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「ブルスキーノ氏」「イェヌーファ」「ばらの騎士」「フィエラブラス」の映像など

 

 2015824日、相模メモリアルパークに11年前に世を去った友人・北川正さんの墓参りにいった。共通の友人であったMさんが名古屋から上京するのに合わせて、この日にしたのだった。北川夫人にも同行していただいた。北川さんはボードレールやバタイユを研究するフランス文学者だったが、脳腫瘍のため50代の早すぎる死を迎えた。北川さんとの共訳で「苦悩の始まり」(新評論刊)というアフリカ小説を出したこともある。

 

私が親しくした友人の中で、最も破天荒で最も芸術家肌で最も愛すべき人物だった。そのあまりの独りよがりで非常識な言動のために、どれほど困らされたか。そして、周囲の人みんなが北川さんの言動に呆れながら、どれほど彼を愛していたか! 

 

墓参りの後、北川夫人、Mさんとともに食事をしながら、北川さんの思い出、現在抱えている共通の懸念(一人立ちできずにいる子ども、高齢になった親、自分の年金)などについて話した。ついでに言うと、私の両親は、815日に施設を移ったが、まだ新しい環境になじめない様子。少しでも早く慣れるように私の家族もたびたび顔を出しているが、高齢者が習慣を変えるのは難しいようだ。

 

 そんななか、一昨日(2015年8月25日)、やっと仕事が一段落した。今晩から次の仕事に移るが、その前に1日半ほどゆっくりした。また、オペラ映像を何本か見た。感想を書く。

 

 

 

 

 

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ロッシーニ「ブルスキーノ氏」
2012年 ペーザロ、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル (アッリーゴ・ガッザニーガによる批判校訂版)

 

 

 

 クラシカ・ジャパンで放送されたのと同じ映像。演出はテアトロ・ソテッラネオ。実に楽しい。観光客が次々と訪れるロッシーニ・ランドと呼ぶべきテーマパークで繰り広げられる。原作の古めかしい時代設定を現代的にしようという工夫だろう。このストーリーでは、登場人物を現代の人間にするのは難しい。いくらなんでも現代人であれば、他人になり替わって結婚するなどあり得ないから。そこでこのような方法を取ったのだろう。それはそれで色合い豊かでおもしろい。少しも違和感はない。

 

 歌手はみんな素晴らしい。とりわけ、ブルスキーノのロベルト・デ・カンディアとガウンデンツィオのカルロ・レポーレが芸達者で歌唱も切れがいい。ソフィーアのマリア・アレイダも美しい声。フロルヴィッレのデイヴィッド・アレグレットもとぼけた味わいのある風貌と歌。ロッシーニ交響楽団はとてもいい。指揮のダニエーレ・ルスティオーニも切れがよくてうきうき感がある。若い将来有望の指揮者だということだが、その通りだと思う。ただ、前半、少し歌手との音のズレを感じた。

 

 

 

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ヤナーチェク「イェヌーファ」
2014年 ベルリン・ドイツ・オペラ

 

 ここ数か月、ロッシーニのオペラ映像ばかりをみていた。私はロッシーニ初心者なので、野球にたとえると、これまでは長いロードに出ていた気分。ヤナーチェクのオペラを見て久しぶりにホームグラウンドに戻った気がする。

 

 とてつもない演奏。オーケストラもさることながら、ドナルド・ラニクルズの指揮がいい。音は切れがよく、しかも表情豊かで豊穣。ぐいぐいと引き込み、心の奥底を鋭くも美しい音でかき乱す。これまでの演奏では聞こえなかった音も表情豊かに聞こえる。ただ、ローカル性が消えた感がなくもない。ヤナーチェク特有のイントネーションが薄まっている。その点が不満といえば不満だが、ないものねだりというべきだろう。ともあれ、これまでのこのオペラの映像の中では圧倒的といえるだろう。

 

 歌手陣は脇役を含めて全員が適役。これほどそろった映像はこれまでなかっただろう。

 

 コステルニチカ役のジェニファー・ラーモアが見事な歌と演技。強圧的な女性をリアルに演じている。第三幕の怯えや悲しみ、後悔、神への惧れが伝わる。イェヌーファを歌うのはミカエラ・カウネ。ハンサムな男性にひかれる清純な女性を歌う。これまた見事な歌唱。ラツァ役のヴィル・ハルトマンは生真面目な役を、シュテヴァ役のラディスラフ・エルグルは気の弱い見てくれだけの男を、この上なくリアルに描く。ラツァとステヴァはきっとこんな男たちだったのだろうと思わせるだけの説得力がある。そしてなんと、おばあさんの役を歌うのは往年の大歌手ハンナ・シュヴァルツ。バイロイトやベルリンでフリッカやヴァウトラウテを聞いた記憶がある。かなりの高齢だと思うが、しっかりと歌っている。

 

 演出はクリストフ・ロイ。現代の服装だが、閉塞感を強調して白い壁に囲まれた室内で物語が展開する。田舎の息苦しさ、それどころか生きることの息苦しさ、その中で必死に生きようとする命を感じる。これこそがヤナーチェクの魅力だろう。

 

 

 

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「ばらの騎士」
2004年 ザルツブルク祝祭大劇場

 

「ばらの騎士」は中学生のころから大好きなオペラ。よって、いよいよ本当にホームグラウンドに戻った気分で映像をみた。

 

 DVDを購入後、ネットを見ているうちに、かつて購入したDVDと同じ映像らしいことに気付いた。カバーが変わっているので、間違えて二度購入してしまった・・・と思いつつ見始めたら、まったく覚えがない。一度見たのにすっかり忘れたのか、それとも、購入しただけで見ないままになっていたか。念のため、古いDVDを探してみたが、見つからず。いよいよ謎が深まった! 購入したつもりになっていただけだったか?

 

 演奏はとてもいい。アドリアンヌ・ピエチョンカのマルシャリン、アンゲリカ・キルヒシュラーガーのオクタヴィアン、ミア・パーションのゾフィーは、いずれも容姿を含めて、これまで見た最高レベルの歌と演技だと思う。フランツ・ハヴラタのオックス、フランツ、グルントヘーバーのファニナルともに見事。歌手の役は、なんと若きベチャワではないか! セミョン・ビシュコフの指揮はきわめて濃厚。雄弁でドラマティック。ぞっとするほど美しいところがある。

 

 疑問に思うのは、ロバート・カーセン演出。第一幕は、オックスが軍服を着ていることを除けばそれほど意外には思わない。第二幕は全体が黒で統一され、照明も暗くて、まさしく漆黒の世界。ファニナルは武器商人という設定らしい。武器商人が軍の実力者オックスに取り入って娘のファニナルを使って、いっそう関係を強化しようとしている。背後には兵士たちが並ぶ。場面的には、「神々の黄昏」のハーゲン登場の場面を思い出す。第三幕は娼館に設定され、半裸で胸を出した女性たち、全裸の男性が次々と登場し性的な行為を行う。軍人たちが利用する娼館という設定なのだろう。ヴィスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」にこのような場面があったような気がする。最後、オクタヴィアンとゾフィーはベッドで戯れる。

 

 演出家の気持ちはわからないでもない。シュトラウスにはエロティックな面が強く、どす黒い部分もないではない。「サロメ」「エレクトラ」にそれが強く発揮されている。だが、こうすると、豪華でしゃれていて、ユーモアにあふれ、心の機微に触れ、人間存在の深みをさりげなく描いているというせっかくのこの「ばらの騎士」の魅力が台無しになってしまう。音楽は明らかに上品でしゃれているのに、舞台は扇情的で、かなり下品。「ばらの騎士」を愛する人間としては、十分に楽しめない。DVDで見るのはいいが、ザルツブルクまで行ってこれを見せられたら、きっと私は怒り出しただろうと思った。

 

 なお、音質・画質ともDVDはあまりよくない。BDにすればよかったのだろうか。

 

 

 

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シューベルト 「フィエラブラス」
2014年 ザルツブルク音楽祭

 

 昨年、ザルツブルクで実演を見たものの映像。実演を見て素晴らしいと思ったが、映像で見ても納得。メッツマッハーの指揮がいい。音が美しい。フィエラブラスのミヒャエル・シャーデ、カール王の ゲオルク・ツェッペンフェルト、ローラントのマルクス・ウェルバ、エギンハルトのベンジャミン・ベルンハイムはいずれも見事。が、それ以上に、エンマのユリア・クライターが素晴らしい。実演を見た時も、容姿も美しく声も最高だと思ったが、映像で見ると、容姿の美しさは想像以上。フロリンダのドロテア・レシュマンも実にいい。

 

 演出のペーター・シュタインはおとぎ話風。わかりやすい。ただ、改めてみたが、やはりオペラとしては、少なくとも私の趣味ではない。きれいな歌が続くが、ドラマティックな盛り上がりがない。シューベルトはオペラ作曲家ではないと改めて思った。

 

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まだロッシーニをみている 「ギヨーム・テル」「イタリアのトルコ人」「エルミオーネ」

 昨年の夏、ザルツブルク音楽祭を楽しみ、その後、パリに移動して休暇中の娘と合流して数日過ごした後、ヴェネツィアを訪れた。あれからほぼ1年しかたっていないなど考えられない。

1年前には義父は体調を崩していたものの、妻がしばしば病院を訪れて、不死身な姿を見せていた。九州に住む私の両親はまだ元気だった。ところが、義父は6月に世を去った。私の両親は大分県日田市で独立して生活することが困難になり、今年の1月に東京のサービス付き高齢者住宅に移転。そして、ついには、もっと介護度の高い施設に入らざるを得ない状況になって、8月15日、介護付き老人ホームに移転した。

8月に入ってからも、AO入試やオープンキャンパスなどの入試の仕事があり、両親の体調不良や移転に伴うあれこれの雑用があって、二度ほどコンサートの時間に間に合わなくなったり、8月に予定していた海外旅行もキャンセルしたりだった。原稿もほとんど捗らず、ただ焦るばかりの8月だったように思う。このブログもずっと更新する余裕がなかった。まだ両親は新しい施設に慣れず、心配事は絶えない。

といいつつ、相変わらずロッシーニのオペラ映像を何枚か見た。感想を書く。

 

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「ギヨーム・テル」 バート・ヴィルトバート・ロッシーニ音楽祭 2013年

私たちが「ウィリアム・テル」と呼んでいるオペラ。オリジナルのフランス語版なので、「ギヨーム・テル」ということになる。

ギヨームのアンドルー・フォスター=ウィリアムズとアルノールのマイケル・スパイアズが素晴らしい。フォスター=ウィリアムズは深いバリトンでギヨームにふさわしい。いかにもウィリアム・テル。スパイアズは、外見はあまり若者らしくないが、高音に威力がある。ワルテルとメルクタルの二役を歌うナウエル・ディ・ピエルロ、ゲスレルのラッファエーレ・ファッチョラもしっかりと役を演じている。マティルドのジュディス・ハワースは声がきれいだが、どうもフランス語に聞こえない。もともとの作曲のせいなのかもしれない。

歌手たちは総じてレベルが高い。ただギヨームの息子役のタラ・スタッフォードは、私にはあまりに音程が不安定に思えて聴くのがつらかった。

 ヨッヘン・シェーンレバーの演出は、このオペラを現代の南米の軍事政権への抵抗の物語のように描いている。ロッシーニの音楽も生き生きとしているので、現代劇にしても違和感を覚えない。指揮はアントニーノ・フォリアーニ。私は初めて名前を知った。かなり若い指揮者。序曲はもたつき気味に感じたが、徐々に調子が上がって、第三幕の群集場面は盛り上がってとても良かった。

 

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「イタリアのトルコ人」  
2002年 チューリヒ歌劇場

 

2002年の上演。大スターたちが共演する舞台。ルッジェーロ・ライモンディが元気な姿を見せてセリムを歌う。全盛時の輝かしさは少々失われてちょっと声がかすれ気味で、アジリータはちょっと苦しいが、とても楽しい歌を聞かせてくれる。フィオリッラはチェチーリア・バルトリ。歌唱については素晴らしいとしか言いようがない。弾力性のある声。そのほか、ドン・ジェローニオのパオロ・ルメツ、ザイーダのユーディト・シュミット、ドン・ナルチーゾのレイナルド・マシアス、詩人のオリヴァー・ウィドマー、アルバザールのワレリー・ツァリョーフはいずれもとても芸達者で歌唱もしっかりして、実に楽しい。

指揮はフランツ・ヴェルザー=メスト。最近流行のロッシーニ演奏とは少し違って、あまりバタバタしていない。まとまりのよいロッシーニ。ただ、もう少しわくわく感があってよいような気がする。演出は漫画的な色彩感で、わかりやすく楽しい。

 それにしても、このオペラそのものの台本作者が登場して狂言回しの役割をするというこのオペラの作りがおもしろい。まるでピランデッロ劇。ただ、男の立場としては、浮気女のフィオリッラにあまり感情移入できない。バルトーリの歌と演技もあまりに生々しくて、楽しい絵空事と思えない。

 

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「エルミオーネ」 ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル 2009年

少し前NHK・BSで放送されたと同じ映像。その時も素晴らしいと思ったが、改めて見て、実に素晴らしい。まず、音楽がいい。ロッシーニには珍しい情念と嫉妬が渦巻く悲劇だが、重苦しくなりすぎず、しかもドラマティック。ぐいぐいと引き込まれる。台本的としては、状況を読めずに突っ走るエルミオーネの愚かさに私は少々いらだつが、それを言っても仕方なかろう。NHK制作だとされているのに、日本語字幕がないのは残念。

エルミオーネのソーニャ・ガナッシが嫉妬に狂うさまを迫真の演技で歌う。ピッロに求められ、エルミオーネに嫉妬されながら、亡き夫への貞節を守ろうとするアンドローマカを歌うマリアンナ・ピッツォラートも高貴でしっかりした声。ピッロのグレゴリー・クンデは低音こそ少し苦しい部分があったが、張りのある美しい声で横恋慕する王を再現する。オレステのアントニーノ・シラグーザも独特の歌いまわしによって迫真の演技。脇役たちも見事。

そして、ロベルト・アバドの指揮がいい。満足。

 

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「ギョーム・テル」 2013年 ボローニャ・テアトロ・コムナーレ管弦楽団&合唱団 ペーザロ・ロッシーニ音楽祭

 クラシカ・ジャパンで放映されていたのと同じ映像。指揮のミケーレ・マリオッティが素晴らしい。序曲からして全力演奏。行進曲の切れのよさにまず圧倒される。序曲が終わったところで大喝采が起こるが、私が客だったとしても熱狂したことだろう。幕が上がってからも、躍動し生命にあふれ、ドラマティックで実に雄弁。

 歌手ではアルノルドのフアン・ディエゴ・フローレスの輝かしい歌とマティルデ役のマリーナ・レベカの美しくもしっかりとした歌唱が圧倒的。このレベカという歌手、私はMETライブビューイングの「ドン・ジョヴァンニ」のドンナ・アンナ役で見た記憶があるが、実に素晴らしい。第三幕冒頭のこの二人の二重唱はオーケストラ伴奏も含めて、その素晴らしさに心が震えた。

ギヨーム・テルのニコラ・アライモやテルの息子役のアマンダ・フォーサイス、妻のヴェロニカ・シメオーニ、悪役のルカ・ティットートもとてもいい。グレアム・ヴィックの演出は時代を近代(両大戦間?)に移してのもの。赤旗を振り、幕の終わりごとに赤地に握りしめたこぶしが描かれた旗が掲げられる。まるで戦後のソ連映画のようだが、音楽が素晴らしいだけに、いっそう説得力がある。

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またまたロッシーニのオペラ映像「セヴィリャの理髪師」「チェネレントラ」「結婚手形」「パルミラのアウレリアーノ」

 夏休みに入ったが、AO入試などの学務のためにほとんど毎日、大学に出ている。あまりの猛暑のために少々疲れるが、とはいえ、大学に出るのが短時間なので、帰宅後、原稿を書いたり、音楽を聴いたり本を読んだりする元気が残っている。そんなわけで、またロッシーニのオペラを何本か見た。ロッシーニのオペラは飽きない。

 

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「セヴィリャの理髪師」 英国ロイヤルオペラ 2009年 

改めて「セヴィリャの理髪師」の世界を堪能。ロッシーニのオペラはどれも楽しめるとはいえ、やはりこのオペラが圧倒的に素晴らしい。

最初に指揮のパッパーノが登場し、「ディドナートがリハーサル中に舞台から落ちて骨折したが、予告通り出演する。ただし、車椅子での出演になる」というアナウンスを行う。「私も車椅子での出演がどのようになるか見たくてたまらない」といって笑わせるところなど、さすがイギリスの劇場。そんなわけでロジーナが車椅子に乗って歌うという変則的な「セヴィリャの理髪師」が出来上がった。ディドナート好きの私としては、このようなディドナートを見られて、実にお得といったところ。

フィガロのピエトロ・スパニョーリ、ロジーナのジョイス・ディドナート、アルマヴィーヴァ伯爵のフアン・ディエゴ・フローレスは最強。スパニョーリは軽妙で明るく、声量豊か。ディドナートは最高の歌唱。華麗で愛くるしく声に輝きと張りがある。フローレスについては、ちょっと歌唱が荒く、時として音程が乱れがちになるが、声の輝きの張りがすさまじいので、小さな瑕疵などどうでもよくなる。

バルトロ役のアレッサンドロ・コルベッリ、バジリオ役のフェルッチョ・フルラネットもこれ以上考えられないほどの歌唱と演技。ベルタを歌うジェニファー・ライズ=デイヴィースも芸達者。愉快で音楽的にも充実した最高の舞台を作り出す。

アントニオ・パッパーノの指揮も勢いがあり、はっとさせるほど個性的で美しい音が随所に現れる。演出はパトリス・コーリエとモッシュ・ライザー。特に新しい視点はないが、わかりやすく、しかも楽しい。コヴェント・ガーデンのお客さんたちにも大うけしている。

 

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「チェネレントラ」バーリ、ペトルッツェッリ劇場 
2010

 決して悪い上演ではない。ロッシーニ特有の楽しさや躍動感はある。だが、ロイヤルオペラ、パッパーノ+ディドナートの「セヴィリャの理髪師」をみたあとでは、すべてが重たく、停滞気味に聞こえる。

 チェネレントラはホセ・マリア・ロ・モナコ。きれいな容姿だし、声も美しいのだが、歌の表現の幅が少し狭い。王子のマキシム・ミロノフも容姿は申し分ないが、声が少し不安定。二人の主役は容姿を重視しすぎの感がある。ダンディーニのロベルト・デ・カンディア、アリドーロのニコラ・ウリヴィエーリ、ドン・マニーフィコのパオロ・ボルドーニャはなかなか聞かせる。ただ、感動的に素晴らしいかというと、それほどでもない。

 指揮はエヴェリーノ・ピド。オーケストラの機能があまりよくないためもあって、貧弱な音となって、小気味よく決まらない。

 演出はダニエレ・アバド。現代劇に仕立て上げている。楽しい舞台だが、とくに大胆な解釈があるわけではない。

 

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「結婚手形」 バート・ヴィルトバート ヴィルトバート・ロッシーニ音楽祭 
2006年ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団

 ロッシーニの若書きのオペラを若手の歌手たちが歌う。初々しくて生き生きとしていてとても良い。大御所たちでは出せない軽やかさ。とびぬけた歌手はいないが、アンサンブルがよく、ともかく楽しい。とりわけ、ファンニ役のユリア・サムソノワ、トビア役のヴィト・プリアンテ、スルック役のジューリオ・マストロトターロがいい。もちろん、ほかの歌手たちもいい。

 指揮はクリストファー・フランクリン。生き生きとしていて大変満足。アンネッテ・ホルンバッハーの演出も簡素だが、私はまったく不満はない。現代の服装だが、特に違和感はない。チェンバロの伴奏が少し時代を感じさせるが、それはやむを得ないところだろう。

 

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「パルミラのアウレリアーノ」ペーザロ、ロッシーニ音楽祭 
2014

 少し前に、2011年のイトリアの谷音楽祭で上演されたこのオペラの映像を見たのだったが、今回見たペーザロのロッシーニ音楽祭のものとはレベル的にはかなり差がある。このペーザロの映像のほうがオーケストラも歌手も段違いに素晴らしい。

 とりわけ、アウレリアーノ役のマイケル・スパイレスが圧倒的な声と歌いまわし。英雄的な輝かしくも強靭な声。ゼノービアのジェシカ・プラットは美しく強い高音。ただ低音は少し不安定さを感じた。アルサーチェのレーナ・ベルキナはケルビーノを歌うのに適していそうな可憐でチャーミングな女性。健闘しているが、カストラート用に書かれた英雄の役をこの小柄な女性が演じるのには少し無理がある。プブリアのラファエッラ・ルピナッチもしっかりした声でなかなかいい。一人一人の声は素晴らしいのだが、重唱の部分で少し乱れを感じたのは残念。とはいえ、全体的に歌手陣はきわめて満足。

 ロッシーニ交響楽団はさすが。指揮のウィル・クラッチフィールドもとてもいい。序曲(「セヴィリアの理髪師」序曲と同じ曲)が始まった時、陰影を大げさにつけている気がして少し違和感を覚えたが、これは「セヴィリアの理髪師」のようなブッファではなく、シリアスなドラマなので、確かにこのような味付けも不自然ではないと、のちになって納得した。ドラマティックで味わい深い演奏になっていた。

 マリオ・マルトーネの演出も特に大胆な主張はないが、とても美しく、わかりやすい。あまりなじんでいないオペラの場合、このような演出がありがたい。ともあれ全体的に大変満足。素晴らしい上演だ。

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ロッシーニ・オペラの映像「試金石」「パルミラのアウレリアーノ」「セミラーミデ」「モーゼとファラオ」

 大学がやっと夏休みに入った。休み中もオープンキャンパスやAO入試のためにしばしば大学に顔を出さなければならないとはいえ、授業期間中に比べると、時間的な余裕ができた。書かなければならない原稿もたくさんあり、私的な雑用も多いが、時間を作ってロッシーニのオペラ映像をいくつかみた。感想を書く。

 

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「試金石」
2007年 マドリッド王立劇場

 色鮮やかでおしゃれな舞台。時代設定は現代。プールのある別荘で行われるブルジョワの騒動というところか。歌手たちはいずれも容姿もそろい芸達者。芝居としても実に楽しい。アスドルバーレ伯爵役のマルコ・ヴィンコは後半、少し声に疲れが出る感じだが、粋な役をうまく演じる。ヒロインのクラリーチェを歌うマリー=アンジュ・トドロヴィッチも、よく響くメゾで、歌いまわしもうまい。マクロービオのピエトロ・スパニョーリはとても伸びのある声で自在に歌う。そのほか、ジョコンドのラウル・ヒメネスもきれいな声。アスパージアのラウラ・ブリオリ、ドンナ・フルヴィアのパトリツィア・ビッチーレもコケティッシュで魅力的。

 指揮はアルベルト・ゼッダ。勢いがあり、楽しい演奏。いうことなし。ピエール・ルイージ・ピッツィによるおしゃれな演出も見事。楽しくてわくわくして、実に満足できる映像。

 

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「パルミラのアウレリアーノ」 
2011年 イトリアの谷音楽祭

 南イタリアで行われている音楽祭の映像。見るのも聞くのも初めてのオペラだが、「セヴィリアの理髪師」の序曲で始まり、この序曲の中のメロディがオペラの中に現れる。要するに、この「パルミラのアウレリアーノ」の序曲を後に「セヴィリアの理髪師」の序曲に転用したということだ。魅力的なメロディ満載で、とても美しい。

歌手はなかなかのレベル。アウレリアーノを歌うボグダン・ミハイが実にいい。若いテノールだが、声に張りがあるし、容姿もいい。アルサーチェを歌うカウンターテノールのフランコ・ファジョーリもはじめのうちこそ不安定だが、だんだんと声が伸びてくる。ゼノービアを歌うマリア・アレイダは、少し音程が不安定だが、声は美しい。

 ただ、イタリア国際管弦楽団という名のオーケストラがなんとも貧弱な音。ジャコモ・サグリパンティの指揮も、オーケストラをうまくコントロールしているとはいいがたい。オーケストラの性能のせいかもしれないが、もたつきぎみ。ティモシー・ネルソンの演出は現代を舞台にして、中東とヨーロッパの共存の理想を語ろうとする。

 

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「イギリス女王エリザベス」 1985年 トリノ王立劇場

「英国女王エリザベッタ」とも訳される。以前からタイトルだけはよく知っていた(なにしろ、「セヴィリアの理髪師」序曲はこのオペラの序曲を転用したことはよく知られている)が、実演はもちろん映像も初めて。

 1985年の映像。しかし、1950年代か60年代の隠しどりを思わせるような、かなり質の良くない録画と録音。本当に正規盤なのだろうか。

 とはいえ、演奏は素晴らしい。指揮のガブリエーレ・フェッロは、メリハリがあり、勢いがあって、とてもドラマティック。そして、エリザベッタのレッラ・クベルリが美しい声と可憐な姿で気品にあふれている。マルティルデのダニエラ・デッシーも若々しくて声が美しい。男声陣も負けていない。ライセスター役のアントニオ・サヴァスターノ、悪役のノーフォークを歌うロックウェル・ブレイクも強い声でロッシーニ特有の歌いまわしを堪能できる。

 物語はわかりやすいし、美しい音楽にあふれており、素晴らしいオペラだと思う。序曲をはじめ、私たちが「セヴィリアの理髪師」の中の音楽として知っているメロディがいくつかあらわれるが、言い換えればそれほど豊かな音楽にあふれているということ。もう少し音がよければもっと感動できるのだが、ときどき鑑賞に支障が出るほど音に難があるのが残念。

 

 

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「セミラーミデ」
2011年 フランダース歌劇場

このオペラについても小学生のころからタイトルと序曲は知っていた。が、全編を聴くのもみるのも、この映像が初めて。

「セミラーミデ」という美しい響きのタイトルであり、それが女性の名前だと知っていたので、シンデレラのようなけなげな女性の物語だとばかり思っていたが、まったく違った。夫を殺し、離れて育った実の息子にそうと知らずに横恋慕して権力をふるい、最後には息子に殺されてしまうバビロンの女王の物語。素晴らしいオペラだと思った。もっともっと上演されてしかるべきだ。軽妙なロッシーニではなく、激しく重く胸をえぐるロッシーニ。

ミルト・パパタナシウの歌うセミラーミデが、その細身で妖艶な姿と迫力ある歌唱で素晴らしい。生々しくドラマティック。イドレーノを歌うロバート・マクファーソンも太いバスの声が悪役ぶりを発揮して実にいい。英雄アルサーチェをメゾ・ソプラノのアン・ハレンベリが歌う。この人も堂にいっている。この三人の加わる二重唱はぞくぞくする。

 それにもまして素晴らしいのが、アルベルト・ゼッダの指揮。ドラマティックで鋭利で深い音を出す。しかも、生き生きとした情感を失わない。

 演出はナイジェル・ローリー。登場人物は全員、現代の服装。緑色を強調した美しい色調で、ドラマティックな雰囲気を高めるが、イドレーノがセーター姿で、多くの男性陣がスーツ姿である理由がよくわからなかった。

 が、ともあれ音楽とドラマに引き込まれて最後までどきどきしながらみた。

 

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「モーゼとファラオ」 
2003年 ミラノ・スカラ座公演 アルチンボルディ劇場

 ミラノ・スカラ座の公演(ただし、会場はアルチンボルディ劇場)だけあって歌手たちはすべてそろっている。2003年の映像なので、多くの歌手たちが若手だったのだろうが、今では大御所たち。モーゼ役のイルダール・アブドラザコフ、ファラオ役のアーウィン・シュロット、アメノフィス役のジュゼッペ・フィリアノーティ、シナイード役のソニア・ガナッシ、アナイ役のバルバラ・フリットリが最高の歌唱。とりわけ、フリットリの第四幕の歌には酔った。

 モーゼのエジプト脱出を題材にしている(「エジプトのモーゼ」の改作)が、ロッシーニ作曲だけあってあまり宗教臭くなく、ドラマとして楽しめる。ルカ・ロンコーニの演出もわかりやすく、スペクタクルをうまく織り込んで飽きさせない。リッカルド・ムーティの指揮もとてもダイナミック。

ただ、私はこのオペラを素晴らしいとは思えなかった。「セミラーミデ」のほうにずっとひかれた。

 

 

余談。

テレビ東京の昼に放映されていたアメリカのテレビドラマ「キャッスル 〰ミステリー作家は事件がお好き」はとてもおもしろかった。その後番組である「エレメンタリー ホームズ&ワトソンIN NY」が始まったので、初回を録画して、昨日みてみた。

現代のニューヨークでのホームズとワトソン(ただし、ルーシー・リューの演じる東洋系女性のワトソンという設定)の活躍を描く。私はどうもこのルーシー・リューという女優に魅力を感じることができない。ストーリー展開も少し無理があるかな?という印象を持ちながら見ていた。ワトソンがオペラを見に行く(NYシティ・オペラなのだろうか? 一度訪れたことはあるが、記憶にない)。よりによって「トリスタンとイゾルデ」の上演中、ホームズがおしかけ、席に割って入り、大声でワトソンに話しかけ、こともあろうに携帯電話を使って外部に電話をする!

私はこの時点でこのドラマをみるのをやめた。「トリスタンとイゾルデ」を邪魔するような人間に私は共感できない。女性ワトソンが、それにあまりあるような魅力的な女性ならまだしも、そうでもない。数回分録画していたのだが、それも消した。

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