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オペラ「秘密の結婚」、映画「七夜待」などのDVDの感想

  

 昨日、東芝に修理に出していたdynabookのノートパソコンが戻ってきた。が、実は、「故障はしていない。ウイルスが残っていたので、それが原因かもしれない」とのことで、初期化だけしてもらって、保証期間であるにもかかわらず、お金を取られたのが、ちょっと不満。しかも、やはり調子が良くない。あれこれインストールするのに再起動をする必要があるが、そうしているうち二度ほど、以前と同じように、そのまま元に戻らず、「回復 お使いのPCは修復する必要があります」という表示が出た。修理に出す前は、これが出たまま元に戻らなくなったのだった。今回は二度とも、しばらくして電源をつけたら回復していたが、やはり不安が残る。これはやはり機械そのものの不具合だと思うのだが・・・・。

 

 が、気を取り直して、4月から4回目のPCの設定を行った(2台PCを購入。そのうちの1台であるこのdynabookは一度、初期化してすべて設定をし直した!)。さすがに、これだけやると、windows 8.1にも慣れてきた。

 

 そんな一日だったが、しばらく前からいくつかのオペラや映画のDVDを見た。その感想を簡単に書いておく。

 

 

 

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チマローザ「秘密の結婚」 1968年 ベルリン・ドイツ・オペラ公演

 

 

 

 8月初めに行われる新国立劇場研修生公演の予習としてDVDを購入。このオペラは、以前、クラシカ・ジャパンの放送で見たことがあるような気がしていたが、自宅の録画DVDを探しても見つからないので、もしかしたら、これまで一度も映像を見たことがないかもしれない。

 

1968年、ベルリン・ドイツ・オペラ公演。モノラル録音でモノクロ映像。ドイツ語による歌唱。指揮は先ごろ亡くなったロリン・マゼール。若々しいマゼールの指揮ぶりがみられる。

 

 まず指揮の素晴らしさに圧倒される。切れがよく颯爽とし、実にドラマティック。音楽もとてもおもしろい。ちょっとだけ冴えの不足するモーツァルトといったところだが、まぜーるの指揮で聴くと生き生きとしていて、まったく飽きない。いくつかのモーツァルトの大傑作には劣るかもしれないが、あまり上演されないモーツァルトのオペラに引けを取らない。ロッシーニを思わせるような歌もある。他愛のない話だが、分かりやすく、しかもそれなりに面白いので、十分に楽しめる。演出も、現在からみると、特に目新しいことは何もなされていないが、簡素さがよい味を出している。

 

歌うのは、ヨーゼフ・グラインドル、エリカ・ケート、リザ・オットーなど、当時の大スターたち。芝居もうまく、もちろん歌も素晴らしい。満足の映像だ。

 

 

 

Photo


「七夜待」

 

 河瀨直美監督、長谷川京子主演の映画。不思議な映画だが、とてもおもしろかった。

 

 長谷川京子演じる彩子がタイに旅し、タクシーに乗って眠っているうちに森の中の不思議な家に到着する。いわば異国での眠りによって非現実の世界に入り込んだという設定だ。

 

 この世界には、タイ人女(元風俗嬢という設定のようだ)と、その幼い息子トイ(日本人の男と間にできた子どもらしい)が住んでおり、そこにタクシー運転手が出入りし、正体不明のゲイのフランス人がいる。彩子はそこで寝起きを共にするようになるが、言葉が通じないため、ちぐはぐな会話をしている。彩子は女にタイ式マッサージを習うが、言葉の通じない他者に対して、肉体的接触であるマッサージだけが明確なコミュニケーションをなす。そうこうするうち、女は息子のトイを出家させようとする。タイではしばしば小さな子どもを出家させることがある。女は息子を罪のない世界、聖なる世界に送りたいと思っているらしい(30年ほど前、初めてタイを訪れ、タイ文化についてかなり本を読んだ。それによれば女性は功徳がつめないため、息子に出家してもらって家族全体の罪をあがなおうとするらしい。このタイの女もそうしたのかもしれない)。タクシー運転手はそれに反対していたが、最後には自分もトイとともに出家する。出家の儀式の日、彩子たちは音楽に合わせて浮かれ踊る。それだけの話。

 

 もちろん、これをリアルな物語としてとらえても始まらない。非現実の世界に迷い込んだ女性を用いて、河瀨監督が自分のメッセージを直接的に伝えようとしたのだろう。

 

人と人は言葉によって心を通じ合わせることはできない。肉体的接触があってこそ通じ合える。そして、その奥底にあるのは聖なる世界だ。そこに住む人々は熱帯の森にすむ聖なるものによってつながることができる。そのようなメッセージが映画に込められているようだ。そして、その背後位に存在するのが聖なる世界、精霊の世界なのだろう。

 

タイはもちろん上座部仏教(いわゆる小乗仏教)だが、それがピーという精霊への信仰とないまぜになっていることが知られている。この映画の中のタイ人たちが信仰しているのもそのような精霊だろう。最後、河瀨映画の典型的な終わり方として、カメラが森の中を移ろっていく。これはピーの動きを暗示しているだろう。

 

 

 

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「心中天使」 

 

 一尾直樹監督の映画。河瀨直美監督作品を探しているうちに目について、おもしろそうなので購入した。尾野真千子、國村隼が出演。ただ、残念ながら、私にはあまりおもしろくなかった。天空に何かを見て、今の自分を否定し、どこかに大事なものを置き忘れたものがあるのではないかと思い始めた三人の空虚感と苦しみのようなものを描く。意味ありげな場面が続き、抽象的なやり取りが行われる。確かに、私も若いころ、こんな感覚を抱き、このような映画を作り、このような小説を書きたいと思っていた気がする(かつて私は映画監督になりたい、それが無理なら小説家になりたいと思っていたのだった!)。が、今となっては、それはあまりに青臭く思える。これは芸術好きの若者特有の感覚を描いた映画といえるだろう。

 

 

 

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「少女の髪どめ」 

 

「運動靴と赤い金魚」や「太陽は、ぼくの瞳」を作ったイランのマジット・マジディ監督の映画。前2作と作風はよく似ている。

 

 喧嘩っ早い青年。テヘランの建設現場で下働きのようなことをしている。ところがある日、現場でけがをしたアフガン人の老人の代わりに、その息子だという少年が現れる。青年の仕事が少年に奪われるので、青年ははじめは少年につらく当たるが、少年の部屋を覗いて、それが女の子であることに気付く。恋心が芽生えてやさしくするうち、そのアフガン出身の少女の過酷な生活を知る。青年は自分の持ち金をすべて出し、大事なIDカードまで売って少女の家族をこっそりと助けようとするが、少女は青年に助けてもらっているとは知らないまま(多少は気付いているのだろう)家庭の事情でアフガンに去っていく。

 

とても良い映画だとは思うが、かなり情緒的で、しかも、ありがちな映画であって、私の趣味には合わない。青年も少女も表面的すぎる気がする。あえてそのように描いたのかもしれないが、私には訴える力が弱い。イランのアフガン難民の状況も、これ見よがしに悲惨なので、リアリティをもって感じることができなかった。

 

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