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新国立劇場「ドン・カルロ」 やや不満

   2014123日、新国立劇場で「ドン・カルロ」を見た。全体的にはやや不満だった。

 歌手の中では、ドン・カルロを歌ったセルジオ・エスコバルが美声で声量もたっぷり。音程もいい。一人だけ声が突き抜けていた。エボリ公女のソニア・ガナッシも、前半抑え気味だったが、後半は実力発揮。第3幕は強い声でドラマティックに歌いあげて、素晴らしかった。エリザベッタを歌うセレーナ・ファルノッキアはとても綺麗な声。清潔な歌でとてもいいのだが、低音で音程が定まらないところが少し気になった。ロドリーゴのマルクス・ヴェルバは綺麗な声でしっかり歌っているのだが、ちょっと迫力不足を感じた。もう少し存在感がほしい。フィリッポ二世を歌うラファウ・シヴェクはやや期待はずれ。音程が不安定で声に深みが不足しているのを感じた。日本人歌手については、宗教裁判長を歌う妻屋秀和、テバルドを歌う山下牧子をはじめ、世界レベル的に見て十分に健闘していると思った。

 私が何より不満だったのは指揮のピエトロ・リッツォだ。

 私は、ヴェルディのオペラの中では「ドン・カルロ」が一番好きだ。人間の魂の奥底を見据えるドラマ、どす黒い人間存在の描写、残虐さを併せ持つキリスト教信仰、そうしたものが音楽に現れる。「神々の黄昏」と同じような興奮を覚える。

 ところが、 ピエトロ・リッツォの指揮にそうしたものを感じなかった。まるで天下泰平な歌物語のように音楽が展開していく。もちろんドラマティックで不吉な音が響き渡る。だが、「イル・トロヴァトーレ」や「リゴレット」のように美しい歌をつなげていこうとしているように、私には聞こえた。音楽によってドラマを作ることよりも、美しいアリアを際立たせることに主眼を置いているようだ。しかし、そうすると、このオペラのドラマの本質が消えてしまうように私には思える。私は、ほかの演奏で聴いてぞくぞくするような興奮を覚えてきた個所でも、今日は何度か退屈し、眠くなってきた。私の体調のせいではなく、やはり、リッツォの指揮が私の好みではなかったせいだろう。

 東京フィルハーモニー交響楽団は大いに健闘。アンサンブルが壊れることなく、色彩的な音を出していた。ただいかんせん、指揮が良くないので、私の心には響かなかった。

 合唱は、三澤洋史指揮による新国立劇場合唱団 。先ごろ、「オペラ座のお仕事」という三澤さんのとてもおもしろい本を読んで、合唱指揮の仕事がどんなものかやっとわかった。新国立劇場の合唱は常に素晴らしいが、そこには三澤さんの素晴らしい仕事があったのだということを痛感。

 演出はマルコ・アルトゥーロ・マレッリ。いくつもの長方形の壁を移動させ、冷たい裸の存在を描き出そうとしている。同時に、それらの壁の隙間によって十字架を作り出す。信仰心と残虐な宗教の一面を際立たせる。おもしろい演出だと思った。ただ、第三幕の処刑の部分が少し遠慮がちすぎるのではないかと思った。もう少しインパクトがあてもよかったのではないか。

 今年の2月、二期会の日本人の若手歌手たちによる「ドン・カルロ」を見て大いに感動したのを覚えている。今回の公演は二期会の上演に及ばなかったように思う。

 

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