オペラDVD「エレクトラ』「ジークフリート」「神々の黄昏」を見た
締め切りに追われての仕事からしばし解放されて、少しゆっくりしている。とはいえ、大学の秋学期の授業が始まったので、それはそれでかなり忙しい。そんな中、購入したままでなかなか見られなかったオペラのDVDを3本見たので、感想を書いておく。
これはもうとてつもない名演。
まず、エレクトラを歌うエヴェリン・ヘルリツィウスが言葉をなくすような熱演。声の伸びも素晴らしいし、演技もすごい。ぐいぐいと引き込まれる。エレクトラが生きているのを感じる。クリソテミスを歌うのはアドリアンヌ・ピ。エチョンカ。清楚でありながらも強い声で見事に役になりきっている。そして、クリテウネストラはヴァルトラウト・マイヤー。少しも衰えず相変わらずの声の威力と美貌。エギストのトム・ランドル、従者のフランツ・マツーラも見事。ドナルド・マッキンタイアの顔が見えたので、びっくり。かなり昔から高齢に見えていたが、まだ歌ってたんだ!
しかし、圧倒的なのは、エサ・ペッカ・サロネンの指揮。豊穣でドラマティックで精緻で生き生きとしていて、しかも表現主義的で刺激的。なんというすごい音楽であることか。パリ管弦楽団も精緻で美しい音色を作り出している。
そして、演出は故パトリス・シェロー。召使女たちが雄弁に動きまわり、フランツ・マツーラ演じるエギストの従者がまるでアガメムノンの亡霊のように舞台上で立ち尽くす。それだけでも、場面に意味が生まれ活気がでる。音楽の一つ一つに演技があっている。
私は高校生のころ、日本盤が発売されておらず、歌詞も知らずにレコードを聴いていたころから「エレクトラ」が大好きだった。一時は、すべてのオペラの中で最も好きな演目だった。が、これほど充実した上演は初めて。
名演奏の映像が生まれたことが本当にうれしい。
これまでもこのブログに書いてきた通り、私はランス・ライアンという歌手がまったくわからない。声を伸ばすときに音程が不安定になるように感じるし、歌い方があまりに雑で、しかも声も美しくない。あえて言葉を選ばずに言わせてもらえば、あまりに下品に聞こえる。もちろん下品でバイタリティのあるジークフリートという役作りではあるのだろうが、それにしても声まで下品である必要はなかろうと思う。
よってジークフリート役のライアンが登場するたびに不快に感じる。ところがもちろんこのオペラではジークフリートはごく一部を除いてずっと登場している。したがって、最初から最後までのほとんどの部分が、私には聞くに堪えないことになってしまう。
私にはこの歌手が引っ張りだこであることが理解できない。そして、この歌手を評価する人がかなりいることも信じられない思いだ。私と同じような感想を抱いている人に出会ったことがあるが、あまり多い数ではなかった。かつて私はヘルガ・デルネッシュというソプラノ歌手に我慢がならなかったが、ランス・ライアンについても同じような思いがしている。
ブリュンヒルデのニナ・シュテンメは素晴らしい。ミーメのペーター・ブロンターも、うまい。が、ファフナーのアレクサンドル・ツィムバリョクは音程が不安定でかなり弱いし、さすらい人のテリエ・ステンスヴォルトもライアンと同じような声の質で、私は好きになれない。
指揮のダニエル・バレンボイムはもちろん素晴らしいし、ミラノ・スカラ座管弦楽団も見事。ギー・カシアスの演出も、特に目新しい解釈はないが、視覚的にとても美しく退屈しない。
が、繰り返すが、ライアンがジークフリートを歌うと、私にはすべてぶち壊しに聞こえる。バイロイトでもほかの劇場でも、録音でも、ライアンが主役として登場する状況は、私には実に困ったものだ。
これについても「ジークフリート」と同じ印象。ランス・ライアンが歌いだすたびに私は耳をふさぎたくなる。しかも、ブリュンヒルデがシュテンメからイレーネ・テオリンに代わっているので、主役二人がかなり雑だという印象を覚える。テオリンは嫌いなソプラノではないが、ヴィヴラートの強さがときに気になる。
むしろ、ハーゲンのミハイル・ペトレンコ、グンターのゲルト・グロホウスキ、グートルーネのアンナ・サムイルの悪役たちのほうがずっと端正で、私はこちらのほうにずっと本質的な凄みを覚える。
全体的な印象として、ともあれランス・ライアンが引っ張りだこになってジークフリートを歌っているうちは、私は「リング」にはなるべき近づかずにいるしかなさそう。ライアンが歌っているBDやDVDを購入しても、結局は無駄になりそう。
それにしても、私にこれほどひどく聞こえるテノールがなぜ多くの人の支持を得ているのか、実に不思議。私の耳がどうかしているのか。
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