« ムローヴァのシベリウスの協奏曲は私好みの演奏ではなかった | トップページ | METライブビューイング「エレクトラ」 最高の名演に興奮 »

新国立「ローエングリン」 フォークトの凄さを味わった

201664日、新国立劇場で「ローエングリン」をみた。今日が最終日。日本でみられる最高レベルの上演だった。素晴らしかった。興奮した。

 何はともあれ、題名役のクラウス・フロリアン・フォークトがずば抜けている。歴代のローエングリン役の中でも傑出しているのではないか。容姿的にもローエングリンにぴったり。ほとんどヴィブラートのない自然な発声、柔らかくて気品にあふれる声。軽く歌っているように思えるのだが、場内にビンビンと響きわたる。来日した往年の大歌手フィッシャー=ディスカウと共演したことのある日本人歌手が、「舞台上で一緒に歌っていると、あんな歌い方で客席まで届くのだろうかと思う。ところが、後で客席にいた人に聞いてみると、フィッシャー=ディスカウの声だけがビンビンと聞こえていたということだった」と語っていた。それを思い出した。私はこれまでバイロイトを含めて何度か彼のローエングリンを見ているが、実に幸せなことだと思う。

 そのほか、フリードリヒのユルゲン・リン、オルトルートのペトラ・ラングが見事だった。二人とも年齢のせいなのか、声の点からすると少し輝きが失われているように思う。が、その声の演技力は見事。どす黒い心を迫力をもって歌っている。エルザのマヌエラ・ウールは素晴らしい容姿と美しい声。これも素晴らしい。国王のアンドレアス・バウアーもしっかりとした威厳ある声。日本人勢(萩原潤・望月哲也・秋谷直之・小森輝彦・妻屋秀和)も見事なのだが、やはり世界一流の外国人勢に比べると分が悪い。

 特筆するべきは三澤洋史の指揮による合唱の素晴らしさだろう。ふだんから素晴らしいが、今日はことのほかその圧倒的な声の厚みとキレの良さに驚いた。これは間違いなく世界超一流だと思う。

 そして、もう一人特筆するべきは指揮の飯守泰次郎。ゆったりとしてスケールの大きな演奏だが、的確にオーケストラをコントロールしているのがよくわかる。これまで聞こえてきたことのない楽器の音やメロディ線が聞こえてはっとするような箇所がいくつもあった。

 マティアス・フォン・シュテークマンの演出は、とても色彩的で美しい。第三幕での寝室などシンプルで視覚的に見事。最終場面以外は、あまり新しい解釈はなかったように思う。

その最終場面、黙役のゴットフリートが登場。ところが、ローエングリンに期待されている軍の統率には無関心でエルザのもとに駆け寄って抱き合おうとする。ところが、エルザのほうは弟のことなど気づきもせずにローエングリンを追ってふらふらと走り去る。一人残されてゴットフリートはうなだれる。つまりは、ローエングリン、エルザ、ゴットフリートの思いがそれぞれにすれ違い、それぞれが絶望することになる。シュテークマンのこのオペラをそのようなものにとらえたのだろう。なるほど。それはそれで鋭いアプローチだと思う。

フォークトの声に興奮したまま会場を出て帰宅した。

 

|

« ムローヴァのシベリウスの協奏曲は私好みの演奏ではなかった | トップページ | METライブビューイング「エレクトラ」 最高の名演に興奮 »

音楽」カテゴリの記事

コメント

6月1日に聞いてすばらしい公演と思い、樋口先生のページに何か書かれていないかすぐに訪問してみました。しかし何もありません。この公演を見なかったのかと思ったら、最終日とはいえやはりご覧になったのですね。
感想としてはまったく同感です。フォークトは何度か聞いてその都度感心していたのですが、今回はことさら印象深く聞きました。そのつややかな声と高貴な容姿は、天上から遣わされた特別な存在にまことにふさわしく思われました。
他の歌手たちもみなさんすばらしい上に、合唱がびっくりするくらいに見事。そして飯守さんの指揮ががっちりと全体を統率していました。新国のHPにあった飯守さん自身の解説では、自らピアノを弾きながら(しかも完全に暗譜している)曲の隅々まで熟知している様子がわかり、こんな凄い指揮者だったのかと改めて思いました。
演出は好みではありませんでしたが、これだけ音楽がすばらしいと視覚はどうでもよくなりました。最後の幕切れも、音楽の感動のみが残っているので、一人取り残されようが、みんなに盛りたてられていようが、どうでもいいことに思えてきました。
前回(2012年?)も見たはずですが、今回の方がよほど感動しました。演出は同じなはずですから、やはり指揮者の違いだったのかもしれません。

投稿: ル・コンシェ | 2016年6月 5日 (日) 14時37分

ル・コンシェ 様
コメント、ありがとうございます。考えがあって(といいつつ、どんな考えだったのか、今となってはよく覚えていないのですが)、最終日にのみみました。これほど素晴らしいのだったら、後何度か足を運べばよかった・・・と思いました。フォークトは本当に素晴らしいですね。そして、マエストロ飯守も合唱も。このレベルの上演をバイロイトやウィーンやミュンヘンに行かなくてもこのくらいの料金で日本で見られるのは本当に幸せなことだと思いました。

投稿: 樋口裕一 | 2016年6月 6日 (月) 12時08分

樋口先生、お返事ありがとうございます。
先生同様、このレベルの公演をこの料金で日本で見られる幸福を思います。
それともう一つ、新国立劇場のキャパのことです。フォークトのローエングリンが1800人サイズのホールで聞かれるというのは、かなり贅沢なのではないでしょうか。
もしどこやらの歌劇場の引っ越し公演でフォークトが出演する場合、よくて文化会館、下手をすればNHKホールなどになりかねません。
このサイズの劇場で彼の(彼らの)真剣勝負の声が聞かれるという幸せを思いました。
劇場ができた当初はそのサイズを含めていろいろ批判がありましたが、総じて新国の公演はレベルが高いと思います。我々はいい歌劇場を手にしているのかもしれませね。

投稿: ル・コンシェ | 2016年6月 6日 (月) 16時56分

ル・コンシェ様
コメント、ありがとうございます。おっしゃる通りですね。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場の半分以下の収容人数ですから、フォークトも無理をしないで声を出せるんでしょうね。・・・ただ、実を言うと、腰痛に悩む私としては、あの椅子は何とかしてほしいと思うのです。椅子の座り心地の悪さがオペラシティのほとんど唯一の欠点だと思っています。ワーグナーは腰にとっては大いなる試練です!

投稿: 樋口裕一 | 2016年6月 8日 (水) 00時44分

「ワーグナーは腰に悪い!」 
数年前、幸運にも聞くことができたバイロイトでの体験を思い出しました。トリスタンを聴いたときは本当にまいりました。お尻も痛くなりましたが、それ以上に背骨に直接当たる背もたれ(というならばですが)がこすれて痛く、後半はその痛さの我慢でロクに舞台に集中できませんでした。ワーグナーは腰に悪いは、バイロイト以来の伝統でしょうか。
この拙文を読んでいただいた方々、もしバイロイト詣ができる幸運に恵まれたら、ぜったいに座布団(ないしクッション)を持参されることをお勧めします。聴衆のドイツ人の紳士淑女も、正装して座布団を抱えている人をずいぶん見かけました。

投稿: ル・コンシェ | 2016年6月 8日 (水) 12時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/532807/63731374

この記事へのトラックバック一覧です: 新国立「ローエングリン」 フォークトの凄さを味わった:

« ムローヴァのシベリウスの協奏曲は私好みの演奏ではなかった | トップページ | METライブビューイング「エレクトラ」 最高の名演に興奮 »