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神奈川フィル+ゲッツェルのブルックナー9番

2015124日、横浜みなとみらいホールで神奈川フィル定期演奏会を聴いた。

久しぶりのコンサート。母の具合が悪くなってから、音楽どころではなかったが、容体も安定したようで、やっとコンサートに出かける気分になった。とはいえ、やはりなかなか雑念を振り払えなかった。

指揮はサッシャ・ゲッツェル、前半はコルンゴルトの組曲「シュトラウシアーナ」とソプラノのチーデム・ソヤルスランが加わって、リヒャルト・シュトラウスの「四つの最後の歌」。後半にブルックナーの交響曲第9番。後期ロマン派の作曲家たちの最後の曲を集めたコンサートということだろう。「四つの最後の歌」とブルックナーの第9番は大好きな曲だ。

シュトラウシアーナ」はヨハン・シュトラウスを模した曲。後期ロマン派風なので、ときどきリヒャルト・シュトラウス風になるところがおもしろい。

 ソヤルスランはかなり若くて、かなりきれいな女性。美しい声と正確な音程でしっかりと歌う。誇張することなく、実に清潔に歌う。声の威力で聴かせるのではなく、微妙な歌い回しで聴かせるタイプ。私としてはかなり好きなタイプの歌手だ。ただ、誇張しないだけに、死を間近にした諦観という雰囲気は伝わってこない。もう少し狭いホールで聴くほうがこの人の歌の魅力が伝わるだろうと思った。

ゲッツェルという指揮者の意図なのか、神奈川フィルの持ち味なのかわからないが、あまり感情移入をしていないように聞こえる。「眠りにつきとき」の石田泰尚さんのソロも、情緒纏綿としたところがなく、むしろもっとさっぱりした抒情。私の好きなタイプだ。

ブルックナーもとてもおもしろかった。時々感動に震えた。久しぶりのブルックナー。10年ほど前までブルックナーのCDばかり聴いていたが、このごろは歳のせいか、ブルックナーのCDを家で聴くことはほとんどなくなった。コンサートも実に久しぶり。

それにしても、盛り上げ方が一種独特で実に心地よい。オーケストラ全体が盛り上がり、間違いなく私の考えるブルックナーの音がする。宗教的な雰囲気はないが、ブルックナー特有の深みがある。ただ、全体の統一感という面で私は少し疑問を覚えた。とはいえ、やはりどうしてもブルックナーのような長い曲になると、現在の私の心配事の多い状況では集中力が途切れる。そのせいで統一感を感じられなかったのかもしれない。

残念だったのは、空席が目立ったこと。もっと客席も一体となって盛り上がれば、もっと感動しただろう。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

ゲッツェルはじつはこれとは別プログラムの公開練習に行ったのですが、この指揮者「ひょっとしたらクレメンス・クラウスに私淑してるのでは?」というところが感じられるなかなか面白いものがありました。クラウスとは80年近く年齢も違うので似ているというわけではありませんが、ひじょうに上品というか、優雅かつ洗練されてるといいますか、音楽の芯を剥き出しにせずに核心はちゃんととらえて描ききるというタイプの演奏をしていました。聴いたのはコルンゴルトのチェロ協奏曲でしたが、この日の「シュトラウシアーナ」も、おそらくそんなかんじの演奏になっていたのではないでしょうか。この日も行きたかったのですが直前でいろいろな理由で断念してしまいました。
ゲッツェルは今年の11月にもブラームスのピアノ協奏曲第2番(オピッツ)とコルンゴルトのシンフォニエッタを指揮するため神奈川フィルに来演するようですのでこちらも楽しみです。

遅くなりましたがお母様のご快癒をお祈り申し上げます。

投稿: かきのたね | 2015年1月26日 (月) 02時46分

かきのたね 様
コメント、ありがとうございます。
なるほど、おっしゃる通り、「ショトラウシアーナ」と「四つの最後の歌」は、いわれてみれば、はクレメンス・クラウス風でしたね。ブルックナーに気を取られましたので、クラウスとの類似はあまり感じませんでしたが。間違いなく注目したい指揮者です。11月、できたら、足を運びたいと思います。
母はおかげさまで意識を取り戻しました。家族、親族みんなが回復ぶりに驚いています。ありがとうございました。

投稿: 樋口裕一 | 2015年1月28日 (水) 07時53分

以前、樋口裕一さんに誹謗中傷のコメントを10通あたり、書いた「樋口裕一、大嫌い!さん集まれ」の者です。お久しぶりです。今回も匿名で出させてもらいますが、今回は嫌がらせだけでない前より自分の所属と学校をお答えします、自分は、高校生か中学生くらいの年齢と以前コメントを返されましたが、あながち当たってなくありません、自分は最高学歴、中卒の不登校の教師の息子です。これはウソではありません、イジメで引きこもって発達障害と診断されて社会で扱われています。精神病棟に10代の頃、1年間閉じ込められ統合失調症扱いされていました、今でも自分を裏切った中学の教師や同級生が憎いとフラッシュバックするときもあります。だが自分が挫折して犯罪に走らなかったのも、マーラーの音楽が自分の精神的な支えにもなっていたからです。精神病棟に同じく入院した患者に自分と同じくマーラーの音楽に心酔したおじさんに出会いました、マーラーの音楽は精神的弱者、の救済の音楽と思っています。マーラーの歌曲の中で「私はこの世から見捨てられて」というタイトルの歌曲があります、まさに自分が不登校になって世間から見捨てられた無の存在を理解していた歌曲として共感したのもファンになったきっかけでもあります、ですから、マーラーの悪口を言う樋口裕一、あなたが絶対に許せません!マーラーの歌曲は確かに、交響曲に比べて自分も高く評価はしてなく、演歌調の軍歌のようなアナログ的な価値しかなく、ファン以外の人は余り聴いていてもつまらないかもしれません、しかし交響曲に声楽を取り入れる実験だったのでしょう。マーラー程、激しい憎悪、の感情を浄化させる作曲家は自分が知っているクラッシック作曲家にはいません、マーラーの曲が支離滅裂とおっしゃってましたが、それもマーラーの音楽の精神分裂的な人間の心理、音楽を複雑に飽きさせない普遍な音楽にする作曲のカラクリだと思っています。日本のポップスの一時代を築いた作曲家の小室哲哉の音楽にも似たような分裂的なコード進行が見られます、支離滅裂な曲想も、曲を複雑にし多用的なニュアンスをもたす作曲のカラクリの基本的な技法の一つと思っています。マーラーはチャイコフスキーの悲壮交響曲について「表面的で深みがない」と批評したのも、単純でお約束なハッピーエンドの交響曲に幻滅していたからともいえます、さすがにベートーベンの第9にはマーラーは勝てないところもあります、しかし復活交響曲の最終楽章の歌曲から切れ目なしに、突発し、静寂する音楽は斬新過ぎます、同時代のどの作曲家、よりも勝っています。それと樋口裕一さんは、「マーラーの交響曲は2、3分で語れる内容を1時間かけて長く演奏する作曲家」とおっしゃってましたが、ベートーベンの第3交響曲「英雄」は自分にとってもっと短くてもいいだろ!と同じように言いたくなります、マーラーの交響曲は心の宇宙であり、無限に広がっていく長大なものともいえます、実際のところ自分も全部通してマーラーの交響曲を聴くことはめったにありません、抜粋していい部分だけを短めにハイライトにして録音して聴いてます。それでも、マーラーのファンタジーな世界を旅したくなった時のみ全曲聴いていて、聞き方は様々だと思います、ただハイライトで聴いていても、全部を通して聴いていてもマーラーの音楽の凄さは変わりません、そこが支離滅裂にしているマーラーの天才だと思います、曲をパズルのように分解しても1ピースでも楽しめて、バラバラに並べて聴きとおしても楽しめるのがマーラーの交響曲の醍醐味です。自分がR.シュトラウスが嫌いなのも、交響詩、を沢山書きすぎた作曲家だからです。曲名やタイトルを使って聴衆を惹き付けること等、陳腐です、それをしないで純粋な交響曲で成功したマーラーの方が1枚上手だといえます、それとマーラーの交響曲のトランペットが野暮と樋口裕一さんは、おっしゃってましたが、「樋口裕一、あなたが楽譜を書いて音符に残せますか?」それが出来ないのに、マーラーの音楽を批評する価値があなたにはありますか?、マーラーは小さな頃から近所にある兵隊のトランペットを聴きながら育っていてトランペットに関しては耳が肥えていたと思っています。あと自分が音楽史を用いてこの前話せなかったのも樋口裕一への嫌い、怒りの感情で一気にメールを書いたからで冷静になれば自分も音楽史を用いて話せますので誤解されてます。自分は樋口裕一さんがもう一人嫌いな作曲家のプッチーニのファンでもあるので、樋口裕一さんとは対立してしまうの無理ないかもしれません。

投稿: 樋口裕一 、嫌い R.シュトラウス大嫌い!マーラー大好き集まれ | 2015年2月 2日 (月) 14時15分

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