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オペラ映像「ヴォツェック」「チェネレントラ」「イタリアのトルコ人」「セビーリャの理髪師」「アルジェのイタリア女」「ドン・ジョヴァンニ」

 大学が夏休みに入ってからずっと原稿を書いていた。やっと一息ついている。これまで何本かオペラ映像をみた。感想を簡単に記す。

 

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ベルク「ヴォツェック」
2015年 チューリッヒ歌劇場

 感動した。というか、衝撃を受けた。演奏にも演出にも。

 まずアンドレアス・ホモキの演出に驚嘆した。ギニョール(フランスの残酷な人形劇。人形浄瑠璃のようなもの)を模した舞台。

 舞台上に人形芝居を模した木の枠が作られ、そのなかで使いこまれてホコリのついた古ぼけた木の人形のような扮装をした登場人物が歌う。全員が貧相な人形の動きをする。マリーが置かれっぱなしになった人形のようにぐたったりと座りこむ場面もある。「ヴォツェック」のデフォルメされた世界と、人形劇のデフォルメがぴたりと重なって実にリアル。ふつうの劇のように演じると、どうしてもこの台本と音楽は「ありえない」と感じる。人形劇風に仕立てることによって、すべてが異界において自然になり、いっそう異常さのリアリティが増す。

 とりわけ第三幕のダンスパーティ以降が凄まじい。伏見稲荷の鳥居のようにいくつもの木の枠が重なった舞台。ダンスに集まった人々(合唱団の人々)が殺されたマリーの扮装をしている。なるほど、ヴォツェックには踊っている人々がこのように見えたのかもしれない。後半、木の枠が縮み、歪み、傾いていく。演出史に残るような名演出だと思った。

 歌手は全員が素晴らしい。とりわけ、ヴォツェックのクリスティアン・ゲルハーハー、マリーのグン=ブリット・バークミンが見事。そして、何よりもファビオ・ルイージの指揮が、鋭利で、しかも繊細で力感があって実にいい。

 このオペラの見事な映像はいくつかあるが、これはその中でもトップクラスのできだと思う。

昨年だったか、グラインドボーン音楽祭で2014年に上演された「ばらの騎士」(ティチアーティ指揮、リチャード・ジョーンズ演出)の映像を見て衝撃を受けた。それも同じような趣向でグランギニョールを意識した演出だった(これについては、拙ブログ参照。http://yuichi-higuchi.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/2-0993.html)。ギニョール劇が演出の世界で流行しているのかもしれない。

 

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ロッシーニ「チェネレントラ」 1981年 オペラ映画

 有名なミラノ・スカラ座管弦楽団、クラウディオ・アバド指揮、ジャン=ピエール・ポネル演出のオペラ映画。実はこれを見るのは初めて。かなり前に同じコンビの「セビーリャの理髪師」を見てちょっとがっかりして、「チェネレントラ」はこれまで手が伸びなかった。

 現代の演奏とは多少違うが、それはそれでアバドの指揮が素晴らしい。さすがロッシーニ・ルネサンスの立役者だけのことはある。溌剌として力感にあふれ、生気にあふれている。

 歌手たちもまた現在の歌唱とはかなり違う気がするが、十分に楽しめる。チェネレントラ(アンジェリーナ)のフレデリカ・フォン・シュターデがあまりに美しく、あまりに可憐。もちろん、フォン・シュターデの録音は何枚も聴いてきたし、写真も何枚もみた。1977年にはパリのオペラ座でこの人の歌うメリザンドをみた(指揮はマゼール)。だが、こんなに美しいとは気付かなかった。惚れ直した。ドン・ラミロのフランシスコ・アライサ、ドン・マニフィコのパオロ・モンタルソロは素晴らしい。ただ、ダンディーニのクラウディオ・デズデーリの音程が怪しいのがちょっと気になる。

 ポネルの演出はとてもおもしろく、とてもエスプリにあふれている。ただ、その影響があまりに強かったためだろうが、現在からすると、それほど驚くほどではなかった。

 

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ロッシーニ「アルジェのイタリア女」 1957年 RAIミラノ制作 テレビ録画

 1957年にテレビ放送のために録画された映像。モノクロの画面だが、十分に鑑賞できる。

 何よりイザベラを歌うテレサ・ベルガンサが実に初々しい。まだ20代前半。1977年、パリのオペラ座で「フィガロの結婚」(指揮はドホナーニ、伯爵夫人がマーガレット・プライスだった。素晴らしい上演だった)のケルビーノを聴いて感動した覚えがある。その20年も前からこれほどの歌を聴かせてくれていたことに改めて驚嘆。今聴いてもまったく違和感がない。ムスタファのマリオ・ペトリ、タッデオのブルスカンティーニ、リンドーロのアルヴィニオ・ミシオーニも見事。

 指揮はニーノ・サンツォーニョ。聞き覚えのない指揮者だが、すばらしいと思った。明るくてメリハリがあって、実に生き生きとしている。演出はマリオ・ランフランキ。いかにもテレビ録画だが、これも十分に楽しめる。このまま現在の演出として上演しても、まったく古びていないのに驚いた。

 

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ロッシーニ 「イタリアのトルコ人」(
1820年ナポリ版)2009年 ヴィチェンツァ、オリンピコ劇場

 ヴィチェンツァのオリンピコ劇場は世界遺産として有名だとのこと。1820年版。聴き慣れたものと別のアリアがあったり、レチタティーヴォではなくセリフだったりと、かなり通常版と異なる。

 歌手はそろっている。セリム役のロレンツォ・レガッツォがとりわけ素晴らしい。音程のよい堂々たる声。そのほか、詩人のジューリオ・マストロトターロ、ドン・ジェローニオのフィリッポ・モラーチェもとてもいい。フィオリッラを歌うシルヴィア・ダッラ・ベネッタはとてもきれいな声だが、もう少し勢いがほしい。ドン・ナルチーゾのダニエレ・ザンファルディーノは少し不安定。とはいえ、全体的には満足して楽しめる。

 ジョヴァンニ・バッティスタ・リゴンの指揮するパドヴァ・ヴェネト管弦楽団も少し勢いが不足しているように思う。楽しめるのは確かだが、もっとワクワク感がほしい。

 演出はフランチェスコ・ミケーリ。とてもおもしろい。このオペラは詩人が狂言回しとして登場するが、それをうまく処理している。

 

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ロッシーニ 「セビーリャの理髪師」
1988年 シュヴェツィンゲン音楽祭

 チェチーリア・バルトリのオペラ3枚組DVDの一枚。1988年の録画だが、本当に素晴らしい。やはり、ロジーナを歌うバルトリが息をのむほどのすごさ。声のコントロールが完璧で、フォルテからピアノまで実に美しく、しかも張りがあって芯が強い。これまでたくさんの歌手のロジーナを聴いたが、やはり図抜けている。アルマヴィーア伯爵のデイヴィッド・キューブラー、フィガロのジーノ・キリコ、バルトロのカルロス・フェッラーも最高。バジリオを歌うのはロバート・ロイド。久しぶりにロイドの歌を聴いたが、やはり素晴らしい。指揮はガブリエーレ・フェッロ、オーケストラはシュトゥットガルト放送交響楽団。ロッシーニの模範のような演奏。30年前の演奏だが、当時の最高の演奏だろうと思う。現在の視点から見ても、まったく見劣りしない。

 

ロッシーニ「イタリアのトルコ人」2002年 チューリッヒ歌劇場

 チェチーリア・バルトリのオペラ3枚組DVDの一枚。以前見た記憶がある。やはりフィオリッラを歌うバルトリが圧倒的。セリムはルッジェーロ・ライモンディ。往年の輝きはないとはいえ、さすが。ドン・ジェローニオのパオロ・ルメツ、詩人のオリヴァー・ウィドマー、ドン・ナルチーゾのレイナルド・マシアス、ザイーダのユーディト・シュミットもそろっている。とはいえ、やはりバルトリには誰もかなわない。指揮はフランツ・ヴェルザー=メスト、演出はチェーザレ・リエヴィ。しっかりと音楽をまとめているし、舞台もわかりやすい。全体的に充実したDVD.

 

モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」2001年 チューリッヒ歌劇場

 これもバルトリの4枚組DVDに含まれている。ただ、私はこの映像については少々不満だった。素晴らしいのはドンナ・エルヴィーラのバルトリだけだった。

オッターヴィオのロベルト・サッカ、ツェルリーナのリリアナ・ニキテアヌはなかなかよかった。声も伸びているし、人物になりきっている。が、ドン・ジョヴァンニのロドニー・ギルフリー、ドンナ・アンナのイザベル・レイ、マゼットのオリヴァー・ウィドマー、騎士長のマッティ・サルミネン(大好きな歌手なんだけど!)は十分に引き付けない。悪いとは言わないが、やはり超一流劇場での映像収録の上演であれば、もっと輝かしさがほしい。私がもっとも不満だったのはレポレッロのラースロー・ポルガール。不調だったのだと思うが、音程も怪しく声も伸びていない。

指揮はニコラウス・アーノンクール。アーノンクールらしいドラマティックで生の音のする演奏だが、歌手が弱い生か、私はあまり感動できなかった。演出はユルゲン・フリム。特に新しい解釈あるわけではなかった。

 

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