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ロッシーニのオペラ映像を数本見た

 あれこれと仕事があって常に忙しいといえば忙しいが、ともあれ、しばらく締め切りの迫った仕事がない。久しぶりに精神的、時間的に余裕がある。ロッシーニのオペラ映像を何本か見た。ロッシーニは実にいい。感想を簡単に記すことにする。

 

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「デメトリオとポリビオ」 
2010年 ペーザロ、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル

 ロッシーニの最初のオペラ。作曲したのは14歳とも18歳とも言われているらしい。いやはやモーツァルト並みの早熟の天才だと思う。14歳のころに作曲された弦楽のためのソナタも素晴らしいが、これも傑作だと思う。のちのロッシーニらしさが存分に発揮され、モーツァルトの延長でありながら、もっと生き生きとして、もっとオペラ的。天性の劇場人だと思う。

 国王どうしの争いということになっているが、要するに、生みの親と育ての親のあいだで争いが起こり、生みの親が子どもを奪うが、最後には和解するというストーリー。そこにとても魅力的な音楽が加わり、ドラマティックに展開する。

 リジンガを歌うソプラノのマリア・ホセ・モレーノが図抜けている。美しくて強靭な声でテクニックも見事。シヴェーノのヴィクトリア・ザイチェヴァ、エウメーネの中国人テノール、シー・イージェ、ポリビオのミルコ・パラッツィはかなり若手らしく、まだ少しぎこちない。が、豊かな将来性を感じさせる。指揮はコッラード・ロヴァリス。知らない曲なので、指揮の良しあしについては何も言えない。が、生き生きとしてとてもおもしろく聴かせてくれる。

 ダヴィデ・リヴェルモアの演出はかなり凝っている。「オペラ座の怪人」よろしく、オペラの登場人物はすべてオペラ座に住みつく幽霊という設定。おそらく、これらの登場人物がロッシーニのその後のオペラに出没する影のような存在だということを暗示しているのだろう。登場人物が炎を手にしているが、生気のない薄気味悪い幽霊ではなく、情熱にあふれた亡霊たちであることを示しているのだろう。

 ともあれ、とても楽しめる映像ソフトだ。まったく退屈しなかった。

 

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「シジスモンド」 
2010年 ペーザロ、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル

 

指揮はミケーレ・マリオッティ。まず、序曲の気迫のこもったドラマティックな演奏に圧倒される。まさに全力投球。指揮者とオーケストラの並々ならぬ思いが伝わってくる。これは間違いなく埋もれた傑作。

愛する女性が裏切ったと信じ込まされ、その女性を死刑に処し、その後、正気を失った王シジスモンド(ダニエラ・バルチェッローナのズボン役)、実は死を免れていた女性アルディミーラ(オルガ・ペレチャツコ)、陰で陰謀をたくらむラディスラオ(アントニーノ・シラグーサ)の三つ巴の物語。音楽は素晴らしい。ロッシーニらしいというべきか、「セヴィリアの理髪師」や「チェネレントラ」に出てくるパッセージがいくつもあるが、それはそれで楽しい。演奏も最高。三人の主役の声に堪能する。

ただ、台本にはかなり問題がありそう。登場人物のほとんどがあまりに愚かで、悪漢にいいようにしてやられるばかり。真相が明らかになるのも、単に悪漢が最後に突然自白を始めたからでしかない。波乱万丈の筋書きだが、ストーリー展開に欲張りすぎて登場人物の心理も納得できない。タイトルロールも、ずっと狂気の中にいるので、せっかくバルチェッローナが歌っているにもかかわらず、本領発揮できるのは最後のほうだけ。

ダミアーノ・ミキエレット演出は、狂気を描き出す。シジスモンドの妄想の中の人物という設定なのだろうが、不気味な人々やアルディミーラの分身たちが黙役として登場。狂気から抜け出すと同時に、その人物たちも遠ざかっていく。おもしろい演出だと思うが、歌っている最中に黙役の不気味な人々に体をいじられる歌手たちには同情したくなる。

ともあれ、ストーリー的に納得できないうちにオペラが終わってしまい、せっかく素晴らしい音楽、素晴らしい演奏なのに、もったいない気がする。もう少し台本が良ければ、きっともっと感銘が高まるだろう。

 

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「オテロ」 
2012年 チューリッヒ歌劇場

 ロッシーニの「オテロ」を初めてみた。これは大変な傑作だと思う。とても魅力的な音楽が続く。ストーリーは、シェークスピアの「オセロ」ともヴェルディの「オテロ」ともずいぶん違う。確か、シェークスピアもヴェルディも、デズデモーナはオテロの妻だったと思うが、ロッシーニでは、まだ結婚していない。イヤーゴの策略によってオテロがデズデモーナを殺し、自らも死を選ぶのは共通するが、細部はかなり異なる。

 聞きこんだわけではないので何とも言えないが、私はヴェルディの「オテロ」よりも、ロッシーニのほうが好みだといえそう。ロッシーニのほうは悲劇であるにもかかわらず、もっとさっぱりしている。ウェットなところがないのがいい。私は音楽に限らず、文学も映画もウェットなものが大嫌い(例えば、今や国民の愛唱歌となっている「故郷」など、あまりにじめったくて怖気を覚えるほど嫌いだ!)なのだが、ロッシーニはその対極にある。デズデモーナがあきらめの境地で歌う「柳の歌」もロッシーニの手にかかると、技巧的でドラマティックになる。ヴェルディのデズデモーナほどには感情移入できないところが実に私好み。

 歌手たちは最高度にそろっている。全員が素晴らしいが、やはりデズデモーナのチェチーリア・バルトリがとりわけ圧倒的。太くて生き生きとした声の威力。そのほか、オテロのジョン・オズボーンも容姿を含めて見事。エルミーロのペーター・カールマンも風格があり、ロドリーゴのハビエル・カマレナも勢いのある美声。イヤーゴのエドガルド・ロシャは実に嫌味な役を強い声で歌いきる。エミーリアのリリアーナ・ニキテアヌも清純でいい。すべて最高レベル。後半の、オテロとロドリーゴ、オテロとイヤーゴのテノール同士の二重唱、そして、オテロによるデズデモーナ殺戮の場面は最高に聴きごたえがある。

 ムハイ・タンの指揮する古楽器アンサンブルであるラ・シンティッラ管弦楽団もとても生き生きとしていて文句なし。現代に時代を移した演出(モーシェ・レイザとパトリス・コリエ)も、まったく違和感がなく楽しめた。

 

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「なりゆき泥棒」  シュヴェツィンゲン宮殿内ロココ劇場(シュヴェツィンゲン音楽祭、シュトゥットガルト放送交響楽団

 

 勘違いあり、人違いあり、なりすましあり、服の取り換えありの実に楽しいオペラ・ブッファ。

 ただし、92年の録画だけに、画像ももちろん、演奏様式も少し現在のロッシーニ演奏と異なるように思う。指揮はジャン・ルイージ・ジェルメッティで、生き生きとして溌剌。とても良いのだが、最近のロッシーニほどの躍動感はないし、歌手たちも、現在からみるとやや遠慮がちに聞こえる。

 歌手に図抜けた人はいないが、全体的にそろっている。その中では、ドン・エウサリオを歌うステュアート・ケイルとエルネスティーナを歌うモニカ・バチェッリがとても躍動感のある歌を聴かせてくれる。マルティノを歌うアレッサンドロ・コルベッリは実に芸達者。ロバート・ギャンビルはちょっと不安定。不調だったのかもしれない。私はこの人の歌うワーグナーを何度か聞いたことがあるが、ワーグナーのほうが私にはずっといい。

 ミヒャエル・ハンペの演出はかなりおとなしめで伝統的。台本通りの服装で、ストーリーも特にいじっていない。

 

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「チェネレントラ」グラインドボーン歌劇場、ピーター・ホール演出、ウラディーミル・ユロフスキ指揮

 

ピーター・ホールの演出。舞台そのものが美術品のように格調高く美しい。チェネレントラをうたうのはルクサンドラ・ドノーセ。歌もさることながら、演技が素晴らしい。容姿も魅力的。ドン・カミロ役のマキシム・ミロノフは、容姿はまさに王子然としているが、歌は少し弱い。とはいえ、もちろん不満ということはない。十分に楽しめる。ドン・マニフィコのルチアーノ・ディ・パスクワーレ、ダンディーニのシモーネ・アルベルギーニは芸達者で、実に楽しい。ユロフスキの指揮もメリハリがあり、リズム感にあふれている。ただ、ロッシーニ特有のワクワク感はちょっと乏しいように思う。

 

 

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