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カウフマンの「冬の旅」に魅了された

 201561日、ミューザ川崎シンフォニーホールで、ヨナス・カウフマンの「冬の旅」を聴いた。ピアノ伴奏はヘルムート・ドイチェ。言葉をなくす凄さ。終演後、ほぼ客は総立ちになった(ただし、最前列の女性たちが一斉に立ちあがったので、その後ろの人たちも否応なく立ち上がったという感じではあった)が、確かに、そうなってしかるべき演奏だった。

 まず、声が美しい。それだけでも歴代のあらゆるリート歌手を凌駕する。しかも、ダイナミックレンジがすごい。小さな声から大きな声まですべてを美しく響かせ、しかも、表現の幅が広い。とりわけ、ささやく声の美しさ、表現の巧みさに驚嘆する。ドラマティックに、そして悲しく、絶望感を漂わせ、青春の喜びや悲しみを言葉とメロディに含ませる。だが、それが少しもわざとらしくない。きわめて知的に構築しているが、それが嫌味に聞こえない。しかも、言うまでもないことだが、容姿がとびっきりいい。客の9割以上が女性だったが、これほど<いい男>なら、それも当然だろう。

「辻音楽師」はほとんど囁くように。もはや「歌」でなく、心のつぶやきになっている。しかも、そうでありながら、実に美しい。なるほど、この歌はこのような音楽だったのかと初めて納得した。

 ドイチェのピアノも最高に素晴らしい。しっかりと寄り添い、しかも主張するべきは主張し、ともにシューベルトの世界を作り上げていく。

 私はこれまでカウフマンの実演はザルツブルクの「カルメン」を見ただけ(映像は、10作以上見ているだろう)だったが、オペラだけでなく、リートにおいても、間違いなく現在の世界最高のテノールだとつくづく思った。今日は最高のリートを聴かせてもらった。

 今回は、昨年の10月に予定されていながら、カウフマンの都合でキャンセルになったリサイタルだった。そのせいか、空席が目立った。なんともったいないことだろう。しかも、実は私の席はダブルブッキングされており、私が席につこうとすると別の女性がすでに座っていた。チケットを見比べたら、まったく同じ席番号だった! 私の席だけでなく、周囲のいくつもの席で同じようなことが起こっているようだった。幸い、空席があったので、問題なく座ることができたが、満席だったら大変なことになっていただろう。

 実はシューベルトはどちらかというと嫌いな作曲家だった。が、これほどの「冬の旅」を聴くと、シューベルトの深い世界に納得せざるを得ない。シューベルトがこれほどの高みに達していたことに改めて驚嘆した。ものすごい説得力。ともあれ、大変幸せな時間を過ごすことができた。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

樋口先生もあの場にいらしたのですか。(意外にも)あの程度の客の入りだったのですから、探せばわかったかもしれませんね。
人気絶頂のカウフマンにして空席が目立ったのが不思議でした。キャンセル続きが嫌われた以上に、オネダンが高すぎたのではないかと思いました。
カウフマンはオペラ歌手として認識していましたが、リートであれだけ優れた歌唱を聴かせる人とは思いませんでした。しかしドイチェと長年コンビを組んでいるとのことですから、昔からリートも歌っていたのでしょう。そのドイチェがまずもって見事でした。ピアニストが誰かまで考えていなかったのですが、始まったらあまりに見事なので、思わずプログラムを見てドイチェとわかりました。
冬の旅を聞いたのはいつ以来でしょう。昔は夢中になって文字通り涙して聞いたものですが、青春もはるかに過ぎてあの世界から遠ざかっていました。久しぶりに聞いたカウフマンの歌唱は格調高く、端正でそして絶望ばかりではない若さと甘美さもたたえ、本当に素敵でした。
一緒に行った同僚はじめ、2チャンネルでも冷めた印象が多かったので、樋口先生の感想を窺い安心しました。
当日あれだけの拍手がありながら、ついにアンコールを歌わなかったのも見識と思います。気持としてはもっとカウフマンの歌声を聞いておきたかったところですが、辻音楽師の後に別の音楽は要りませんね。私も立ち上がって拍手し、満足して家路につきました。

投稿: ル・コンシェ | 2015年6月 5日 (金) 15時29分

ル・コンシェ 様
コメント、ありがとうございます。
あの場におられたんですね。ル・コンシェさんは男の方だろうと勝手に想像しているのですが、あの場におられた決して多くない男性のおひとりだったのでしょうか。
それにしても、本当に素晴らしいリサイタルでした。おっしゃる通り、ドイチェのピアノも本当によかったですね。カウフマンについては、私はこの言葉を使うのを忘れていましたが、おっしゃる通り、「格調高い」ですね。
アンコールをしなかったのは、二人の演奏者のあっぱれな見識だと思います。あの「辻音楽師」の後に、ほかの曲を演奏するなどあり得ないと思いました。実は私は大拍手をしながら「アンコールを歌わないでほしい」と願っていました。
あれだけの人数しか客がいなかったことは本当に残念ですが、個人的には、あの名演奏を聴けた少数の人間であることに言い知れぬ喜びを感じます。

投稿: 樋口裕一 | 2015年6月 6日 (土) 09時34分

樋口先生
私も昨年キャンセルになったチケットをにぎりしめ、サントリー、ミューザとも最前列の中央にて堪能いたしました。私は彼のオペラは何度も足を運んでいますが、リートはこれまで3回もキャンセルされ、海外のため振替公演にいけず、実は今回初めてリートを聴きましたが、おっしゃるとおりことばにならないほどすばらしい演奏でした。ドイツ人の彼にとっては歌い慣れた名曲とはいえ24曲をあれほどの細やかな表現で歌いこなすとは。サントリーホールでのBプログラムでは、リスト・パガニーニをはじめ、SONYから最近でたアルバムから君こそわが命などポピュラーな曲もふくめて5曲もアンコールを歌いました。余談ですが、サントリーホールではリストを歌っているとき震度4の地震がきましたが彼は一瞬目が泳ぎましたがそのまま歌いこなし、拍手のとき再度ガタガタと揺れましたので天井を見上げて怯えていました。ミューザの天井が震災で落ちたことをだれも彼に言わないといいなと思いました。

おっしゃるとおりダイナミックレンジがすごいカウフマンマジックですが、Fidelioの2幕冒頭でのGottはすごいです。ご承知のように今年のザルツブルクでウィーンフィル+ヴェルザーメストでカウフマンがフロレスタン、ヴェストブルックがレオノーレという黄金カードですが、私はチケットが取れませんでした。ザルツブルク音楽祭に問い合わせましたらキャンセル待ちが多く、当日ラッキーならチケットがとれるかもしれない、とのことでした。

投稿: Tamaki | 2015年6月 7日 (日) 22時49分

私も「冬の旅」のあと、アンコールがなかったのは本当によかったと思います。あの演奏の後に別な曲を歌えるとも思えないですし、なにか歌ったとしたら高級懐石フルコースのあとにケーキが出て来たようになってしまい、シューベルトがなかったことになってしまいそうです。

投稿: Tamaki | 2015年6月 7日 (日) 23時01分

再登場で失礼します。Tamakiさんのコメントがあまりに面白かったので、ついしゃしゃり出ました。
「高級懐石フルコースのあとのケーキ」とは言い得て妙でした。よく思いつきましたね。

投稿: ル・コンシェ | 2015年6月 8日 (月) 18時00分

ル・コンシェさま
おそれいります。お料理であれば、懐石の後のケーキでも「別腹」でいただくところなのですが・・・!

投稿: Tamaki | 2015年6月10日 (水) 22時51分

Tamaki 様
ル・コンシェ 様
コメント、ありがとうございます。
おっしゃる通りですね。私は、「バッハのマタイの最後の合唱の後、ベートーヴェンの第九の第四楽章の後に、アンコールがありえないのと同じように、カウフマンのこの冬の旅にアンコールはありえない」と思っていました。が、比喩として言うと、確かに、Tamakiの言われる通りだと思います。

投稿: 樋口裕一 | 2015年6月12日 (金) 08時20分

もう誰もこの欄を見ないかもしれませんが、樋口先生の書き込みで思い出したことがあり、どうしてもお便りしたくなりました。
第九交響曲のあとのアンコールについてです。これはご指摘を待つまでもなく、ありえません。しかしです。これがあったのです。しかもメジャーな演奏会でのことです。
1980年代初めのことでした。年末年始の休みに妻の実家(京都)に帰省したとき、朝比奈隆指揮大阪フィルの第九の切符が運よく手に入りました。12月31日の大みそかだったと思います。満員大入りの会場で終楽章が終わるや大拍手。小生はあまり気に入らなかったので少し白けておりましたが、何回かのカーテンコールのあと、朝比奈さんが指揮台に上って棒を振り上げました。びっくりしました。第九のあとにアンコール? ありえないと目を疑ったものです。そうして始まった音楽を聞いてなおびっくりです。「ほ~た~るのひか~り、、、」と合唱が歌い、ステージ上から「さようなら198×年」の看板と花吹雪です。
いくら大みそかとはいえ、これは紅白歌合戦ではありません。第九のあとに皆で歌う曲かと、なかば呆れてしまいました。と同時に、正直にいえば、これが大阪の文化なのか、東京では考えられないとも思ったものです。
35年も前の話です。今でもそうなのかはわかりません。

投稿: ル・コンシェ | 2015年6月21日 (日) 12時46分

ル・コンシェ様
コメント、ありがとうございます。
いつ、どのコンサートだったか忘れましたが、私も関西で、みんなで歌うタイプのアンコールに出会って戸惑ったことがあります。
そういえば、第九のアンコールとして第四楽章の最終部分が繰り返されたことは何度かありました。もっとも記憶に残っているのは、山田一雄指揮、東京芸大フィルの大分公演(1960年代です。大分市の文化会館で聴きました)でした。まさしく燃えさかる演奏に圧倒されたのを覚えています。

投稿: 樋口裕一 | 2015年6月23日 (火) 08時23分

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