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河瀬監督の映画「あん」に涙を流した

 河瀨直美監督の最新作「あん」を見た。素晴らしい映画だった。

 樹木希林が演じる徳江があんこを作るシーン(その時点ではまだ徳江がハンセン氏病患者だとはわかっていない)があまりに美しい。私はその場面だけですでに涙を流しそうになった。収穫されたものに命を感じ、それと会話し、命を慈しみ、小豆を煮るという日本人が歴史的に日常の中で行ってきた行為によって、日本人の持っている歴史とつながる・・・その姿を樹木希林はあずきを煮るだけの行為によって伝えてくれた。なんと凄い女優だろう。そして、それを演出する河瀬監督の凄さ。

 小さなどら焼き屋を営む過去ある男(永瀬正敏)のもとに、アルバイトをしたいという高齢の女性、徳江が現れる。初めは断るが、徳江の作るあんこのおいしさのゆえに仕事を任せるようになる。あんこのおいしさのために店は繁盛するが、徳江がハンセン氏病患者だということが知られて、客足は途絶える。仕事をやめざるを得なかった徳江は療養所に戻って肺炎で世を去る。

 もちろんこれはハンセン氏病への無理解を告発するだけの映画ではない。ハンセン氏病であるがゆえに文明から取り残され、社会に出ることを禁じられ、自分らしく生きることを制限された人々が、そうであるがゆえに自然と結びつき、逆境の中の人々の昔ながらの生活につながっている様子を、河瀬監督は一年間の木々の周期と合わせて描く。

 樹木希林の孫である内田伽羅が、徳江を慕うどら焼き屋の常連の中学生を演じている。徳江と顔だちの似た少女がかつての徳江と同じようにどら焼き屋を支えていく姿に、姿を少しずつ変えながらたくましく続いていく自然のありさまが重なり合う。

 それにしても、河瀬監督の描く自然のなんと美しいこと。木々が神秘的な生命を帯び、悠久の年月を経て未来へとつながっていく。

 この映画はドリアン助川の原作に基づいているという。そのためだろう。河瀨映画としては説明的な部分が多く、作り話的な要素もある。私としては、徳江の声がテープに残されているあたりに作為性を感じないでもない。だが、河瀨映画の魅力にあふれている。療養所に戻った徳江の語りは涙なしに見ることができなかった。

 永瀬正敏も市原悦子も水野美紀も浅田美代子も、実にいい味を出している。どら焼きやの常連の中学生たちも実に魅力的。いつもの河瀨映画と同じように、作り物とは思えない自然な会話に驚く。

 河瀬監督の映画は観客を選ぶところがある。「二つ目の窓」を私は大傑作だと思い、心の底から感動したが、私はどうやら少数派のようだ。が、今回の「あん」は、間違いなく多くの人に受け入れられると思う。話題になっているので満員かと思って新宿の武蔵野館に足を運んだのだが、思いのほか客が少なかった。もっと多くの人に見てほしい映画だ。

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コメント

樋口裕一様
 私も「あん」見ました。約2週間前、銀座のシネスイッチでしたが、平日の午後にもかかわらず、完全満席でした。珍しく数人の方が最後尾で立ち見でした。
 映画も、しみじみとして、きめの細かい良い作品でした。

投稿: 澁谷直明 | 2015年6月25日 (木) 09時43分

澁谷直明 様
コメント、ありがとうございます。
そうですか。満席でしたか。私が見た時に空席が目立ったのは、封切後、かなり立ってからだったせいかもしれません。
いずれにせよ、多くの方に見ていただきたいものです。

投稿: 樋口裕一 | 2015年6月26日 (金) 09時25分

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