« METライブビューイング「真珠採り」 埋もれていた名作オペラが最高の形でよみがえった | トップページ | マニラの旅 »

静岡県民オペラ「イリス」 第三幕に涙を流した

2016214日浜松のアクトシティ浜松大ホールで第5回静岡県民オペラ「イリス」をみた。素晴らしかった。

数年前までイタリアオペラにほとんど関心がなかったので、「イリス」を見るのはこれが初めて。第一幕を見終わった時点では、作品としてあまりおもしろくないのではないかと思っていたが、第二幕以降、演奏も演出も盛り上がった。第三幕には私は感動の涙を流した。

「イリス」はマスカーニが1898年に発表したオペラだが、舞台は日本。イリス(日本でいう「あやめ」)は若旦那であるオーサカに見初められ、女衒のキョウトにかどわかされて吉原に売られて花魁にされるが、身投げして、最後には昇天する物語。

演奏は浜松フィルハーモ二―管弦楽団、合唱はコーロ・デル・ソーレ。ともに静岡県にゆかりのある人たちを集めた集団だということだが、なかなかの実力。もちろん、非力なところもあるが、地方の公演でこれだけのレベルに達しているのは素晴らしい。いや、むしろ、地域の人が参加して、これだけのオペラを作り上げたことはほとんど奇跡といえるほどだと思う。指揮の杉原直基はオケの実力を的確に捉えたうえで、しっかりと音楽を運ぶ。

歌手もそろっている。イリスの吉田珠代は子供っぽいところから大人になる過程を見事に歌っていた。オーサカの水船桂太郎はわがままな若旦那を美しい声で歌う。ディーア・芸者を歌う大石真喜子はきれいな声、キョートの町英和は世間ずれした女衒をうまく歌う。あまりに若く、しかも盲目には見えないイリス父の大塚博章には違和感を抱いたが、もしかしたら哀れみの気持ちを観客に持たせない父親を示したかったのかもしれない。

 演出は三浦安浩。私は三浦さんの演出にはいつも共感する。もし私に才能があったらきっとこんな演出をしようとしただろう・・・と三浦さんの演出を見るごとに思う。

 浮世絵を強く意識した演出。第一幕は真ん中に鋭角的な富士山(つまりは、北斎的な富士山)を配し、その前で色とりどりの人々がうごめく。北斎の浮世絵のように猥雑。

第二幕は吉原の遊郭。背景には北斎の描いた春画を思わせる蛸の絵。しかも、その絵は第一幕で使われた富士山の裏側に描かれている。富士山は日本人にとって生と死を象徴するものだが、蛸の背後にあることで、ここではエロス的な意味も併せ持つ。イリスは初めのうちは少女っぽく、まさしく人形のように人に操られるばかりだが、人間のエロスを知り、「蛸」が快楽でもあり死でもあることを知るうち、徐々に自主性を持ち始める。そして、父になじられて身を投げる。

第三幕。死んだイリスは「太陽」と出会って、いわば昇天する。オーサカやキョートも現れるが、むしろ彼らのほうが人形のように人形遣いに操られて歩く。そして、生の賛歌、自然の賛歌が合唱で歌われる。

ここで三浦さんの本領が発揮される。「太陽」は擬人化されているが、美しい容姿のきらびやかな服装の人間ではない。むしろ、よれよれの服を着た風采の上がらない人物として描かれる。ここで歌われるのは輝かしく明るい太陽賛歌ではない。猥雑な部分、汚い部分、醜い部分、欲望にあふれた部分、そのような自然や人間の持つ様々な要素が肯定される。第二幕から黒い服を着た「くず拾い」たちが登場する。彼らが死せるイリスをよみがえらせる。この黒の服を着た集団は、人間の中の黒い部分、名づけ得ない部分、闇の部分を表現しているのではないか。

「生きることは美しいことばかりじゃない。でも、それでいいじゃないの。醜くたって、汚くたって、欲望にまみれていたって、名づけ得ない部分を持っていたって。ともかく自分らしく生きようよ。生きるって素晴らしいじゃないの。生の肯定こそが日本人が本来持っていた性格だよ。オーサカやキョートみたいに金に操られて生きるのはやめようよ。人間の持つ汚い部分をひっくるめて肯定しようよ」、そんなメッセージを私は感じる。そのようなメッセージがファンタジーとして、楽しく、おもしろく伝えられる。

静岡県民オペラとして、多くの県民を巻き込んでこのようなレベルのこのような理念のオペラを実現できたことに、私は敬服する。とても楽しめた。浜松まで出かけた甲斐があった。

|

« METライブビューイング「真珠採り」 埋もれていた名作オペラが最高の形でよみがえった | トップページ | マニラの旅 »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/532807/63212038

この記事へのトラックバック一覧です: 静岡県民オペラ「イリス」 第三幕に涙を流した:

» 幻想的オペラ 「イリス」 [観たい・聴きたい・読みたい]
先日、生まれて初めて静岡県の浜松市に行った。 [続きを読む]

受信: 2016年2月17日 (水) 08時05分

« METライブビューイング「真珠採り」 埋もれていた名作オペラが最高の形でよみがえった | トップページ | マニラの旅 »