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「悪童日記」「グレート・ビューティ」など

・「悪童日記」

 アゴタ・クリストフ原作の小説をヤーノシュ・サース監督が映画化したもの。私の記憶が確かなら、かなり忠実な映画化だと思う。

 原作は翻訳された直後に読んで圧倒された記憶がある。あまりに凄まじい世界が淡々とした筆致で描かれる。そのあと、三部作をすべて読んで、次々と前作が否定されていくのには目くるめく思いに駆られたものだ。まさかこれが映画化されるとは思わなかった。これほど映画化しにくい作品はないだろうと感じていた。

 実際に映画を見て、見事に映画化されているのに驚いた。とりわけ双子の少年たちについては、原作を読んで想像していた以上にそのままのふたりであることに驚く。よくぞ、このような双子が現実にいたものだ。原作の凄まじい世界がそのまま映像として展開され、原作の衝撃が再現される。

 映像化されて、いくつか驚いた点がある。私が狭い日本で暮らす人間であるというところに起因しているのだろうが、祖母の家があれほど大きな敷地にあることは予想していなかった。そのほか、もろもろの点で映像化されて初めて、「ああ、なるほど、こういう風景だったのか!」と納得できた。やはり、日本人は、ヨーロッパの小説を読んでいてさえ、日本で見慣れた光景に置き換えて想像してしまうことを改めて思い知った。

 それにしても、人間性の虚偽をすべてはがしたうえで残ったぎりぎりの生命を見据えようとするクリストフの姿勢に圧倒される。祖国に捨てられた、親に捨てられた、世界に捨てられたという認識の上で、自分を捨てた祖国にも親にも世界にも甘えずに、手探りで自分の信じられるものをつかみ取ろうとする双子の生き方は、クリストフ自身のものでもあっただろう。私が双子の生き方に共感するのはそのような精神世界だ。だから、二人の冷酷で残忍な行動にも共感する。日本で生きる私にはこのような世界は縁遠いが、これが一つの人間の姿だろうと思う。それを輪郭のはっきりした言葉で描くクリストフ(一応、フランス語の原作を少し読んでみた)の文学の凄みと、そこからあふれ出してくる独特の詩情を、この映画は鮮烈な映像に置き換えて描いている。登場人物の表情や風景に、原作の言葉と同じような輪郭の明確さと世界に対する挑戦的な姿勢を感じる。

 ともあれ、衝撃的な映画。多くの人に見てほしいものだ。

 

・「グレート・ビューティ」

 パオロ・ソレンティーノ監督のイタリア映画。

 ヨーロッパの映画になじんだ人間であれば、だれもがフェリーニの映画を思い起こすだろう。とりわけ、全編にわたって「甘い生活」を彷彿とさせる。主演のジェップを演じるトニ・セルヴィッロもマルチェッロ・マストロヤンニの軽妙な演技を思い出させる。

 ストーリーを簡単にまとめると。40年以上にわたって筆を折って、軽薄なローマの上流社会で遊びまわっていた65歳のジェップが、何人もの死に出会い、新たな経験をするうち、再び書く意欲を取り戻す・・・ということになるだろうか。

 だが、そのようなストーリー以上に、フェリーニばりの映像美、軽薄で退廃的な上流の人々の乱痴気騒ぎ、垣間見える宗教的な思いが魅力的。映像に魅惑され、主人公とともに、どうしようもなく軽薄であり、ときに醜悪でもありグロテスクでもありながらも、やはり愛すべき人間たちの行動の描き方に魅惑される。すべてが無意味。人は死に、すべてに空虚が訪れる。その中で人々は自分のむなしい生活を営んでいく。人を愛し、失恋し、おかしなものにこだわり、嘘をつき、ごまかし、自己主張して生きていく。時折、懸命に、そして素直に純粋に生きている人の姿が見える。そういう作りに心を動かされ、ほろりとし、うきうきする。

 退廃的で享楽的な生き方とは正反対にいる人間として、禁欲的な聖女が描かれるが、それもいかにも胡散臭い。映画の中でも語られる通り、「すべてがトリック」。シェークスピアは「すべてが喜劇」だが、ここでは「すべてがトリック」。怪しげで、うそくさく、ごまかしにあふれているが、そうであるが故にその胡散臭さの中に真実がある。そのような世界観が映像からあふれ出る。

 

・「アメリ」

 かつてBSで放送されているのを見て、とてもおもしろいと思った。それどころか、久しぶりのフランス映画の傑作だと思った。夏に娘とパリを訪れた際、「アメリ」好きの娘につきあってサクレ・クールや映画の舞台になったカフェを訪れた。娘がクレーム・ブリュレを食べるのを見ていた(私は満腹だった)。ところが、娘と話すうち、映画の細かい部分を忘れてしまっていることに思い当たって、改めて見直してみた。

 やはりとてもおもしろい。現実と虚構の距離の取り方が絶妙。監督はジャン・ピエール・ジュネ。ハリウッド映画はあまりにうそくさい。もはや、意識的な映画作家はハリウッド映画風に映画を作ることはできない。そこで逆手にとって、もっと虚構にあふれ、空想的な映画にしたのがこの映画だろう。そして、それを自然にするために、主人公に空想癖のあるエキセントリックな女性という設定にした。しかも主演のオドレイ・トトゥが実にいい。そうして、美しい映像のちょっとしたおとぎ話が出来上がった。私はストーリーの面白さ、一つ一つのエピソードのセンスの良さ、そして色遣いの素晴らしさに酔う。

 ジュネ監督の新作がもうすぐ公開されるらしい。楽しみだ。

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コメント

「悪童日記」をご紹介いただいて、ありがとうございます。映画のことは気になっていたのですが、原作は意識していませんでした。さっそく読んでみました。面白いですね!後の2作も読んでみたいと思います。とりあえず、お礼まで。

投稿: Eno | 2014年11月21日 (金) 09時57分

Eno様
コメント、ありがとうございます。小説「悪童日記」は圧倒的なおもしろさだと思います。続編の2冊はおもう読みになりましたか。私は次々と前作が全否定されていくことに驚き、圧倒されたのでした。今回、クリストフの後の小説「昨日」を読んでみましたが、これもとてもおもしろい小説だと思いました。
なお、ブログを拝見しました。「アイダナマール」は直前に知ってぜひ見たいと思ったのですが、既にほかのコンサートを予定して今しので、あきらめたのでした。ブログを読ませていただいて、様子がわかりました。ありがとうございました。

投稿: 樋口裕一 | 2014年11月25日 (火) 00時14分

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