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ムローヴァのシベリウスの協奏曲は私好みの演奏ではなかった

 2016528日、東京芸術劇場で読売日本交響楽団マチネ―シリーズを聴いた。指揮はキリル・カラビッツ。今回、初めて名前を知った。前半にベルリオーズの「ローマの謝肉祭」と、ヴィクトリア・ムローヴァが加わってシベリウスのヴァイオリン協奏曲、後半にプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」より。

 私の目当てはシベリウスを弾くムローヴァ。彼女のバッハは現代の最高の演奏の一つだと思っている。彼女の演奏するシベリウスの協奏曲はCDも含めて聴いたことがなかったのでかなり期待して出かけた。

 カラビッツという指揮者は大胆にダイナミックに鳴らすタイプの人のようだ。澄んだ凄まじい音が響き渡る。読響も指揮者の求める音をきれいに、しかも切れがいい。「ローマの謝肉祭」は実に爽快。ただ、私にはちょっと音楽としての起伏が一本調子の気がした。私は音楽にどうも乗れなかった。

 シベリウスの第一楽章の出だしのオーケストラの美しさには息をのんだ。が、私の目当てであるムローヴァのヴァイオリンがあまりにクール。もちろん、見事な演奏で、技術的にも音楽的にも、きっとムローヴァのしたいことをしているのだろう。しばしばあっというような表情を聴かせる。繊細だったり、鮮烈だったり。だが、シベリウスらしい情熱のほとばしりが感じられない。第一楽章は冷たい空気を思わせるような怜悧な音で始まるのは私の好みだ。だが、徐々に熱してきて、大きな情熱のうねりになってほしい。ところが第三楽章に至ってもそうはならなかった。少なくとも、私の好きなシベリウスの協奏曲にはならなかった。

 ムローヴァのアンコールとしてバッハの無伴奏ソナタの冒頭の曲。これは素晴らしかった。張りつめた空気の中に自由な遊び心があり、心の躍動がある。私は引きこまれた。今日の演奏の中でこの時間がもっとも充実していた。来た甲斐があったと思った。

 後半の「ロメオとジュリエット」(プログラムの表記は「ロミオとジュリエット」となっていた)は、まさしく音の饗宴という雰囲気。オケの性能の良さは十分に感じることができた。が、音楽としてどうかというと、私には少々不満が残った。大きな音がしているし、それぞれの音はとてもきれいなのだが、それ以上のものを感じない。もう少しドラマとしての面白みを出してほしいと思った。アンコールは「三つのオレンジへの恋」の行進曲。これも同じ印象だった。

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オルミ監督の「緑はよみがえる」、IBM管弦楽団、京都観光のことなど

岩波ホールでエルマンノ・オルミ監督の「緑はよみがえる」をみた。 

 昔、「木靴の木」を見て感動した。これまで見たすべての映画の中でベスト20に入る映画だった。オルミ監督の映画はほかに「ポー川の光」を見ている。それもなかなかいい映画だった。だが、「緑はよみがえる」については、期待が大きすぎたせいか、それほどの感動は覚えなかった。

第一次大戦中、オーストリアとの戦いで雪に囲まれ、風邪やインフルエンザに襲われながら、塹壕の中での理不尽な戦いを強いられるイタリア軍の兵士たちの物語。大きな英雄譚があるわけでもなく、何かのミッション達成が描かれるわけでもなく、ただ兵士たちの苦難の日々と、多くの兵士の死が描かれる。

 私は実はほとんど人物を識別できなかった。もちろんカラー映画だが、意識的にモノクロに近い色遣いがなされている。みんなが軍服を着ており、みんなが厳寒の中で体中を衣服で覆っているうえ、塹壕の中なので薄暗い。未知の俳優たちを見分けるのはかなり難しい。が、これは群集劇なので、きちんと識別しなくても映画を理解するのにそれほどの問題はないといえるかもしれない。

 私が感じたのは、監督の慈愛の視線だ。兵士たちは理不尽に命令されて殺し合い、理不尽に苦しみ、理不尽に故郷や自然が破壊されていく。弱い人間たちが必死に尊厳を守り、なんとか生き抜こうとする。そして、苦難から生き残ったものがまた新たな歴史を作っていく。そのような人間の悲劇と宿命を淡々と、しかも哀切と愛情を込めて描いている。「木靴の木」とは比べようもないが、これはこれでとても良い映画だと思った。

 ところで、疑問に思ったことがある。

 1980年代前半だったと思う。イタリア映画祭か何かで今回と似た雰囲気の映画を見た。男たちがスイスの奥地で雪に囲まれて過ごす物語だった。「木靴の木」に感動した後、同じオルミ監督がずっと以前に撮った映画だということで見にいった記憶がある。モノクロの静謐な映画だった。ところが、それらしい題名がオルミ監督の作品リストにないような気がする。今回購入したプログラムにも、それらしい映画の記述がない。私の記憶違いなのだろうか・・・。

 ところで、ここ数日の出来事を書いておく。

 2016522日、文京シビックホールで日本IBM管弦楽団第27回定期演奏会を聴いた。日本IBMの関係者で作るアマチュア・オーケストラだ(ただし、賛助メンバーもかなり含まれているとのこと)。日本IBM出身の先輩に誘われた。指揮は松尾葉子。曲目はシャブリエの狂詩曲「スペイン」、ビゼーの「アルルの女」第2組曲、ムソルグスキー作曲・ラヴェル編曲の「展覧会の絵」。アマチュア・オケながらフランス的な軽やかで澄んだ響きを出しているのでびっくり。もちろん、しばしば音が濁るが、なかなか見事だった。

 524日、仕事で京都に赴き、京都産業大学付属中学校で小論文研修を行った。大変実りの多い研修だったが、15時までに仕事が終わったので、少し観光をして、おいしい京料理を食べてから東京に戻ろうと思った。

駅にカバン(私は研修の講師なのでそれなりに重い荷物を持っている)を置いて観光しようとしたところ、サミットのために京都は厳戒態勢でJRのすべてのコインロッカーが使用禁止になっていた。30度を超す暑さの中、あちこち探したが、JR以外のコインロッカーはすべて使用中。諦めて、カバンを持ったまま国立京都博物館にタクシーで行った。博物館ならカバンを預けて見学できると思った。ところが、なんと京都博物館もテロを警戒して展示物は見られない状態だった。そのままタクシーで駅に引き返した。きっとどこに行っても同じ状況だろうと考えて新幹線で東京に戻った。徒労だった!

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METライブビューイング「ロベルト・デヴェリュー」 主役4人の存在感

東銀座にある東劇でMETライブビューイング「ロベルト・デヴェリュー」をみた。METの上演なので間違いなく素晴らしいだろうと思っていたが、期待を上回るすごさだった。

 まずエリザベッタ役のソンドラ・ラドヴァノフスキーが圧倒的。高音が最高に美しく、しかも表現力がある。そして、それと同じくらい演技が素晴らしい。鬘を取って老いを前面に見せてからの迫力には息を飲んだ。まさしく迫真の演技。このオペラを老いた女王の必死の恋として描いたマクヴィカーの演出がこの人の演技のおかげで最高度に説得力のあるものになったといえるかもしれない。

 題名役のマシュー・ポレンザーニも美しい声でしみじみと歌う。声に張りがあり、これまた実にいい。サラを歌うエリーナ・ガランチャもときに主役二人を食ってしまいそうな可憐な演技と歌唱。ノッティンガム公爵役のマウリシュ・クヴィエチェンは、初めのうちほんの少し不安定なところを感じたが、ドラマティックなところになると迫力ある歌と存在感を見せてくれた。この4人の主役の独唱、二重唱のこれほどの充実度はほかの劇場ではなかなか難しいだろう。

 指揮はマウリツィオ・ベニーニ。私はこの名前を初めて聞いた。ほんの少し歌とオケのずれを感じるところはあったが、全体的にはとてもドラマティックに盛り上げていて、とてもいい指揮者だと思った。

 それにしても、ドニゼッティのこのオペラの魅力を改めて感じた。私はグルベローヴァがエリザベッタを歌ったバイエリン国立歌劇場公演を見た記憶があるが、その時以上にこのオペラのドラマ性に感動した。

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戸田弥生&野原みどりデュオ・リサイタル 凄まじい名演奏だった!

2016520日、代々木上原のMUSICASAで多摩大学樋口ゼミ主催の戸田弥生&野原みどりデュオ・リサイタルを開いた。大成功だった。狭いホールながらほぼ満員。

このコンサートは、私のゼミで企画・運営したものだが、本日の運営はすべて学生に任せて、私は音楽を聴くことに専念した。私は主催者として以上に、一人の客として、まだ興奮している。すさまじい演奏だった。

 前半、ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」(ヴァイオリン+ピアノ版)、次にラヴェル「ツィガーヌ」。まずこの「ツィガーヌ」が素晴らしかった。戸田さんの重くて、弦にガツンと当たるような強い音。美しい音ではない。人の心をぐいっと掴む。それに対して、野原さんのいかにもラヴェルらしい高貴でしゃれた音。しなやかで透明。その二つの音がぶつかり合う。ぶつかり合いながら、一つの音楽を作っていく。すごい! 狭いホールであるがゆえに演奏者の生の音楽を目の前で味わうことができた。

 野原さんのソロも実に素晴らしい。美しく高雅。だが、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」からの10の小品は戸田さんの影響受けてか、野原さんにしてはかなり強い音。しかし、本当に音楽美にあふれている。

後半のショスタコーヴィチのヴァイオリン・ソナタはもっとすごかった。戸田さんの凄まじい集中力。それに対抗する野原さんのしなやかで豊かな音楽性。とりわけ第二楽章の凄まじいこと! 何事かが起こったかのよう。私の心の中は生きる苦しみと生きる喜びと、なんだかわけのわからない生の躍動とであふれかえって私はまさしく躁状態に陥った。音楽の興奮で叫びだしたくなった。

アンコールはラヴェルの「フォーレの名による子守歌」。ショスタコーヴィチのソナタでこのコンサートが終わっていたら、私はしばらく眠れなかったことだろう。この曲がアンコールだったことで、ともあれ心落ち着いた。

それにしても素晴らしい演奏だった。戸田さんと野原さんにしかできない演奏だった。これを企画できたことを本当にうれしく思う。そして、このコンサートを立派に運営してくれたゼミ生を誇りに思う。改めて、このお二人の音楽かとしての才能と力量に圧倒された。

ゼミ生と話しあって、このお二人にお願いしてコンサートを開こうと決めたのは去年の秋だった。それ以降、お二人とも打ち合わせをし、ゼミ内部でも繰り返し企画を詰めて本日に臨んだ。できるだけ私は表に出ないで、ゼミ生の主体性に任せた。最高の形でよい演奏をサポートすることができた。

かなり疲れたが、今日は幸せに眠りにつけそうだ。

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藝大でサティを堪能

 2016年5月15日、東京藝大による「藝大プロジェクト2016 サティとその時代」の第一回「今日は一日、サティの日」を聴いた。とても満足。

 私はベートーヴェン、ワーグナー、ブラームス、ブルックナーなど、ドイツ系の重い音楽が大好きだが、ひそかにサティを愛している。サティを聴くと、にやりと笑いたくなり、軽いうっ憤を晴らした気になり、時に心を洗われ、清澄な気分になる。ほかのどの作曲家からも得られない不思議な力をサティの音楽は与えてくれる。

 そんなわけで、藝大でサティが特集されると知って、大喜びで出かけた。しかも入場料無料。

1ホールで「幕間」と「スポーツと気晴らし」の2本の映画を見た。ともにサティが映画に音楽をつけている(とはいえ、当時はサイレント映画なので、実際の上映の時にはなま演奏がなされたわけだ)。とりわけルネ・クレール監督の「幕間」はおもしろかった。ブニュエルのシュールレアリスム映画「アンダルシアの犬」を思わせる雰囲気。そして、やはりサティの音楽が面白い。「スポーツと気晴らし」はまさにサティの音楽をそのまま映画にしたもの(楽譜が写され、音楽が鳴り、語りが入る)。演奏は高橋アキ。

 第2ホールでは「ヴェクサシオン」のピアノ演奏。実際にサティが作曲したのは1分半に満たないほどだが、それを840回繰り返して演奏するよう指示がなされている。まさにヴェクサシオン(いやがらせ)。人を食ったようなタイトルをつけ、不思議な音楽を作るサティの代表作の一つだ。今回は、4時間半にわたって演奏された。その時間に何度演奏されたかは確認しなかったが、250回前後になりそうなペースだった。ピアニストによってかなり演奏が異なること、同じフレーズを繰り返し聴いているうちに、ちょっと気が遠くなり、音楽の様相が変化していくことに気付いた。

 第6ホールでは、「メドゥーサの罠」の演奏を聴いた。秋山邦晴の日本語台本、演出は清水寛二。演じるのは、清水寛二、竹内靖彦、重盛次郎、大槻孝、谷石奈緒子、指揮は矢崎彦太郎、オーケストラは芸大学生有志アンサンブル。もちろん、実演初めてみた。ただ、それなりにはおもしろかったが、サティ自身による台本はあまりにシュールでよく理解できず、感動するとまでは行かなかった。

 奏楽堂では、サティの「3つの小さなピエスモンテ」、ジョン・ケージの「チープ・イミテーションⅠ」そしてサティの交響的ドラマ「ソクラテス。「ソクラテス」が圧倒的に素晴らしかった。小林真理、工藤あかね、薬師寺典子、野々下由香里のそれぞれ歌手がとてもいい。フランス語の発音も美しいし、声も清澄。矢崎指揮の藝大学生有志オーケストラも素晴らしい。フランス音楽特有の繊細でしなやかで精妙な音を出している。

 サティを堪能した。サティの音楽をこれほどまとまって聴く機会はこれまでなかった。芸だが位がこのような企画をしてくれたのはとてもうれしい。しゃかりきになって世界に影響を与えようとする芸術とは対極にある音楽。政治力学にあふれた現実世界からちょっと外側に出て、人を皮肉り、俗世にはない純粋な世界に遊ぶ。そんなサティの世界の魅力を改めて感じた。

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ベロッキオ監督の映画「夜よ、こんにちは」「愛の勝利を ムッソリーニを愛した女」「眠れる美女」

 5月3・4・5日はラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで過ごした。その後、6・7・8・9日と家で過ごすことができた。その間、先日に続いて、ベロッキオ監督の映画をDVDでみた。感想を書く。いずれもとてもおもしろかった。とりわけ、「愛の勝利を ムッソリーニを愛した女」には感動した。

 

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「夜よ、こんにちは」 2006年

 1978年に起こったイタリアのテロリスト集団「赤い旅団」によるモロ元首相誘拐殺人事件を題材にした映画。メンバーの一人である女性キアラは、モロ氏監禁し、その状態を見て話を聞いているうちに自分の行動に疑問を持ち始める。キアラの考えの揺れを非現実的な映像も含めて描いていく。

「赤い旅団」によるモロ氏誘拐殺人事件についてはよく覚えている。私自身を含む当時かなり左翼的だった若者の左翼離れを加速させた事件だった。

 当時の独善的な過激派集団の意識、生きること、愛することへの根本的な問いが描かれてとてもおもしろい。映像も美しい。ただ、私としては「ポケットの中の拳」や「肉体の悪魔」ほどの衝撃は覚えなかった。

 

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「愛の勝利を ムッソリーニを愛した女」 
2009

 すべてを犠牲にしてムッソリーニ(フィリッポ・ティーミ)を愛し抜き、その息子を生みながら、のちにムッソリーニに捨てられ、存在を抹殺された女性(ジョヴァンナ・メッゾジョルノ)の自分と息子を認めさせようとして敗れていく物語。ムッソリーニが国民への演説で勝利を語り、国民を鼓舞し、国民の自由を訴える裏で、女性は人権を奪われ、精神病院に閉じ込められ、自由を失っていく。その不条理が絵画のように美しい画面によって語られる。事実に基づくようだ。

 狂おしい愛のあり方、生命をかけた激しい闘いに圧倒される。画面全体に激しい生命があふれている。この映画にも圧倒的な美しい場面がいくつもある。絵葉書的に美しいのではなく、画面全体に生命が宿り、エロスにあふれている。大いに感動してみいった。

 

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「眠れる美女」 
2012

 2009年、イタリアで植物人間として生きていた「眠れる美女」の尊厳死を認めるべきかどうかが政治的な問題になり、国論を二分する大騒動になったらしい。その騒動を背景にして、それぞれ尊厳死や自殺をめぐる三つのエピソードが描かれる。自殺や尊厳死を認めるべきか、それとも命を何よりも重視するべきか。重いテーマだが、映像があまりにリアルであまりに美しいために、つらい気持ちにならずに目を引き付けられて見入る。それぞれの人物の心の葛藤が真に迫っている。

様々な解釈が可能であり、様々な暗示が映画の中で示される。ベロッキオ監督自身の立場がどちらなのかもそれほど明確ではない。だが、監督が語ろうとしている大枠は、「人間の生命こそが何よりも大事だ。それを支えるのが人と人の絆であり愛である」というきわめて単純なことだと思う。単純だからつまらないというのではない。このような骨太のテーマががっしりとあるからこそそれぞれのディテールがリアルであり、それぞれの人物の感情に移入でき、登場するすべての人間が愛おしくなる。素晴らしい映画だと思った。

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2016年ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン3日目感想

201655日、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン3日目の感想を書く。

・ジェラール・コセ(ヴィオラ)、モディリアーニ弦楽四重奏団

プッチーニの弦楽四重奏曲「菊」、シェーンベルクの「浄められた夜」(弦楽六重奏版)

 プッチーニについては、オペラ同様、この曲も私は理解できない。私には単なる鼻歌に思えるのだが。わざわざ弦楽四重奏にする必要はなさそうな気がする。「浄められた夜」は名演だと思う。弦の音の重なりが美しい。とりわけ弱音が素晴らしい。官能が沸き立つ。アンサンブルも見事。官能と浄化の繋がりがよくわかる。

 

・小林沙羅(ソプラノ)、荘村清志(ギター) 「島へ」「雲に向かって起つ」「恋のかくれんぼ」「燃える秋」「小さな空」など

 武満徹の歌曲。小林沙羅の評判は前から聞いていたので、期待していた。期待通り、いやそれ以上の素晴らしさ。オペラ風ではなく、日本歌曲にふさわしい自然な歌い方。しかし、そこに詩の感情を自然に込める。「死んだ男の残したものは」に涙が出てきた。荘村さんのギター伴奏もいい。武満のさらりと書いた歌曲はギター伴奏がぴったり。始めのうちは2人の呼吸が少し合っていなかったが、すぐに合ってきた。ただ、私が武満に疎いためだと思うが、ギター独奏の「森の中で ギターのための3つの小品」は、私には理解できなかった。少々退屈した。荘村さんごめんなさい(私は二度ほど庄村さんとお仕事をご一緒したことがある。演奏はもちろん、お人柄の点でも素晴らしい方だった)。

 

・サイモン・サヴォイ(ピアノ)、ローザンヌ声楽アンサンブル、ダニエル・ロイス(指揮) プーランク「7つの歌」、ドビュッシー「シャルル・ドルレアンの3つの歌」、ラヴェル「3つの歌」、ヒンデミット「リルケの死に寄る6つのシャンソン」、フォーレ「魔人たち」「ラシーヌの賛歌」など

 無伴奏の合唱曲が中心。プーランクが特に魅力的だった。アポリネールやエリュアールンシュールレアリスム的なちょっとふざけた詩を無伴奏にすることで宗教的になり、詩の奥にある精神があぶりだされる。プーランクの深みのある諧謔に脱帽。声のハーモニーが実に美しい。清浄な世界を作りだす。フォーレの「ラシーヌの賛歌」の美しさにも感嘆した。

 

・トリオ・カレニーヌ ジョリヴェのチェロとピアノのための夜想曲、アーンのヴァイオリンとピアノのための夜想曲、シェーンベルクの「浄められた夜」(ピアノ三重奏版) 

 ジョリベの曲はとりとめがないと思った。私はかつてフランス文学を専攻したが、ドイツ音楽好き。私のような人間には、この曲は理解できない。アーンはとてもおもしろいと思った。起伏があり、形式感がある。アーンはプルーストの友人で、ワグネリアンだった。私に理解しやすいのはそのせいかもしれない。

 「浄められた夜」はとてもドラマティック。ピアノ三重奏だと輪郭が明確になり、官能性が薄れる反面、激しい葛藤を描くようになる。トリオ・カレニーヌは、とても魅力的。息が合ってドラマを作り上げる。

 

・ジラール弦楽四重奏団  モーツァルトの弦楽四重奏曲第17番「狩り」、シューベルトの弦楽四重奏曲第14番「死と⼄⼥

 ジラール弦楽四重奏団には昨日大いに感嘆したのだったが、今回はやや保留つき。若々しく見事なアンサンブルで演奏するし、おおらかで力動感にあふれるところは素晴らしいが、モーツァルトもシューベルトも同じ調子。もしかすると、力で押して、その結果現れる音楽の美しさを追求しているのかもしれないが、私は一本調子に感じて、少々物足りなかった。素晴らしいカルテットには違いないが、まだ若すぎる。もう少し鍛錬が必要だと思った。

 2016年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンを聴き終えた。私は全部で19のコンサートを聴いた。2005年からの総計は有料コンサートだけで451になる。多分、日本一だと思う。もしかすると世界一かもしれない。

今年も素晴らしいコンサートにいくつか出会えたのはうれしい。しかし、昨年までのような圧倒的な演奏、興奮からしばらく冷めないような演奏には出会えなかった。たまたま私の聞いたコンサートにそのような演奏がなかったのかもしれないが、私としては少し寂しい。来年、興奮するような演奏に出会えることを願う。

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2016年ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2日目の感想

 昨日の段階では、2016年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンはちょっと低調では? と思ったのだったが、2日目を聴き終わって、それが危惧に過ぎなかったと思いなおした。いくつもの素晴らしい演奏を聴いた。ただ、途中、腰痛のために、予定していたコンサートを聴かず、マッサージを受けた。が、その甲斐あって、ともあれ回復。

感想を書く。ただし、最後のコンサートが終わったのが22時20分頃だったので、もう遅い。ごく簡単に書くだけにする。

 

・トリオ・オウオン(シャルリエ、シュトロッセ、ヤン・ソンウォン シューベルト「ノットゥルノ 変ホ調」、ブラームスのピアノ三重奏曲第1

 深い味わいの素晴らしい演奏。熟成した濃厚なチーズのような味わい。様々な目に合い、様々な体験をした人の深い思いとでもいうか。決してドイツ的ではなく、かなりフランス的だが、秘めた情熱が感じられる。感動した。

 

・ダヴィッド・カドゥシュ(ピアノ)、黒木岩寿(コントラバス)、モディリアーニ弦楽四重奏団 シューベルトのピアノ五重奏曲「ます」

 トリオ・オウオンに比べるとずっと若々しい演奏。これも見事なアンサンブルで、しかも生き生きとしていてよかった。ただ、トリオ・オウオンの後にこれを聴くと、ちょっと若すぎる気がする。それがこの演奏のよさでもあると思うが。

 

・コロンえりか(ソプラノ)、広瀬悦子(ピアノ)、吉田誠(クラリネット) 「春に」「さすらい人の夜の歌」「野ばら」などのシューベルトの歌曲

 コロンえりかは初めのうちは音程が不安定だったが、しり上がりに良くなった。が、シューベルトの初々しさ、その苦悩を描き切るにはまだ若すぎると思った。広瀬のピアノ伴奏、吉田のクラリネットは素晴らしかった。

 

・ウラル・フィルハーモニー管弦楽団、ドミトリー・リス(指揮) ストラヴィンスキー「火の鳥」組曲、チャイコフスキー「白鳥の湖」作品20より

 ちょっと大味。繊細さよりもドラマティックな盛り上がりを重視した演奏。この曲はこれでよいのかもしれないし、観客には大うけしていたが、私の好みではない。

 

・アブデル・ラーマン・エル=バシャ(ピアノ) ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第15番「田園」、第17番「テンペスト」、第21番「ワルトシュタイン」

 もう少し激情がほしいと思ったが、この理性的なアプローチがエル=バシャの音楽なのだろう。構築的で知的で、抑制されたリリシズムがある。それぞれの曲の特徴を丁寧に描き分ける。3曲連続だったが、飽きることなく、そして十分に感動して聴いた。

 

・オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)、アンヌ・ケフェレック(ピアノ)

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」

 昨日の梁さんとまったく同じ曲目。だが、演奏はまったく異なる。トリオ・オウオンと同じような味わい。シャルリエの美音のなかにあらゆるものが込められているかのよう。繊細でロマンティック。ドラマティックな盛り上がりはほとんどないが、これほど一つ一つの音が美しくて丁寧で、そこに心が込められていると、それだけで感動してしまう。素晴らしい演奏。シャルリエは大ヴァイオリニストだと認識した。

 

・ジラール弦楽四重奏団 ハイドンの弦楽四重奏曲第67番「ひばり」、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第8番(「ラズモフスキー第2番」)

 若い弦楽四重奏団。どうも顔が似ていると思ったら、4人は兄弟(2人は男性、2人が女性)らしい。モディリアニ弦楽四重奏団よりももっとずっと音楽がふくよか。一つ一つの音が太く、しかも柔和でロマンティック。だが、アンサンブルは完璧。ただ、速い楽章は素晴らしいのだが、緩徐楽章には課題を残しているように思った。ベートーヴェンの第二楽章では、私は緊張感が不足しているように思った。だが、最終楽章などは圧倒的だった。これからの音楽界を担う若手弦楽四重奏団の登場だと思う。

 

・リュシー・シャルタン(ソプラノ)、ゾエリーヌ・トロイエ(アルト)、ファビオ・トゥルンピ(テノール)、アンドレ・モルシュ(バリトン)、ローザンヌ声楽アンサンブル、シンフォニア・ヴァルソヴィア、ダニエル・ロイス(指揮) ハイドンのオラトリオ「天地創造」

 

 実は、「天地創造」の実演を聴くの初めて。CDでも数えるほどしか聴いたことがない。だから、演奏についてはあまり言えない。が、素晴らしい演奏だと思った。歌手陣は世界最高レベルだと思う。透明な声で清潔な歌いまわし。とりわけソプラノのシャルタンの高温の美しさに感動した。指揮も的確だと思う。曲自体もとても美しい。親しみやすいメロディの連続。ただ、あまりに人間中心主義的な気がしてしまう。ハイドンよりものちのヴェルディにもブラームスにもフォーレにも、宗教曲の中に人間にはコントロールできない神の世界への敬意と畏れがある。だが、ハイドンのこの曲は創世記があまりに人間化されている。あまりに人間的なメロディが続く。そのうち考えてみたいテーマだ。

 

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2016年ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン初日の感想

 2016年5月3日、今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンがいよいよ始まった。この催しは日本では2005年に始まったので、もう12年目になる。最初の年からしばらくの間、私は「アンバサダー」としてこの催しにかかわった。そのおかげでこれまでフランスのナントの本場のラ・フォル・ジュルネを含めて、有料公演だけで432のコンサートを聴いてきた。そして、音楽によって激しい感動をたくさんしてきた。

 今年のテーマはnature ナチュール。すなわち「自然」であり「本性」でもある。実を言うと、私の好きな曲はどうもnatureの範疇に入らないものが多いようで、今回のプログラムは私の好みのものが少ない。さて、どのような感動を与えてくれるのか。

 本日は体調(実は腰痛に悩んでいる!)を考えて、あまり欲張らないように気をつけた。休み休み、無理をしないで聴いた。

 本日聴いたコンサートについて簡単な感想を書く。

・戸田弥生(ヴァイオリン)、ハンガリー・ジュール・フィルハーモニー管弦楽団、マールトン・ラーツ(指揮) グリーグ「朝」(「ペール・ギュント」より、ヴォーン=ウィリアムズのロマンス「揚げひばり」、チャイコフスキー「くるみ割り人形」の「花のワルツ」、レハールの「アドリア・ワルツ」、ワルトトイフェルのワルツ「クリスマスのばら」など。

 まずは肩慣らしの親しみやすい曲。なかなか楽しい。戸田さんの演奏した「揚げひばり」がとりわけ素晴らしい。ほかの演奏曲とはやや異質。しっとりとして、しかも深い。戸田さんが演奏したためもあるのかもしれない。バーバーの弦楽のためのアダージョを思い出した。とてもいい曲だと思う。

 なお、このブログで何度かお知らせした通り、多摩大学樋口ゼミの主催で、5月20日に戸田さんと野原みどりさんによるデュオリサイタルを代々木上原のムジカーザで開く。ぜひおいでいただきたい。

・梁美沙(ヴァイオリン)、ジョナス・ヴィトー(ピアノ) ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」とブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」

 

 梁美沙は好きなヴァイオリニストだ。勢いのある音楽を作る。不思議な迫力がある。今回も見事な演奏。とりわけブラームスは内に秘めた情熱がふつふつと湧いてくるような演奏。ただ、曲のせいなのか、私としてはもっと爆発することを期待していたが、そこまでは至らなかった。

・浜田理恵(ソプラノ)、マカオ管弦楽団 リュー・シア指揮 メンデルスゾーン「夏の夜の夢」序曲、ベルリオーズ「夏の夜」

 一階の最後尾の席で聴いたせいかもしれないが、オーケストラのバランスがよくない。バラバラな感じ。しかも、テンポが安定しない。メンデルスゾーンの精妙なこの序曲やベルリオーズでこれだと辛い。繊細さがなく、雰囲気が出ない。浜田さんの声はとても綺麗でフランス語の発音もとても良いと思うのだが、私としては音楽に乗れなかった。

・モディリアーニ弦楽四重奏団  ハイドンの弦楽四重奏曲第78番「日の出」、弦楽四重奏曲第67番「ひばり」

 とてもいい演奏。精妙にして広がりがある。見事なアンサンブル。「日の出」については、少しだけ私には納得できないところがあったが、「ひばり」は圧倒されて聴いた。ただ、昨年はもっともっと音程の正確さ、アンサンブルの美しさ、大きくうねる力感に感動した記憶がある。

・ルイス=フェルナンド・ペレス(ピアノ) ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」、リスト「オーベルマンの」(「巡礼の年 1年:スイス」から)、ドビュッシー「雪の上の足跡」、ドビュッシー「月の光」「喜びの島」

 これは文句なく素晴らしい演奏。すさまじい技巧。しかし、もちろんそれをひけらかすわけではない。知的で怜悧なリリシズムとでも言うか。感情に流されないが、十分にロマンティック。「月光」もきわめて構築的だが、流れが自然。ピアノをめったに聴かない私もこれには感動した。本日、最も感動したコンサートだった。

・ジェラール・コセ(ヴィオラ)、広瀬悦子(ピアノ) ベルリオーズ(リスト編) 交響曲「イタリアのハロルド」、ショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタ。

 ショスタコーヴィチのソナタはわけのわからない曲だった。私はショスタコーヴィチの室内楽はかなり好きなのだが、この曲はさっぱり! 数日前から、車の中で二度ほど手持ちのCDを聴いて予習したが、なんだかさっぱりわからなかった。実演を聴けば楽しめるだろうと思っていたら、実演はもっと途方に暮れた。何をしたいのかわからない。長い。ベートーヴェンの「月光」を思わせる音列が何度か現れるが、果たしてこれが何を意味するのか。コセさんも演奏以前から観客の反応に予想がついていたらしく、「ショスタコーヴィチの曲は難しすぎたので、もう一曲アンコールをする」と話して、リストの小曲を演奏。ただ、これを聴いてもショスタコーヴィチを聴いて心の中に生じた不可解な気持ちは解消されなかった。

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ロッシーニの映像「チェネレントラ」「モーゼ」「タンクレディ」「オリー伯爵」

 新学年が始まり、それなりに忙しい生活を送っていたが、やっと連休に入った。明日から、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンに通うことになる。

 この数日の間、またロッシーニのオペラ映像をいくつかみたので感想を書く。

 

206


「チェネレントラ」 
2006年 ジェノヴァ・テアトロ・カルロ・フェリーチェ劇場

 初めのうちは、オーケストラの力動感のなさを感じていたが、徐々にロッシーニらしくなってきた。歌手はそろっている。チェネレントラのソーニャ・ガナッシは美しくて躍動感のある歌唱。ドン・ラミロのアントニオ・シラグーサも張りのある声でしっかりとプリンスを歌う。ドン・マニフィーコ役のアルフォンソ・アントニオッツィが芸達者で声にも余裕があって実にいい。ダンディーニ役のマルコ・ヴィンコとアリドーロ役のシモン・オリフィーラ(大喝采を受けているが)はほかに比べると少し弱い気がした。

 指揮はレナート・パルンボ。いい指揮者だと思っていたのだが、前半もたついているのを感じた。後半は私はロッシーニの世界を満喫した。ポール・カランの演出は、特に新しさは感じないが、おしゃれで楽しい。

 

 

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「モーゼ」
20156月 ミラノ・ドゥオーモ

 

 どのような由来の映像なのかまったく知らないまま見始めて、びっくり。あまりに残響が長い。一体この録音は何なんだ?と思ってデータを見て、ミラノ大聖堂で上演された記念的な映像であることを知った。ミラノのドゥオーモはもちろん何度か訪れたことがあり、それなりに思い入れもあるが、やはりオペラを上演する場所ではなかろう。反響音がしばらく漂って現在の音と重なる。これほど残響が長いと音像がつかめない。残響が続くうちに船酔いのようなものを感じて気分が悪くなってきた。音楽に耳を傾けるどころではなくなってしまった。

 ルッジェーロ・ライモンディがモーゼを歌っている。ライモンディの全盛期を知っている人間としては、その衰えを感じざるを得ない。歌手たちはそろっているが、ともあれ、私としては雑音の中で音楽を聴いているのと同じように音楽に集中できない。このような気分になるのは私だけなのだろうか。

 

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「タンクレディ」(フェラーラ版)
1992年 シュヴェツィンゲン音楽祭

 25年前の映像。今の映像からすると、いかにもアナログでクリアさが不足。ピエール・ルイジ・ピッツィの演出も、今から考えるとかなりオーソドックスで古めかしい。宮殿が出てきて、鎧兜の戦士が出てくる。おそらく全員が台本通りの動きをする。とてもわかりやすくて、これはこれで不満はない。

演奏は実に素晴らしい。アメナイーデのマリア・バーヨの力演には息をのむ。美しい声で技巧的にも素晴らしい。タンクレディ役のベルナデッテ・マンカ・ディ・ニッサもしっかりした声で見事に英雄役を歌っている。アルジーリオ役のラウール・ヒメネスも本当に美しい声。そして、敵役のオルバッツァーノを歌うのは、なんと若きイルデブラント・ダルカンジェロ。このころから異様な存在感がある。

 ジャンルイジ・ジェルメッティの指揮するシュトゥットガルト放送交響楽団ももちろんとても良いのだが、近年の演奏に比べるとかなりおとなしい。私としてはもっと躍動感にあふれたロッシーニのほうが好きだ。

 なお、これはフェラーラ版を用いた上演。つまり、誤解が解けないまま悲劇に終わるヴァージョン。「オテロ」をみていてもそうなのだが、「タンクレディ」についても、みるたびに、一方の言い分だけを信じて相手の言い分に耳を貸そうとしない主人公にいら立つ。誤解された方も、もっと自己弁護すればいいのに・・・という思いを私はオペラをみている間じゅう、捨てられない。とてもいい音楽なのだが、このストーリーでは私は「なんと愚かなんだ」と思いが先だって登場人物に感情移入できない。

 

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「オリー伯爵」
20098月 ペーザロ ロッシーニ・オペラ・フェスティバル

 とても充実した映像。歌手陣のバランスがとてもいい。みんなが高いレベルでそろっている。オリー伯爵を歌うシー・イージェも強靭な歌声で実にいいし、家庭教師を歌うロレンツォ・レガッツォも太くて味のある声、イゾリエのラウラ・ポルヴェレッリもきれいで音程のよい声。だが、私は圧倒的にアデールを歌うマリア・ホセ・モレノに惹かれた。何と美しい高音。うっとりする。容姿的にも貴婦人にふさわしい。そして、もう一人ランボー役のロベルト・デ・カンディアが圧倒的な面白みを見せる。最高に楽しい。

 パオロ・カリニャーニの指揮によるボローニャ・テアトロ・コムナーレ管弦楽団も勢いがあって素晴らしい。ロッシーニの演奏はこうでなくっちゃ!

演出はルイス・パスカル。舞台を現代に移している。第二幕のアデールと二人きりでいる場面で、オリー伯爵が自分の正体を現す設定になっている。つまり、その後、二人は互いに正体を承知の上でやりとりをしていることになる。それはそれでとてもおもしろい。確かに14人もの男が女巡礼になりすまして気づかれないというのは現代の常識からするとあまりに不自然なので、このようにする方が自然ではあるだろう。

 このオペラはロッシーニがフランス語台本に作曲したものだが、フランス人はこのフランス語を聞きとれるのか少し疑問に思う。レチタティーヴォ風のところは、私でもなんとか聞きとれるが、早口の部分などフランス語の字幕を見てすら今どこが歌われているのかわからないほど。まあロッシーニのオペラはこんなものだろうけれど。

 

 

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「オリー伯爵」
20111231日 チューリッヒ歌劇場

 やはりなんといってもアデールを歌うチェチーリア・バルトリが圧倒的。ペーザロで上演された映像のマリア・ホセ・モレノも素晴らしいが、バルトリともなると、もっと人を引き付け、感嘆させる力を持っている。すべての音に勢いがあり、細かいところまで完璧にコントロールされている。一人図抜けた歌手がいると全体が締まってくる。オリー伯爵のハビエル・カマレナもイゾリエのレベッカ・オルヴェラもラゴンドのリリアーナ・ニキテアヌも文句なし。演出はモーシェ・レイザとパトリス・コリエ。かなり露骨な性的な仄めかしがあってちょっと下品だが、ユーモアにあふれているので、全体の品格を失うことはない。とても楽しめるオペラになっている。

 指揮はムハイ・タン。オーケストラはラ・シンティッラ管弦楽団。古楽のオーケストラだ。溌剌としてメリハリがあって、とてもいい。

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