考え、船に乗って遠方に行こうとしたが果たせずに殺されるという大まかなストーリーは「北ホテル」とよく似ている。

 

「陽は昇る」

「霧の波止場」や「天井桟敷の人々」と同じマルセル・カルネとジャック・プレヴェールのコンビの作品なのだが、信じられないほどつまらない。

主人公(ジャン・ギャバン)が、清純な女性(ジャクリーヌ・ローラン。たぶん当時の新人女優)を愛すようになり、その女性に言い寄るほら吹きの男性を殺してしまい、自分の部屋に立てこもって、最後には自殺をする。男を殺して部屋に閉じこもるところから始まって、回想によって話が進んでいくのだが、主人公の気持ちがよくわからない。なぜ男を殺すのか、なぜ主人公は怒り狂っているのか、なぜ自殺するのか。いや、そもそも、なぜこの主人公は別の女性(アルレッティ)にも手を出すのか、なぜ男にそれほどの敵意を持つのか、清純な女性は本当はどのように感じていたのか。それがわからない。一つ一つの行動が納得できない突飛なものに見える。作劇の都合に応じて、突然主人公の部屋に銃弾を撃ち込んだかと思うと、まったく放置しているかのような警察の対応もリアリティを欠く。キツネにつままれた気持ちのまま終わってしまった。ちょっとがっかり。

 

「海の牙」

 原題はLes Maudits なので、「呪われた人々」というような意味だろう。ルネ・クレマン監督作品。第二次大戦末期、ドイツ軍の特別任務を負った潜水艦がオスロから南米に向かって出発する。艦内で病人が出たために寄港地のフランスで医師(アンリ・ヴィダル)が拉致され、治療にあたらせられる。その医師を主人公にして、敗北を前にしたナチスの軍人や様々な協力者たち、つまりは「呪われた人々」の人間模様が描かれる。

医師自身、いつ用済みになって殺されるかわからないという恐怖で脱出の機会を窺っている。だれが信用できるかわからない。客の中には、自分の行動に疑問を持って自殺を考える人、裏切って逃げようという人、完ぺきなナチス信奉者、冷血漢などがいる。そんなサスペンスにあふれた中で物語が展開する。そして、ドイツの敗北が決定的になっている状況、しかも潜水艦の中という極限状態での人間模様が描かれる。言い換えれば、戦後のドイツの状況、そして対独協力者の状況を、潜水艦内に場面を設定して描き切ったということだ。クレマンは実に手際よく、リアルに描いていく。潜水艦内の描写もおもしろい。みんなが脱出した後、主人公が一人取り残されるところまで、見ているほうははらはらさせられる。

実はルネ・クレマンは特に好きな監督ではない。あの有名な「禁じられた遊び」に感動したという人が同年代には大勢いるが、私はそれほどの名作とは思えなかった。クレマン作品はかなり見ているが、おもしろかった記憶があるのは、「鉄路の闘い」と「太陽がいっぱい」くらい。それ以外のほとんどは「まずまず」という印象だった。が、この「海の牙」はこれまで私の見たクレマンの映画の中で最高の部類に属する。

 

「花咲ける騎士道」(原題は「ファンファン・ラ・チューリップ」)

 クリスチャン=ジャック監督。往年の大スター、ジェラール・フィリップ主演。相手役はジーナ・ロロブリジーダ。ルイ15世の時代のとても痛快な活劇。「三銃士」のダルタニャンのようなキャラクター。今の若者にわかるようにいえば、ジャッキー・チェンの活躍をフランスのブルボン王朝時代に移したようなもの。

ストーリーは、「嘘から出たまこと」とでもいうべきもので、多くの若者を王の兵に募りたいためになされたうその予言が事実になっていく。主人公は何度も窮地に陥るが、毎回そこから抜け出し、3人だけの力で戦争に勝利する。ジェラール・フィリップの身体能力にも驚く。単にイケメンであるだけでなく、演技力も素晴らしい。シリアスな役を演じるフィリップはこれまで何度も見てきたが、このような単純明快な役も見事に演じているのに驚嘆する。ロロブリジーダも実に美しい。中学生のころ、「わらの女」という映画でロロブリジーダを知って、しばらくその美しさにのぼせたほどだった。今見ても、実に美しい。

この映画を見るのはたぶん2度目だと思うが、とても楽しめた。名作とはいえないかもしれないが、楽しい映画ではあった。

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