METライブビューイング「マイスタージンガー」 レヴァインとフォレに圧倒された
銀座の東劇でMETライブビューイング「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を見た。
指揮はジェイムズ・レヴァイン。まず、私は第一幕への前奏で何度か感動の震えが走った。かつてのレヴァインの指揮は、もっとすっきりして風通しのよいものだったが、近年はよりドラマティックで深みのあるものになっている。心の奥底に達する音が響き渡る。第三幕でも何度鳥肌が立ったことか。まさしく大巨匠の風格。
演出はオットー・シェンクなので、きわめて写実的で台本に忠実。とりわけ第三幕第一場はまるでフェルメールの絵のような中世の室内。実に美しい。
歌手の中ではハンス・ザックスを歌うミヒャエル・フォレがあまりに素晴らしい。これまで私が実演に接してきた名歌手たち(シュトリュックマン、ロバート・ホル)にまったく引けを取らない。第三幕の歌唱は、ザックスの高潔さ、きれいごとだけではない人間性を存分に歌いあげて実に魅力的。第三幕になってもこれだけの余力を残していたことに驚いた。ドイツ芸術を称えるザックスの歌に深く納得した。伝説のザックス歌手の一人として歴史に残るのではないかと思った。
ヴァルターを歌うヨハン・ボータも魅力的な声。ただ、カウフマンやフォークトだったら、声だけでなく演出的にももっと感動的だっただろうとは思う。ベックメッサーのヨハネス・マルティン・クレンツレは芸達者で歌もしっかりしている。とてもいい歌手だと思った。エファを歌うアネッテ・ダッシュもチャーミング。ポークナーのハンス=ペーター・ケーニヒもまさに貫禄。ダフィトのポール・アップルビーとマグダレーネのカレン・カーギルはMETの若手育成プログラム出身らしいが、世界的なワーグナー歌手にまったく負けていない。
私は高校生のころからワーグナーに耽溺してきたが、そのころ、魂をふるわせていたのは「トリスタンとイゾルデ」ヤ「ワルキューレ」だった。「マイスタージンガー」はレコードで聴くだけではあまり面白くないと思っていた。30歳代になって実演を見たり、映像を見たりするようになってやっとこのオペラの魅力を理解した。改めて、このような最高レベルの上演を見ると、やはり本当に良くできたオペラだと思う。昔退屈に思えた場面(第二幕第一場、第三幕第一場)も、よく聴いてみると、繊細で起伏に富んだ音楽だということに気付く。
いやあ、METは本当にすごい。ただ、やはり6時間の長丁場には疲れた・・・。
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コメント
久しぶりに拝見したらお母上が倒れられてから、その後大分良くなられたとの記事を見て驚きホッと致しました。内容まではわからなくても、懐かしい教科書をお見せになった事自体効果的ではなかったでしょうか。
さて、僕はMLVにもご無沙汰しています。今回のマイスタージンガーも観ないと思いますけど、最近樋口先生と似た様な疲れを覚えました。
今週のNHK-Eテレの「クラシック音楽館」でN響定期ドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』演奏会形式上演ライヴはご覧になったか録画されましたでしょうか?僕はその公演を直接聴いた事もあり、とても楽しみにしながら観ました。
公演の時は3幕の後休憩がありました。ですのでテレビでも、4幕の前にN響のメンバーがステージに集合するところから流すだろうからその間にトイレに行こうと思っていました。
ところが、3幕が終わってほんの少し画面が真っ白になった後、もうペレアスとメリザンドが立っており、気ぜわしく4幕の前奏が始まりました。DVDプレイヤーどころか固定テレビも持っておらず、毎週日曜はネットカフェに泊まり込んで大河とクラシック音楽館を観ていますし、音楽を途中でほっぽり出してトイレに行く訳にはいきません。
ご存じとは思いますが、クラ館はオーケストラコンサートの放送がメインですから、オーケストラ音楽のファンが常連視聴者の中心になる筈ですね。そして日本のオーケストラ好きは、オペラを聞かない人がかなり多いと思います。ましてやペレアスは普段からオペラに接する事がない人には、大分・宮崎の方言でいえばよだきい事になる筈、それが間を空けて一息つかせる事もしないとなると、若い人でもだれるだろうと予想しましたところ…Twitterの#クラシック音楽館というハッシュタグ(コミュニティに近いと思って頂ければ)には「疲れた~」という呟きが続々入って来ました。僕もトイレとは別に、ペレアスは好きなオペラの一つだけど、一気喰いはやっぱりよだきいとぐったりしました。もちろん全曲終了と同時に、美しく哀しい余韻に浸る事なくトイレに駆け込みましたけど。
かなりの長文になりましてすみません。尚一度読み返してはみましたが、文章書きの専門家でいらっしゃる樋口先生からすれば相変わらず稚拙な文体と思います事をお詫び申し上げます。
投稿: 崎田幸一 | 2015年2月12日 (木) 22時06分
崎田幸一 様
コメントありがとうございます。母のことにつきましてお気遣いいただき、ありがとうございます。
「ペレアスとメリザンド」は大好きなオペラです。私にとって一番好きなフランスオペラです。フランス文学を勉強している頃は、このオペラの所々の台本をそらんじていました。もちろん、デュトワの放送は録画しましたが、まだ見ておりません。
時間の関係で、無意味に長い休憩があったり、休憩がなかったりしますね。疲れを感じますが、やむを得ないのでしょう。
そういえば、その昔、私が初めて「マイスタージンガー」の映像を見たのは、紀伊國屋ホールでまったく休憩なし、字幕なしのヴァージョンでした。レオポルト・ルートヴィヒ指揮、ジョルジョ・トッツィがザックスを歌うハンブルクの上演の記録です。私はまだ20歳そこそこでしたが、ただただ尻が痛く、途中、トイレに行きたくなったのを覚えています。それまでレコードでした聞いたことがありませんでしたので、ともあれ雰囲気がわかって、「なるほど、こんなものか!」と思いました。
投稿: 樋口裕一 | 2015年2月14日 (土) 08時53分
樋口先生
ごぶさたしております。久しぶりにコメントさせていただきます。私も以前ですが、METのマイスタージンガーをライブビューイングで観ました。METは昨今のドイツ系のように私のような者にとっては難解な演出があまりないせいか、変な緊張感なく安心して超一流を堪能する事ができます。オペラのライブビューイングは歌手の細かい表情も観る事ができますし、私には字幕も正直助かりますし、インターミッションでのインタビューや解説なども非常に面白く、生で観るのとはまたちがった楽しみがあります。ただ、生では疲れないのに映画では疲れるのは、やはりスピーカーからの電気を通した音のせいではないかと思います。
ところで、ROHもお好きかと思いますが、このごろROHを「中継」しているのをごぞんじでしょうか。私は先日、TOHOシネマでカウフマンがタイトルロールのアンドレアシェニエを観て参りました。それはそれはすばらしい舞台でした。オペラであることなどすっかり忘れてしまうほどドラマに引き込まれ、シェニエとマッダレーナがあの二重唱で堂々と断頭台へ向かった後、ああこれはオペラだったか!と我に返るほどでした。マッダレーナはMETのワルキューレでもカウフマンのジークムントでジークリンデ役を演ったウェストブルックという黄金コンビでした。インターミッションでの特典映像はパッパーノによる作品解説や、リハーサル風景が圧巻でした。
面白いのは、中継ですから上映中にプレゼンターが世界中のオーディエンスにツイッターを#RohShenirで送るよう案内し、世界中からのツイッターが画面に流れ、幕間でその質問にカウフマンがその場で答えるというアイデア。私もノって幕間に2つ3つTweetを送ってみました。後から知るにそれは前日のコヴェントガーデンからの「中継」だったのですが、まあすごい時代になったものです。
METの新作ライブビューイングは上映から10日後ですが、ROHは翌日なんですね。
2/25はターフェルのオランダ人です。こちらも観に行くつもりです。
http://t-joy.net/roh_2014/
終了後もまったく興奮がさめず3,600円で非常に得をした思いをしましたが、1夜限りの上映なのにガラガラの映画館、その点複雑な心境でした。
投稿: Tamaki | 2015年2月16日 (月) 22時46分
Tamaki 様
コメント、ありがとうございます。
「オランダ人」のライブビューイング、広告をどこかで見た覚えはあったのですが、きちんと把握していませんでした。情報、ありがとうございました。行けるかどうか調整中です。
「アンドレア・シェニエ」、きっと素晴らしかったでしょうね。
投稿: 樋口裕一 | 2015年2月22日 (日) 11時36分