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4月1日の思い、そしてオペラ映像「カヴァレリア・ルスティカーナ」「道化師」「死の都」

 2016年4月1日になった。私の多摩大学教授としての最後の年度の始まり。来年の3月末をもってして定年退職になる。定年後の仕事とともに気になっているのが、研究室に置いている本やCDの始末なのだが、ここでそれを言ってもはじまらない。

 3月末は少し時間があったので、オペラ映像を何本か見た、感想を書く。

 

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マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」 レオンカヴァッロ「道化師」
20153月 ザルツブルク復活祭

 クリスティアーン・ティーレマン指揮、シュターツカペレ・ドレスデン。演出はフィリップ・シュテルツェル、ともに主演はヨナス・カウフマン。2015年のザルツブルク復活祭の2枚組映像。

 どちらのオペラもまずはあまりのオーケストラの雄弁さに圧倒される。指揮も凄いがオケも凄い。最高に美しい音が緻密に、そしてドラマティックに紡ぎだされる。ただ、実は「立派すぎる」という印象を拭い去ることができなかった。ワーグナーやシュトラウスのように豊穣でドラマティックできめ細かい。だが、そうなると、イタリアのあけっぴろげな下品さが薄れてしまう。高度な芸術になってしまう。

 それはカウフマンにも言える。見事な声。容姿も理想的。歌いまわしもニュアンス豊かで、これまでのこれらの役を得意にしてきた大歌手たちに一歩も引けを取らないと思う。「道化師」の「衣装をつけろ」など、私は感動に震えた。だが、立派すぎる。愛欲に狂い、嫉妬に狂った「ナマの人間」の感じがしなくて、「芸術」の香りがしすぎる。

 たとえば、パヴァロッティが歌うと、ともかく生身の人間の存在感に圧倒される。パヴァロッティは、いうまでもなく決して美男とは言えない、不思議な顔のおじさんなのだが、とてつもない美声のほかに、生身の雰囲気がある。良くも悪くも体臭が漂ってきて、それに感動してしまうようなところがある。が、カウフマンが歌うと、知的になり、クールになり、カッコよくなる。これがもちろんカウフマンの持ち味なのだが、その見事な歌に感動しながらも、どこかこれまでの大歌手たちにあってカウフマンにはないものを感じてしまう。

 演出に関しては、私は大いに感動した。「カヴァレリア・ルスティカーナ」は、少し表現主義的にデフォルメされた背景の中で、マフィアの親分と、親分の女に手を出してしまった根は真面目なチンピラの物語が描かれる。舞台はシチリアなので、なるほどそんな解釈もあるだろう。トゥリッドゥ(ヨナス・カウフマン)とサントゥッツァ(リュドミラ・モナスティルスカ)の間には子供がいて、トゥリッドゥの母親(ステファニア・トツィスカ)は女性実業家?という設定。どうやらサントゥッツァは内縁の夫トゥリッドゥとその母親に尽くしながらも邪険にされているようで、常に険しい表情をしている。イタリアの片田舎での凄惨な事件という状況は薄れて、現代的になっているが、ティーレマンの豊かでドラマティックな指揮ぶりは、この舞台にふさわしい。カウフマンの歌にも、この演出はぴったりだろう。

 サントゥッツァのモナスティルスカは素晴らしい歌。ただちょっと愛想がなさすぎるように思うのだが、これも演出家の指示なのだろうか。

「道化師」は、舞台上にいくつかの枠ができて、それらが1960年代のハリウッド映画のように展開される。枠内で別々の登場人物の状況が描かれて、まさしく映画的。実にリアルで、実に彩りが美しい。群衆の動きも音楽に合っていて、わくわくする。タンセル・アクセイベクのベッペがまるでチャップリンのような演技をして映画的な雰囲気を盛り上げる。ただ、歌唱の面では、カニオを歌うカウフマン以外の歌手たちはちょっと物足りない。ネッダのマリア・アグレスタは硬く、トニオのディミトリ・プラタニアスは低音が不安定。

 とはいえ、やはりこのオペラは素晴らしい。後半、大きく盛り上がる。

 

 

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レオンカヴァッロ「道化師」 
19611025日、東京文化会館

 

 1961年のイタリア歌劇団日本公演の有名な映像。当時、テレビ放送されたのだろうが、10歳だった私は、クラシック音楽に触れ始めたばかりのころで、この放送を見た覚えはない(その2年後の1963年の「セヴィリアの理髪師」の放送を見て驚嘆したのは覚えている)。が、その後、伝説として知っていた。いくらなんでもひどい映像だろうと思ってこれまで見なかったが、ザルツブルク復活祭の映像を購入するついでに、これも注文した。

 もちろんNHK交響楽団とNHKイタリア歌劇合唱団+藤原歌劇合唱団については、ザルツブルクとはもちろん、現在のN響や藤原歌劇団とも比べ物にならないレベル。ミスが多く、音が貧弱。映像ももちろんモノクロ。だが、聞くに堪えないレベルではない。そして、やはり何よりすごいのは歌手陣。

言うまでもなく、カニオを歌うマリオ・デル・モナコの凄まじさたるや言葉を失うほど。貧弱な音を突き抜けて私たち現代の耳にまで届く。カウフマンも素晴らしいと思ったが、やはりこの役は歌と演技と容姿のすべてを含めてデル・モナコにははるかかなわない。パヴァロッティもドミンゴもデル・モナコにはかなわないのではないか。ネッダのガブリエルラ・トゥッチも可憐でとてもいいし、トニオのアルド・プロッティも伸びのある美しい声。55年前の映像でもこれほどの感動を呼ぶのは凄い。

 

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コルンゴルト「死の都」201011月 ヘルシンキ、フィンランド国立歌劇場

 

新国立劇場で「サロメ」を歌ったカミッラ・ニールントがマリエッタを歌っている。先日、ニールントさんを交えて飲み会をしたとき、見たことのある実演、映像を整理してみたところ、この映像を見ていないことに気付いて購入。

パウルを歌うのはクラウス・フローリアン・フォークト。一昨年だったか、新国立劇場でみたのと同じカスパー・ホルテンの演出(というか、新国立劇場がこの演出を借り受けたわけだが)。ニールントとよく似たパウルの亡き前妻が「幽霊」として黙役で登場し、パウルの葛藤を描く。白い壁面に思い出の品を飾った墓のような舞台ですべてが演じられる。

新国立劇場の上演も素晴らしかったが、この映像はもっと素晴らしい。ニールントが妖艶で不気味なマリエッタを見事に歌っている。容姿も美しく、声も伸び、蓮っ葉でありながらも心優しいマリエッタになりきっている。当たり役の一つといえるのではないか。フォークトも、ほんの少し声がかれるものの全体的には、自然な美声が実に素晴らしい。その他の配役も見事。申し分ない。ミッコ・フランクの指揮も生々しく、しかも官能的。フィンランド国立歌劇場管弦楽団もとてもよいオケだ。このオペラの面白さがよく伝わるすばらしい映像だと思う。

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