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2016年ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン3日目感想

201655日、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン3日目の感想を書く。

・ジェラール・コセ(ヴィオラ)、モディリアーニ弦楽四重奏団

プッチーニの弦楽四重奏曲「菊」、シェーンベルクの「浄められた夜」(弦楽六重奏版)

 プッチーニについては、オペラ同様、この曲も私は理解できない。私には単なる鼻歌に思えるのだが。わざわざ弦楽四重奏にする必要はなさそうな気がする。「浄められた夜」は名演だと思う。弦の音の重なりが美しい。とりわけ弱音が素晴らしい。官能が沸き立つ。アンサンブルも見事。官能と浄化の繋がりがよくわかる。

 

・小林沙羅(ソプラノ)、荘村清志(ギター) 「島へ」「雲に向かって起つ」「恋のかくれんぼ」「燃える秋」「小さな空」など

 武満徹の歌曲。小林沙羅の評判は前から聞いていたので、期待していた。期待通り、いやそれ以上の素晴らしさ。オペラ風ではなく、日本歌曲にふさわしい自然な歌い方。しかし、そこに詩の感情を自然に込める。「死んだ男の残したものは」に涙が出てきた。荘村さんのギター伴奏もいい。武満のさらりと書いた歌曲はギター伴奏がぴったり。始めのうちは2人の呼吸が少し合っていなかったが、すぐに合ってきた。ただ、私が武満に疎いためだと思うが、ギター独奏の「森の中で ギターのための3つの小品」は、私には理解できなかった。少々退屈した。荘村さんごめんなさい(私は二度ほど庄村さんとお仕事をご一緒したことがある。演奏はもちろん、お人柄の点でも素晴らしい方だった)。

 

・サイモン・サヴォイ(ピアノ)、ローザンヌ声楽アンサンブル、ダニエル・ロイス(指揮) プーランク「7つの歌」、ドビュッシー「シャルル・ドルレアンの3つの歌」、ラヴェル「3つの歌」、ヒンデミット「リルケの死に寄る6つのシャンソン」、フォーレ「魔人たち」「ラシーヌの賛歌」など

 無伴奏の合唱曲が中心。プーランクが特に魅力的だった。アポリネールやエリュアールンシュールレアリスム的なちょっとふざけた詩を無伴奏にすることで宗教的になり、詩の奥にある精神があぶりだされる。プーランクの深みのある諧謔に脱帽。声のハーモニーが実に美しい。清浄な世界を作りだす。フォーレの「ラシーヌの賛歌」の美しさにも感嘆した。

 

・トリオ・カレニーヌ ジョリヴェのチェロとピアノのための夜想曲、アーンのヴァイオリンとピアノのための夜想曲、シェーンベルクの「浄められた夜」(ピアノ三重奏版) 

 ジョリベの曲はとりとめがないと思った。私はかつてフランス文学を専攻したが、ドイツ音楽好き。私のような人間には、この曲は理解できない。アーンはとてもおもしろいと思った。起伏があり、形式感がある。アーンはプルーストの友人で、ワグネリアンだった。私に理解しやすいのはそのせいかもしれない。

 「浄められた夜」はとてもドラマティック。ピアノ三重奏だと輪郭が明確になり、官能性が薄れる反面、激しい葛藤を描くようになる。トリオ・カレニーヌは、とても魅力的。息が合ってドラマを作り上げる。

 

・ジラール弦楽四重奏団  モーツァルトの弦楽四重奏曲第17番「狩り」、シューベルトの弦楽四重奏曲第14番「死と⼄⼥

 ジラール弦楽四重奏団には昨日大いに感嘆したのだったが、今回はやや保留つき。若々しく見事なアンサンブルで演奏するし、おおらかで力動感にあふれるところは素晴らしいが、モーツァルトもシューベルトも同じ調子。もしかすると、力で押して、その結果現れる音楽の美しさを追求しているのかもしれないが、私は一本調子に感じて、少々物足りなかった。素晴らしいカルテットには違いないが、まだ若すぎる。もう少し鍛錬が必要だと思った。

 2016年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンを聴き終えた。私は全部で19のコンサートを聴いた。2005年からの総計は有料コンサートだけで451になる。多分、日本一だと思う。もしかすると世界一かもしれない。

今年も素晴らしいコンサートにいくつか出会えたのはうれしい。しかし、昨年までのような圧倒的な演奏、興奮からしばらく冷めないような演奏には出会えなかった。たまたま私の聞いたコンサートにそのような演奏がなかったのかもしれないが、私としては少し寂しい。来年、興奮するような演奏に出会えることを願う。

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コメント

毎年盛り上がる筈のファイナル・コンサートで、今年は現代音楽特集でした。松下功(樋口先生とほぼ同じぐらいの年齢の様ですね)先生の『飛天遊』もやはりいかにも現代音楽という感じの作品ですが、林英哲の和太鼓が迫力ありましたからか聴衆は大喜び、大変盛り上がりました。
『春の祭典』も演奏はなかなか良かったと思います。しかしLFJはあまりクラシックになじんでいない方もいらっしゃるせいか、終演後の拍手がおざなりであっけなく終わりました。演奏が終わった時はしばらくシンとしていましたが、フライングがなかったというよりは終わったのがわからなかったという風でした。クラシックに長い間馴染んでいる者には今年も(演奏なら)満足行く締め括りとなりましたが、この音楽祭の色あいから考えると残念ながら選曲ミスと言う外ありません。外に出たらすっかり片付きLFJの雰囲気はほとんど姿を消しており、さっきまでの盛り上がりに欠けるカーテンコールと併せてさびしさを感じました。

投稿: 崎田幸一 | 2016年5月 9日 (月) 08時01分

つまり、どれだけ迫力がある曲でも、メロディラインを拒絶した様な曲では盛り上がる事は出来ない、という事なんですね。

投稿: 崎田幸一 | 2016年5月 9日 (月) 08時04分

崎田幸一様
コメント、ありがとうございます。
おっしゃる通り、少なくともAホールでのコンサートは親しみやすい有名曲が望ましいと思います。今回は日本人の聴衆の好みと少し異なっていたかもしれません。
ただ私はここ数年、ファイナルコンサートは聴かず、最終日は小さなホールで聴いて、そのまま感動を一人の胸におさめて静かに自宅に帰ることにしています。

投稿: 樋口裕一 | 2016年5月 9日 (月) 12時35分

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