東京二期会「トリスタンとイゾルデ」、歌手陣と演出に驚嘆!!
2016年9月10日、東京文化会館で東京二期会公演「トリスタンとイゾルデ」をみた。素晴らしかった。日本人を主たるメンバーにして、これほどのレベルの上演ができたことに驚いた。たびたび感動に震えた。
トリスタンのみ外国人のブライアン・レジスター。ただ、体調が悪いとのことで、少々声が伸びなかった。そのほかの日本人歌手陣はレジスターをはるかに超える。とりわけ、イゾルデを歌う横山恵子がまさしく日本人離れしたイゾルデを聞かせてくれた。無理のない発声による強靭で美しい声。マルケ王の清水那由太もバスの太い声が見事。ブランゲーネの加納悦子は歌のみならず演技力にも驚嘆した。クルヴェナールの大沼徹、メロートの今尾滋も素晴らしい。すべての歌手が世界の一流劇場にまったく引けを取らない。東京二期会の底力に驚嘆した。
ヴィリー・デッカーの演出にも私は驚嘆した。
「トリスタンとイゾルデ」には不思議な矛盾がある。第2幕ではあれほどトリスタンとイゾルデが「昼」「光」を嫌い、「夜」「闇」を称えるのに、第3幕後半では、トリスタンは突然、昼の光を称える。私は第3幕は、ワーグナーの修正し忘れだと考えていた。ところが、デッカーはそこに意味を見出しているようだ。
第2幕の最後、トリスタンはメロートのナイフを取り上げて自分の目をえぐる。イゾルデもナイフで同じように自分の目をえぐる。おそらく二人きりの闇を求めたのだろう。だが、トリスタンは第3幕でそれが間違いだったことに気付く。だから、盲目の印だった目隠しを取り払って昼を求める。最後、イゾルデがトリスタンのもとにやってくるが、彼女のほうはまだ目をえぐったままで目隠しをしている。だから、トリスタンの死に目に遭わないままになってしまう。が、イゾルデも「愛の死」を歌うとき、愛の迷妄から解き放たれて、目隠しを取る。
デッカーは魔酒を迷妄による愛と捉え、トリスタンとイゾルデの愛をそのような狭苦しく頑なな愛からもっと広い空間での昼間の愛への昇華とみなす。なるほど! 確かにそのようにこの物語をとらえることができる。圧倒された。
指揮はヘスス・ロペス=コボス、オーケストラは読売日本交響楽団。とてもよかった。個性的な演奏ではないが、ツボを押さえて鳴らすところは鳴らし、理性的に音楽をとらえている。あまり情緒に走らないところが演出と合っている。
実はもっと書きたいが、明日、早朝に出かけなければならない。このくらいにする。
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コメント
樋口先生。
トリスタンとイゾルデは、音楽の授業で見た記憶があります。
先生の感激の度合いが文章の勢いで伝わってきますね。
私の場合は、素敵な景色を見たとき、同じような感動に震えることがあります。
数日前、道の両端に木がずらりと並ぶ通学路を、仲のよさそうな男女が通学しており、朝の光が木々のあいだより漏れているというような様子を見ましたが、久しぶりに心躍る瞬間でありました。
投稿: あやの | 2016年9月11日 (日) 20時30分
私は翌日の11日に見ました。そして私も驚嘆しました。日本人のみでこれほどのトリスタンが聞かれるとは、思いもよりませんでした。
私の学生時代、若杉さんがラインの黄金を二期会で公演したことがありました。その時は、リングの序幕の日本初演だと、音楽関係者の間では一つの事件でありました。それはそれで感動的な舞台ではありましたが、そのころ日本人のみでトリタンの上演など、まったく考えられないことでした。まさに隔世の感があります。
指揮やオケもよかったですが、演出がまたよかったです。基本的に読み替えたものは好きではないのですが、たとえば愛の死の場面ひとつとっても、そこに私でも心を揺さぶられるものがありました。
そして切符の料金が安いこと!
しかし歌手の皆さんは、次にこの役を歌うチャンスはなかなか来ないでしょうに、あの複雑なスコアを暗譜し、言葉も全部ドイツ語。その努力に頭が下がります。
投稿: ル・コンシェ | 2016年9月14日 (水) 17時38分
あやの 様
中国の広州への多摩大学の研修に同行していたため、ブログを閲覧できず、ここへの書き込みが遅れました。コメント、ありがとうございます。そうですね。光景に感動することがありますね。私は、大学からの帰り道、車で走りながら、空と山と人口の建物、人の動きそのものに感動することがあります。そんな時、静かな幸せを感じますね。
投稿: 樋口裕一 | 2016年9月17日 (土) 22時39分
ル・コンシェ 様
コメント、ありがとうございます。11日も素晴らしかったんですね。私もみたいと思いながら、早朝から中国に出発しなければならず、また18日も仕事があるため、難しそうです。
若杉さんの「ラインの黄金」、私はすでにワーグナーが大好きでしたが、大分市に暮らす高校生でしたので、話に聞くだけでした。そうですね。あの頃、これほどまでにレベルの高いワーグナー、しかも「トリスタン」が日本で上演されるとは考えられもしませんでした。
今回歌われた歌手の方たちが、これからもこれらを歌う機会があることを、世界各地で呼ばれる機会があることを祈りたいと思います。十分にその資格があるように思います。
投稿: 樋口裕一 | 2016年9月17日 (土) 22時49分