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「ばらの騎士」の冒頭のオクタヴィアンの台詞について

 昨日、新国立劇場でみた「ばらの騎士」。とてもよかった。まだ、うっとりしている。

 ただ、字幕について不満があった。少しそれについて書かせてもらう。

第一幕冒頭、オクタヴィアンの最初の台詞の日本語訳について、私はいつも不満に思っている。きっとドイツ語のできる人は意味を理解しながらニヤリとしているのだろう。だが、もう少しわかる訳にしてほしいと思う。なんてったって、冒頭なのだから!

 昨日の公演での日本語訳がどのようなものであったのか、正確には覚えていない。「オペラ対訳プロジェクト」( http://www31.atwiki.jp/oper/pages/1542.html)では以下のようになっているが、昨日の公演での日本語訳も大差なかったように思う。

 

 オクタヴィアン

Wie du warst! Wie du bist! Das weiß niemand, das ahnt keiner!

あなたがどんなだったか!あなたがどんなか!一人として知らない、誰にも思いもつきもしないんだ!

 

元帥夫人

Beklagt Er sich über das, Quinquin? Möcht’ Er, dass viele das wüssten?

文句がおあり?カンカン?皆が私がどんなか知っていた方がよろしくて?

 

 実を言うと、私も長い間、最初のやりとりがどのような意味を持つのか理解できずにいた。何しろ、最初に対訳を読みながらレコードを聴いた(男女の対話になっているのに、聞こえてくるのは女性の声ばかりなので、レコードの表示が間違えているのではないかと焦った!)のは中学3年生のころ。このセリフに含まれる意味がわかるはずもなかった。その後、特に台詞の意味を気にせずに音楽に夢中になっていた。中学生のころからドイツ音楽ばかり聴いていたのに、高校時代にサルトル、カミュ、ヌーヴォー・ロマンに夢中になってドイツ語でなくフランス語を選択してしまったので、ドイツ語もできない。

 私がこの場面の意味に気付いたのは、フランス語字幕でDVDを見た時だった気がする(今でも英語よりはフランス語のほうが理解できるので、DVDなどでオペラを見るとき、日本語字幕がない場合にはフランス語字幕を呼びだす)。

「あなたがどんなだったか!あなたがどんなか!」とは、「以前のあなたがどうであったか、そして、今のあなたがどうであるか」という意味なのだ。もっと意訳するとこういうことだ。

 

オクタヴィアン

さっきのあなたはあれほど乱れていた。それに対して、今のあなたはこんなにしとやかそうだ。夜のあなたと朝になってからのあなたにこれほどの差があることをだれも知らない。誰もそんなことを考えてもみない。

 

元帥夫人

それに不満でもあるの? それともあなたは、私がさっきのように夜に乱れることを、みんなに知ってほしいとでもいうの?

 

これに気付いてから、前奏曲の意味も、その後のふたりのやり取りの意味もやっとわかるようになった。もちろん、前奏曲は男女の営みそのものを描いている。冒頭の台詞に続くオクタヴィアンの台詞も男女の営みを念頭において語られたものだ。「あなたと僕」について語る部分はもちろん「トリスタンとイゾルデ」のパロディだが、ワーグナーにおいては形而上学的だった「und」という単語を、まさしく形而下的に即物的にとらえ返しているわけだ。

そして、その形而下性、反形而上学性が「ばらの騎士」の最大の魅力であり、その音楽史的な意義だと私は考えている。

昨日の公演での日本語訳では、このことはまったく伝わらなかったと思う。

それに、オクタヴィアンが「僕は昼が嫌いだ」と叫ぶ部分も、「昼」と訳すのに違和感がある。もちろん、この台詞は「夜」と対比されて、太陽の出ている時間帯のことを言っている。だが、日本語で「昼」というと、どうしても「朝」と対比されて「午後」の意味になってしまう。むしろ「僕は朝が嫌いだ」と訳すほうが意味は伝わりやすいと思う。

で、意訳しすぎず、しかも十分に意味がわかるように、冒頭部分を訳すとすれば、私ならこうするだろう。

 

オクタヴィアン

さっきのあなたと今のあなた。どれほど違うかだれも知らない。想像もしてみない。

 

元帥夫人

 あら、不平でもあるの。それとも、みんなに知ってほしいの。

 

 きっと私がここに書いたことは、ドイツ語を話す人はみんな理解しているのだと思う。が、それについて触れた文章がないので、ここに書かせていただいた。たぶん、私のここに書いたことに間違いはないと思うのだが・・・。

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コメント

樋口先生

ご無沙汰しています。ばらの騎士を来週見に行きます。何回見ても楽しめるオペラですが、ブログを拝見して更に期待を高めています。
オペラの台詞の字幕には大変お世話になる身ですが、時々原語では何と言っているのか知りたくなることがあります。もちろん原語がわからないから字幕を見るのですが。今回説明いただき、とてもよく分かりました。
改めて字幕という制限の中で翻訳する事の難しさを感じます。しかし頼りになるのは字幕だけなのでなるべく的確に意訳して欲しいものですね。

投稿: 中島 | 2015年6月 1日 (月) 18時43分

中島 様
ご無沙汰しております。
コメント、ありがとうございます。
あの字数の中にわかりやすく、しかも、音楽の表情とずれないように字幕を作るのは大変なご苦労だと思います。が、短い字数であるがゆえに、少しは思いきった意訳が必要だろうと思います。ヨーロッパ言語同士であれば、直訳でも通じやすいと思うのですが、日本語の場合には、文化そのものがあまりに異なりますからね。
ぜひまたご意見をお聞かせください。

投稿: 樋口裕一 | 2015年6月 2日 (火) 08時23分

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