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ライブビューイング「ルル」 ふつうの女の悲劇?

 2016年118日、関東地方に大雪。午後は雪もやみ、都心では雪だまりもなくなっていたが、交通機関は乱れていた。夕方から東銀座の東劇でMETライブビューイング「ルル」をみた。客の入りが悪かったのは、そのせいもあるだろう。

 歌手陣に関しては、言葉をなくすほど圧倒された。なんといっても、ルルを歌うマルリース・ペーターセンの声の美しさ、歌いまわしの見事さ、演技のすさまじさ、そして美しい容姿。ほれぼれする。この難しい歌をまったく無理なく歌い上げる。ゲシュヴィッツ伯爵令嬢を歌うのはなんとスーザン・グラハム。おずおずとして一途な女性をうまく歌って、演技も素晴らしい。私の大好きな歌手の一人だ。シェーン博士と切り裂きジャックを歌うのはヨハン・ロイター、ジゴルヒはフランツ・グルントヘーバー、アルヴァはダニエル・ブレンナ、力技師はマルティン・ヴィングラー。いずれも圧倒的な歌唱力と演技力。それぞれの役の最高の歌手が集結している。

 ウィリアム・ケントリッジの演出もとてもおもしろかった。ルルを描いた絵(登場人物の一人である画家が描いたとされるもの。実際にはケントリッジ自身が描いたものらしい)が舞台上に映し出される。そこで、エロティックでグロテスクな世界が展開される。メトロポリタン劇場であるだけに、ヨーロッパのものほど過激ではないとはいえ、十分に説得力がある。紙袋の仮面をかぶった男女が黙役としても多く登場するが、私には、「予定調和を乱す不気味な存在、意味のない存在」に見えた。ケントリッジは、予定調和の中に生きている観客たちにそれを乱す世界を見せつける。

 ここで描かれるルルはエロスに狂った女でも、稀代の悪女でも、悲惨な生い立ちの哀れな犠牲者でもない。衝撃力がないという批判もあるかもしれないが、これはおそらくケントリッジ自身の決断なのだろう。「等身大のルル」とでもいうか、むしろ「ふつうの女」として描かれている。愛を求め、幸せを求めるふつうの女がちょっとしたことで悪女になり、犠牲者にもなる。それとともに世界もバランスを崩して予定調和の世界から外れていく。

 指揮はローター・ケーニクス。レヴァインが降板したための代役だとのこと。レヴァインだったら、もっと鮮烈な演奏だったのかもしれない。

 ただ正直に言うと、これを見ながら、私の「ルル」に対する勉強不足を感じた。「ヴォツェック」は高校生のころからベーム指揮のレコードで聞いてきたが、「ルル」についてはあまり触れたことがない。もちろん、実演を見たこともあるし、CDDVDは何枚か持っているが、聞きこんだわけでもないし、セリフも十分に理解しているわけでもない。今回もよくわからない点がいくつもあった。もう少し理解を深めたいと思った。

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