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「ランジェ公爵夫人」「カオス・シチリア物語」「ベラミ」「巨匠とマルガリータ」のこと

 実はめっぽう忙しい。23日は市ヶ谷アルカディアで「クリティカル・シンキング」のセミナーが開かれ、私はその重要性、大学入試との関係性について基調講演をした(とても気持ちよく話ができた)。24日は多摩大学で7時間にわたる会議。25日は佐賀県の東明館中学・高等学校で講演(ここでもとても気持ちよく話ができた。素晴らしい学校だった!)。その日のうちに東京に戻り、26日は多摩大学で特別オープンキャンパス、27日は多摩大学で教授会と研究会。明日28日も、明後日29日も多摩大学でイベントがあり、3月1日はまたクリティカル・シンキングにセミナーを行う。

 しばらく前から文芸映画DVDを見ていたので、感想を書く。

 

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「ランジェ公爵夫人」

 ジャック・リヴェット監督がバルザックの原作を映画化したものだが、映画の原題は「斧に触るな」。最近日本で使われている言葉で言うと、「導火線を踏むな」(相手の肝心なところに触れると怖い)というような意味だろう。映画の中で、モンリヴォー将軍(ギヨーム・ドパルデュー)がランジェ公爵夫人(ジャンヌ・バリバール)への反撃に出ることを決意した時に語る言葉だ。

実は原作を読んだことがない。バルザックは10冊程度は読んでいるが、この小説は未読。映画について言うと、実は少々退屈だった。雰囲気はあるし、映像は美しい。だが、前半のランジェ公爵夫人がモンリヴォー将軍を手玉に取ってあしらう部分が長すぎて、いかにも静的になってしまっている。それに、きわめて個人的な好みの問題かもしれないが、私にはランジェ公爵夫人を演じるバリバールがそれほど魅力的には思えない。だからこの女性に夢中になる気持ちに感情移入できない。

リヴェットの映画は以前「美しき諍い女」(そういえば、これもバルザック原作だった)を見たが、私は人が言うほど素晴らしいとは思わなかった(といいつつ、DVDでもう一度見てみようかという気になった)。私はリヴェットのよき理解者ではなさそう。ミシェル・ピコリが出演。大好きな俳優さんだった。懐かしい。実は、ギヨーム・ドパルデューの映画を初めてみた。父親のジェラールは好きではなかったが、ギヨームは実にいい。若くして亡くなったのが実に残念。

 

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「カオス・シチリア物語」 パオロ・タヴィアーニ
+ヴィットリオ・タヴィアーニ

 とても魅力的な映画だと思った。ピランデッロの短編による四つの物語とエピローグから成るオムニバス映画。日本ではあまり読まれていないが、ピランデッロは私の大好きなイタリア作家だ(ただ、短編も悪くないが、本当に好きなのは長編や劇作だ)。この原作を含む短編集は、タヴィアーニ兄弟が監督した映画の日本での上映に合わせて刊行された時に読んだ。当時、時間がなくて映画は見なかった。

タヴィアーニ兄弟の映像美の結晶のような映画なのでやむを得ないとは思うが、本を読みながらこのような圧倒的な光景は想像していなかった。自然の中で生きる貧しい人々の生のあり方が描き出される。そうだったんだ、ここに登場する人物はこのような薄汚い服装をしていたんだと、改めて思い至った。圧倒的な存在感。ピランデッロよりもタヴィアーニ兄弟の映像の力に屈服した。

エピローグの中のピランデッロらしい人物(ピランデッロにそっくり!)は、久しぶりに故郷に帰り、母の亡霊を前にして「僕はお母さんが死んでもずっと思い続ける。だが、母さんが死ぬと母さんはもう僕のことを考えてくれない。遠くで母さんが思ってくれているから生きてこれた」と語る。昨年、父を亡くし、母もかなり弱っている現在、この言葉は私の心にしみる。

エピローグで聞き覚えのあるメロディが流れる。映画を見終わった後も何の曲だったか思い出せなかったが、ベッドに入って思い出した。「フィガロの結婚」の第四幕の場のバルバリーナの歌うアリア。暗闇の中、ピンを探しながら、「なくしてしまった」と歌う。

「なくしてしまった」・・・。この感覚をこれから何度も味わわなくてはならないのだろう。

 もっとピランデッロの翻訳を出してほしいものだ。以前、フランス語訳で読もうと思って全集を購入したが、今の私のフランス語の力ではとうてい読み通せない。

 

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「ベラミ」デクラン・ドネラン
, ニック・オーメロッド監督

 モーパッサン原作。中高校生のころ、モーパッサンが大好きだった。短編一作だけ読み終わったら勉強しよう・・・と思っては、「あと一作読んだら・・・」と思いなおし、それを続けて、「ああ、今日もまったく勉強しないまま夜中になってしまった・・・」と暗澹たる思いに陥りながら眠りにつく・・・いうようなことがしばしばあった。

それにしても、その後、日本ではモーパッサンはまったく読まれなくなった。私自身も読まなくなった。世界の名著を知ると、やはりモーパッサンの底の浅さを感じざるを得ない。

 この映画もそれなりにはおもしろかったが、やはり結局は貧しさの中で自分の美貌を武器にして生きた男の物語でしかない。19世紀末のパリの様子がよくわかる。ロートレックやドゥガの絵のような酒場の雰囲気がとてもいい。

ジョルジュを演じるのはロバート・パティンソン。ちょっと嫌味すぎる。マドレーヌのユマ・サーマンがあまりに美しい。クロチルドのクリスティーナ・リッチも魅力的。タイトルがBel Amiであり、舞台がパリなのにみんなが英語でしゃべるのに大いに違和感を覚えた。

 

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「巨匠とマルガリータ」 2005年 ウラジーミル・ボルトコ監督

 ロシアで作られた全10回のドラマ。ミハイル・ブルガーコフ原作。私は、1970年代に「悪魔とマルガリータ」という邦題でこの小説を読んだ。当時、とても興味を惹かれて読んだが、読んだ後「よくわからん」と思った。あれから45年ほどたち、その後、知識や経験を増やしてきたので今ドラマとして見れば十分に理解できるだろうと思ったが、やはり同じように「よくわからん」と思った。ただ、唯物論を否定し、物質文明をからかい、官僚主義を皮肉り、聖なるもの邪悪なるものが蠢くエネルギーにあふれる世界を描こうとしているのはわかるが、イエス・キリストやピラトをどうとらえているのか、「ファウスト」などとどうかかわっているのか判然としない。ブルガーコフの原作も同じような印象を受けたので、原作通りなのだろう。とはいえ、一度見る価値のあるドラマだと思う。ともあれ面白かった。

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映画「火の山のマリア」 原初的な生の力

岩波ホールで「火の山のマリア」(ハイロ・ブスタマンテ監督)を見た。素晴らしい映画だった。日本で初めて公開されたグァテマラ映画だとのこと。

グァテマラの火山のふもとで暮らす先住民の一人娘マリアは、地域の有力者イグナシオの後妻になる話には気が進まず、コーヒー農園で働くあまり階層の高くない男と関係を結んで妊娠してしまう。いやいや子どもを堕ろすことに同意するが、それができず結局生むことを決意する。しかし、畑で毒蛇にかまれて瀕死の状態になる。母子とも無事だったものの、死産だったと知らされ、子どもを奪われる。後になって子どもが生きていたことを知り、捜索を懇願しようとするが、スペイン語を話せないため相手にしてもらえない。結局、当初の考え通り、イグナシオの妻になる。

豚の交尾、屠殺、野菜の生育などがたびたび映し出される。生と死と生殖。今までの歴史の中で、数え切れないほど起こったであろう男と女の物語。そのような原初的な人間の営みが自然の営みとして火山のたもとで展開される。

まさしく神話の世界。裸の大地が存在し、そこにマリアという名の女が父なし子を孕み、ヘビが登場する。生贄もあげられる。しかも、主要人物たちは先住民、つまりはその土地に古代から暮らしていた人々。人間の原初的な営みが神話として展開される。どこにでもある男女の生の営みの一コマであるがゆえに普遍的な神話の相貌を持つ。

私は河瀬直美監督の映画を思い出した。「殯の森」「朱花の月」「二つ目の窓」と同じようなテーマだと思う。ただ決定的に違うのは、河瀬にとっての自然が数えきれないほどの生命が宿る豊穣で神秘的な森や海であるのに対して、ブスタマンテ監督は生命の育たない溶岩の見える火山であり、ヘビがいるために耕作できずにいる荒野だということだ。だが、火山が豊穣ではないというわけではない。内部に火を持ち、大地を作り出す火山は豊饒なる大地をイメージさせる。飾りを捨て去り、裸になった原初の自然。河瀬が東洋の自然をイメージするのに対して、ブスタマンテは西洋、南米の自然のイメージだといえるかもしれない。映画の中でマリアは火山に例えられる。まさしく生のエネルギーを持つ生命体。

私は母親とマリアの入浴のシーンに涙が出そうになった。母親は娘をいたわりながら、泣く泣く堕胎を勧める。生命を生み出し、苦しい人生を生き抜いてきた母親の裸体、そして生命を宿して苦難に挑もうとしている娘の裸体。二人の裸は何と美しんだろうと思った。

この映画のカメラワークには大きな特徴がある。大事な部分が描かれないということだ。冒頭の豚の交尾の部分も、それを見ている人間と豚の声だけで表される。映像は上半身を描くことが多いが、多くの場合、何かが行われているのは腰から下の部分だ。

これも神話らしさを映画世界にもたらしているともいえそうだ。聖書でも仏典でも物事は比喩によって語られる。真実はそのまま名指しされず、ほのめかされる。直接な形がもたらされないがゆえに人々の頭の中にくっきりと映像がもたらされる。

気になったことがある。マリアの結婚相手であるイグナシオは何者なのか。どうやら嬰児誘拐に気付きながら、子どものいないマリアを安上がりに手に入れるという自分の利益のために真実に目をつむっているようだ。イグナシオはマリアの先住民の言葉とスペイン語の両方を話せる。本人に悪気はないのかもしれない。良かれと思ってしているのだろう。資本主義の側でほどほどに成功し、先住民を手助けしている人間、しかし、少し考えを変えれば、知恵をつけて先住民を巧みに利用しているヘビともいえるだろう。

原初的な生にあふれた先住民が資本主義に翻弄されながらも本来の生を全うしようとする様を一つの神話として提示した映画といえそうだ。時代に取り残されて消滅していく先住民に同情するのではなく、先住民の世界の力を現代資本主義社会に呼び戻そうとしているかのようだ。

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マニラ旅行まとめ

 2016年2月18日、無事にマニラから帰国したが、その翌日からこのブログにはバレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリンのコンサートについて書いたので、マニラ旅行についてのまとめを書けずにいた。数日たってしまったが、ここにマニラについて考えたことを箇条書きにしてみる。3日間滞在しただけの浅い知識しかないが、それはそれで有益な面もあるだろう。

・思ったほど暑くなかった。昼間31度くらい。夜は25度くらいだった。

・マニラは間違いなく途上国だった。1980年代のタイの経済状況と変わらない。その後の高度成長から取り残されている。詳しいことはわからないが、多くの島から成っていて、国としてのまとまりを作れないこと、賄賂政治がまかり通っていること、そのために法的、法的意識が弱いことなどが原因と考えられそうだ。

・法を順守する、決まりを守るという意識の希薄さを交通状況を見ても思う。「運転免許は賄賂を出せば手に入る。それだけでなく、賄賂を出さないと落とされることがある」というのは本当だろうと思った。

・おそらくマルコス時代に国家としての基礎作りをしていれば、こんなことにならなかったのだろう。ところが、そのころに私腹を肥やし、賄賂社会ができてしまったために、いつまでもそこから脱曲できずにいるようだ。ただし、ガイドさんによると、マルコスの人気は今は高いとのこと。

・市内観光のガイドさんは、しばしば「日本人は頭がいい。韓国人は頭がいい。中国人は頭がいい。フィリピン人は頭が悪い」といっていた。誇りを持っていないのを感じる。

・フィリピンが出稼ぎで外貨を得ていることはよく知られている。小学校の先生になるような知的な人であっても、フィリピン国内では稼げないので、海外でメイドになる。そのほうが稼ぎがよい。5倍くらいの収入になるという。そして、数年働いて帰ってくると、お金持ちになっているとのこと。

・フィリピンは頭脳流出しているという面もあるだろう。優秀な人、意欲のある人は海外に行く。その結果、国内の教育者のレベルも下がる。国民全体の教育水準も落ちる。その悪循環がありそう。これではいつまでたっても国の発展が望めそうもない。グローバル化して、海外に出るのが容易になって現在、いっそう悪い方向に進んでいる。

・私たちからするとマニラ全体が一つのスラム街に見えるが、その中にも正真正銘のスラム街がある。サンチャゴ要塞から異様な風景が見えたので、ガイドに尋ねたら、それがスラム街だといわれた。遠くからだったのでよくわからなかったが、地滑りになっているような巨大な坂に人が住み着いているように見えた。我々の感覚では、そこは「ごみ溜め」に近い。ただ、ガイドさんによれば、かつてごみ溜めに人が住んでいたが、今はそれは取り払われたとのこと。

・食事はそこそこ立派な店で済ませた。土やコンクリートの上に汚いイスとテーブルを置いただけの食堂がいくつもあったが、さすがに身体を壊すのが怖くて入れなかった。エアコンがついて、警備員がドアにいるような店で食べたが、フィリピン料理は特に美味しいとは思わなかった。

・やはり、マニラの一人旅はかなり厳しい。前に書いた通り、1時間半ほど繁華街を歩いただけで、私は二人の人間に付きまとわれた。私はどちらかというと旅慣れた人間の部類に入るだろう(今回のフィリピンの旅で32か国を旅したことになる)し、少なくとも快楽やアヴァンチュールを求めて街をうろつく男に思い違いされないはずだ。しかも、お金持ちに見えない旅のスタイルであることは自信をもって言える。それなのに日本語を使う怪しい人間に付きまとわれる。付きまとわれると、周囲にその人の仲間がいるのではないか、どこかに連れ込まれるのではないか、どこかに逃げ込んで助けを求めても言葉が通じないと相手のいいようにされてしまうのではないか、そんな恐怖を覚える。恐怖で済まずにそうなる恐れも十分にある。女性や旅慣れない人、無防備な人には一層危険だろう。

・64歳の私にはマニラ一人旅は、もうこれから先は難しいと思った。ちょっとしたかっぱらいに絡まれても、そこから走って逃げたり、相手の暴力を防御するくらいの体力がないと、マニラ市内のあちこちを見ることができない。マニラだけでなく、途上国ではほぼ同じことが言えるだろう。

・マニラの空港からホテルまでの「クーポンタクシー」の代金が2250PHP だったことは前に書いた。帰路も、ホテルから空港までタクシーで行った。300PHPだった。空港から乗った時の7分の1以下。とはいえ、おそらく製造から間違いなく20年以上、ことによると30年以上たっていそうなやっと動いている日産の車(シートベルトはついていなかった!)で、まさしくポンコツ。運転手さんも、後ろにいて不安になるような老人だった。それを考えれば、初日の2250phpもよしとしよう。

 

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バレンボイム+∔シュータツカペレ・ベルリン ブル9もすごかった

 2016220日、サントリーホールでダニエル・バレンボイムのピアノと指揮、シュータツカペレ・ベルリンの演奏によるモーツァルトのピアノ協奏曲第23番とブルックナーの交響曲第9番のコンサートを聴いた。昨日のブル8に続いて本当に素晴らしい。今日も、興奮した。

 前半のピアノ協奏曲が始まった時、昨日のブル8との音の質感の違いに驚いた。実に柔らかくしなやかな音。そして、バレンボイムの弾くピアノの美しさ。昔のバレンボイムはもっともっとロマンティックだったように思うが、意外と率直な演奏に思えた。だが、それでも表面を通り過ぎていくのではなく、構築がしっかりしており、しかも一つ一つの音に思いを込めているので、深い音楽が奏でられていく。

アンコール2曲。モーツァルトのピアノソナタ第10番の第2楽章と第3楽章。ただ残念ながら、私の体調が悪く、協奏曲が終わってすぐにトイレに向かった。アンコールの最初の曲はトイレで聴いた。拍手の間に会場に入って、2曲目は中で聴いた。

が、なんといっても、私の目当てはブルックナーの第9番。

やはり凄まじかった。モーツァルトとは打って変わった「剛音」とでも呼びたくなるような凄まじい音。しかし、もちろん徹底的に美しい。金管楽器の咆哮がこれほど美しく響くことに驚く。しなやかな部分も美しいが、盛り上がった部分の激情の美しさは比類がない。昨日と同じように、何度も何度も全身が震えた。震えたというよりも、文字どおり「しびれた」というほうが正確かもしれない。雷に打たれたように頭の先までしびれるところが何か所かあった。盛り上がるたびにしびれていた気がする。

私はこの曲の第二楽章スケルツォが大好きだ。ブルックナーのスケルツォはどの曲も好きだが、第九の第二楽章は別格だと思う。デモーニッシュな巨大な存在が宇宙を跋扈しているようなスケール感を覚える。それをこれほどまでに再現してくれる演奏はめったに聴けない。オーケストラ全体がひとつになってブルックナーの巨大な世界を作っていく。本当に素晴らしいオーケストラだと思った。

バレンボイムは大好きな指揮者の一人だ。これまでかなり聴いてきている。2002年にはベルリンに出かけて、シュターツ・オパーでバレンボイムによるワーグナーの連続10演目上演をみた。バイロイトでもかなりの演目をみた。ワーグナーの指揮に関しては、私はフルトヴェングラーよりもクナッパーツブッシュよりも尊敬している。ただ、実を言うとブルックナーについては、ベルリンフィルとのCDの全集を聴いたが、それほどすごいとは思わなかった。なんだかいじりすぎている気がした。今回、8番と9番しかチケットを購入しなかったのには、そのようなわけもあった。が、私の聴き方が悪かったのか、生で聴くとこれほどすごいのか。あるいは、その後、バレンボイムは成長したのか。もう一度、CDの全集を聴き返してみたいと思った。

いずれにしても、この二日間は至福の時間だった。改めてブルックナーの音楽の素晴らしさを思い知った。同時に、バレンボイムとシュータツカペレ・ベルリンが世界の冠たる存在であることも改めて知ることができた。

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バレンボイム+シュータツカペレ・ベルリン ブルックナー8番に興奮

 2016219日、サントリーホールでダニエル・バレンボイム指揮によるシュターツカペレ・ベルリンの演奏でブルックナーの交響曲第8番を聴いた。最高の演奏だった。感動した。

こんなにすごい演奏をしてくれるのなら、マニラに行ってる場合じゃなかった、ブルックナーの第1番からの連続演奏会をすべて聴くんだった! と思った。チケットが売り出された当時、親の調子がよくなかったので、いけなくなる確率が高いと思い、2つのコンサートに絞って購入したのだった。その時点で、それ以外のコンサートはあきらめていた。

それにしてもすごい演奏。第一楽章からして、ブルックナーの深淵な世界が展開される。展開されるというよりも、深い世界に引き込まれていくというほうが正確だ。まさしく巨匠風の演奏。巨大で深く、宗教性をたたえる。ヴァントのようなアポロ的な演奏ではない。もっとうねりがあり、波乱があり、激情がある。魂の爆発、祈りの爆発がある。

バレンボイムもすごいが、楽団員も本当に素晴らしい。なんという美しくも重厚な金管の音! ホルンもワーグナー・チューバもトロンボーンも朗々と鳴らしながら、それがしっかりと音楽の中で生きている。木管も弦楽器も本当に素晴らしい。

とはいえ、音楽学に無知な私は、このような演奏について分析的に語る術を持たない。音楽に浸り、言葉を失い、ただただすごいと思って聴いただけだった。

私が小学生のころ、音楽にのめりこんだのは、いくつかの曲のある部分に差し掛かると、身体全体が震え、悪寒というのか恍惚というのか、そんな得体のしれない身体的現象に襲われたからだった。それはほかでは味わえいない感動であり快感だった。そのような全身を揺さぶられるという体験を求めて、音楽を聴き続けてきた。だが、年齢を重ねるごとにだんだんとそのような体験は少なくなってきた。知的に感動したら、うっとりしたり、涙を流すようになってきた。

が、今日は何度、全身に震えを感じたことか。それぞれの楽章に二度か三度、全身が震えた。第三楽章のシンバルの場面、第四楽章の最終部は我を忘れるほどだった。

そんなことしか言えない。ともあれ感動し、興奮した。

第二楽章でうめき声とも唸り声ともつかぬような声が聞こえた。バレンボイムの出した声だったのだろうか。のどでも詰まったのか? 楽団への指示のようには思えなかった。

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マニラの旅

 昨日(2016216日)からマニラに来ている。23日の一人旅。

東南アジアは、1981年のタイ・マレーシア・シンガポール旅行を皮切りに、インド、ラオス、ベトナム、カンボジアを訪れた。前々から行きたいと思っていたのが、インドネシア、ミャンマー、そしてフィリピンだった。昨年、マニラ旅行の計画を立てていたが、両親の体調が悪化して諦めた。今年、母の体調が安定しているうちにともあれ強行した。毎日、日常のあれこれの気苦労が絶えない。暑いところに行って自分の中の鬱積したものを燃やしたいと思った。

 ANA機で13時半ころにマニラ到着後、タクシーに乗ってホテルまで行っただけで、ここが油断のならない都市であることを痛感した。

 空港で一般のタクシーに乗ると危険なので、「クーポンタクシー」に乗るようにとガイドブックにあったので、空港内を探したが見つからなかった。タクシー乗り場の近くに職員っぽい若い女性がいたので、「クーポンタクシーのチケットはどこで買える?」と聞いたら、てきぱきと事務的に売ってくれた。特に警戒せずに買った。2250phpだった。「高い!」という表情をしたら、「ホテルのあるエルミタ地区は遠い」といって、地図で示してくれた。が、車に乗った後考えてみると、これは途方もなく高い。日本円で5000円ほどになる。きっとぼられたのだと思う。確か、ガイドブックには500phpくらいと書かれてあったような・・・が、まあ無事についたので良しとしよう。

 交通事情がまたすごい。多くの道に車線がないに等しい。車線が減ったために一時的に車線のないところで出口に車が殺到しているのかと思っていたら、そのような道が何か所もあった。車があちこちですし詰め状態になっている。警笛を鳴らしながら、数センチの間隔で割り込み、少しずつ前に進んでいく。そこをバイクや人が割って入るので、ますます大混乱。広い道に出たら車線が機能していたが、それでもそれを無視する車は多い。赤信号に変わっても平気で入ってくる車もかなりいる。まさしく無秩序。

 81年に初めてバンコクを訪れた時を思い出す。その後、バンコクは都市化され、日本と変わらないようになったが、かつてはこのような雰囲気だった。道路の横にはほとんどが一人だけの店主が台を置いて食べ物や飲み物を売っているだけの小さな露店が並んでいる。あまりおいしそうには見えない(バンコクとそこが違う)。道は散らかっており、コンクリートがむき出しになったり、土が見えたりしている。ところどころ、歩道の地べたの日陰になった部分に横になっている人がいるが、昼寝しているのだろうか。

ホテルには少しがっかりした。マニラ行きを思い立ったとき、空いた日に飛行機の便があるかどうかを調べたところ、ほかのサイトではすべて満席になっているのに、DeNAだけは残席が2席あったので、ネットで見つけて大慌てホテル付のセットを決めた。ホテルに星が三つついていたので、ヨーロッパで言う「三ツ星」だとばかり思って、その安さに驚いていたら、ほかのサイトで見ると「一つ星」だった。星が三つついていたのは推薦度だったのかもしれない。料金のわりに快適ということなのだろう。が、浴槽はないし、お湯はぬるいし、エレベーターはないし、室内がやたら暗いし、建物自体も新しくない。私は以前に比べてかなり経済的に余裕ができたのに、なんという馬鹿なことをしてしまったのだ!と、強く後悔していた。

 15時ころにホテルに到着したものの、実はしばらくホテルにいた。日本にいるときから、マニラ市内観光の半日ツアーを探していたのだが、最低催行人数二人のところに申し込んでいたら、人数が満たないために直前にキャンセルになって、別のところを当たってもすべて申し込めなかった。市内観光ツアーに加われなかったら一人で市内を回ろうと思っていたのだが、空港からホテルまでのタクシーに恐れをなして、やはりガイド付きで市内観光をしたいと思った。ホテルにとどまって、日本のツアー会社とメールのやり取りをしていた。やっと、明日の市内観光ツアーに申し込めて、とりあえず安心。

 

 夕方になってホテルを出て近くを散歩した。カラウ通りを歩き、リサール公園、リサール・モニュメントを見て、マニラ湾を見渡せる堤防まで行った。堤防から夕暮れの湾内をみた。夕焼けの空の下で海面も赤く染まって、その向こうに大型船がいくつかあった。その後、遠回りして、日本人からすると、ちょっと中に入って食べたり物を買ったりする気にならないような薄汚い店が続く商店街を歩いた。売っているのはほとんどが駄菓子のようなものや水などの飲み物だ。途中、ファストフードの中華の店で夕食を取ってホテルにもどった。セブンイレブンもマクドナルドもある。

 歩いているうち、一人旅を満喫する気持ちになっていた。ワクワクして来た。そうだ、今回マニラに来たのは、昔のような貧乏旅行がしたかったからなんだ! と思った。ふらふらとほっつき歩き、名所を見るというわけでもなく、町の人の流れに任せて歩く。道に迷ったり、怪しい人に声をかけられたりするが、それが楽しい。その国なりの服装や態度で人々が働き、男女が歩き、子どもたちが騒いでいる。その横を歩いていく。貧しい国であればあるほど、必死に生活しているところが外から見える。そのような場を歩き、現地の庶民と同じ雰囲気を味わう。貧乏旅行をして自分の足で動いていないと、このような雰囲気を味わえない。

 東南アジアに来て思うのは、道端に出ておしゃべりしている人々が多いことだ。男女とは限らない。女同士、男同士、集団もある。冷房がなくて、外のほうが涼しいのかもしれない。あちこちで子どもたちが集団になって遊んでいる。そういえば、昭和30年代の日本もこんな感じだった。店舗をきちんと構えているこぎれいな店にはすべてピストルを持った警備員がいるのは、それほど犯罪が多いということなのだろうか。

 ホテルはもちろん高級ではないが、スタッフの感じもよく、とても清潔。星が三つつくだけのことはある。前の晩、家を朝の5時半ころに出たので、あまり眠っていない(飛行機の中でも、007の新作映画とMETライブビューイングの「愛の妙薬」を見ていた)。シャワーを浴び(寒くてぶるぶる震えていた!)た後、すぐに寝た。

 

2日目(2016年2月17日)

 午前9時にガイドさんが迎えてきてくれて、リサール公園、サンチャゴ要塞、サン・オーガスティン教会、カーサ・マニラ博物館をみた。ホセ・リサールに対してのフィリピン国民の敬意を強く感じた。リサールについては、私は無知に等しい。50字でまとめられる程度の知識しかないが、偉大な人物であることは多少は理解できた。ただ、要塞や教会については、ヨーロッパのもっと本格的な、もっと歴史のあるものをたくさん見てきたものからすると、それほどの魅力は感じなかった。

 ガイドさんは私よりも一歳年下の男性。日本語はそれほど上手なわけではないが、感じのよい方だった。一般的な説明のほか、マニラでの生活、苦労、同年代の男性としての生き方などについて話を聞いた。フィリピンの経済状況の厳しさ、宗教対立、人口増加問題を自分の実感として語ってくれた。生活のため中年になってから日本語を学んだ人であるだけに、インテリの建前でなく、庶民の実感を語ってくれる。

 昼過ぎにホテルに戻って一休み。運動不足が続いているので、暑い中を歩くと疲れる。

 15時まで休んで、エルミタ地区散策。ボコモ通り、アドリアティオ通り、パドーレ・ファウラ通り、ウナイティッド・ネイションズ通りなどを歩いた。昨日みたと同じような露店や小さな店が立ち並び、道路のあちこちに車が駐車されていて、まっすぐに歩道を歩けない。

ロビンソン・デパートに入ってみた。近代的なデパートがいきなり出現した感じ。中も清潔で明るく、日本などの先進国と変わらない。1981年のバンコクもこんな感じだったのが、だんだんと近代的なビルが増えていった。マニラも同じようになるのだろうか。ガイドさんの話を思い出すと、なかなか難しそうな気がする。

 ロビンソン・デパートを出てすぐ、私と同年配に見える男にかなり流暢な日本語で話しかられた。手にチラシを持っていた。マッサージのチラシのようだった。無視して歩いてもどこまでも付いてくる。根負けして少し返事をしたのが悪かった。

「どこに住んでいるんですか? 私は池袋で仕事をして所沢にいました。マニラは危険ですから、私が案内しますよ。ここは私はよく知ってるんで」などといつまでも話しかけてくる。拒否の仕草をしたら、今度は、「せっかく日本の人を見つけて話しかけているのに、そんなことをするのは失礼だよ」といいだした。無視してもなおついてきて繰り返す。

「一人になりたくて散歩しているだけだから、放っといてくださいよ」といっても無駄だった。間違いなく5分以上は、同じ話を蒸し返しながらついてきた。「お願いだから、ひとりで散歩させてくださいよ」といっても付いてくるので、仕方なしに、「いい加減にしろよ。しつこくするな!」と周囲の人も驚くような声で怒鳴った。それでやっとあきらめたようだった。怒鳴れないような気弱な人だったら、いつまでも付きまとわれたことだろう。

 その10分か20分後には、今度は中年の女に付きまとわれた。今度もまた日本語で、「お兄さん、何してるんですか。いい子いますよ」と声をかけられた。わからないふりをしてずんずんと歩いたが、この女も3、4分ついてきた。拒否しても拒否しても、めげずにあとから話しかけてくる。急ぎ足でやっと振り切った。

 確かにマニラは危険なところだ。こんなに頻繁に付きまとわれたのでは一人で散策もできない。身の危険を感じて、ホテルに引き上げた。

かつても東南アジアを旅していると、日本語や英語で声をかけられることがよくあった。しかし、その場で声をかけられるだけで、付きまとわれはしなかった。付きまとわれると、身の危険を感じる。

それにしても、私を見てみんなすぐに日本人だとわかるのだろうか。なぜわかるのだろう。日本語のガイドブックを見ているわけでもない。先進国にふさわしい上等の服を着ているわけでもない(自慢ではないが、私はファッションには関心がないので、スーパーで安売りしているかなりダサい服を着ている!)。私は色黒なので、子どものころから東南アジア風、あるいは中国風の顔だといわれてきた。実に不思議だ。

 このような出来事は実に腹立たしいし、東南アジアの現実として悲しいことだが、このような経験をするのもまた旅の楽しみの一つだ。

 いったんホテルに戻って、暗くなりかけてからまた周囲を歩いた。ただ、本当に暗くなると危険な気がするので、早々に引き上げて、ホテルの近くで食事をした。

 明日は午前中にホテルを出て、そのまま東京に戻る予定だ。

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静岡県民オペラ「イリス」 第三幕に涙を流した

2016214日浜松のアクトシティ浜松大ホールで第5回静岡県民オペラ「イリス」をみた。素晴らしかった。

数年前までイタリアオペラにほとんど関心がなかったので、「イリス」を見るのはこれが初めて。第一幕を見終わった時点では、作品としてあまりおもしろくないのではないかと思っていたが、第二幕以降、演奏も演出も盛り上がった。第三幕には私は感動の涙を流した。

「イリス」はマスカーニが1898年に発表したオペラだが、舞台は日本。イリス(日本でいう「あやめ」)は若旦那であるオーサカに見初められ、女衒のキョウトにかどわかされて吉原に売られて花魁にされるが、身投げして、最後には昇天する物語。

演奏は浜松フィルハーモ二―管弦楽団、合唱はコーロ・デル・ソーレ。ともに静岡県にゆかりのある人たちを集めた集団だということだが、なかなかの実力。もちろん、非力なところもあるが、地方の公演でこれだけのレベルに達しているのは素晴らしい。いや、むしろ、地域の人が参加して、これだけのオペラを作り上げたことはほとんど奇跡といえるほどだと思う。指揮の杉原直基はオケの実力を的確に捉えたうえで、しっかりと音楽を運ぶ。

歌手もそろっている。イリスの吉田珠代は子供っぽいところから大人になる過程を見事に歌っていた。オーサカの水船桂太郎はわがままな若旦那を美しい声で歌う。ディーア・芸者を歌う大石真喜子はきれいな声、キョートの町英和は世間ずれした女衒をうまく歌う。あまりに若く、しかも盲目には見えないイリス父の大塚博章には違和感を抱いたが、もしかしたら哀れみの気持ちを観客に持たせない父親を示したかったのかもしれない。

 演出は三浦安浩。私は三浦さんの演出にはいつも共感する。もし私に才能があったらきっとこんな演出をしようとしただろう・・・と三浦さんの演出を見るごとに思う。

 浮世絵を強く意識した演出。第一幕は真ん中に鋭角的な富士山(つまりは、北斎的な富士山)を配し、その前で色とりどりの人々がうごめく。北斎の浮世絵のように猥雑。

第二幕は吉原の遊郭。背景には北斎の描いた春画を思わせる蛸の絵。しかも、その絵は第一幕で使われた富士山の裏側に描かれている。富士山は日本人にとって生と死を象徴するものだが、蛸の背後にあることで、ここではエロス的な意味も併せ持つ。イリスは初めのうちは少女っぽく、まさしく人形のように人に操られるばかりだが、人間のエロスを知り、「蛸」が快楽でもあり死でもあることを知るうち、徐々に自主性を持ち始める。そして、父になじられて身を投げる。

第三幕。死んだイリスは「太陽」と出会って、いわば昇天する。オーサカやキョートも現れるが、むしろ彼らのほうが人形のように人形遣いに操られて歩く。そして、生の賛歌、自然の賛歌が合唱で歌われる。

ここで三浦さんの本領が発揮される。「太陽」は擬人化されているが、美しい容姿のきらびやかな服装の人間ではない。むしろ、よれよれの服を着た風采の上がらない人物として描かれる。ここで歌われるのは輝かしく明るい太陽賛歌ではない。猥雑な部分、汚い部分、醜い部分、欲望にあふれた部分、そのような自然や人間の持つ様々な要素が肯定される。第二幕から黒い服を着た「くず拾い」たちが登場する。彼らが死せるイリスをよみがえらせる。この黒の服を着た集団は、人間の中の黒い部分、名づけ得ない部分、闇の部分を表現しているのではないか。

「生きることは美しいことばかりじゃない。でも、それでいいじゃないの。醜くたって、汚くたって、欲望にまみれていたって、名づけ得ない部分を持っていたって。ともかく自分らしく生きようよ。生きるって素晴らしいじゃないの。生の肯定こそが日本人が本来持っていた性格だよ。オーサカやキョートみたいに金に操られて生きるのはやめようよ。人間の持つ汚い部分をひっくるめて肯定しようよ」、そんなメッセージを私は感じる。そのようなメッセージがファンタジーとして、楽しく、おもしろく伝えられる。

静岡県民オペラとして、多くの県民を巻き込んでこのようなレベルのこのような理念のオペラを実現できたことに、私は敬服する。とても楽しめた。浜松まで出かけた甲斐があった。

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METライブビューイング「真珠採り」 埋もれていた名作オペラが最高の形でよみがえった

 東劇でMETライブビューイング「真珠採り」をみた。素晴らしい。あまりの完成度に驚いた。

 まず序曲の場面に舞台の上下を使って行われる海中の場面に息を飲んだ。本当に真珠とりをしているかのような動き、吐き出す空気の泡。リアルでありながら最高に美しい(本当に海中で撮影した映像かと思ったら、バレエの人たちによるロープをつけてのパフォーマンスだということが後に解説された)。そして、そのすぐ後に、これまた見事な合唱。オーケストラも力感にあふれ、繊細。この時点ですっかりセイロン島のオペラの世界に入りこんだ。

 3人の主役が凄まじい。進行役のパトリシア・ラセットが言う通り、まさしく「ドリームチーム」。レイラを歌うディアナ・ダムラウは言うまでもなく圧倒的。声は最高の美しく力感にあふれている。音程のしっかりした高音の澄んだ美しさは格別。愛の心を抑えきれないインドの巫女の苦しみをうまく演じている。容姿も文句なし。ナディールのマシュー・ポレンザーニも歴代の名歌手に負けない声の美しさだと思う。第一幕の有名なアリアのいわゆるソット・ヴォーチェによる高音が素晴らしい。マリウシュ・クヴィエチェンの歌うズルガとの二重唱も最高の掛け合いだった。クヴィエチェンも迫力ある声で第二幕のダムラウとの二重唱は最高だった。この三人は歴代のこれらの役を歌った名歌手に引けを取らないのではないかと思う。

冒頭の海の場面をはじめ、演出のペニー・ウールコックの力量には驚嘆した。セイロンの色合い、海辺の様子を描き出す。第二幕に津波が押し寄せるが、そのリアリティもすさまじい。最後の日の場面もハリウッド映画的な盛り上がりを見せる。オリジナルの楽譜だけでは忘れがちな東洋色や水の力を舞台上で描き出し、しかも、現代の様子も織り交ぜて、それが今と無関係な神話的世界でなく、現代のリアルな問題であることを示唆する。

指揮のジャナンドレア・ノセダも情に流されず、知的で、これまた力感にあふれる演奏。オーケストラも素晴らしい。

 ダムラウがMET総裁ゲルブに持ちかけて実現した演目だという。100年ぶりの上演だというが、こんな名作がこれまで埋もれていたとは信じられない。美しい旋律がふんだんに聞こえ、ストーリもわかりやすくて、とても魅力的なオペラだと思った。

 私はビゼー好きではない。むしろ「カルメン」は苦手なオペラだ(なぜ苦手かを説明すると長くなるので、今回はやめる)。「真珠とり」もフェニーチェ劇場で上演されたDVD(中島康晴さんがナディールを見事に演じている!)をみたことがあるだけ。が、20代のビゼーのこのオペラの魅力には圧倒されるしかない。メトロポリタンオペラのおかげでまたも一作、埋もれていた名作オペラがよみがえった。

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ヤナーチェクの晩年を描く映画「白いたてがみのライオン」 生を求めるヤナーチェク!

 201622日、新国立劇場中劇場で作曲家ヤナーチェクの晩年を描く映画「白いたてがみのライオン」(ヤロミル・イレッシュ監督1986年チェコ)をみた。ヤナーチェクの代表作「イェヌーファ」が新国立劇場で上演されるのに先立つイベントの一つだろう。私は日本ヤナーチェク友の会の会員(そういえば、しばらく会費を払っていないが、まだ会員なのだろうか?)なので、会からのメルマガでこの映画会のことを知った。本日の昼と夜の二回だけの上映で、なんと無料! 申し込みをする必要もないとのことで、平日の昼間ならきっとガラガラだろうと思って行ってみたら、8割がた席が埋まっていた。

 娘オルガの死や「イェヌーファ」の完成のころから、そのプラハでの成功、38歳年下の人妻カミラとの恋、女好きでわがままなヤナーチェクに振り回される妻ズデンカの苦しみなどが描かれる。私の知る限り、かなりヤナーチェクの実人生を忠実に描いている。

ヤナーチェクもカミラもドヴォルザークも写真で見る顔にとても良く似ている。きっとヤナーチェクとカミラの関係はこんな感じだったのだろう。ただ、ヤナーチェク夫妻の関係は実際にはもっと冷え込んでいたのだと思う。

私は、20071月、ヤナーチェクの生まれ故郷であるチェコのフクバルディ(人里離れた寒村だった)、そして、ヤナーチェクが暮らしていたブルノを訪れた。ヤナーチェク博物館もみた。映画に描かれていたのがフクバルディかどうかはわからなかった。

 ヤナーチェクがカミラに惹かれるのは、その生命力だった。ヤナーチェクは死を憎み、生を追い求めた。生はまた性でもある。たびたび描かれる屹立する樹木が生命と性衝動を象徴している。それが映画全体を貫くテーマとして示される。

映画の中では「イェヌーファ」「内緒の手紙」「カーチャ・カバノヴァ」「消えた男の日記」「グラゴール・ミサ」などが演奏された。そういえば、このところロッシーニに夢中で、ヤナーチェクのCDをしばらく聴いていない。DVDも見ていない。これを機会に見直してみようと思った。

 一つ気になったのは、「内緒の手紙」のリハーサルの場面で、ヤナーチェクがヴィオラ・ダモーレにこだわるところで、字幕が単に「ビオラ」となっていた。これでは意味が通じない。このような部分があると、ほかにもこのようなミスがあるのではないかと心配になってくる。

 ともあれとてもおもしろかった。それは私がヤナーチェクを偏愛しているからだけではないだろう。

 

 ところで、前にも書いた通り、しばらく前から「文芸映画」のDVDを見ている。何本か見たので、簡単に感想を記す。

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「ゴリオ爺さん」 ジャン
=ダニエル・ヴェラーゲ監督 2004

 もちろんバルザック原作のテレビ映画化。ジャン・クロード=カリエールの脚本。

 正直言って期待外れだった。当時のパリの様子を再現してくれたのはうれしいが、ヴォケー館に暮らす人たちが、あまりにふつうの小市民的な人たち。この人たちが過去の犯罪にかかわりがあったり、貴族と関係を持ったりするとは到底思えない。バルザックの登場人物たちの持つ得体のしれないエネルギーが少しも伝わらない。

 そもそもゴリオ爺さんを演じるシャルル・アズナブールが善良で気弱すぎる。娘たちに手玉に取られるとはいえ、もっとひねくれた一筋縄ではいかない人間だったはず。ラスティニャックのマリク・ジディは悪くないが、これもエネルギーを感じない。とりわけ、チェッキー・カリョのヴォ―トランが悪漢に見えない。ゴリオ爺さんの二人の娘も、私には美しいとは思えないし、魅力的とも思えない。バルザックのあらすじ紹介に終わったように思う。

 

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「パルムの僧院」 クリスチャン
=ジャック監督 1947

 言わずと知れたスタンダール原作の小説の映画化。ジェラール・フィリップがファブリス、マリア・カザレスがサンセヴェリナ公爵夫人、ルネ・フォールがクレリアを演じている。この映画、見たことがあったかどうか記憶が定かではないが、おそらく初めてだと思う。ジェラール・フィリップは私が映画を見始めたころにはすでに亡くなっており、伝説の映画俳優だった。

 とても楽しめた。前日にみた「ゴリオ爺さん」と違って原作のエネルギーが伝わる。スタンダールの美学、燃えたぎる愛がよく理解できる。ただ、やはりちょっと技法が古めかしく、画面も鮮明ではないので、感動するとまでは至らなかった。ジェラール・フィリップは今見てもあまりにカッコイイ。容姿もさることながら、演技も見事。ちょっと気になったのは、マリア・カザレスのウェストがあまりに細いこと。ルネ・フォールもかなり細い。この時代、このようなウェストのくびれた女性が美人とみなされていたのだろうか。

 

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「魔の山」 ハンス・
W・ガイセンデルファー監督

 一言で言って、つまらなかった。ダボスの療養所をイメージできるのはうれしいが、ストーリーの表面を追っているだけで、トーマス・マンの小説のエッセンスはどこにも示されないように思える。ハンス・カストルプ青年の心の軌跡も十分に描かれない。これでは単に、「お金持ちが高踏的な学問や恋愛遊戯にうつつをぬかしているうちに戦争になった」という話になってしまう。しかも、そのような話だとしても、私にはおもしろいと思えなかった。

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