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ハンガリー国立の「セビリアの理髪師」は、バルチェッローナはもちろん、ほかの歌手も素晴らしかった

 2015620日、東京文化会館でハンガリー国立歌劇場公演、ロッシーニの「セビリアの理髪師」(これまで私は「セヴィリアの理髪師」という表記をとってきたが、今回はプログラムに合わせる)をみた。とても楽しかった。歌手のレベルはかなり高い。私はダニエラ・バルチェッローナを目当てに出かけたのだったが、ほかの歌手たちも決して引けを取ってはいなかった。

 とはいえ、やはりバルチェッローナは素晴らしい。視覚的にはロジーナにしては大柄すぎるが、演技がチャーミングで、声の威力も歌い回しも理想的。アジリータはとりわけ見事。最初のアリア「今の歌が声は」は少し抑え気味だったが、徐々に本領を発揮した。バルチェッローナを初めてなまで聴いて幸せだった。

 フィガロを歌うのは東洋系のアルド・ホ。バルチェッローナの肩くらいしかないほど小柄だが、すばっしっこいフィガロの雰囲気が出てなかなかよろしい。声も演技も西洋人にまったく負けない。バジリオのゲーザ・ガーボルは深くて強い美声。得体の知れないこの役をうまく演じている。アルマヴィーヴァ伯爵のゾルタン・メジェシもきれいな声で張りがある。バルトロのヨゼフ・ベンツィも芸達者でアジリータもなかなか。ベルタを歌うアニコー・バコニはかなり若くてきれいな女性。清純な声でとてもチャーミングな歌だった。

 オリジナル版の演出はアンドラーシュ・ベーケーシュ、リニューアル版がバラージュ・コヴァリクとのこと。ロジーナが監禁されていることを強調した演出といってよいだろう。ただし、そうであるにもかかわらず、ロジーナが決して一筋縄ではいかない女性であることもあちこちで示している。いろいろと遊びが入る(たとえば、「ありがとう」「わかった」などの日本語の台詞)が、笑いを高めるにはこうした小細工も大事だと思う。

 指揮のイシュトヴァーン・デーネシュについては、特に秀でたものを感じなかった。もっと生き生きとしてほしいとしばしば思った。うまくオーケストラを統率していると思うが、それ以上の感銘は受けなかった。

 かなり驚いたのは、オーケストラにピアノ(休憩中に確かめたら、電子ピアノだった)の音が混じっていたことだ。レチタティーヴォも、チェンバロではなくピアノで伴奏されるが、聴き慣れたメロディとは異なる。アリアや重唱の間もオーケストラに混じってピアノの音が聞こえる。もしかして、指揮者がピアノも演奏していたのだろうか? 私の席からは見えなかった。ピアノが混じることに特に違和感があったわけではないが、これまでこのようなヴァージョンを聞いたことがなかったので、ともかく驚いたのだった。このようなヴァージョンが上演されているのだろうか?

 ともあれロッシーニは楽しい。ハンガリー国立歌劇場という、西洋の中心から離れた歌劇場の出しものなので、実はあまり期待しないで出かけたのだった。バルチェッローナだけが図抜けていて、ほかはまずまずで、そこそこのロッシーニをみせてくれるのだろうと思っていた。が、どうしてどうして。心の底から楽しむことができ、しばしば感動した。「ロッシーニは最高に楽しい!」と改めて思った。

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