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地震の恐れの中、映画「偉大なるマルグリット」「アイリス・アプフェル 94歳のニューヨーカー」をみた

 大分市のシネマ5bisで、いつ地震に襲われるかとひやひやしつつ映画を二本見た。観客は10人前後だったが、途中、ほとんどすべての観客の携帯電話から緊急地震速報の警告音が鳴った(携帯電話をオフにしておくのがマナーだと思うが、今回のような状況では、むしろ携帯の電源を入れておくべきだろう)が、特に大きな揺れもなく、最後まで何事もなく見ることができた。

 まずは、グザヴィエ・ジャノリ監督の「偉大なるマルグリット」。

 オペラ愛好者の間では、伝説の音痴ソプラノであるジェンキンス夫人は有名だ。私は1970年代にFM放送でこの女性の歌を聴いてある種の感動を覚え、20年ほど前、CDを見つけて購入。時々聴いている。わざとはずして歌っているというレベルではない。本人は気持ちよく「夜の女王のアリア」などのオペラアリアを歌っているが、天才的なはずれ具合。初めのうちは途方もない音痴を笑って聴いているが、そのうちその無邪気な歌心に感動を覚える。はずれてはいるが、聴くものの心に訴えかける力をジェンキンス夫人の歌は持っている。

 きっとジャノリ監督も同じように思ったのだろう。そして、この映画を作ったのだろう。ジェンキンス夫人はアメリカ人で最後はカーネギーホールでリサイタルを開くのだが、ここではヒロインはマルグリット・デュモン男爵夫人というフランス人で、場所はフランスという設定にされている。

慈善団体やマスコミの人々が金を引き出すために夫人を利用しようとする。しかし、利用しようとする中の何人かは、そのはずれた歌に言いがたい魅力があることを感じている。そして、夫であるデュモン男爵が外に愛人を作り、夫婦の間がうまくいっていない。夫人がオペラにのめりこむ背景にはそのような事情があるらしい。リサイタルで「ノルマ」のアリアを歌う喉から血を吐いて歌えなくなり、その後、精神の病に陥る。最後、医師を中心にした人々が夫人に自分の歌の録音を聞かせて、その音痴のほどをわからせ、正気に戻らせようとするが、夫人は自分の声を聴いて倒れる。が、夫人への愛に目覚めた夫が妻を抱いて心配するところで、映画は終わる。

とてもおもしろい映画だった。デュモン夫妻の夫婦関係と、作家=音楽評論家と歌手との関係がパラレルに描かれ、1920年代のアヴァンギャルドな芸術状況がおりこまれ、クラシック音楽もふんだんに聴ける。オペラ好きにはたまらなく楽しい。ただ、私としてはあれこれとテーマを広げなくても、マルグリットの歌のはずれ具合や彼女の無垢な心を追いかけるだけでも十分に観客を感動させられたのではないかとは思った。

 もう一本「アイリス・アプフェル 94歳のニューヨーカー」を見た。普段なら絶対に見ないタイプの映画。アプフェルというまるで南国の派手な色彩の鳥のような服装をした女性を追いかけたドキュメンタリー映画。

 これもとてもおもしろかった。見事な生きざま。個性的なファッションセンスを主張し、見事にものを着こなしていく。服や小物などの魅力を引き出していく様子はあっぱれというしかない。この女性にはユーモアのセンスもある。女性を支えて100歳の誕生日を迎え、しかもユーモアを忘れない夫カールの生き方も見事。

 ただ、これほど物質に執着し、次々と物質を購入し、コレクションする様に大いに疑問を感じないわけにはいかなかった。まさしく物質文明の権化のような夫婦だ。よほどの財力がなければこのようなことはできないし、物質にあふれた社会でなければできない。個性を自分の行動や自分の作品でなく、購入した物質で表現するというのも、私にはそれほどすごいことには思えない。ただ、そのような疑問もこの老夫婦のあっぱれな生きざまを見ていると、それはそれで立派なものだとは思った。

 映画を見た後、ホテルに戻ってしばらく本を読んでから、高校時代からの友人と夕食。しばらく余震もない。もう落ち着いたのだろうか。そうならいいのだが。

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