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ソウルから帰国した

 23日の短いソウルの旅を終えて帰国した。

 3度目の韓国だった。最初に訪れたのは1998年ソウル。2度目が2013年済州島。最初に訪れた時、やはり韓国は10年か20年前の日本だと思った。済州島もそれに近い印象を抱いた。が、今回ソウルを訪れると、日本とほとんど変わりがない。韓国人の服装、街並みなど、日本よりも「遅れている」と感じるところはほとんどない。「違う」と感じるところはあるが、それは「遅れ」ではない。

 違うと感じるのは、エネルギーだ。日本は温和でおとなしい。ソウルの町、ソウルの人々はそうではない。顔の表情もかなり率直。顔をしかめている人、他人の前でいやそうな顔をしている人をみかける。街も人もエネルギッシュ。

 念のために早くインチョン空港に到着したので、空港内でマッサージを受けた。私は訪れた土地土地でマッサージを受ける。日本でもあちこちで受けたが、パリ、マニラ、香港でも受けた。土地がらがマッサージに現れる。私を受け持った女性マッサージ師は私の体の凝った部分を見つけ、がつんと強い力で攻めまくる。容赦なく、遠慮なく、うむを言わせずがつんがつんともみまくる。こんなマッサージは初めてだった。そして、私の人生のマッサージを受けた経験の中でベスト5にはいる効き目だった。チョン・キョンファやチョン・ミョンフンの音楽と同じようなマッサージ。おお、これが韓国人の精神か! と思った。日本人では絶対にしないタイプのマッサージだ。

 とはいえ、短い時間、しかもオプショナル・ツアーに参加し、ホテルの周りをうろうろし、数人の韓国の友人と話をしただけなので、すべてに関してよくわからない。何度か訪れてもっと知るべき存在だと思った。

 いつも以上に浅いことしか書いていないが、今日は疲れたのでこのくらいにする。

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ソウル旅行

 昨日(2016年8月24日)からソウルに来ている。日常から脱出するため、時々ぶらっと旅に出たくなる。

 自宅近くからリムジンバスで羽田に向かったが、エアコン故障ということで、異様に暑かった。朝のバスだったのでまだよかったが、出発前に疲れ切ってしまった。

 1時間40分で金浦空港に着陸。前回のマニラ旅行で懲りたので、空港からホテルまでの送迎を前もって頼んでいたが、迎えの人が遅刻。まあ、そんなこともあるだろう。が、トラブル続きはそこまでで、それからは順調。

 昨日の夜と今日の午前中はオプショナル・ツアーに参加した。私の旅の流儀は目的もなく、ただやみくもに街の中をとぼとぼと歩きまわることなのだが、寄る年波と運動不足で足が弱り、夏の暑い時期でもあるので、それはつらい。オプショナル・ツアーを利用することにした。

 昨晩はコリア・ハウスでショーと宮廷料理を堪能。ショーは「沈清」をテーマにした音楽と劇と踊り。いわば、コリアン・オペラ。観光客向けのショーでもあり、舞台で太鼓をたたいたり踊ったりする人の多くが若くてきれいな女性なので、このツアーに申し込んだのは失敗だったのでは?と一瞬思ったが、そんなことはなかった。まずは音楽のレベルの高さに驚いた。雅楽に似た楽器や琴がある。ことの一つははじくのではなく、弓で弾いていた。笛や弓で弾かれた琴は「泣き」を表現するのに適した楽器なのだと思った。そして、オーボエとトランペットを合わせたような楽器が魂をえぐるような「泣き」を作りだす。泣いてばかりではうんざりするが、そこに笑いがあり、凄まじい迫力の太鼓の乱打があり、帽子の先のリボンをぐるぐる回す踊りがあって、楽しめる。日本人にはないエネルギー。

 「沈清」は韓国では有名な物語らしい。かなり現代的にアレンジされているので、どこまでが古典芸能でどこからがアレンジなのかわからない。観客の数人を舞台に上げていじるなどのサービスもある。そのすべてがショーとして見事。感動した。古典芸能そのものを見せられてもきっと退屈するだろうから、このくらいのほうが外国人にはありがたい。とはいえ、日本に帰ったら、少し韓国の古典芸能を調べてみたいと思った。

 その後、宮廷で昔から使われていた食材を用いての料理。ただ、こちらのほうはあまりおいしいとは思わなかった。これについては少々残念。とはいえ、舞台を楽しめたので、良しとしよう。

 本日(2016825日)、午前中またオプショナル・ツアーで昌慶宮(チャンドックン)と宗廟(チョンミョ)、をみて、仁寺洞(インサドン)の散歩をした。チャンドックンは15世紀初めに王の離宮として作られ、日本が植民地支配するまで用いられていた王の住まい、チョンミョは歴代の王の位牌が安置されている廟。ともに世界遺産に登録されている。広大な土地をそれぞれ1時間近くかけてガイド付きで回った。その後訪れたインサドンは筆のモニュメントがあり、様々な工芸品や土産物屋の並ぶ商店街。日本と雰囲気が異なるのはハングルのためだけではなさそう。とてもおもしろかった。

案内を聞いているときには理解したつもりだったが、その内容をここに書くのは難しい。朝鮮半島の歴史について無知なため、うまく頭の整理ができない。韓国ドラマの「チャングムの誓い」は、ヒロインの美しさに惹かれてみていたので、それとの関連でなじみの言葉もあったが、やはりその程度の知識では、案内されるうちから忘れてしまう。ただ、朝鮮文化のレベルの高さ、建物としての美しさは認識できた。といいつつ、隣の国の歴史にこれほど無知であった自分を恥じた。

 ホテルで一休みしてから、約束していた韓国人の知人と再会してイタリアンのお店で夕食をともにした。韓国美人も同席。楽しい時間を過ごすことができた。

 とても充実した一日ではあったが、今日は久しぶりに歩いたので、情けないことに大変疲れた。しかも、ガイドさんの解説を立って聞いていたために腰痛がぶり返した。うーん、一人で旅するのも疲れ、オプショナル・ツアーに参加するのも疲れる体になってしまっている自分に愕然。日ごろから体を鍛えなくちゃ!

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オペラ映像「ヴォツェック」「チェネレントラ」「イタリアのトルコ人」「セビーリャの理髪師」「アルジェのイタリア女」「ドン・ジョヴァンニ」

 大学が夏休みに入ってからずっと原稿を書いていた。やっと一息ついている。これまで何本かオペラ映像をみた。感想を簡単に記す。

 

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ベルク「ヴォツェック」
2015年 チューリッヒ歌劇場

 感動した。というか、衝撃を受けた。演奏にも演出にも。

 まずアンドレアス・ホモキの演出に驚嘆した。ギニョール(フランスの残酷な人形劇。人形浄瑠璃のようなもの)を模した舞台。

 舞台上に人形芝居を模した木の枠が作られ、そのなかで使いこまれてホコリのついた古ぼけた木の人形のような扮装をした登場人物が歌う。全員が貧相な人形の動きをする。マリーが置かれっぱなしになった人形のようにぐたったりと座りこむ場面もある。「ヴォツェック」のデフォルメされた世界と、人形劇のデフォルメがぴたりと重なって実にリアル。ふつうの劇のように演じると、どうしてもこの台本と音楽は「ありえない」と感じる。人形劇風に仕立てることによって、すべてが異界において自然になり、いっそう異常さのリアリティが増す。

 とりわけ第三幕のダンスパーティ以降が凄まじい。伏見稲荷の鳥居のようにいくつもの木の枠が重なった舞台。ダンスに集まった人々(合唱団の人々)が殺されたマリーの扮装をしている。なるほど、ヴォツェックには踊っている人々がこのように見えたのかもしれない。後半、木の枠が縮み、歪み、傾いていく。演出史に残るような名演出だと思った。

 歌手は全員が素晴らしい。とりわけ、ヴォツェックのクリスティアン・ゲルハーハー、マリーのグン=ブリット・バークミンが見事。そして、何よりもファビオ・ルイージの指揮が、鋭利で、しかも繊細で力感があって実にいい。

 このオペラの見事な映像はいくつかあるが、これはその中でもトップクラスのできだと思う。

昨年だったか、グラインドボーン音楽祭で2014年に上演された「ばらの騎士」(ティチアーティ指揮、リチャード・ジョーンズ演出)の映像を見て衝撃を受けた。それも同じような趣向でグランギニョールを意識した演出だった(これについては、拙ブログ参照。http://yuichi-higuchi.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/2-0993.html)。ギニョール劇が演出の世界で流行しているのかもしれない。

 

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ロッシーニ「チェネレントラ」 1981年 オペラ映画

 有名なミラノ・スカラ座管弦楽団、クラウディオ・アバド指揮、ジャン=ピエール・ポネル演出のオペラ映画。実はこれを見るのは初めて。かなり前に同じコンビの「セビーリャの理髪師」を見てちょっとがっかりして、「チェネレントラ」はこれまで手が伸びなかった。

 現代の演奏とは多少違うが、それはそれでアバドの指揮が素晴らしい。さすがロッシーニ・ルネサンスの立役者だけのことはある。溌剌として力感にあふれ、生気にあふれている。

 歌手たちもまた現在の歌唱とはかなり違う気がするが、十分に楽しめる。チェネレントラ(アンジェリーナ)のフレデリカ・フォン・シュターデがあまりに美しく、あまりに可憐。もちろん、フォン・シュターデの録音は何枚も聴いてきたし、写真も何枚もみた。1977年にはパリのオペラ座でこの人の歌うメリザンドをみた(指揮はマゼール)。だが、こんなに美しいとは気付かなかった。惚れ直した。ドン・ラミロのフランシスコ・アライサ、ドン・マニフィコのパオロ・モンタルソロは素晴らしい。ただ、ダンディーニのクラウディオ・デズデーリの音程が怪しいのがちょっと気になる。

 ポネルの演出はとてもおもしろく、とてもエスプリにあふれている。ただ、その影響があまりに強かったためだろうが、現在からすると、それほど驚くほどではなかった。

 

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ロッシーニ「アルジェのイタリア女」 1957年 RAIミラノ制作 テレビ録画

 1957年にテレビ放送のために録画された映像。モノクロの画面だが、十分に鑑賞できる。

 何よりイザベラを歌うテレサ・ベルガンサが実に初々しい。まだ20代前半。1977年、パリのオペラ座で「フィガロの結婚」(指揮はドホナーニ、伯爵夫人がマーガレット・プライスだった。素晴らしい上演だった)のケルビーノを聴いて感動した覚えがある。その20年も前からこれほどの歌を聴かせてくれていたことに改めて驚嘆。今聴いてもまったく違和感がない。ムスタファのマリオ・ペトリ、タッデオのブルスカンティーニ、リンドーロのアルヴィニオ・ミシオーニも見事。

 指揮はニーノ・サンツォーニョ。聞き覚えのない指揮者だが、すばらしいと思った。明るくてメリハリがあって、実に生き生きとしている。演出はマリオ・ランフランキ。いかにもテレビ録画だが、これも十分に楽しめる。このまま現在の演出として上演しても、まったく古びていないのに驚いた。

 

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ロッシーニ 「イタリアのトルコ人」(
1820年ナポリ版)2009年 ヴィチェンツァ、オリンピコ劇場

 ヴィチェンツァのオリンピコ劇場は世界遺産として有名だとのこと。1820年版。聴き慣れたものと別のアリアがあったり、レチタティーヴォではなくセリフだったりと、かなり通常版と異なる。

 歌手はそろっている。セリム役のロレンツォ・レガッツォがとりわけ素晴らしい。音程のよい堂々たる声。そのほか、詩人のジューリオ・マストロトターロ、ドン・ジェローニオのフィリッポ・モラーチェもとてもいい。フィオリッラを歌うシルヴィア・ダッラ・ベネッタはとてもきれいな声だが、もう少し勢いがほしい。ドン・ナルチーゾのダニエレ・ザンファルディーノは少し不安定。とはいえ、全体的には満足して楽しめる。

 ジョヴァンニ・バッティスタ・リゴンの指揮するパドヴァ・ヴェネト管弦楽団も少し勢いが不足しているように思う。楽しめるのは確かだが、もっとワクワク感がほしい。

 演出はフランチェスコ・ミケーリ。とてもおもしろい。このオペラは詩人が狂言回しとして登場するが、それをうまく処理している。

 

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ロッシーニ 「セビーリャの理髪師」
1988年 シュヴェツィンゲン音楽祭

 チェチーリア・バルトリのオペラ3枚組DVDの一枚。1988年の録画だが、本当に素晴らしい。やはり、ロジーナを歌うバルトリが息をのむほどのすごさ。声のコントロールが完璧で、フォルテからピアノまで実に美しく、しかも張りがあって芯が強い。これまでたくさんの歌手のロジーナを聴いたが、やはり図抜けている。アルマヴィーア伯爵のデイヴィッド・キューブラー、フィガロのジーノ・キリコ、バルトロのカルロス・フェッラーも最高。バジリオを歌うのはロバート・ロイド。久しぶりにロイドの歌を聴いたが、やはり素晴らしい。指揮はガブリエーレ・フェッロ、オーケストラはシュトゥットガルト放送交響楽団。ロッシーニの模範のような演奏。30年前の演奏だが、当時の最高の演奏だろうと思う。現在の視点から見ても、まったく見劣りしない。

 

ロッシーニ「イタリアのトルコ人」2002年 チューリッヒ歌劇場

 チェチーリア・バルトリのオペラ3枚組DVDの一枚。以前見た記憶がある。やはりフィオリッラを歌うバルトリが圧倒的。セリムはルッジェーロ・ライモンディ。往年の輝きはないとはいえ、さすが。ドン・ジェローニオのパオロ・ルメツ、詩人のオリヴァー・ウィドマー、ドン・ナルチーゾのレイナルド・マシアス、ザイーダのユーディト・シュミットもそろっている。とはいえ、やはりバルトリには誰もかなわない。指揮はフランツ・ヴェルザー=メスト、演出はチェーザレ・リエヴィ。しっかりと音楽をまとめているし、舞台もわかりやすい。全体的に充実したDVD.

 

モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」2001年 チューリッヒ歌劇場

 これもバルトリの4枚組DVDに含まれている。ただ、私はこの映像については少々不満だった。素晴らしいのはドンナ・エルヴィーラのバルトリだけだった。

オッターヴィオのロベルト・サッカ、ツェルリーナのリリアナ・ニキテアヌはなかなかよかった。声も伸びているし、人物になりきっている。が、ドン・ジョヴァンニのロドニー・ギルフリー、ドンナ・アンナのイザベル・レイ、マゼットのオリヴァー・ウィドマー、騎士長のマッティ・サルミネン(大好きな歌手なんだけど!)は十分に引き付けない。悪いとは言わないが、やはり超一流劇場での映像収録の上演であれば、もっと輝かしさがほしい。私がもっとも不満だったのはレポレッロのラースロー・ポルガール。不調だったのだと思うが、音程も怪しく声も伸びていない。

指揮はニコラウス・アーノンクール。アーノンクールらしいドラマティックで生の音のする演奏だが、歌手が弱い生か、私はあまり感動できなかった。演出はユルゲン・フリム。特に新しい解釈あるわけではなかった。

 

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映画DVD「シェルタリング・スカイ」「無常」「曼荼羅」、ちょっとオリンピックのこと

 2016822日。午前中出かけて夜かなり遅くまで都心ですごすつもりでいたら、台風のために自宅を出られなくなった。腹を決めて、DVDをみたり、テレビをみたりして、久しぶりにゆっくり過ごした。

ところで、昨日BSで放送された「ペレアスとメリザンド」の録画をみようとしたら、「予約を中断しました」という表示が出て、第一幕の途中までしか録画されていなかった。残念。一体、何が起こったんだろう。

数日前から見ていた映画DVDの感想をまとめる。

 

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「シェルタリング・スカイ」 ベルナルド・ベルトルッチ監督 1990年

 前半、少し退屈だった。映像は素晴らしい。北アフリカの風景、そこで暮らす人々。パゾリーニの「奇跡の丘」や「アポロンの地獄」を思い出すような現地の人々の動き。それらは心惹かれる。ただ、北アフリカを訪れたデブラ・ウィンガーとジョン・マルコヴィッチの演じるアメリカの夫婦の心情、行動を共にする男性(キャンベル・スコット)の関係が

わかりにくく、途方に暮れた。

だが、夫の死んだのちの展開はさすがベルトルッチ。一人で北アフリカをさまよい、現地の男の身を任せ、激しく愛されるが、現地の人々の拒否にあう。その空虚感、虚脱感の描き方が素晴らしい。最後の場面で、北アフリカに到着したばかりに立ち寄ったカフェに戻る。北アフリカの持つ呪術、生きることの不思議を感じさせる。

 

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「無常」 実相寺昭雄 監督  
1970

 実相寺昭雄の映画がDVDで発売されているのを知って購入。封切時に新宿のATGでみて衝撃を受けた映画だ。私は学生時代、仏教に興味を持ち、仏典を読み、京都・奈良に仏像を見に行き、仏教的なことを人にしゃべったり書いたりしていたが、それがこの映画の影響だったことを久しぶりに思い出した。

 今見ても衝撃的な映画だ。もちろん、あまりに全共闘的、あまりに文学的で、ある意味であまりに「ベタ」だが、それでも改めてみてまた感動した。

実の姉と交わり、仏像つくりの恩師の妻と交わり、何人もの人間を死に追いやり、煩悩の限りを尽くし、そうでありながら仏像を愛し、仏師に弟子入りして自分の煩悩のすべてを観音様の中に昇華しようとする青年(田村亮)の生きざまを描く。

きっと当時の私はこの青年のような目つきをしていたのだろうと思う。社会を敵視し、その俗物性を憎みながらも、煩悩に身を焦がし、その衝動に身動きが取れずにいた。この映画は当時の若者の意識そのものを反映していた。実相寺監督は私よりは20歳ほど年上だと思うが、その鋭い目に感服。お寺のお子さんだけあって仏教に対する理解も深そう。

 モノクロの映像も美しい。大胆な性描写。そして新鮮な構図によって仏像、寺院、石段が描かれる。バッハの無伴奏パルティータ第1番が効果的に、衝撃的に使われる。

 たぶん、パゾリーニの「奇跡の丘」「アポロンの地獄」「王女メディア」とともに私の人生にもっとも大きな影響を与えた映画がこれだったのだと思い当たった。・・・ただ、今となっては私もかつての牙を失ってしまったことを改めて思う。間違いなく、当時軽蔑していた俗物の大人になっている!

 

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「曼荼羅」  実相寺昭雄 監督 1971年

「無常」に感動した私は、封切られてすぐにこの映画を見た。「無常」ほどの感動を覚えずに失望した記憶がある。今見ても、映画の出来としてはよくないと思う。まるで学生の作った映画のような雰囲気。学生運動から脱落した若者(まさしく私と同世代)が宗教や哲学、歴史についての生硬な議論を交わす。確かに、当時、私もこのようなことを考え、話し、書いた記憶がある。オンナの子とのデートでも喫茶店でこんな話をしていた。そんな時代だった!

 ただし、当時、あまりに荒唐無稽と思ってみたのだったが、オウム真理教事件が起こった後で見ると、予言的といえるかもしれない。単純再生産=農業=生殖信仰(エロチシズム)=死姦・神との性交への憧れ=無時間の渇望を唱える小さなカルト集団。「立川流」がヒントになっているのかもしれない。主人公の若者二人がたまたまその集団とかかわり、そのうちの一人(清水紘治)はその集団にのめりこむ。もう一人(田村亮)はそこから距離を置く。

 おそらくマルクス主義を奉じた全共闘運動が、実は無時間に憧れるユートピア主義でしかなかったこと、このカルト集団のように自滅するしかなかったことを語っているのだろう。同時に、実相寺は、現代社会の進歩主義への強い抵抗(最後の場面の時計の音と新幹線に象徴される)も訴えかけている。

 全共闘運動は、マルクス主義運動などではなく、実は当時の俗物の大人たち(つまりはブロジョワを理想とする社会人)、そしてそれを支える進歩主義への反抗にほかならなかったと改めて思う。

 

 ついでにオリンピックについてほんの少し。

 ニュースや特集番組を中心にリオ・オリンピックの放送をテレビで見ている。時々涙を流している。前から水泳や柔道は好きだが、レスリング、バドミントン、卓球がなかなか面白いことを知った。400メートルリレーの銀メダルもよかった。

 ただ、シンクロナイズド・スイミングは私にはどうもよくわからない。演技者が登場するときの腕を大きく上げ、みんな同じような明るい表情の顔を上に向けて歩く姿勢、水の上でのカクカクした動きに大きな違和感を覚える。新体操もさっぱりわからない。リボンを投げたり輪っかを投げたりして何が楽しいんだろう、ふつうの踊りのほうがずっと楽しいのに・・・という感想を抱いてしまう。そして、競歩。いくらなんでもあの歩き方は不自然だろう。・・・でもまあ、これはすべて偏屈な老人の独りよがりの感想なんだろうが。

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全国オペラminiフォーラムin TOKYOのことなど

 大学は夏休みに入ったが、入試委員の私は、その後もオープンキャンパス、AO入試、AOセミナーなどの行事のために、毎日のように大学に通っている。今日は休みだが、また明日、大学で仕事がある。

 そんななか、8月6日には上野の東京文化会館の大会議室で全日本オペラネットワーク主催による2016年全国オペラminiフォーラムin TOKYOが開かれ、30人ほどの会員を前に、おこがましくも私が基調講演を行った。今回の議題は「日本のオペラは今だからできることがある 2020年に向けた1歩」。私は、オペラ観客を増やす方法についてお話しした。

 会員は全国でオペラを主催している方や音楽を実際に演奏している方、そして音楽評論家。私はというと、一人だけまったくの素人。そのような方々を前に私ごときが話すことがあるのかとひやひやしながら会場に出向き、おそるおそるお話しした。

 私は2005年以来、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンにかかわってきた。しばらく、アンバサダーという地位?もいただいた。その経験から、ラ・フォル・ジュルネのようなオペラの祭典を行うこと、そしてそのための様々な仕掛けについてお話させていただいた。ちなみに、「ラ・フォル・ジュルネ」というのは、ボーマルシェ原作、モーツァルト作曲の「フィガロの結婚」の副題なのだから、本来、オペラこそが「本家」であるべきなのだ!

 私の講演は大変好評を得たようで、とてもうれしく思っている。私の提案が少しでも役に立てれば、こんなうれしいことはない。これから、実現に向けて私自身もできるだけのことはして行きたい。

 オペラ週間を開催し、全国各地でオペラの祭典を開く・・・というのは、まさに私の夢だ。思えば、私はオペラに育てられてきた。小学校5年生の時、最初に聞いてクラシック音楽の世界に引きずり込まれるきっかけになったのは「ウィリアム・テル」序曲。中学2年生でフルトヴェングラー指揮の「フィデリオ」全曲レコードでますますオペラの魅力に取りつかれ、中学3年生でカラヤン、シュヴァルツコップの「ばらの騎士」、クレメンス・クラウス指揮の「サロメ」、高校1年生でフルトヴェングラーの「ワルキューレ」をきいて天地がひっくり返るような衝撃を受けた。

高校2年生の時に大分県民オペラの「フィガロの結婚」で初めてオペラの実演を聴き(主演は立川澄人)、大学生になって東京に出て、飯守泰次郎指揮、木村俊光がヴォータンを歌う「ワルキューレ」の実演を見て大感激。

 作曲家が主人公の小説やオペラの原作になった文学作品をきっかけに文学になじむようになり、受験勉強そっちのけで音楽、文学に耽溺するようになった。その後、ふと気づくと、もうサラリーマンとして堅気の生活ができない人間になっており、ほかに道がなくなって大学院に進み、今の仕事を得た。

 まさしくオペラとともに生き、食うに困っていてもオペラには出かけ、オペラについて語り、オペラについて考えた。もしかしたら、最も才能のない領域を好きになってしまって人生を無駄にしたのではないかと思わないでもないが、ともあれオペラを見ているときが一番幸せ。今からは、私を育ててくれたオペラに恩返ししたいと思っている。今回がその第一歩になってくれれば、私としてはこんなうれしいことはない。

 本日は2016年8月8日。リオデジャネイロ・オリンピックでの日本選手の活躍やイチロー選手の大リーグ通算3000本安打達成が話題になっている。イチロー選手は私の大好きな選手。私も、原稿に追われながら、オリンピックやイチロー選手の試合の中継をテレビをちょこちょこ見て興奮している。しかも、今、チャンネルをひょいと変えたら、甲子園球場で大分高校の試合が始まるではないか! 大分は私が小学校5年生から高校3年生まで過ごした土地。大分高校は私とは縁のない高校だが、応援しよう。

 そんなわけで、どうも今日も原稿が捗りそうもない・・・。

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拙著2冊刊行『本物の学力は12歳までの「作文量」で決まる』『小論文これだけ!教育超基礎編』

 拙著が立て続けに2冊刊行された。紹介させていただく。なお、あと1週間ほどでもう一冊『「伝わる文章力」がつく本 ~文型を使えば、短くわかりやすく迷わず書ける!』(大和書房)が刊行される予定だ。一昨年末に九州の両親の体調が悪くなって東京に移転することになり、その後、父が亡くなり、母は老人ホームに入所した。そんなこんなで本を書く時間が取れなくなって、久しぶりの新刊ということになる。

 

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 『本物の学力は
12歳までの「作文量」で決まる』(すばる舎)

 小学生のお子さんを持つ保護者向けの本。私が塾長を務める白藍塾では、受験生向けの小論文指導だけでなく、20年近く前から小学生の作文指導をしている。そうして実感していることは、作文力をつけ、言葉を操る力をつけることによって社会にも目が開かれ、徐々に学力が伸びてくることだ。

しかも、その学力は、これまでの受信型の学力だけではなく、2020年以降の大学入試改革で求められている発信型の学力でもある。とりわけ空想作文によって、子どもたちは楽しんで作文に取り組むようになり、自ら力をつけるようになる。

 白藍塾での指導を紹介し、受講生の書いた実際の作文を見ていただきながら、いかに空想作文が楽しいか、いかに力を伸ばすかをわかっていただきたいと思う。また、どのように促せば子供が自分から文章を書こうとするかについても説明している。

 

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『小論文これだけ!教育超基礎編』(東洋経済新報社・共著)

 白藍塾講師である大原理志との共著による『小論文これだけ!』シリーズの新刊。教育系の学部を受験する人はどのような心構えで受験すればよいのか、どのような人がこの学部を受けるべきなのか、どのような勉強、どのような知識が必要なのかを、徹底的にわかりやすく解説している。教育学部、教育福祉学部などを受験する人必読だと思う。

 

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