ロイヤルオペラ公演「ドン・ジョヴァンニ」 素晴らしいがNHKホールは大きすぎる!
2015年9月17日、NHKホールで、ロイヤルオペラ公演「ドン・ジョヴァンニ」をみた。
もっとも強く感じたのは、モーツァルトのオペラのためには、NHKホールは大きすぎるということだった。ザルツブルク音楽祭で用いられるモーツァルト劇場は客席数1500程度。やはり、このくらいの容積であってほしい。NHKホールほどになると、オーケストラと歌手陣の間合いに緊密性(あるいは親密性)が薄れ、どうしても散漫になってしまう。・・興行という面を考えれば、これほどのメンバーを呼ぶには、NHKホールであらざるを得ないのかもしれないが。
モーツァルト劇場で見ていれば、これはどれほど素晴らしいのだろう・・・と思いつつみていた。そんなわけで、十分に素晴らしかったが、衝撃を受けるほどではなかった。
歌手陣は最高レベル。序曲の始まる前、責任者の方が登場し(通訳の方が舞台上で激しく転んだが、怪我はなかっただろうか?)、「ドン・オッターヴィオ役のヴィラゾンがのどを壊しているが、本日は期待に応えて歌う」という説明があった。異議のあろうはずがない。
そのヴィラゾン。高音で数回音が濁ったし、いかにも安全運転という感じだったが、全体的にはさすがというべき美声による丁寧な歌いまわし。引き付ける力を持っている。私は生で聴くのは二度目。最高のコンディションであればもっと輝かしい声だっただろう。
私はドン・ジョヴァンニを歌うのはイルデブランド・ダルカンジェロとドンナ・エルヴィーラを歌うジョイス・ディドナートがとりわけ素晴らしいと思った。ダルカンジェロはまさしくドン・ジョヴァンニそのもの。悪の魅力にあふれ、人間の強さと弱さをうまく表現できる。声も美しく声量も豊か。ディドナートも芯の強い声で内的なドラマを表現する。ただ、もう少し小さな劇場であれば、もっと細かいニュアンスまで聴きとれただろうと思った。昨年のザルツブルク音楽祭モーツァルト劇場でのダルカンジェロのドン・ジョヴァンニはそれはそれは凄まじかった!
レポレロのアレックス・エスポージトも声もいいし、動きも軽妙。すぐにドン・ジョヴァンニを歌うようになるだろう。ドンナ・アンナを歌うアルビナ・シャギムラトヴァもきれいな澄んだ声。ツェルリーナを歌うユリア・レージネヴァ(サハリン出身だとのこと。よくままあそんなところから、このような歌手が生まれたものだ!)はよく通る声が可憐でチャーミング。マゼットのマシュー・ローズ、騎士長のライモンド・アチェトも主役格にまったく負けない歌いぶり。
指揮はアントニオ・パッパーノ。ドラマティックで一つ一つの音に表情があって素晴らしい。ただ、前にも書いた通り、ところどころで歌手との間合いの悪さを感じたが、きっとそれはステージの広さによる散漫だったのだと思う。第二幕になってからは、間延びした時間はなくなった。
ちょっと違和感を覚えたのは、カスパー・ホルテンの演出。どういう仕掛けなのか知らないが、舞台上に映像が投影される。序曲の間は、手書きの女性の名前が次々に増えていく。ドン・ジョヴァンニがものにした女性の記録、要するに、レポレロが手にしている手帳のリスト(昔は「カタログ」と呼んでいたが)ということなのだろう。
その後、舞台上に建てられた二階建ての建物を中心に、その1、2階を行き来する形で話が進むが、その建物いっぱいに、落書きよろしくあれこれの映像や図が投影される。映像は派手な色彩の細密な模様になったり渦巻きになったり。昔、「サイケデリック」という言葉がはやったが、まさしくそのような色彩だった。サイケな舞台は、ドン・ジョヴァンニの煩悩にあふれた心的世界を表わしているのだろうが、そのおかげで、歌手たちが様々な色や形に紛れてしまい、私は歌手たちの大事な動きを見落としてしまった。音楽とも合致していないように思った。
最後、地獄落ちはしないで、ドン・ジョヴァンニはおびえたように舞台中央にうずくまる。要するに、愛を求め、救いを求めて女性をあさりまくったが、理想は得られず、絶望し、孤独に追いやられるしかなかったとのことだろう。
第一幕冒頭、ドンナ・アンナはドン・ジョヴァンニを自ら迎え入れているところが描かれる。近年、このような解釈が増えているが、やはりそうすると、どうしても「さらば」という言葉で、アンナが、父を殺した犯人がドン・ジョヴァンニだと気づく場面に矛盾が残る。矛盾を減らすような場面が挿入されていたが、少し無理があると思った。
とはいえ、世界でもめったにみられない高いレベルの上演だったのは間違いない。満足。
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