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「ヘンゼルとグレーテル」ゲネプロに感涙

 830日、立川のたましんRISURUホールで、東京文化会館オペラBOX多摩公演、フンパーディンク作曲のオペラ「ヘンゼルとグレーテル」のゲネプロを見せていただいた(本上演は8月31日15時開演)。

 きっと楽しいオペラに仕上がっているだろうと予想していたが、とんでもない。楽しいなどというそんなものではない。私は第2幕の終わりに感動のあまり涙が出そうになり、最後には本当に涙を流して感動した。このオペラでこれほど感動するとは思ってもみなかった。

 まず歌手陣が素晴らしい。ヘンゼルの山下牧子、グレーテルの清水理恵が理想的。とりわけ、休憩後(第3幕)の冒頭は二人の声がぴったり合って最高の音楽を作り上げていた。ペーターの高橋洋介は張りのある美声で、実に楽しい。ゲルトルードの駒井ゆり子も地味ながらしっかりと歌詞に即して見事。

魔女はなんと男性の所谷直生だったのでびっくり。私がこれまで見たり聞いたりしたこのオペラの録音や映像(このオペラの実演を見るのは、たぶんこれが初めてだったと記憶する)はすべて女性が歌っていたと思う。プロコフィエフの「三つのオレンジへの恋」では魔女をバスの男性が歌うが、それと同じような不気味な雰囲気があって、それはそれで大変面白かった。眠りの精の文屋小百合も露の精の鷲尾麻衣も、そして、ジンジャーブレッド合唱団も文句なし。

 音楽統括・指揮は杉原直基。エレクトーン2台(塚瀬万起子、柿崎俊也)と打楽器(田村拓也)をまとめていた。ごくまれに歌手とずれるところがあったが、ゲネプロであるがゆえの現象だろう。実際の上演ではぴたりと合うのだと思う。ただ、やはり、しばしば「フル・オーケストラで聴きたいな」とは思った。

 私が最も感銘を受けたのは、三浦安浩の演出だった。

 ナビゲーターの朝岡聡が序曲の部分で子どもたちとともに現れる。序曲の初め、「昔々あるところに・・・」というように話が始まる(朝岡さんの語りがとてもいい。語り口もいいし、その内容が上手に内容を補足し、舞台世界に導くように作られている)。

 私の勝手な思い込みかもしれない。三浦さんはそのようなことは意図していないのかもしれない。が、私は「子どもの汎神論」とでもいうべき世界を目の当たりにして感動したのだった。

 オペラの初めから、世界が森の神秘を感じさせる。歌を歌う眠りの精や露の精だけでなく、子どもたちが黙役で妖精に扮して登場する。森は妖精にあふれている。神の世界そのもの。しかも、大人の堅苦しかったり、教義に縛られたりする神の世界ではない。妖精がリアルに存在し、お菓子にあふれ、生き生きとした神秘がそのままに現れる世界。原初的な聖なる世界。

 子どもたちは決して演技が上手ではない。動きも様になっていない。だが、それがいい。いかにも子どもらしい。

 そうか、実は子どもの世界は神秘にあふれているんだ、神様の世界なんだと、改めて思った。そのような世界が舞台上に広がっていた。歌手たちが、そして妖精に扮し、魔女にとらわれていた子どもたちに扮する少年少女が、そのような世界を作っていた。その世界を見て、私は涙を流したのだった。

 今回の舞台には多くの素人の子どもたちが登場。多くの子どもたちの出演によって子どもの神秘の世界を作り出すと同時に、子どもたちにオペラになじませることにもつながている。そして、おそらく、子どもたちの親や親せき、友人を客として呼び込んでオペラ上演を経営的に成り立たせたいというしたたかな計算もあるだろう。

もちろん、したたかな計算も絶対に必要だ。このような試みをもっともっと続けて、もっと多くの人にオペラの楽しみを知ってほしい。このようなオペラを一度見たら、絶対にオペラ好きになるに違いない。

ザルツブルク音楽祭以降、日本で見た最初のオペラだったが、ザルツブルクで見たものと変わりないくらいに感動した。実に充実した時間だった。

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dynabookとFMVの性能にこんなに差がある??

 パソコンを買いなおした。

 以前にも何度か書いたが、4月に購入したdynabook T343/31Kがトラブル続き。いらいらした状態で家を出ようとして、車をこすり、門扉全体を破壊して、大損害を出してしまったのも、このPCのせいだった(もちろん客観的にいえば、私の運転技術の低さに最大の原因があるのだが、この際、それはおいておく)。

そして、そのPC、いよいよどうにもならなくなった。

 購入当初から、立ち上げのとき、そしてソフトを入れた後の再起動のときに、ときどき「回復。お使いのPCは修復する必要があります。予期しないエラーが発生しました。エラーコード 0XC0000185」という表示が出て、動かなくなった。もちろん毎回ではない。10回立ち上げて、一度くらいの頻度だろうか。そんなときには1分ほどで自然に電源が切れる。次にPCを立ち上げると、元に戻っていることもあるが、なかなか戻らないことも多い。

 しかも、順調に立ち上がった時も、動きがあまりに重い。ワードやアウトルックを呼び出しても、ネットを呼び出しても、「応答していません」という表示がしばしば出る。ワードに文を打ち込んでも、しばしば反応があまりに鈍い。印刷しようとすると、「印刷結果を名付けて保存」というページが出るばかりで、まったく印刷できない。これでは安心して使えない。

 どうしようもなくなって、5月以降何度も東芝PCサポートセンターに電話をし、アドバイスに従って色々といじったり、遠隔でいじってもらったが修復しなかったので、電話の指示に従って自分でリカバリーをした。

ところが、その後も同じ症状が出た。そして、ますますひどくなった。そこで、東芝に修理に出した。ところが、「工場では症状は再現されなかったので故障ではない。ウイルスに感染している恐れがある」ということで、東芝で完璧にリカバリーしてもらい、保証期間であるにもかかわらず、料金を取られて戻ってきた。

しかも、自宅に戻ったPCを再びセットアップしてみると、またまた同じ症状。はなはだ不愉快に思いながらも二度目の修理に出した。それが8月初めのことだ。ヨーロッパ旅行中、フランクフルトで「今度も症状は確認できなかったが、動きが遅いことは間違いなので、ハードディスクを交換した」という修理完了の知らせを受けた。ともあれ、これでももう大丈夫だと思っていた。

そして、昨日。帰国後、やっと時間が取れたので、セットアップしてみた。ところが、やはり同じ症状。まったく改善されていない。

「お使いのPCは修復する必要があります。予期しないエラーが発生しました。エラーコード 0XC0000185」という表示が出る。どのソフトもなかなか動かない。「応答していません」がしばしば出る。文書の印刷もできない。

工場で本当にハードディスクを交換してくれたのだろうか?? いや、そもそも本当にしっかりとPCの状況を見てくれたのだろうか。自宅ではしばしば出る症状が本当に修理場では出なかったのだろうか。ハードディスクを交換しても、同じような症状が出ることがあるのだろうか。

東芝のサポートセンターに電話をしてみたが、工場で症状が再現されない以上、どうしようもないとのこと。もちろん、柔らかな表現ではあるが、まるで私の使い方に問題があるように言われた。もう一度修理に出していただいてもよろしいけれど、同じ結果なる可能性が高いでしょうとのこと。確かにその通り。もう少ししつこく食い下がろうとしたが、相手の女性は感じは決して悪くないのだが、少しも私を理解してくれようとしない。今や私はサポートセンターに電話をする常連みたいになっているので、もしかしたらクレーマーではないかと警戒されたのかもしれない。

そこで、今日のうちに決心して、近くの量販店に行って、FMVA42RBを購入。

まず驚いたのは、セットアップのスピード。実は、dynabookのほうはセットアップだけで3時間ほどかかり、バックアップしておいた文書のうち、必要なものだけを入れて合計5時間くらいかかっていた。ところが、FMVはセットアップは15分くらい。文書を入れても1時間くらいで終わった。どれほど私の購入したdynabookの性能が悪かったかがわかろうというものだ。もちろん、少なくとも今のところ、「お使いのPCは修復する必要があります」などという表示は出ない。

東芝PCサポートセンターの人の説明によると、私の購入したdynabookに異常はなくまったく正常であるとのこと。そうだとすると、正常なdynabookと正常なFMVの間にこれほど性能の違いがあるのだろうか・・・などといった嫌味を言いたくなる。

ともあれ、4月以降、ずっとストレスが続いていたPCトラブルは、これにて一件落着になりそうだ。いずれにせよ、これからはdynabookは買わないことにする。

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時差ぼけの中で

 帰国の翌日から、かなり忙しいが、時差ぼけのせいか、音楽ぼけのせいか、あるいは単に疲れのせいか、勤労意欲がわかず、ぐったりしている。午前中はぼんやりして、仕事をしているうちに、少しずつ目が覚めてくる。雑用が押し寄せているせいもあって、書かなければならない原稿はまったく進まず。締め切りを延ばしてもらったが、それでも書き終えるかどうか、かなり心配。

 旅行の記憶が薄れないうちに、旅行中に考えたことを少し書き足しておく。

・ヨーロッパは物価が高いと感じた。市内では、1ユーロ=150円くらいの交換だったので、あらゆるものを高く感じた。昼食も安くても15ユーロくらいはした。日本では500円以下で食べられるところがあるのに、4ユーロ以下の料理など考えられなかった。日本はしばらくデフレが続いているうちに、かなり経済的な低迷が続いているのだと実感。

・パリのポルト・ド・クリニャンクールの蚤の市に行ってみた。35年ほど前と30年ほど前に続いて三度目だった。売り子がほぼ100パーセントアフリカ系(あるいは、おそらくはマグレブ系)だった。この界隈に白人の住人はほとんどいないように見えた。

・きわめて個人的な思いだが、私のイタリアについての知識のほとんどが、恩師である故・米川良夫先生によるものであることを痛感した。娘とヴェネツィアを歩きながら、イタリア文化についてあれこれと知ったかのように説明したが、そのすべてが米川先生に聞いた話、あるいは、米川先生に勧められて読んだ本による知識だった。私の人生における米川先生の存在の大きさを改めて感じた。米川先生がヴェネツィアを訪れた時の話、その時見せてもらった写真を思い出した。改めて、米川先生の偉大さをかみしめる。

・オルセー美術館を訪れたのも3度目か4度目だったが、ゴッホの絵の力には毎回、圧倒される。特にゴッホ好きというわけではないのだが、やはり異様な迫力。また、オルセーでもオランジュリでも、モネの絵の魅力も感じた。もうひとり、ドランの絵もおもしろいと思った。鮮やかで強烈な色遣いがおもしろい。画集で見るのと、美術館で実物を見るのの違いを痛感する。

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休暇が終わって、仕事の日々

 822日、午前中にオランジュリ美術館、午後はオルセー美術館を回り、その後、エッフェル塔付近まで行って、今回のヨーロッパ旅行を終りにした。移動には、バトビュスを使った、今回初めて知ったのだが、セーヌ川の観光地を回る水上バスで、1日券16ユーロで、乗り放題。乗り場も各地にある。セーヌ沿いの観光地を回るにはとても便利。川からパリの風景を見ることができ、しかもゆっくりと休憩しながら移動できる。最高気温2-度前後の季節はとりわけ心地いい。

 その後、オペラ座付近からロワシーバスに乗って21時発のJAL機で羽田へ。日本時間の15時半ころに羽田についた。その後、自宅へ。

 疲れた。時差ぼけもある。明日、時間を見て旅の総括について書こう。

 明日から早速大学での仕事。その後も仕事が続く。

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パリ観光をまだ続けている

 821日もパリ見物を続けた。とはいえ、基本的には娘の行きたいところに付き合う形。ガイドの役割を果たすつもりでいたが、パリに関する私の記憶はかなり怪しく、フランス語力もきわめて低下して、ほとんど案内にならない。一緒に道に迷い、一緒に困りながら旅を続けている。

 最初、サント・シャペルに行き、その後、シャトレ付近からサンジェルマン・デ・プレを徒歩で回った。サント・シャペルの美しさをもう一度味わいたかった。2階に上がった途端に、圧倒的なステンドグラスに囲まれる感動は今回も同じだが、現在、修復中で一番大きなステンドグラスがみられなかったのが残念。

 それにしても、中に入るまで、ここでも長い長い列。この時期だけ係りの人員を増やせば簡単に解消できると思うのだが、なんとかならないものだろうか。

 午後は、ポンピドゥー・センターにある国立近代美術館を中心に見た。私は芸術に関してきわめて保守的な人間なので、現代アートについては理解できない。20世紀の美術については、ピカソ、マティス、レジェ、フジタなどに惹かれる絵があった。

 その後、歩いて観光をしながら、食べ物屋さんや雑貨屋など娘の目当ての店をさがした。いくつかはヴァカンスで休暇中。

 今、フランス時間の午前6時反を過ぎたところ。毎日、歩き回って疲れているので、早く寝るので、早く目が覚める。

 残すのはきょう一日。今日の夜にパリを出て日本に帰る。すでに日本を出て18日ほどたつので、日本が恋しくなってきた。寿司もどきを一口食べて吐き出しただけで、和食らしい和食は一度も食べていない。

 旅の総括として、実はそろそろこれまでの私の旅の流儀はおしまいにするしかないのではないかと思っている。

 できるだけ安いホテルに泊まり、できるだけ飛行機ではなく列車を用い、できるだけ独力で活動し、できるだけ徒歩で観光し、道に迷ったらそれも旅の一つの楽しみとして受け入れる・・・という旅の流儀は、考えてみれば若者の旅だ。それを続けるのがつらくなってきた。今回もすでにいくつかかつての流儀に違反した。歩くのがつらい。足腰がいたくなる。列車移動の荷物の重さが負担になる。タクシーを使いたい。風呂にも入りたい。

 今年のヨーロッパの夏は幸い、少しも暑くなく、むしろ寒いくらいだったからいいようなものの、これが暑かったら、もっと耐えられなかっただろう。

 そんなわけで、次回から少し考え直すことになるかもしれないと思った。

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ワーグナー終焉の地・ヴェンドラミン宮に行った

 820日、昼過ぎまで引き続きヴェネツィア観光。午前中は、雨の中、ヴェンドラミン宮殿をめざした。

 実を言うと、35年以上前にヴェネツィアを訪れ時も、その目的の一つは、ワーグナー終焉の地であるヴェンドラミン宮殿を見ることだった。が、昨日、書いた通り、途中でヴェネツィア観光を諦めてしまった。その後、ずっとそれが気になっていた。今回のヴェネツィア観光も、一つには35年前に果たせなかったヴェンドラミン宮殿訪問をやり遂げることを目的としていた(そのことを昨日書かなかったのは、またも諦めてしまうとあまりにみっともないと思ったためだった)。

 今回も何度も道に迷った。行きつ戻りつ。しばらくして、地図に「カジノ」と書かれているのがヴェンドラミン宮殿だと気付いた。そういえば、この宮殿は現在はカジノとして使われているという。それがわかると、意外と早く見つかった。

 古くて由緒ありげな建物。ただし、まさしくカジノの看板がある。そして、玄関前に「ワーグナー終焉の地」を示すプレートがある。カジノなので、基本的には中には入れないようだ。だから、ともあれ、プレートの前で娘の写真を撮ってもらった。

 まあ、それだけのことではあるが、ワーグナー好きとしては、これはこれでなかなか感慨深い。長年の宿題を終えた気になった。

 その後、観光を続けながらレアルト橋付近に行き、市場を見て、その近くにあるヴェネツィア最古のレストランだというアンティーカ・トラットリア・ポステ・ヴェシエで魚料理の昼食。とても風情のあるレストランだった。魚料理の味もなかなか。十分に満足した。

 それでヴェネツィア観光は終わりにして、バスでマルコ・ポーロ空港へ向かい、エール・フランスにてパリへ。

 無事、パリに到着して、夜の食事を終えてホテルに戻った。疲れた。

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ヴェネツィアとヴェローナ観光

 1970年代、私は一人旅の途中,ウィーンからヴェネツィアに夜行列車で入った。早朝、ヴェネチア・サンタ・マリーア駅に到着し、すぐに観光を開始したのを覚えている。35年以上前のことだ。まさしく海の上に浮かぶ街。圧倒された。

 ところが、あまりよい印象はない。まず、すさまじい悪臭に閉口した。嗅覚に自信のない私が我慢できないほどの悪臭だった。ヴェネツィアには、年に何度かそのようなことがあるらしい。たまたまその日に当たっていたようだ。

 しかも、サンタ・ルチーア駅を出て、サン・マルコ寺院に行こうとするが、水上バスの乗り方がわからず、そのほか、様々な事柄の仕組みがわからない。表示はイタリア語ばかり。サン・マルコ寺院まで歩くことにした。ところが、167世紀の街並みがそのまま残された狭い道を行くうち、何度も迷子になった。なかなかつけなかった。だが、とりあえず、サン・マルコ寺院には到着。広大な敷地、高大建物に感動した。

 大変だったのはそのあとだった。どこに行くにも迷子になる。ワーグナーの終焉の地であるヴェンドラミン宮殿などにも行ってみたいと思っていたが、結局、そこにはたどり着けなかった。そして、そろそろ駅の近くにあるインフォメーションでその日泊まるホテルを探そうとして、駅に戻る段になっていよいよ本格的に迷った。同じような古い建物、同じような狭い道。途方に暮れた。行きはそのような旅を楽しんでいたが、帰りにそんな余裕はなくした。しかも、周囲はみんなカップルか家族連れかグループ。一人旅はほとんどいない。困り切って、その土地の人らしい女性に道を聞いたら、私の服装がよほど怪しかったのか、口のきき方が悪かったのか、邪険にされた記憶がある。人にも聞きたくなくなった。

 もうこんなところにはいられない。1泊しようと思っていたが、もうごめんだ。そう思って、なんとか切符の買い方などを調べて、水上バスにほんの少しだけ乗って、そこでヴェネツィア泊を諦めて、午後の列車でボローニャに向かったのだった。ホテル代が当時の私の一日の宿泊費に比べて、あまりに高かったのもあきらめた一つの理由だった。

 それから35年。もう一度、きちんとヴェツィチアを訪れたい、あの時のリベンジをしたいと思っていた。ところが、その矢先、娘がヴェツィチアに行きたいという。だったら、その機会にヴェネツィアを見直そうと思ってやってきたのだった。

 そして、今回の旅行。昨日(818日)にパリからヴェネツィアに到着。ホテルはネストレ駅の近くにとって、ホテル着後、すぐにヴェネツィア島に向かった。

 幸い、それほどの悪臭は感じない。駅に到着する前から目を奪う海と船と、そこに浮かぶ家。古い建物を建てこむ旧市街。数々の運河にはゴンドラがあり、ゴンドラ乗りがいる。

 同じように何度も迷子になった。何度も親の権威を失った。この場所の一人旅の難度が高いことは、改めて感じる。ほかの都市で獲得した旅のサバイバルのノウハウが通用しない。道に迷いそうなときは広い道に出る、高い建物を目印にする、どうしようもなくなったらタクシーに乗る・・・ということができない。広い道はないし、高い建物は見えないし、タクシーは通っていない。イタリア特有というのか、ヴェネツィア特有というのか、そのようなルールがたくさんあって、よくわからない。35年前についにめげてしまった時の気持ちを思い出した。

 が、今回は一人でなく、娘がいる。誰かが一緒にいるのは心強い。迷子になっても、途方にくれない。それを楽しむことができる。もし、娘ではなくこれが恋人であれば、もっと楽しいのだろう。迷子になって、そこに古い教会が現れ、美しい形の橋が見え。趣のある路地に出くわす。迷うこと自体がヴェネツィアの旅なのだ。実際にそうやって私たちもあれこれの発見をした。

 ともあれ、サン・マルコ広場に到着し、周囲を散策。周辺の壮麗な建物、そして、運河の向こうの美しい街並みを堪能した。

 暗くなってから、徒歩で駅に戻ろうとした。さすがに、夜になって人影が少なくなり、ホテル(サンタ・マリーア駅の隣のメストレ駅付近にホテルをとった)に戻る時間が心配になった時には焦ったが、ともあれホテルに戻れた。

 

 819

 雨模様。気温は20度前後。雨は強まったり、やんだり。

 午前中、再びヴェネツィア観光。水上バス(ヴァポレット)でレアルト橋に行き、そこから徒歩でサン・マルコ広場へ。サン・マルコ寺院の中に入ろうとしたら、入場を待つ人の数百人の大行列。いったんあきらめて列がその五の一程度のドヵーレ宮殿に並んだが、そこでも30分以上待たされて、中に入った。ドヵーレ宮殿はヴェネツィアを治めた総督の政庁で、12世紀から14世紀にかけての建物だという。当時の権勢を誇る政治に用いられた壮麗な部屋の数々、そして数々の絵画を見た。ティントレットの「天国」の異様な力には圧倒された。

 ここで、いったんヴェネツィアを離れ、列車で1時間ほどのところにあるヴェローナへ。私にとっては、毎年音楽祭のおこわなれるとしだが、もちろん「ロミオとジュリエット」の舞台になった都市としても有名。本来はここも恋人と訪れるべき場所なのだろうが、娘に見せたくて行くことにした。

 ヴェローナは人口25万人ほどの都市だが、ヴァカンスの時期にはかなりにぎわうようだ。こじんまりしたきれいな街。冷たい雨の中、ヴェローナ・プルタ・ヌオーヴァ駅からアレーナまで歩いた。幸い、すぐに小降りになり、市内観光中はほぼ雨が上がっていた。

 アレーナは修復中であちこちが工事中だったが、ローマ時代の姿を見せてくれた。ここでもまた長い行列を作ってやっと入場券を購入し、中に入る(たった一人の係員が切符の対処をしている。あまりに効率が悪い。もう少し工夫すれば、サン・マルコ寺院はともかく、ドゥカーレ宮殿やアリーナはほとんど列を作らずに入場できるはず)と、グノーの「ロメオとジュリエット」の舞台装置の準備中だった。観客席を歩いた。たくさんの観光客に混じって、ローマ時代の席に合わせて現代の椅子を置き、オペラを見やすいようにしている。だが、雨でぬれているせいもあって、滑りやすい。濡れていなくても、石段は昇りにくい。オペラ見物の高齢者には大変だろうと思った。

 その後、大勢の観光客らしい人々の流れに乗って、「ジュリエットの家」(ジュリエットのモデルになった女性の住んでいた家)に行き、家の前の中庭を見た。当時のままの形で残されている。例のバルコニー、そして、ジュリエットの銅像が人気を集めている。銅像を撮影する人、銅像とのツーショットを望む人などの各国から来た観光客で大混乱。通勤時間帯の電車の中並みの込み具合。ヴェローナの町では日本人はあまり見かけなかったが、さすがにこの大集団の中にはかなりの日本人がいたようだ。人のにされる形で外に出た。ほかにロミオの家やスカラ家の廟、市内の主要な建物を見物。観光客でごった返しているが、静かで緑にあふれ、古い歴史の中にたたずむ町であることが良くわかる。その後、夕食を済ませて、ホテルに戻った。

 ヴェネツィアもヴェローナも、それほど深く味わったわけではないが、ともあれあちこち訪れることができ、その雰囲気を知り、ポイントを堪能している。

 ホテルのネット状況は改善されないが、使うコツはつかんだので、ここにブログを更新する。

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現在、ヴェネツィア旅行中

現在、楽しく、有意義にヴェネツィア旅行中。ただし、ネット環境がきわめて悪いため、ブログの更新ができない。改めて印象を書くことにする。

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パリ見物を続けている

 パリ見物を続けている。ただし、今日の最大のイベントは、娘との高級レストランでの昼食。

 ジョルジュV通りにある、というよりも、ホテル・フォーシーズンズの中にあるレストラン、ル・サンクに東京にいるときから予約しておいた。せっかくなら夕食にしたいと思っていたが、都合のよい日に予約できなかった。一世一代の気張った昼食。もちろん、私はこのようなところにしばしば出入りするほどの財力も食への貪欲さもない。だから、少々緊張した。

 午前中、市内のあちこちを見て、昼にル・サンクへ。少し待たされたあと、案内され、昼食開始。ランチの定食にした。料理についてはきわめて不安内につき、何も描写しない。

 私の苦手なトマトがたくさん出た。私の嫌いな酸っぱいものが多かった(私は、ほかの人よりも酸味に過剰に反応するようだ)。だが、そうであるにもかかわらず、「うまい!」と思わせる力を、これらの料理は持っていた。トマトも酸味も何のその、夢中で食べまくった。いくつかの料理(何やら名前がついていたし、丁寧な説明を受けたが、まったく覚えていない)は感動的なほどおいしかった。給仕をしてくれる人たちの態度も最高に心地よかった。世界の高級レストランとはこんなものかとつくづく感心した。

 覚悟していた通り、かなりの料金になった。が、満足。娘に生涯に一度くらい、このようなところで食べさせてやるのもいいだろう。

 おなか一杯、ワインの酔いも回って、市内見物ができなくなった。とりわけ、娘が酔ってしまって、すぐにホテルに戻りたいと言う。超高級ホテルの前でタクシーに乗って、安ホテルに直行して、休憩。

 安ホテルで狭いが、快適。フロントの人々の感じがとてもいい。オペラ座に近く、地の利も大変良い。気に入っている。楽しい旅行だが、肩凝りに悩んでいる。貼り薬も飲み薬(なかなかよく効く)も持ってきているが、さすがにどうにもならなくなってきた。日本にいるときには1週間に一度はマッサージに通っているし、日本のホテルに泊まるときには、ほとんど毎回、マッサージを依頼する。が、こちらではそれができない。ザルツブルクにいるときからかなり辛かったが、ますます辛さが増してきた。

 明日から、いったん、パリを離れる。

 

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パリ、そしてシャルトル

 816日の午前4時着の羽田発シャルルドゴール空港到着の便で社会人の娘が休暇をとってパリに来るので、合流するため、タクシーで迎えに行った。早朝といえども天下のシャルルドゴール空港なのでそこそこ人はいるかと思っていたら、出発ロビーには出発を待って寝ている人や寝ようとしている人の姿は見えるが、少なくとも、到着するはずの2Eの到着ロビーはだれ一人いない。

 用心して少しは早めについたとはいえ、ツアーの係員や待ち合わせの人でごったしているのかと思っていたら、時々掃除係りの人や警備の人が通りかかるくらい。掲示板に便の予定より早い着陸が表示されても、まだ誰も来ない。この場所でよいのだろうかと不安になった。30分ほどたって、予定の到着時刻になり、ようやく到着客が荷物引き渡し所に現れ始め、そのころになってようやく待ち合わせの人も現れだした。それでも、最終的に到着客を待っていたのは56人ではないか。いつも私が日本から到着した時のごった返した様子とずいぶん違う。まだ、早朝到着便はツアーなどに知られていないのだろうか。

 ただ、4時に着いても、バスはなし、電車もない。空港内の店もない。時間のつぶしようがない。そのままタクシーでホテル(私は一日前にそのホテルに入っていた)に入り、一休みしてから、活動開始。

 近くを少し見て回り、モンパルナスからシャルトルへ。その前に列車の発車まで時間があったので、モンパルナスの朝市を見物。このあたりは、35年ほど前うろうろしていた場所で、朝市にも思い出がある。ただ、状況はかなり違う。有色系の人が客の中にも売り手の中にも多く、売られているものも異なる。アフリカ系の食べ物がかなり売られており、肉屋が目立たない。野菜や服、お菓子が主体だ。

 昔は、この場所で、肉屋にウサギが数匹そのままの形で耳をカギにひっかけられる形でぶら下がっており、それを買った主婦が耳をもってぶらぶらさせながら歩いているのを見て衝撃を受けた記憶がある。それまで石鹸のような味のチーズしか食べたことがなかったのに、初めてフランス人の食べるチーズを知り、そのおいしさに感動したのもここだった。

 その後、列車で1時間ほどでシャルトルへ。私は確か三度目のシャルトルだが、前回家族で来たとき行きそびれたので、娘に同行することにした。列車は意外と混んでいたが、ともあれ無事到着。

 世界遺産に含まれる大観光地のはずなのに、客も多くなく、とても落ち着いた街だ。日本人もほとんど見かけなかった。大聖堂は駅から見えるので行きやすい。ここのステンドグラスは素晴らしい。何度見ても驚く。私の好きな観光地のひとつだ。いやそもそも大聖堂というのが、おごそかで物静かで実にいい。

 ただ、街の様子は、これまで過ごしていたドイツとはやはりかなり雰囲気が違う。ドイツに比べて、やはりどこが雑然している。が、空間的センスのない私は具体的にどこがどう違うのかよくわからない。

 

 見物後、大聖堂の前のレストランの屋外で食事。ずっと一人旅行だったので、実は今回初めてのレストランらしいレストランでの食事だった。アントルコットを頼んだら、味はよかったがとても硬くて顎がつかれた。

 その後、パリ市内に戻り、シャンゼリゼを歩いたり、10年以上前に家族で泊まったホテルを確認したり。ホテルに戻った。

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シュトゥットガルトでひと時を過ごす

 午前中にザルツブルクを出て、ミュンヘンで乗り換えて、午後、シュトゥットガルトに到着。駅のすぐ近くのホテル(ザルツブルクで泊まったのと同じ系列のモーテルワンというホテル。安くて清潔で機能的。とてもよい。ただ、ザルツブルクでは、音楽祭の客だったので、室内に電話機がなくて、ごみ箱が洗面所にしかないのはよいとしても、クリーニング・サービスがないのには困った)に入って、すぐに市内見物をした。

 シュトゥットガルトに寄ったのには深い理由はない。パリで娘と合流しようと思っているのだが、それには一日余裕があるので、フランクフルトから比較的近くのドイツの地方都市を見てみたいと思っただけ。1970年代、幻の指揮者だったチェリビダッケの指揮するシュトゥットガルト放送交響楽団のブルックナーの録音の数々を感激して聴いた記憶があるので、私にはずっとなじみの都市だった。

 ただ、思いのほか大都市。人口60万人くらいらしい。市内を見て回ったが、本当に素晴らしい町。歴史にあふれ、清潔できれいで、落ち着いている。ドイツの地方都市のほとんどがこのような感じなのだろう。こんなところ寄り道していないで、さっさとパリに行くほうが安全ではないかと思っていたが、来てよかった。フランクフルトにもミュンヘンにもない、そしてもちろんザルツブルクのような観光地にはない魅力がある。

 新宮殿も旧宮殿も、州立劇場も魅力的な建物。雑音が少なく、物静か。とりわけ観光名所があるわけではないが、ドイツの普通の人たちの生活を見ることができる。大都市のわりには、落ち着いた佇まい。シュロス公園も、きれいに整備されて、実に心地よかった。

 ところで、ドイツのいくつかの都市、そしてザルツブルクを回って気づいたことをいくつか挙げてみる。

・魚が好きなので、ザルツブルクでもNORDSEEという魚のファストフードの店にほとんど一日おきくらいに通っていた。同じ店をシュトゥットガルトの駅に見つけた。寿司が置いてあったので、つい買って食べてみたら、お米があまりにまずくて食べられたものではなかった。これが寿司と思われると、非常に心外。また、フランクフルトのアジアンスナックに入ったとき、緑茶のペットボトルを見つけて、うれしさのあまり購入。すぐに飲んでみたら、なんと砂糖入りだった。その後、ミュンヘンでも同じようなものを見かけたが、確かめてみたら砂糖入りの表示があった。

・こちらに来てすぐの時、やたらと妊娠している人が多いと思った。さすが、ヨーロッパは少子化に歯止めをかける政策をとっているのだろうかと感心していた。が、妊娠しているとは思えない女性(小学生に見える子や50歳を越した女性)もまるで妊娠しているかのような腹部。こちらのものを食べると、こんなことになるのだろうか。

・ザルツブルクの観光客に日本人が少ない。東洋系のほとんどが中国人か韓国人。むしろ、ブルカ姿のイスラム系の人が目立つ。ただ、音楽祭の会場に行ってみると、日本人が多い。とりわけ、「ドン・ジョヴァンニ」の日は日本人がかなり目立った。音楽祭以外の観光でザルツブルクに来る日本人が少ないのか。その分、日本は成熟しているということか。ただ、ザルツブルク以外の都市でも同じようなことを感じる。日本人よりも中国人、韓国人が目立つ。日本は不景気? それとも、内向きになっている?

・ザルツァッハ川沿いの遊歩道では散歩する人、語らう人、恋人たち、観光客などがいる。自転車道路も整備されていて、サイクリストも多い。ただ、釣りをしている人が一人もいないのに気付いた。そういえば、ヨーロッパでは釣りをしている人を見かけない。このくらいの川であれば、日本なら必ず何人か釣りをしている人を見かけるのだが。魚がいないのか、釣りの習慣がないのか。

・祝祭大劇場でオーケストラのコンサートが開かれるとき、オペラではオーケストラピットになる部分にふたをする形で、会場が作られる。前方の席に座ると、そのオーケストラのメンバーのいる場所の床が見える。その汚さには唖然とする。埃がたまり、テープの剥げあとも残っている。拭いた形跡がない。数年間掃除していない工場の床のような感じ。こんなところでウィーンフィルが圧倒的な名演奏をしているとは! 日本のホールの床はぴかぴかに磨いているのに。

・最初に「ばらの騎士」を見た時のこと。前の席にドイツ語を話す3人姉妹がいた。中学生から高校生くらい。顔が似ていたので姉妹だと思う。みんなとても可愛らしい。ところが、例によって、演奏中もしばしば話をする。ほかの人もよくしゃべるが、この3人はそのレベルではなかった。何度か注意しようかと思ったが、周囲のドイツ人だかオーストリア人だかが何も言わないのに、東洋人がわからない言葉で注意しても仕方があるまいと思って黙っていた。ところが、第二幕に入ると、彼女たちは話をしなくなっていた。そして、周囲のおじさんたちと仲良しになって、何やら冗談をかわしあうようになっていた。どうやら、休憩中に、周囲の人たちがそれとなく注意し、それをきっかけにあれこれと話をするようになったようだ。これは見習うべき態度だと思った。日本人の場合、すぐにむきになって注意をする。やんわりと注意することがない。いわんや、注意されると怒ってしまって仲良くなることがない。西洋人の演奏会マナーにも困ったところは多いが、これは見習うべきだと思った。

 

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ザルツブルク音楽祭 「フィエラブラス」 演奏は素晴らしかった

 ザルツブルク音楽祭2014、モーツァルト劇場でシューベルト作曲のオペラ「フィエラブラス」を見た。

 今日のザルツブルクの昼間の気温は16度くらい。雨が一日中ぶって、むしろ寒い。ともあれ、今日の「フィエラブラス」が私の今年最後のザルツブルク音楽祭。指揮はインゴ・メッツマッハー、演奏はウィーン・フィル。

  イスラム社会のムーアの国の王子フィエラブラスがフランク王国の捕虜にされながらも、キリスト社会の信頼を得て、両世界を和解させる話。

 演奏については文句なし。フィエラブラスはミヒャエル・シャーデ。きれいな芯のある声で、情感もたっぷり。カール王(というか、フランス文学を学んだ者には、シャルルマーニュというほうが通りがいい)がゲオルク・ツェッペンフェルト。これも王様らしい美声で素晴らしい。そして、目立っていたのが、エンマ役のユリア・クライター。一昨年、ザルツブルクで見たアーノンクール指揮の「魔笛」でパミーナを歌った歌手だ。その時もきわだっていたが、今回も目と耳を奪う。容姿も素晴らしい。よくもまあこれほど次々と美貌の歌手が出てくるものだ。フロリンダのドロテア・レーシュマンも素晴らしいし、ローラントの マルクス・ヴェルバもよかった。

 合唱も素晴らしい。ア・カペラの男声合唱の部分は心が震えた。

 指揮のメッツマッハーも切れがよく、音の重なりも美しく、しかもとても情感にあふれている。いつだったか、新日フィルを振った「未完成」を思い出した。情緒に流れず、しかもしっかりとロマンティックで、大いに感動した。

 ただ、肝心のオペラそのものがやはり弱いのを感じざるを得ない。めったに上演されないのには、それなりの理由がある。まず、台本があまりに陳腐。ストーリーがあまりに非現実的でご都合主義的。偶然の出会いが多いのはまあ大目に見るとしても、登場人物の行動に必然性がなく、とってつけたように行動する。もっと葛藤があってしかるべきなのに、どの人物もいともやすやすと信じられない行動をとる。これでは、感情移入のしようがない。見ているほうとしては、なんだかわけがわからずにいるうちに、どんどんと話が進んでいく。

 音楽も、シューベルトらしいきれいなメロディにあふれているが、歌をつなぎ合わせた感じがする。音楽によるドラマの盛り上がりがない。葛藤そのものが音楽にされずに、行動の結果が歌によってあらわされるとでもいうか。だから、あらすじを歌で表現しているのを聴いているような気分にさせられる。やはり、シューベルトはオペラ作曲ではないというべきだろう。

 演出はペーター・シュタイン。とてもきれいな舞台で、基本的には読み替えをしないでオーソドックスな舞台。しかし、そうであるだけに、台本の弱さが表に出てしまう。

 最後になって種明かしされるが、このオペラを今、ザルツブルク音楽祭で上演するのは、キリスト教徒イスラム教の和解を訴えたかったからだろう。最後、輝かしい舞台になって、明らかにイスラム世界とわかる扮装の人々が登場し、フィエラブラスの仲介でカール王とイスラムの支配者ボーラントの和解がなされる。

 ただし、演出ではあまり強調されていなかったが、台本ではムーア人は敗北するわけだし、フィエラブラスはキリスト教に改宗するわけだから、きわめてキリスト教にとって好都合な和解ではある。イスラム社会の人が見たら、むしろ怒りだすのではないと思わないでもない。

 ただ、キリスト教世界とイスラム教世界が裏表の関係で表現されるところはとても興味深く思えた。それぞれの世界に王がいて、その娘がいて、その娘が恋をしている。仲介するものとしてフィエラブラスがいる。この裏表の世界は、「魔笛」にも通じるものだ。演出のせいかもしれないが、何かしら「魔笛」との類似性を感じた。が、それについてはそのうち、もしその気になったら考えてみよう。今日はちょっと疲れた。

 日本を離れてほぼ10日。一人旅なので、レストランに入りにくい。ろくなものを食べていない。朝はホテルでしっかり食べるが、昼は果物のみ、夕方は屋台のウィンナー。音楽を聴いた後、ホテルでおやつを食べる。悪くない味だが、毎日同じでは飽きる。

 明日はシュトゥットガルトに一泊して、明後日にパリに移動。久しぶりにパリで数日過ごす予定。

 

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ザルツブルク音楽祭、「ドン・ジョヴァンニ」 これまた素晴らしい

 8月12日、ザルツブルク音楽祭2014、モーツァルト劇場で「ドン・ジョヴァンニ」を見た。これもまた素晴らしかった。

 指揮はクリストフ・エッシェンバッハ。演出はスヴェン・エリック・ベヒトルフ。この演出家は、一昨年、私がザルツブルクで見た「ナクソス島のアリアドネ」(NHKでも放送された。ホフマンスタールが登場人物の一人になるヴァージョン)の演出家。ウィーンの「リング」の演出でも話題になっている。

 まず歌手たちが圧倒的。とりわけ、ドン・ジョヴァンニを歌うイルデブランド・ダルカンジェロが言葉をなくす凄さ。実はこの人をなまで聴くのはたぶん初めて(もしかすると、有名になる前に聴いたことがあるかもしれないが)。もちろん、CDやDVDでは何度も聴いていたが、予想以上のすごさ。このレベルの高い歌手たちの中で抜きんでている。美しくも深い声、しかも演技力があり、凄みを聞かせることができる。

 そのほか、ドンナ・エルヴィラを歌ったアネット・フリッチュが素晴らしかった。1986年生まれというから、まだ20代。ドンナ・エルヴィラにふさわしいドラマティックな声で、表現力もある。容姿も素晴らしい。ドンナ・アンアのレネケ・ルイテンも美しい張りのある声で、しかもこの人も演技力がある。ツェリーナのヴァレンティーナ・ナフォルニータも清純な声で、とても魅力的。レポレッロのルカ・ピサローニも軽妙な役を美声で歌い、騎士長のトマス・コニエチュニーも最後のドン・ジョヴァンニとの対決の場面は聴きごたえがあった。

 演出もとてもおもしろかった。第一幕、第二幕ともに場所は変わらず。恋人たちの密会に使われているホテルという設定。騎士長、そして騎士たちは風紀を守ろうとする集団であって、このいかがわしいホテルを摘発しようとしている。どうやら、騎士長は、摘発するつもりでいたら、娘のドンナ・アンナがそこにいて、ドン・ジョヴァンニに襲われそうになり、それを助けようとして、つい殺されてしまったということらしい。

 第二幕の終盤でドン・ジョヴァンニは地獄に落ちるが、最後の場面で、「ティル・オイレンシュピーゲル」のように生き返り、性懲りもなく女を追いかける。それがきわめて肯定的に描かれる。「人間って、こんなもんなんだよ。風紀を取り締まって厳しくしたって無意味だよ。それは単に抑圧だよ。ドン・ジョヴァンニでいいじゃないの。男はこうやっていつまでも女を追いかけるものなんだよ」というメッセージだろう。

 最後の場面でドンナ・エルヴィラは十字架をつけた尼僧の姿になって、神父の前に従っている。よみがえったドン・ジョヴァンニはそれを茶化す。ここに演出の精神が現れている。プログラムの中の演出者のインタビュー(中身は読んでいない)のタイトルにある通り「自由万歳」ということだろう。

 般若の面をかぶった人間たちがたびたび現れる。角があるので、悪魔ということだろう(どうやら、コキュという意味ではなさそう)。ドン・ジョヴァンニの側にも、騎士長の側にもこの面が現れるようなので、きっとこれは人間の心の中の悪を意味するだろう。「ドン・ジョヴァンニは確かに悪を持っている。しかし、正義の顔をしていたって、その人たちも悪を持っているんだよ」ということか。

 エッシェンバッハの指揮については、かなり濃厚に、しかも音楽の流れをとぎらせずに演奏しているのだが、地獄落ちの場面など、もう少しドラマティックでよいのではないかと思った。ただし、今回の演出では本当には地獄に落ちるわけではないので、まあ、これでよいのかもしれない。

 ウィーン・フィルについてはいうまでもなく、あまりに素晴らしい。今日もまた堪能した。

 最後に、昨日に続いて、観客のマナーについて触れておく。今日、私は前から2列目のほぼ真ん中の席だったのだが、私の前の高齢の男女が序曲の間、おしゃべりをしていた。私の前ということは、エッシェンバッハの真後ろ。モーツァルト劇場なので、指揮者との距離は2メートル以下。音楽家というのはとりわけ耳がいいのだから、エッシェンバッハにも聞こえているのではないか。ある意味、すごい人たちだと感心した。

 そういえば、7日のドホナーニ+フィルハーモニア管のコンサートのとき、一昨年のヤンソンス+ウィーン・フィルのコンサートの時と同じように、最前列の中年女性がハンドバッグをステージの上においていた。もしかしたら、同じ女性かもしれない。

 日本人であれば怖くてできないことを、こちらの人たちは堂々とやる。ほめられたことではないが、こんな人たちだからこそ、こんなすごい芸術を作り出すことができたんだろうな・・・と改めて思った。

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二度目の「ばらの騎士」に、改めて感動

 8月12日、ザルツブルク音楽祭2014、祝祭大劇場で「ばらの騎士」を見た。8日に続いて今回が二度目。前回、実は前方の右端で、視覚的にも聴覚的にも不満が残ったので、センターの席を新たにとって見ることにした。

 ウィーンフィルのすごさに改めて感服。前回も素晴らしいと思ったが、センターで聴くと、その素晴らしさが一層伝わる。精妙にして力強く、最高に美しい。とろけるよう。前回書いた通り、ヴェルザー=メストの指揮は極めて上品で知的。官能性が不足すると書いたが、こうして真ん中の席で聴くと、これはこれで最高に素晴らしい。これほど美しければ、官能性はなくてもいいと思えてくる。

 クプファーの演出も、センターで改めてみると、実に繊細で音楽にぴったりと合っている。前回書いた通り、やはりリアルであること、不自然でなくすことにかなり気を使っているように見える。第一幕も、通常の演出では、オクタヴィアンが女装してマルシャリンの寝室にいるのを誰も気に留めないことが多い。第三幕でも、オクタヴィアンがファニナルと顔を合わせることに頓着しないことが多い。が、クプファーの演出ではそのあたりもきちんと辻褄を合わせている。しかも、絵としてとても美しい。改めて演出の力におそれいった。

 子どもではなく青年が最後のハンカチを拾う演出について、少し考えてみた。もしかすると、これまでの演出のように子どもを使うと、まるで奴隷のようにみなされることを配慮したのかもしれない。

 歌手はみんなが素晴らしい。どうやらグロイスベックは風邪をひいているらしい。幕が開く前、誰だかが登場して何やらドイツ語と、ドイツ語なまりの強い英語で話したが、グロイスベックという言葉とコールドという言葉が聞こえてきた。もしかしたら、前回も風邪で不調だったのかもしれない。しかし、実際には全くそのようなことは感じさせず、素晴らしい歌唱。

 ただ、観客のマナーの悪さには閉口した。こちらの人は演奏中によくしゃべる。間奏曲の部分では、まだオペラが始まっていないと思っているらしく、あちこちで話声が聞こえる。歌が始まってもしゃべる人が多い。私の前の女性は、たびたび隣の男性(夫か恋人)に、舞台上で何か動きがあるごとに感想を口にする。第一幕の最後のあの精妙なヴァイオリンソロの部分でもしゃべり、大声で咳をし、第三幕の最後の三重唱の部分でもしゃべり、プログラムをパラパラ始めた。おいおい、ここが一番いいところだろう、君たち、一体何をしに来たんだよ、せめてここは静かに聴こうよと言いたくなった。

 が、まあ、心を広く持ってそれも良しとしよう。様々な楽しみ方がある。私はともかく音楽に耳を傾けよう。

 ともあれ、素晴らしい上演。このような上演にいくつも会えるのだから、またザルツブルク音楽祭に来たくなる、

 

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ミンコフスキ指揮のマチネ、オペラ「シャルロッテ・サロモン」ともに大いに感動

 8月10日、午前中に、モーツァルテウム・グローザーザールで行われたザルツブルク音楽祭2014、モーツァルト・マチネ、マルク・ミンコフスキ指揮によるザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団のコンサートを聴いた。

 実は、出かける準備をするためのアラームの設定を間違えていたため、遅刻しそうになって焦った。拍手が起こり始めた時にやっと着席。一番端っこの席だったために助かった。

 前半は、モーツァルトの交響曲第33番と、そのあとレネケ・ルイテンが加わって、ソプラノのためのアリア「ああ、恵み深い星々よ、もし天にあって」。後半は、「後宮からの逃走」からの二つのアリア。そして、クルト・ヴァイルの交響曲第2番。

 ミンコフスキらしいきびきびしてリズム感の良い演奏。交響曲第33番の最終楽章など、まさにミンコフスキならではの醍醐味。わくわくし、躍動し、しかも美しい。モーツァルト中期の曲はミンコフスキの指揮で聴くと躍動感があって、とてもいい。

 ソプラノのルイテンも素晴らしかった。「後宮からの逃走」の二つ目のアリア(『どんな拷問が待っていようとも』)は圧巻。楽器との掛け合いもよかった。超絶的な高音に関してはあまり得意ではなさそうだが、声全体に迫力があり、訴える力が強い。

 ただ、ヴァイルの交響曲については、演奏はともかく、私は曲そのものをおもしろいと思わなかった。もちろん初めて聴く曲。すべての楽器ががんばってすごい勢いでずっと演奏を続けているのだが、私は少しも躍動しなかった。もう少し静かなところ、もう少し楽器の少ないところ、もう少し頑張らないところがほしいと思った。押されっぱなしで終わった感じ。

 ミンコフスキが拍手にこたえてスコアにキスしていたので、きっと好きな曲なのだろう。ミンコフスキがこの曲を好むのはわかる気がするが、私は遠慮したい。

 アンコールは再びソプラノが加わって、たぶんモーツァルトの曲。ちょっと宗教曲風だが、何の曲か、モーツァルト・マニアでない私にはわからなかった。が、これもしっとりとして、しかも躍動する良い演奏だと思った。

 

 夜は、フェルゼンライトシューレで、マルク=アンドレ・ダルバヴィ作曲のオペラ「シャルロッテ・サロモン」を見た。指揮はダルバヴィ自身、演出はリュック・ボンディ。モーツァルテウム管弦楽団。

 とてもおもしろかった。大いに感動した。休みなしで2時間以上かかる現代オペラだが、少しも退屈しなかったどころか、夢中になってみた。大傑作だと思った。

 とはいえ、十分理解したかどうか、自信がない。舞台上ではドイツ語とフランス語が入りまじり、字幕はドイツ語と英語。舞台に奥行きがなく、左右にわたってあれこれの装置が並べられ、そこで様々な人物が登場する。舞台のあちこちを見て、字幕を見て、わからない英単語を類推し、しかも音楽も聞かなくてはならない。この上なく忙しい。

 まあ要するに、シャルロット・サロモンという実在のユダヤ人の女性画家の生涯を追ったオペラといえばよいだろう。シャルロット自身がかつての自分を語るという形をとって、語り手のシャルロット(ヨハンナ・ヴォカレクという有名な女優さんらしい。すごい演技力!)と舞台上のシャルロット(マリアンヌ・クレバサという歌手。今はやりの言葉を使うと、美しすぎる歌手。女優のように美しいというよりも、女優にもこんなきれいな人はめったにいないのではないか!)が登場する。シャルロット・サロモンは「人生、それとも芝居?」という作品集を残したらしいが、まさしく舞台上で、「人生、それとも芝居?」が展開されるという趣向だ。

 かつて母が窓から飛び降りて自殺したが、シャルロットはインフルエンザで死んだと聞かされている。しかも、実は母方の何人もの人間が自殺している。祖母も自殺する。そのような死の影が軸となって、ナチスによるユダヤ人の迫害、継母への愛と葛藤、継母の愛人との恋、絵画への目覚めが描かれる。どこまでが台本でどこからが演出なのかわからないが、ともかくおもしろい。最後に、「私は私の母、私の祖母、そしてすべての登場人物。私はすべての道を歩き回ることを学んだ。そして私自身になった」という言葉が現れるが、それがシャルロットの最後の境地なのか。オペラでは描かれないが、実在のシャルロットは26歳で、アウシュヴィッツで処刑されたという。

 音楽も実にリアル。基本的には無調の音楽だが、「カルメン」などの断片がしばしば現れ、調性のある音楽も出てきて、「現代音楽」になじみの薄い人間にも親しみやすくできている。演奏もとても良かった。登場人物たちは、歌手という以上に役者としても見事。

 ただし、繰り返すが、私の貧弱な英語力で字幕と販売されている冊子を流し読みしただけなので、あまり自信を持って語っているわけではない。

 ともあれ、ザルツブルク音楽祭は実に素晴らしい。すべての出し物が素晴らしい。やはり来てよかったとつくづく思う。

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ザルツブルク音楽祭 サロネン+フィルハーモニア管、マイスター+ウィーン放送響 ともに大いに感動

 8月9日、午前11時から、ザルツブルク音楽祭2014、祝祭大劇場で、エサ=ペッカ・サロネン指揮のコンサートを聴いた。堪能した。実に素晴らしかった。

 前半は、マキシミリアン・ホルヌングのチェロ、ローレンス・パワーのヴィオラで、シュトラウスの「ドン・キホーテ」。シュトラウス好きの私は、中学生のころからこの曲にはなじんでいるのだが、実演を聴くのは実に久しぶり。CDでもしばらく聴いていなかった。

 メリハリが効き、切れがよく、音が見事に重なり合い、うねり、躍動する。官能というのか、情念というのか、そのようなものを感じる。そうした音によって、愛嬌があるが、それでいて崇高な精神を持つドン・キホーテが浮かび上がる。目に見えるよう。前から4列目で聴いたが、それぞれの音が最高に美しい。音のうねりの中に投げ込まれた感じ。ホルヌングのチェロもとても鮮明な音で、しかも情感もあってとてもよかった。

 後半はベルクの3つの管弦楽曲とラヴェルの「ラ・ヴァルス」。

 ベルクもよかったが、「ラ・ヴァルス」がことのほか圧巻。「ドン・キホーテ」以上に音がうねり、魂がざわめき、躍動する。ザルツブルク音楽祭でもこれまで何度かこの曲を聴いたし、ヤンソンスもガッティも素晴らしかったのだが、サロネンはまた格別。きれいごとですまない、悪を含めた情動のようなものの大きなうねりを感じる。後半、心がしびれた。

 アンコールは、ラヴェルの曲らしいが、サロネンがアンコールの曲名らしいことを口にしたが、聞き取れなかった。とてもきれいな曲。

 

 夜は、フェルゼンライトシューレで、コルネリウス・マイスター指揮、ウィーン放送交響楽団のコンサート。曲目は、前半はダルバヴィの曲。「まなざしの根源」とフィリップ・ジャルスキーのカウンターテナーが加わっての「ルイーズ・ラベのソネ」。ダルバヴィは、今回のザルツブルク音楽祭の目玉の一つであるオペラ「シャルロッテ・サロモン」の作曲者。

 これって、調性があるというのだろうか。まったくの素人である私にはよくわからない。調性のありそうなところもあちこちにあるのだが、そうでなさそうなところも多い。が、それはそれでとてもおもしろかった。私のような「現代音楽」に抵抗のある人間にもとっつきやすい。

「ルイーズ・ラベのソネ」はもっとおもしろかった。16世紀の女性詩人の詩にダルバヴィが曲をつけたもの。その昔、フランス文学を学んでいたころ、ルイーズ・ラベの詩を読まされた記憶がある。感情の起伏の大きな女性特有の感性だと思ったが、それにしても、16世紀の詩(まさに、16世紀のフランス語で、現代フランス語とはかなり異なる)にフルオーケストラのスケールの大きな現代的な音楽をつけるとは! もっと内面的でひそかな世界の詩だと思っていたが、こうして聞くと、なるほどと思う。確かに、このような大きなうねりがラベの心の中にはありそう。

 ジャルスキーも素晴らしかった。以前、実演で一度聴いたことがあるが、その時はどうやら本調子ではなかった。ベストコンディションのジャルスキーを聴くことができた。言葉の使い方実に美しい。声も深く、音程も正確。カウンタテナーとして名高いだけのことはある。

 後半は、ブルックナーの交響曲第1番。とても個性的な演奏だと思う。初め、私はかなり抵抗を感じていた。全体の統一を取ることを度外視して、ロマンティックな表情を強調する演奏。きわめて現代的な音色のよく鳴る楽器で、切れがよく演奏するのだが、ロマンティックな個所にかかると、ぐっとロマンティックになり、甘美になる。そして、鳴らすべきところは、切れよく鳴らす。それが繰り返される。初めは、統一感がないと思っていたが、不思議や不思議、聞き進むうちに、私は違和感をなくし始めた。そして、それはそれでなんだか統一が取れているような気がしてきた。聴き終わったときにはとても感動していた。

 私の好きなタイプの演奏ではない。それに、私はこの第1番にはまったく思い入れはない。名曲だとも思わない。ブルックナーの交響曲だというので、全集で数種類購入して、ついでに何度かCDを聴いたくらい。思い入れのある曲だったら、もう少し抵抗を感じていたかもしれない。だが、ともあれ、実にスケールが大きく、十分に納得のいく演奏だった。オーケストラも素晴らしいし、指揮もとてもおもしろかった。

 ところで、実は、この時間帯には、祝祭大劇場では「イル・トロヴァトーレ」が上演されていた。今回のザルツブルク音楽祭の最大の呼び物で、ネトレプコとドミンゴが出演する。もちろん、私もとても見たかった。が、チケットを入手できなかった。東京でもあちこち手をまわしてみたが、入手できなかった。ザルツブルクに来てからも、何度かチケット販売所に行ってなんとかならないか掛け合ったが、もちろん、「無理に決まってる。何をいまさら」という顔をされただけ。二度目の上演があるので、「チケットを求む」という紙切れをもって立とうかとも思ったが、この様子ではたぶん無理だろう。

 私はこれまで「イル・トロヴァトーレ」のストーリーの不自然さについてあちこちで毒づいてきた。このブログでも何度か書いたかもしれない。その罰が当たって、入手できないと観念するしかなさそう。

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ザルツブルク音楽祭 大満足の「ばらの騎士」

 8月8日、ザルツブルク音楽祭2014、祝祭大劇場で「ばらの騎士」を見た。指揮はヴェルザー・メスト、演出はハリー・クプファー。とても素晴らしい上演。

 前評判通り、マルシャリン役のクラッシミラ・ストヤノヴァが圧倒的な存在感。声も美しく、声量もあり、声のコントロールも完璧で、何よりも表現力がある。第一幕のアリアもよかったし、やはり第三幕の三重唱をずっとリードしているように聞こえた。容姿もマルシャリンにぴったり。

 オクタヴィアンを歌うゾフィー・コッホもストヤノヴァに一歩も引けを取らない。この人の歌は、これまで実演やDVDを合わせてかなり見てきたが、成長著しい。生き生きとしていて、声に張りがある。男性的な動きも、まったく違和感がない。ゾフィーを歌ったモイツァ・エルトマンも素晴らしかった。容姿も細見な分だけ、声の威力には乏しいが、それにもまして可憐さがあり、声の美しさがある。ともかく、ゾフィーにはこれ以上ないほどのはまり役。アドリアン・エレートのファニナルも実にいい。

 オックス男爵を歌うのは、ギュンター・グロイスベック。この人もあれよあれよという間に大歌手になってきた。これまで私は何度かワーグナーの王様系の役を聴いて、毎回、素晴らしさに驚嘆したが、ついにオックスを歌うようになったとは。若々しく、しかもハンサムなオックスなので、これまでの多くの歌手が演じてきたオックス男爵像とはかなり異なる。むしろ、マッチョでハンサムであるだけに傲慢でナルシストの嫌味な精力絶倫男といったところ。そのようなオックスをおもしろく演じていた。第二幕のカーテンコールの際、最後に少し声がかすれたことを気にしているそぶりを見せていたが、あれくらいは仕方がない。グロイスベックだからこそ完璧を目指すのだろうが、ほかの人なら信じられないほどの声の力。

 クプファーの演出は、かつてのクプファーにしてはおとなしめといえるのではなかろうか。時代は作曲された当時に設定されている。蓄音器がある。第一幕の朝食のテーマを蓄音機にかけるレコードの音楽という設定にしていた。確かに、あのテーマははやり歌風の雰囲気がある。

 どうやら、クプファーはこの物語をリアルにすることに腐心したようだ。第三幕も、原作には少し現実的には無理のあるところがあるが、それを緩和させるために、お化け屋敷らしいもののある遊園地の中の居酒屋ということにしている。こうすれば、扮装した人々がオックスを脅かす場面の違和感が減るだろう。

 最も驚いたのは、ムーア人の小姓が小さな子どもではないこと。10代後半、あるいは20歳くらいに見える。マルシャリンにひそかに思いを寄せていることが、最後のハンカチを披露場面ではっきりする。まあ、わからないでもないが、そこまでする必要があるのかとは疑問に思った。私は、やはりこれは小さな子どものほうがずっと感動的だと思う。

 好みの問題ではあるが、ちょっと問題を感じたのはヴェルザー・メストの指揮。昨日のドホナーニと同じように、実に完璧。バランスが良く、精妙で知的でいうことなし。が、もう少し官能性を強調してもよいのではないかと思う。ちょっと上品になりすぎている気がした。

 とはいえ、やはり本当に素晴らしい。第三幕の三重唱は、マルシャリンの気持ちになって、自分の年齢を感じて恋を諦める気分になったり、若い二人と同じように恋にときめく気分になったり。・・・残念ながら、ほかの歌手が演じる、不細工で老人なのに色好みのオックスにはしばしば自己投影をするのだが、ハンサムで精力絶倫の今日のオックスの気持ちにはなれなかった。

 それにしても、ウィーンフィルがすごい。昨日のフィルハーモニア管とは、やはり格が違うと思った。指揮のおかげもあるのだろうが、実に精妙で、しかもダイナミック。管楽器の美しさときたら、言葉では言い表せない。この音を聴くだけで、ザルツブルクまでやってきた幸せを感じる。ああ、生きていてよかった!!と心の底から思う。

 満足して眠りにつくことにする。

 

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ザルツブルク音楽祭 ドホナーニ+フィルハーモニア管弦楽団の見事な演奏

 8月7日、ザルツブルク音楽祭2014の祝祭大劇場でクリストフ・フォン・ドホナーニ指揮、フィルハーモニア管弦楽団のコンサートを聴いた。

 前半は、カミラ・ティリングのソプラノでシュトラウスの「四つの最後の歌」。後半はブルックナーの交響曲第9番。ともに私の大好きな曲だ。「四つの最後の歌」は、おそらく発売されているCDのすべてを所有しているはず。

 当初、ソプラノはウェストブルックと発表されていたので、本日の出演者を見て少し失望したが、実際に歌を聴いてみると、素晴らしかった。細身の声で、繊細に歌う。しかし、芯のしっかりした強い声。この歌にぴったり。音程も正確で、微妙な色彩の変化を的確にとらえて、まさしくシュトラウス晩年の世界を描き出している。素晴らしい歌手だと思った。とりわけ、第3曲「眠りにつくとき」は絶品。ヴァイオリンソロもよかった。ドホナーニの指揮も、控えめながらしっかりと彩りをとらえて見事。

 

 

 ドホナーニは私のひいきの指揮者の一人だ。1970年代にパリのオペラ座(もちろん、バスティーユができる前のガルニエ座)で「フィガロの結婚」(伯爵夫人はマーガレット・プライス、ケルビーノはテレサ・ベルガンサだった!)を聴いて驚嘆してから、追いかけてきた。実演もかなり聴いたし、CDも数十枚持っている。過度な思い入れがなく、知的でドライで都会的で、しかもリズム感が良く、バランスが良く、生き生きとしたところに私はしばしば感動してきた。ドライな中に隠れた悲しみ、隠れたドラマがあるのを感じる。ウィーンフィルを振ったメンデルスゾーンの交響曲全集や、クリーヴランドを振ったベートーヴェンの交響曲全集は特に素晴らしい。日本ではなぜか人気がないが、大巨匠の一人だと信じている。

 ただ、実は実演を聴く前から少し嫌な予感はしていた。私は、これまでドホナーニのブルックナー演奏のCDに感動したことがないのだ。

 そして、予感が当たった。もちろん、悪くない。見事なバランス。フィルハーモニア管も素晴らしい。鮮明な音で鳴らすべきところは鳴らし、スケール大きく盛り上がる。細かいところまで神経の行き届いた演奏。ただ、私のブルックナー観からすると、あまりに知的。ブルックナー特有の田舎臭さ、武骨さがない。宗教的法悦もない。もちろん、私が勝手にも思い描いているブルックナー像でしかないし、ドホナーニはむしろそれを崩したいのだと思うが、私は違和感を拭い去ることができなかった。

 ドホナーニがこのような演奏をするというのは、ある程度、予想ができたことだ。単に私のブルックナー観が少し古臭いのかもしれないと思う。

 それにしても、ドホナーニも老けたなあ・・・と改めて思った。私は前から2列目のほぼ真正面。ドホナーニの顔の表情、筋肉の揺れの一つ一つを見ることができた。考えてみると、私が最初にドホナーニに惚れこんだのは40年近く前。まだドホナーニは40代だった。

 ともあれ、今日は大好きな「四つの最後の歌」の素晴らしい演奏を、歌手の真正面で聴けたことで大満足。

 ザルツブルクは昼間は20度から25度の間くらい。夜はぐっと冷えて、昨晩はネットでみると13度という表示になっていた。必要ないだろうと思いながら念のためにスーツケースに入れておいたセーターを着込んだ。日本の暑い夏を過ごしている家族、友人、仕事仲間に申し訳ない気がする・・・

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ザルツブルク到着

 8月5日はミュンヘンに泊まって、6日、午前中にミュンヘンの美術館を見て回った。最初に、アルテ・ピコナテーク。ここには15~18世紀の絵画が集められている。以前、見物した記憶はあるが、絵画に疎い私は、絵の中身についてほとんど覚えていない。私は、絵を見た時にはそれなりに感動するが、教養がないのですぐに忘れてしまう。今回もまたすぐに忘れると思うが、とりあえず、見に行くことにした。

 午前10時に開門と同時に入場。20人ほどが時間を待ち構えていた。チケットを購入したのは3番目だったが、西洋人はかなり動きがのんびりしているので、会場には私が一番乗り。客はほかに誰もいない状態で、存分にボッシュ、デューラー、ブリューゲル父子、クラナハなどの絵画をたのしむことができた。そのほか、私の知らない名前の画家で素晴らしいものがいくつかあったが、この名前はしっかりと覚えておこうと思いつつ、徐々にその名前が増えてきて、ついにはすべて忘れてしまった。カタログを買ってきたので、あとで確認しよう。

 そのあと、近代絵画を集めたノイエ・ピコナテークに行った。ここには、ゴッホ、セザンヌ、モネ、マネなどのフランス絵画やクリムトなどのドイツ絵画が集められている。その中で、ハンス・フォン・マレー(ネットで調べたら、マレースとも呼ばれるようだ)の絵に強く惹かれた。恥ずかしながら、私はこの画家の名前を知らない。1837年に生まれ、87年に没したと表示があったので、音楽でいえばブラームスと同世代の人。ふちどりの明確な暗い絵だが、妙に心に残る。

 午後、ホテルに戻って預けておいたスーツケースを受け取って、ザルツブルクに出発。

 ザルツブルク駅からホテルに直行。初めてのホテルなので、少し迷ったが、ともあれ無事に到着。ザルツァッハ川添いのこぎれいなホテルで、とても快適。

 ホテルで一休みした後、音楽祭会場まで歩いてみた。20分ほど歩いて到着できる距離。はやる気持ちを抑えて会場まで歩き、感動(あるいはときには失望)を抱えて会場からホテルに戻るにはちょうど良い距離だ。

 ここにもイスラム教の人の姿が目立つ。一昨年はそれほど感じなかったが。だが、相変わらず美しい街だ。音楽祭の時期のいつも通り、人でごった返しているが、ミュンヘンなどと違って、静けさを保ち、猥雑という感じがない。

 ところで、ここ数日のうちに日常的なことで気付いたことをいくつか書いておく。

・ミュンヘン駅に「smoking free」とあった。ミュンヘン駅は喫煙自由の駅なのだろうか。そういえば、タバコを吸う人が異常に多い気がする。室内で禁じられているために、戸外で吸う人が多いとは聞いていたが、男性も女性もくわえたばこ、歩きたばこというのは、時代に逆行ではないかと思った。

・相変わらず、ドイツの食べ物は塩味が強い。フランクフルト駅のアジアンスナックで焼そばを食べたら、麺そのものの塩味が強くて閉口した。塩麺とでも呼びたくなる。味付けももちろん塩が効いている。

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ミュンヘンで過ごす

 午前中にフランクフルトを出て、特急列車で3時間と少しでミュンヘン到着。駅近くのホテルにすぐに入って一休みした後、少し見物をしてきた。

 ミュンヘンは40年ほど前から5回ほど訪れていると思う。が、泊まったことはなかったような気がする。いつもニュルンベルクやバイロイトまで足を延ばして泊まっていた。

 駅付近に南方特有の雰囲気があるのを感じる。人がたむろし、あれこれとしゃべっている。タバコを吸いながら立ち話をしている人が多い。その中には、アラブ系に見える有色人種も多い。リスボンでも同じような光景を見て異様に思った覚えがある。北方ではあまり見かけない風景だ。駅付近はとりわけ人種のるつぼという感じで、様々な人種の人々が生活をしている。

 ヨーロッパのどこでもその傾向が強いのだろうが、イスラム圏の人が目立つ。住んでいるらしい人も多いが、観光客も多い。フランクフルト以上にミュンヘンにブルカ姿の女性が多いように思う。先日、映画「少女は自転車に乗って」を見て気づかされたので、ちょっと意識的にブルカの女性の顔を覗いてみた。たしかに、しっかりと化粧をした女性も少なくない。素晴らしい美人も何人か見かけた。

 カールス広場に入ってカールス門を入り、旧市街地を歩いた。歩行者天国になっており、観光客でごった返している。新宿の歩行者天国にも劣らないほど。日曜日ではないのだが、バカンスの時期なのだろう。もちろん、現地の買い物客もたくさんいそうだった。ここにもイスラム系の人が目立つ。シャネルやルイ・ヴィトンのロゴ入りの買い物袋を持ったブルカ姿の女性もいる。私にはかなり意外な気がする。

 新市庁舎(といっても1909年建設)や、工事中のフラウエン教会(ネギ坊主のような二つの塔は覆いがかかっていた)などを見て、バイエルン州立歌劇場に行こうとしたところで、突然の凄まじい雷雨。大慌てでブティックの軒下に雨宿りした。大勢の観光客が突然の雨を避けて逃げ惑った。30分以上にわたってまさしく豪雨。雨宿りしていても、風が吹いてびしょ濡れになった。雨の後、州立歌劇場に行ってみたが、扉は閉まっていて中に入れず。以前、中を見た記憶があるが、今回は入れなかったのは残念。体が冷えて寒くなったので、いったんホテルに戻ってきた。

 夜の探索に出ようかと思っていたが、気力が失せそう・・・。

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フランクフルト到着

 8月4日、早朝に自宅を出てバスで成田に向かい、JAL機でフランクフルトに着いた。7日からザルツブルク音楽祭を楽しむ予定。昨年度、入試委員長として猛烈に忙しい一年を過ごしたので、自分への褒美として、ザルツブルク音楽祭を考えていた。もちろん、一人旅。

 飛行機は快適。それもそのはず。マイレージを必死にためて、アップグレードした。実を言えば、もっと後の出発でもよかったのだが、アップグレードの関係でこの日しか空いていなかった。

 空港から列車で中央駅まで行こうとしたが、道に迷い、しかも荷物が重いので、めげてしまって、タクシーでホテルへ。タクシーで乗り付けるには、あまりに駅に近く、あまりに貧相なホテルなのだが、仕方がない。フランクフルト中央駅のすぐ近くの3星ホテル。

 私は、ヨーロッパで貧乏旅行をしていた20代、30代のころの習慣で、多少経済力ができた今も、高級ホテルは敷居が高いと感じてしまう。そもそも旅というのは、忙しい自分から逃れて、かつての悩み多かったころの自分(すなわち貧しかったころの自分)に戻る行為でもあるだろう。安ホテルこそが旅の楽しみだという意識がある。ただ、さすがに星なしや1つ星はつらいので、3つ星くらいにしている。

 が、ホテルに入るたびに、あれこれの不備を見つけて、やはりもっと良いホテルにしておけばよかったと後悔するのだが、今回もまた、カーテンが閉まらないやら、エアコンがないやら、wifiが通じたり切れたりやらの、予約した時に考えていたのと異なる点がいくつかある。が、まあこれも旅の楽しみ。文句を言っても始まらない。

 ホテルで一休みしてから、明日からの列車の予約をするためにフランクフルト中央駅に行った。45分ほど待ってやっと予約できた。駅のスタンドでサンドイッチを食べて夕食がわり。

 フランクフルトはこれまで5回以上は立ち寄っている。駅付近は、ごちゃごちゃしていて、薄汚い。有色人種も、私自身を含めてかなりいる。今度泊まったホテルの近くには見当たらないが、一昨年泊まったホテルの近くは、かなりいかがわしい店が並んでいた。中心街の近代的な建物とはかなり様相が異なる。私はこのような雰囲気は決して嫌いではない。ただ、もちろん、妙な好奇心を起こして中に入ると大変なことになりそう。

 さっきから花火の音が聞こえている。風呂に入ったばかりなので、見に行くのは億劫。窓から顔を出したが、私の部屋からは見えない。が、ななめ向かいの棟の窓が鏡になって、花火の映像は見える。これでよしとしよう。

 今日はしっかりと寝て、時差ぼけを一刻も早く治したい。

 

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新国立劇場研修所オペラ試演会「ラ・ボエーム」「秘密の結婚」、そして映画「リアリティのダンス」「複製された男」のこと。

 8月3日、新国立劇場小劇場で、新国立劇場研修所オペラ試演会を見た。演目は「ラ・ボエーム」(抜粋)と、チマローザの「秘密の結婚」(短縮版)。伴奏はピアノとチェンバロ。ともに大変良かった。

 私は数年前に研修所公演「カルメル会修道女の対話」を見て以来、この団体の公演を楽しみにしている。若々しく頼もしい歌手たち、そして演出も常に意欲的。現在の日本のオペラ界の最高レベルの上演を楽しむことができる。今回も期待通り。

「ラ・ボエーム」は第三幕と第四幕からの抜粋。ロドルフォとミミ、マルチェッロとムゼッタの対比に焦点を当ててうまくまとめている。しかも、第三幕と第四幕を実際的な事情から同じ装置を使わざるを得ないことを逆手に取って、二つの幕にロドルフォとミミ、マルチェッロとムゼッタという同じ対称性があること、第四幕がいわば第幕の変奏であることを示してくれている。

 普通に考えると、もし全体を短くまとめるとすると、第一幕と第四幕をつなぎ合わせたくなるところ(そのほうが同じ場面で済む)、あえてこのようにしたことに演出の三浦安浩の知性とセンスを感じる。

 演奏はとりわけ、ミミの原璃菜子とムゼッタの清野友香莉に私は惹かれた。マルチェッロの岡昭宏もよかったが、ロドルフォの水野秀樹はかなり緊張しているように感じた。

 ピアノは高田絢子。指揮は河原忠之。ただし楽器がピアノだけなので、指揮については、私は何かを言う資格はない。ただ、聞きながら思ったのは、私にとってはむしろプッチーニに関してはピアノ伴奏のほうが良いということだ。

 実は私はプッチーニが苦手。その原因は、旋律をなぞって甘ったるいメロディがオーケストラで演奏されること。つまり、私はプッチーニのオーケストレーションが大嫌いなのだ! ピアノだけで伴奏されると、私はまったくプッチーニ嫌いではないのだった!

「秘密の結婚」も実に楽しかった。簡素な舞台だが、歌手たちの動きも演技もきびきびして素晴らしい。自然に笑えてくる。歌手たちも粒ぞろい。

 カロリーナの種谷典子は容姿も含めて実に可憐。素晴らしい歌手だと思った。パオリーノの小堀勇介も輝かしい声で、観客をひきつける。ジェロニモの松中哲平、フィダルマの藤井麻美ともに、歌もしっかりしているし、若いのに実に芸達者。エリゼッタの飯塚茉莉子とロビンソン伯爵の小林啓倫も実に本格的な歌唱。六重唱も声が揃ってワクワクするほどだった。

 こちらの演出は粟国淳。三浦さんとはかなり異なる演出だが、これもとてもおもしろかった。ピアノは石野真帆さん。一度仕事をご一緒したことがあるが、とてもリズム感の良い、明るく楽しい演奏が素晴らしいと思った。

 大変満足。このような若い才能ある人たちが、日本の各地で毎日のようにオペラを上演するようになると、どんなに楽しくなるだろう。彼らの演奏で、もっともっとチマローザやペルゴレージやロッシーニのオペラを上演してほしいと思う。

 

 ところで、このところ映画を何本か見た。感想を加えておく。

「リアリティのダンス」

 伝説のカルト映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーが約25年ぶりにメガホンをとった映画として話題になっている。残念ながら、私はこの監督の前の作品を見たことがない。実に不思議な映画だが、私は大いに楽しんだ。

 ホルロフスキー自身の子どもの頃の物語。父の行動のせいで、住んでいた町で暮らすことができなくなって、その地を去るまでの物語だといってよいだろう。老いたホドロフスキーが過去の自分を懐かしみ、少年のころの自分を幻想的に描く。

 場所はチリ。独裁政権下にあり、父は反独裁活動をし、共産主義を報じるユダヤ人として神を否定している。そして、ユダヤ人差別の中、強い意志と強圧的な態度で地位を築き、他者を圧して生きている。ある時、父は独裁者の暗殺を企てるが、むしろ独裁者に見込まれ、その善良な面を見て殺すことができなくなる。同時に、これまでの確固たる意志を失って、指が動かなくなり、精神に異常をきたす。そして、放浪し、敵とみなされ政権に拷問を受けるなどしたあと、最後に家族のもとに帰る。

 物語としては、ラテン・アメリカ文学を思わせる。ガルシア・マルケスなどの作風と似たところがある。奇想天外な展開。魔術的でスケールの大きな物語。そして、映像的には、フェリーニのよう。サーカス、道化師、軽やかな音楽、原色を多用した鮮やかな色彩。異形の人たち。だが、それがもっともっと戯画化され、幻想的になっていく。

 おもしろいのは、いかにもオペラ歌手風にはちきれんばかりのバストを持つ少年の母親のセリフがすべてオペラ調の歌になっていること。イタリアオペラのような雰囲気で歌う。最初は驚くがすぐに違和感はなくなる。ドニゼッティやベッリーニにでてきそうな歌い回し。

 フェリーニを少し下品にした感じ。私が最も衝撃的だったのは、夫がペストにかかって痙攣しているとき、神の奇跡を願って妻が夫の体に小水をかける場面。映像的にも衝撃的(もちろん日本での上映では局部はぼかされている)だが、聖性とおぞましいもの、そして、性的なもののつながりがきわめてわかりやすい形で提示される。この映画の中では、聖なるものは厳かで厳しいものとは扱われておらず、もっと猥雑で卑猥であり、下半身を含む人間の存在と直結するものだ。

 私はこの映画に示されるそのような世界観に強く惹かれた。

 

「複製された男」

 監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ。自分とそっくりの男がいることから様々な事件が起こるサスペンスタッチの、しかしかなり哲学的な映画。人間のアイデンティティの問題と絡んで、つい引き込まれてみてしまった。「いったい、なぜこのようなことが起こっているのか」「二人の関係はいったい何なのか」という疑問を持ちながら、最後には明らかにされるのだろうという期待のもとに見ていたのだが、最後の場面で唖然とした。衝撃のラストシーンとは聞いていたが、それにしても、予想だにしなかった終わり方。狐につままれたというか、頭の中が疑問だらけになったというか。

 この後、いわゆる「ネタバレ」になるので、この映画を見るつもりの人は、読まないでいただきたい。

 ラストシーンの蜘蛛への変身は何を意味するか。とりあえず考えてみた。

 要するに、これはいわゆる「夢オチ」の一種だと思う。このようなことは現実にはありえないのだから、「これは現実の話ではなかったんですよ。実は夢物語だったんです。だから、なぜ複製になったのかなどという整合性のある答えはないんです。それを求めてみた人は肩透かしを食らうことになりますよ」というメッセージなのだと思う。

 そして、そのうえで人間の心の奥に潜む欲望を蜘蛛で表現しているのだと思う。怪しい秘密クラブの場面でこの蜘蛛が現れる。そして、複製の男のうちの善良な側(高校教師)が、秘密クラブに気付いて邪な欲望にかられたとき、妻が蜘蛛に変身する。つまりは男が妻をそのような欲望の対象としてみているということであり、この気弱そうな女性が、複製の男のうちの悪を体現する人間の子どもをはらんでいるということは、彼女もまたよこしまな欲望を共有したということではないのか。

 あまり自信はないが、とりあえず、このように考えてみた。

 とはいえ、やはりこのようなラストシーンは、いわゆる夢オチと同じようにルール違反だと思う。それに、それほど深い思想がここに表明されているようにも思えない。正直言って、「これまで真面目にはらはらしながらこの映画を見ていた時間を返してほしい」と思った。

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