「ヘンゼルとグレーテル」ゲネプロに感涙
8月30日、立川のたましんRISURUホールで、東京文化会館オペラBOX多摩公演、フンパーディンク作曲のオペラ「ヘンゼルとグレーテル」のゲネプロを見せていただいた(本上演は8月31日15時開演)。
きっと楽しいオペラに仕上がっているだろうと予想していたが、とんでもない。楽しいなどというそんなものではない。私は第2幕の終わりに感動のあまり涙が出そうになり、最後には本当に涙を流して感動した。このオペラでこれほど感動するとは思ってもみなかった。
まず歌手陣が素晴らしい。ヘンゼルの山下牧子、グレーテルの清水理恵が理想的。とりわけ、休憩後(第3幕)の冒頭は二人の声がぴったり合って最高の音楽を作り上げていた。ペーターの高橋洋介は張りのある美声で、実に楽しい。ゲルトルードの駒井ゆり子も地味ながらしっかりと歌詞に即して見事。
魔女はなんと男性の所谷直生だったのでびっくり。私がこれまで見たり聞いたりしたこのオペラの録音や映像(このオペラの実演を見るのは、たぶんこれが初めてだったと記憶する)はすべて女性が歌っていたと思う。プロコフィエフの「三つのオレンジへの恋」では魔女をバスの男性が歌うが、それと同じような不気味な雰囲気があって、それはそれで大変面白かった。眠りの精の文屋小百合も露の精の鷲尾麻衣も、そして、ジンジャーブレッド合唱団も文句なし。
音楽統括・指揮は杉原直基。エレクトーン2台(塚瀬万起子、柿崎俊也)と打楽器(田村拓也)をまとめていた。ごくまれに歌手とずれるところがあったが、ゲネプロであるがゆえの現象だろう。実際の上演ではぴたりと合うのだと思う。ただ、やはり、しばしば「フル・オーケストラで聴きたいな」とは思った。
私が最も感銘を受けたのは、三浦安浩の演出だった。
ナビゲーターの朝岡聡が序曲の部分で子どもたちとともに現れる。序曲の初め、「昔々あるところに・・・」というように話が始まる(朝岡さんの語りがとてもいい。語り口もいいし、その内容が上手に内容を補足し、舞台世界に導くように作られている)。
私の勝手な思い込みかもしれない。三浦さんはそのようなことは意図していないのかもしれない。が、私は「子どもの汎神論」とでもいうべき世界を目の当たりにして感動したのだった。
オペラの初めから、世界が森の神秘を感じさせる。歌を歌う眠りの精や露の精だけでなく、子どもたちが黙役で妖精に扮して登場する。森は妖精にあふれている。神の世界そのもの。しかも、大人の堅苦しかったり、教義に縛られたりする神の世界ではない。妖精がリアルに存在し、お菓子にあふれ、生き生きとした神秘がそのままに現れる世界。原初的な聖なる世界。
子どもたちは決して演技が上手ではない。動きも様になっていない。だが、それがいい。いかにも子どもらしい。
そうか、実は子どもの世界は神秘にあふれているんだ、神様の世界なんだと、改めて思った。そのような世界が舞台上に広がっていた。歌手たちが、そして妖精に扮し、魔女にとらわれていた子どもたちに扮する少年少女が、そのような世界を作っていた。その世界を見て、私は涙を流したのだった。
今回の舞台には多くの素人の子どもたちが登場。多くの子どもたちの出演によって子どもの神秘の世界を作り出すと同時に、子どもたちにオペラになじませることにもつながている。そして、おそらく、子どもたちの親や親せき、友人を客として呼び込んでオペラ上演を経営的に成り立たせたいというしたたかな計算もあるだろう。
もちろん、したたかな計算も絶対に必要だ。このような試みをもっともっと続けて、もっと多くの人にオペラの楽しみを知ってほしい。このようなオペラを一度見たら、絶対にオペラ好きになるに違いない。
ザルツブルク音楽祭以降、日本で見た最初のオペラだったが、ザルツブルクで見たものと変わりないくらいに感動した。実に充実した時間だった。
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コメント
樋口先生 本日はご来場ありがとうございました ゲネプロの慌ただしさの中鑑賞いただくのは心苦しくもありましたが、ぜひご覧いただきたいという思いが勝りました そしてご感想を拝読し、ご覧いただけて本当に良かったと思いました この舞台で作り上げた妖精のいる森の世界を味わい楽しんでもらえたのが本当に幸せです 神の心を持ったものたちが「生きる」ことのなかで互いを傷つけ、苦しめる 森の世界のヘンゼルとグレーテルは家というものから解放されて何と自由なのだろうか! 二人は両親から深く愛されているというのに、生きてゆくということはなんと難しい事なのだろうか・・・ オペラつくりの中でフィナーレを歌う子供たちを見つめ、彼らの未来を思い、そこにあるであろうたくさんの喜びや苦しみを思うと私の瞼からもまた、涙があふれてくるのです
投稿: 三浦 安浩 | 2014年8月31日 (日) 00時38分
三浦 安浩 様
ゲネプロのお忙しいときにお邪魔させていただき恐縮いたしました。素晴らしい演奏と演出を堪能させていただきました。子どもでも楽しめる道具立てがたくさんあり、セリフもわかりやすく、そうでありながら生き生きとした神様の世界を作り出しておられるのを、まるで魔法にかけられたような気持で見ました。そうですね、様々な桎梏から解放されて自由になった子どもたちの姿がとても印象的でした。
フィナーレの部分、本当に感動的です。出演した子どもたちにとって、人生の宝のような体験になることと思います。
そして、私自身、このような素晴らしい体験をさせていただいたことに本当に感謝いたします。
投稿: 樋口裕一 | 2014年8月31日 (日) 07時38分
毎回のブログを楽しみにしています。
大野和士がグラインドボーンで振った《ヘンゼルとグレーテル》の魔女役は、男性テノールですね
→ http://www21.ocn.ne.jp/~smart/Ono090831a.htm
投稿: kana | 2014年9月 4日 (木) 06時40分
Kana様
コメント、ありがとうございます。
そうなんですね。大野さんは大好きな指揮者ですが、「ヘンゼルとグレーテル」の映像は未見でした。テノールで歌われることはかなりあるんですね。
投稿: 樋口裕一 | 2014年9月 5日 (金) 18時02分
初めてコメントします。
私、このオペラが大好きで、第2幕ラストとパントマイムのシーンでは、いつも涙が出ます。
ところで、魔女役は、私が観る限り、ほとんどがテノールなんです。そして、カーテンコールでの大カッサイ。今では、テノールの方が一般的なのかな…と感じました。
投稿: うみぼうず | 2014年10月11日 (土) 10時31分
うみぼうず様
コメント、ありがとうございます。
そうですか、今ではテノールのほうが一般的なのですか。知りませんでした。確かに、テノールで歌われる方がインパクトが強いかもしれません。私も、今回の上演を見て、このオペラが好きになりました。ほかの録音なども購入してみようかと思っているところです。
投稿: 樋口裕一 | 2014年10月11日 (土) 22時51分