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マレク・ヤノフスキ+N響の「ワルキューレ」は歴史的名演だった!

201544日、東京文化会館で、東京・春・音楽祭のコンサート形式による「ワルキューレ」を聴いた。指揮はマレク・ヤノフスキ。NHK交響楽団。歴史的名演だと思った。

ともかくすべてがものすごい。第一幕の冒頭のオーケストラの音にまず驚いた。ゲストコンサートマスターのライナー・キュッヒルの功績かもしれない。N響がウィーンフィルに引けを取らないような音を出している。冒頭だけでなく、それが最後までずっと続いた。N響の実力たるやすさまじいものがあると改めて思った。勢いがあり、美しく、しかも深みがある。管楽器も弦楽器も素晴らしい。ヤノフスキのタクトにぴったりとついてスケールが大きく起伏あるドラマを作り上げる。引き締まって、音の一つ一つの音が息づいている。

歌手もみんながすごい。まず第一幕に圧倒された。ジークムントはロバート・ディーン・スミス。ひところほどの声の威力はないが、見事なジークムント。ジークリンデはワルトラウト・マイヤー。私は彼女の声を聴いてから20年以上たつと思うが、声も容姿もまったく衰えていない。それどころか表現力が増して、すさまじい迫力。まさしくジークリンデの可憐ではかなげで、しかも芯の強い女性を表現している。フンディングは韓国人歌手のシム・インスン。ふてぶてしくも深く美しい声で、底力がある。韓国からは次々と素晴らしいワグネリアン歌手が出てくる。日本人の私にしてみれば、これはかなりうらやましい。

第二幕はもっとすごかった。ヴォ―タンのエギルス・シリンスは若々しくも気品のある声。新国立の「パルジファル」でアンフォルタスを歌った歌手。これからはバイロイトでもヴォータンを歌うようになるだろう。若い歌手だと思うが、のびやかに自在に歌う。ブリュンヒルデのキャサリン・フォスターもまったく不足はない。きれいな伸びのある美声で強靭に歌う。そして何よりも圧倒されたのがフリッカを歌うエリーザベト・クールマンだった。私は2012年にウィーン国立歌劇場公演のグルベローヴァの歌った「アンナ・ボレーナ」でスメトン役を歌ったのを聴いたことがあった(家に帰って自分のパソコンを検索してみて気づいた)が、これほどすさまじい歌手だった記憶はない。その後、著しい成長を見せたのかもしれない。声に迫力があるだけでなく、フリッカらしい威厳もあり、歌唱に確信があふれている。図抜けた歌手たちの中でもとりわけ図抜けていた。

第三幕になって日本人歌手たちがワルキューレとして登場。8人すべてが素晴らしい。そして、もちろんブリュンヒルデとヴォータンの最後のかけあいは言葉をなくすすごさ。

私はそれぞれの幕の後半はすべて感動の涙を流しながら聴いていた。とりわけ第3幕の後半は感動の嗚咽を必死にこらえていた。コンサート形式だが、音楽そのものが雄弁なので舞台がなく手も十分に感動する。近年のバイロイトのような読み替え演出によって音楽の邪魔をされるよりはずっと音楽に集中できる。

これ以上の感動を覚えたことは近年なかったような気がする。心の底から感動し、音楽に陶酔した。感動に震えっぱなしだった。こんな時間を過ごすことができて本当に幸せだった。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

樋口先生、こんばんは。

なにより歌手陣が最高でしたね。スミスもフォスターも、海外で聴いた時よりはるかにコンディションがGOOD。そして、なんといってもマイヤー!大歌手!演奏会形式でも抜群の演技です。彼女に大大喝采を送った聴衆もNICE!

ヤノフスキの指揮は、歌手に配慮した手堅い職人風のもので、ややオケを抑えめにしているのが気になりました。ノートゥングを抜いた後のジークムントを支えるリズムの活力のないこと!あんなティンパニではダメです。叩いている意味がまるでない。ただし、一幕の「ヴェールゼー」の物凄い弦楽器にはびっくりしましたが。

三幕の「ヴォータンの告別」も、まあテンポが速い速い。何をそんなに急ぐのか?彼の設計が、ラストのピアニッシモを頂点としていたのは明らかでしたが、聴かせどころなんでねぇ笑

総じて「ラインの黄金」ではプラスに働いた面が、今回はすべて裏目に出たという感じです。残り2作。ヤノフスキのドライなスタイルがより複雑・巨大化するオーケストレーションに堪えうるのか、個人的にはかなりの懸念事項だと思っています。

蛇足ながら…三幕頭のワルキューレは大問題。声は飛ばないし、がなるし、アンサンブルは悪いし。ワルキューレ随一の華やかな場面が、声楽の練習場になってしまいました。大歌手を前に批評するのは酷というものか。でも、昨年のラインの乙女たちは素晴らしかったです。

投稿: ねこまる | 2015年4月 5日 (日) 17時54分

ねこまる様
コメント、ありがとうございます。
なかなか厳しいご意見ですね。私は心の底から感動して聴いていたのですが。もちろん、数か所、乱れや声の疲れは感じましたが、ライブではこのくらいの瑕疵は目をつむりたいと思ったのでした。
おっしゃる通り、「ヴォータンの告別」の場面は、実にテンポが速かったですね。が、私は若々しいヴォータンとして納得して聴きました。官能性には欠けますが、私はヤノフスキのドライでクリアでドラマティックな音楽が大好きです。
そうですか、8人のワルキューレ、ご不満でしたか。私はむしろレベルの高さを頼もしく思ったのでした。まったくの素人である私の耳では、欠点を聴きとれなかったのかもしれません。
マイヤーのすごさは本当におっしゃる通りです。90年代、バイロイトの2列目中央の席で、まさしく2、3メートル先で歌う彼女の「愛の死」を聴いて、天にも昇る心持だったのを思いだします。その時と、まったく同じと思えるような声でした。
これからの2作につきましては、私にとりましては、録音で聴く限り私には良さのわからないランス・ライアンという歌手がジークフリートを歌うであろう点が、最も大きな懸念事項です。

投稿: 樋口裕一 | 2015年4月 6日 (月) 09時13分

全く同感です。私も4/4に聞いていましたが、期待を大幅に上回っていました。ひとつだけ残念だったのが、3幕終盤で「ああ、もう終わってしまうのか。。。」と。この感動が永遠に続いてくれたら、という思いがあったことです。
来年の「ジークフリート」再来年の「神々の黄昏」も期待できますね。ライアンは好き嫌いがあるかもしれませんが、どうなるかも大きな楽しみの一つです。
今から待ちきれないです!

投稿: shimapyon | 2015年4月 7日 (火) 19時01分

樋口先生
ご無沙汰しています。今日7日ワルキューレを見てきました。評判を聞いて期待が膨らませ行ってきましたが、さらに期待を上回る素晴らしさでした。帰って先生のブログを見、その通り、その通りと納得です。
コンサート形式の方がストーリーが身に迫り、感情移入が深まってしまうということも初めての経験をしました。音が止んでから、長い静寂の時間も良いものでした。
上演時間が前回よりも各幕とも5分ずつ長く表示されていたようです。


投稿: Nakajima | 2015年4月 7日 (火) 22時00分

shimapyon 様
コメント、ありがとうございます。そうですね、私も第三幕が終わって感動が終わってしまうことをとても残念に思いました。
実演を聴いたらライアンはすごかった・・・ということになればよいんですが。

投稿: 樋口裕一 | 2015年4月 9日 (木) 08時22分

Nakajima様
コメント、ありがとうございます。
コンサート形式なのに、いやそうであるだけに余計に音楽に没入し、登場人物に一体化できるというのに、私は今回初めて気づきました。かつて、一度も映像も舞台も見たことがないまま、レコードで「ワルキューレ」や「トリスタン」や「ばらの騎士」や「サロメ」を聴いていたころ(半世紀近く前のことです)を思いだしました。

投稿: 樋口裕一 | 2015年4月 9日 (木) 08時26分

遅まきながら、樋口先生のこのページに行きあたりました。あのワルキューレを絶賛されていたので、賛意を表したく、まかりいでました。
4月7日に聞きました。定年を迎えて以来、平日マチネー公演が行きやすくなっております。昨年のラインの黄金がほとんど記憶に残っていなかったので、あまり期待もせずに出かけたところが、まず驚いたのが配役です。ジークリンデが「代役」でマイヤーが歌うというのでびっくりです。他の歌手はまったく知らない人ばかりでした。
オケのメンバーが舞台に現れたときに拍手が起こり、はて何だろうと見たらキュッヘルさんがを歩いていました。何だか気分がいいです。そのせいかオーケストラは冒頭よりパワー全開、前奏曲から今後の展開が期待できるような響きでした。歌手もすばらしく、1幕が終わったときには、もうこれで帰っても十分満足!といった心境になったものです。2幕のフリッカは樋口先生の言われるとおりすばらしかったです。記録をみれば、昨年はエルダで出ていたようですね。
3幕3場はワグナー好きにはたまらない部分です。ヴォータンの告別を聞きながら私も涙が出てきて困りました。鼻水があふれ、呼吸が苦しくなりながらも感動して聞き終えるという鑑賞になりました。演奏会形式は、変な舞台を見せられるよりは余程いいものです。そして曲が終わったあと、指揮者が棒を下すまでシーンとした沈黙が流れていました。最近の東京の聴衆は実に洗練されています。曲の終りを知っているとばかりの独りよがりのフライング拍手は本当に少なくなりました。
ワルキューレ達を除く主役級の歌手は、フンディングを除いて全員暗譜でした。あの複雑なスコアと言葉をすべて覚えているのですから、プロとはすごいものだと感心したものです。もちろんフンディングがダメだというのではありません。あの韓国人バスもすばらしい声の持ち主でした。
遅まきながらの一筆啓上でした。

投稿: ル・コンシェ | 2015年4月15日 (水) 15時23分

ル・コンシェ 様
コメント、ありがとうございます。
私とまったく同じような感動を味わわれたようですね。とてもうれしいことです。
それにしても、マイヤーの素晴らしさ。かつての映像の色気あふれるクンドリーを演じたときと同じように美しく、しかもジークリンデらしい可愛らしさもありました。もっとずっと歌ってほしいものです。

投稿: 樋口裕一 | 2015年4月16日 (木) 08時33分

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