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新国立劇場研修所オペラ試演会「ラ・ボエーム」「秘密の結婚」、そして映画「リアリティのダンス」「複製された男」のこと。

 8月3日、新国立劇場小劇場で、新国立劇場研修所オペラ試演会を見た。演目は「ラ・ボエーム」(抜粋)と、チマローザの「秘密の結婚」(短縮版)。伴奏はピアノとチェンバロ。ともに大変良かった。

 私は数年前に研修所公演「カルメル会修道女の対話」を見て以来、この団体の公演を楽しみにしている。若々しく頼もしい歌手たち、そして演出も常に意欲的。現在の日本のオペラ界の最高レベルの上演を楽しむことができる。今回も期待通り。

「ラ・ボエーム」は第三幕と第四幕からの抜粋。ロドルフォとミミ、マルチェッロとムゼッタの対比に焦点を当ててうまくまとめている。しかも、第三幕と第四幕を実際的な事情から同じ装置を使わざるを得ないことを逆手に取って、二つの幕にロドルフォとミミ、マルチェッロとムゼッタという同じ対称性があること、第四幕がいわば第幕の変奏であることを示してくれている。

 普通に考えると、もし全体を短くまとめるとすると、第一幕と第四幕をつなぎ合わせたくなるところ(そのほうが同じ場面で済む)、あえてこのようにしたことに演出の三浦安浩の知性とセンスを感じる。

 演奏はとりわけ、ミミの原璃菜子とムゼッタの清野友香莉に私は惹かれた。マルチェッロの岡昭宏もよかったが、ロドルフォの水野秀樹はかなり緊張しているように感じた。

 ピアノは高田絢子。指揮は河原忠之。ただし楽器がピアノだけなので、指揮については、私は何かを言う資格はない。ただ、聞きながら思ったのは、私にとってはむしろプッチーニに関してはピアノ伴奏のほうが良いということだ。

 実は私はプッチーニが苦手。その原因は、旋律をなぞって甘ったるいメロディがオーケストラで演奏されること。つまり、私はプッチーニのオーケストレーションが大嫌いなのだ! ピアノだけで伴奏されると、私はまったくプッチーニ嫌いではないのだった!

「秘密の結婚」も実に楽しかった。簡素な舞台だが、歌手たちの動きも演技もきびきびして素晴らしい。自然に笑えてくる。歌手たちも粒ぞろい。

 カロリーナの種谷典子は容姿も含めて実に可憐。素晴らしい歌手だと思った。パオリーノの小堀勇介も輝かしい声で、観客をひきつける。ジェロニモの松中哲平、フィダルマの藤井麻美ともに、歌もしっかりしているし、若いのに実に芸達者。エリゼッタの飯塚茉莉子とロビンソン伯爵の小林啓倫も実に本格的な歌唱。六重唱も声が揃ってワクワクするほどだった。

 こちらの演出は粟国淳。三浦さんとはかなり異なる演出だが、これもとてもおもしろかった。ピアノは石野真帆さん。一度仕事をご一緒したことがあるが、とてもリズム感の良い、明るく楽しい演奏が素晴らしいと思った。

 大変満足。このような若い才能ある人たちが、日本の各地で毎日のようにオペラを上演するようになると、どんなに楽しくなるだろう。彼らの演奏で、もっともっとチマローザやペルゴレージやロッシーニのオペラを上演してほしいと思う。

 

 ところで、このところ映画を何本か見た。感想を加えておく。

「リアリティのダンス」

 伝説のカルト映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーが約25年ぶりにメガホンをとった映画として話題になっている。残念ながら、私はこの監督の前の作品を見たことがない。実に不思議な映画だが、私は大いに楽しんだ。

 ホルロフスキー自身の子どもの頃の物語。父の行動のせいで、住んでいた町で暮らすことができなくなって、その地を去るまでの物語だといってよいだろう。老いたホドロフスキーが過去の自分を懐かしみ、少年のころの自分を幻想的に描く。

 場所はチリ。独裁政権下にあり、父は反独裁活動をし、共産主義を報じるユダヤ人として神を否定している。そして、ユダヤ人差別の中、強い意志と強圧的な態度で地位を築き、他者を圧して生きている。ある時、父は独裁者の暗殺を企てるが、むしろ独裁者に見込まれ、その善良な面を見て殺すことができなくなる。同時に、これまでの確固たる意志を失って、指が動かなくなり、精神に異常をきたす。そして、放浪し、敵とみなされ政権に拷問を受けるなどしたあと、最後に家族のもとに帰る。

 物語としては、ラテン・アメリカ文学を思わせる。ガルシア・マルケスなどの作風と似たところがある。奇想天外な展開。魔術的でスケールの大きな物語。そして、映像的には、フェリーニのよう。サーカス、道化師、軽やかな音楽、原色を多用した鮮やかな色彩。異形の人たち。だが、それがもっともっと戯画化され、幻想的になっていく。

 おもしろいのは、いかにもオペラ歌手風にはちきれんばかりのバストを持つ少年の母親のセリフがすべてオペラ調の歌になっていること。イタリアオペラのような雰囲気で歌う。最初は驚くがすぐに違和感はなくなる。ドニゼッティやベッリーニにでてきそうな歌い回し。

 フェリーニを少し下品にした感じ。私が最も衝撃的だったのは、夫がペストにかかって痙攣しているとき、神の奇跡を願って妻が夫の体に小水をかける場面。映像的にも衝撃的(もちろん日本での上映では局部はぼかされている)だが、聖性とおぞましいもの、そして、性的なもののつながりがきわめてわかりやすい形で提示される。この映画の中では、聖なるものは厳かで厳しいものとは扱われておらず、もっと猥雑で卑猥であり、下半身を含む人間の存在と直結するものだ。

 私はこの映画に示されるそのような世界観に強く惹かれた。

 

「複製された男」

 監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ。自分とそっくりの男がいることから様々な事件が起こるサスペンスタッチの、しかしかなり哲学的な映画。人間のアイデンティティの問題と絡んで、つい引き込まれてみてしまった。「いったい、なぜこのようなことが起こっているのか」「二人の関係はいったい何なのか」という疑問を持ちながら、最後には明らかにされるのだろうという期待のもとに見ていたのだが、最後の場面で唖然とした。衝撃のラストシーンとは聞いていたが、それにしても、予想だにしなかった終わり方。狐につままれたというか、頭の中が疑問だらけになったというか。

 この後、いわゆる「ネタバレ」になるので、この映画を見るつもりの人は、読まないでいただきたい。

 ラストシーンの蜘蛛への変身は何を意味するか。とりあえず考えてみた。

 要するに、これはいわゆる「夢オチ」の一種だと思う。このようなことは現実にはありえないのだから、「これは現実の話ではなかったんですよ。実は夢物語だったんです。だから、なぜ複製になったのかなどという整合性のある答えはないんです。それを求めてみた人は肩透かしを食らうことになりますよ」というメッセージなのだと思う。

 そして、そのうえで人間の心の奥に潜む欲望を蜘蛛で表現しているのだと思う。怪しい秘密クラブの場面でこの蜘蛛が現れる。そして、複製の男のうちの善良な側(高校教師)が、秘密クラブに気付いて邪な欲望にかられたとき、妻が蜘蛛に変身する。つまりは男が妻をそのような欲望の対象としてみているということであり、この気弱そうな女性が、複製の男のうちの悪を体現する人間の子どもをはらんでいるということは、彼女もまたよこしまな欲望を共有したということではないのか。

 あまり自信はないが、とりあえず、このように考えてみた。

 とはいえ、やはりこのようなラストシーンは、いわゆる夢オチと同じようにルール違反だと思う。それに、それほど深い思想がここに表明されているようにも思えない。正直言って、「これまで真面目にはらはらしながらこの映画を見ていた時間を返してほしい」と思った。

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コメント

 ラ・ボエ-ムが嫌いですか。私は最後までくちざめる位好きです。沢山書いたのに一瞬で消えてしまいました。パソコンとはこうも人の努力を棒に振ってくれるものなのかと憤懣やるかたなし。

投稿: 椿姫 | 2014年8月 6日 (水) 19時03分

まぁ、へんですね。口ずさめる、ですね。
楽器が変わると、、、、というのは解る気がします。
20年代の歌のほかは嫌っていたのですが、今、サックスで歌謡曲を聴くのにはまっていて、女の操だの何のとよくもまあ考え付いた言葉だと軽蔑さえしていたのが以外な美しさなんですよ。

投稿: 椿姫 | 2014年8月 6日 (水) 19時18分

椿姫 様
コメント、ありがとうございます。
私が全部を口ずさめるのは、ワーグナーとシュトラウスとモーツァルトとヤナーチェクくらいです。イタリアオペラですと、「セヴィリアの理髪師」と、それこそ「椿姫」くらい。イタリアのこの2曲のみ、高校生のころからレコードで楽しんでいました。が、プッチーニは最近、少しなじめるようになってきましたが、なかなか好きにはなれません。・・・おっしゃる通り、楽器が変わるとかなり印象が違いますね。パユのフルートによるオペラアリアをとてもおもしろく思ったことがあります。

投稿: 樋口裕一 | 2014年8月 7日 (木) 22時07分

 ラ・ボエ-ムが嫌いならラ・トラヴィア-タも当然嫌いだと思っておりました。私も口ずさめます。二人で暮らしている家を出る決心した時の哀しみの歌が特に好きなんですけど。「運命の力」はどうですか。映画「愛と宿命の泉」で、ずっと流れていました。
ワグナ-は5時間もかかって観る方も体力がいるなぁという思い出があるのみでございます。映画の中でオペラが使われる時は狂気の象徴として、だと思いませんか。私も夜は聴きません。カフェイン取り過ぎたみたいになりますので。

投稿: 椿姫 | 2014年8月 8日 (金) 22時28分

椿姫 様

私は、ヴェルディのオペラは、「ドン・カルロ」が最も好きです。「シモン・ボッカネグラ」も、よく知っているわけではないのですが、映像を見るたびに感動します。「運命の力」や「オテロ」「アイーダ」はちょっと大袈裟すぎる気がします。
ワーグナーも大袈裟ですが、形而上学的であって、あまり日常的ではないので、とても惹かれます。

投稿: 樋口裕一 | 2014年8月12日 (火) 07時14分

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