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テイツィアーナ・ドゥカーティのコンサート 見事な美声に惹かれたが・・・

20161027日、紀尾井ホールで、テイツィアーナ・ドゥカーティによるオペラコンサートを聴いた。ピアノ伴奏は山口研生。

ドゥカーティはトリノ出身のソプラノ歌手。しばらく国際的な活躍をしていたが、このところ日本に滞在しているという噂を聞いている。ドゥカーティを以前から薦めてくれる人がいて関心を持っていた。今回、紀尾井ホールでリサイタルを開くというのででかけてみた。

曲目は、前半にベッリーニの「海賊」や「ノルマ」からのアリア、後半は、ヴェルディの「アイーダ」や「エルナーニ」「仮面舞踏会」「イル・トロヴァトーレ」などのアリア。

素晴らしい美声。音量もあり、声の伸びもあり、音程もとてもよい。容姿もとてもチャーミング。素晴らしい歌手だと思った。

ただ、実を言うと、心から感動したかというと、それほどではなかった。素晴らしい美声でホール中にビンビンと響くのだが、どの歌のどの部分も同じ雰囲気で、ちょっと一本調子な感じがした。あと少し歌にメリハリが加わって、ピアノとの一体性がほしいと思った。もっと盛り上がっていくだろうと思っていたのだが、あまりワクワクしないまま終わった印象だった。ただし、素晴らしい声なので、これから歌えば歌うほど、どんどんと素晴らしくなっていくのは間違いないと思う。

なお、リスト作曲の「ノルマの回想」や「エルナーニ」「リゴレット」をモティーフにした演奏会用パラフレーズが山口研生のソロによって演奏された。見事なテクニックに圧倒された。私としてはもう少しリストらしい突き抜けた表現があったら、もっと楽しめたと思うが、これが山口さんの表現なのだろう。あまり外面的な派手さを追い求めるのではなく、真摯でしっかりした音楽を作ろうとしているのだと思った。

アンコールは、ピアノソロによる「くるみ割り人形」とソプラノが加わっての「ある晴れた日に」。もっとも乗った演奏だった。

演奏以上に、コンサートの運営について気になることがあった。

入場時に透明の袋に入ったプログラムやチラシが配布されたが、どうやらその袋のせいで演奏中も観客席のあちこちからカサカサいう音が聞こえた。膝の上に置いたり、少し手に触れたりすると、大きな音を発するようだった。このような袋を配布しないように配慮がほしい。とりわけ、コンサート慣れしていない客が多いようだったので、このような場合には一層そのような配慮が必要だろう。

ところで、影アナによる曲目解説が一曲ごとに入り、演奏されるオペラのストーリーやアリアの内容やセリフがかなり感情を込めて語られた。そして、その後で演奏者が登場し、演奏がはじめられた。私はこのような形式で進むコンサートは初めてだったが、このようにする必要が何かあったのだろうか。

ナレーションを受け持つ人が舞台に登場して感情を込めて語るのならいいが、私は、影アナがこのように感情を込めることにかなり違和感を覚えた。影アナはもっと中性的、中立的な役割を果たすべきだと思う。影アナが感情を込めてアリアのセリフを語ると、私としてはちょっと白けてしまって、失笑したくなった。それに、知らないオペラのストーリーを影アナで語られても理解しづらいし、知っているオペラであれば、必要ない。配布されたプログラムに曲目解説があるのだから、影アナによる解説は必要なかったのではないか。それに、1曲ごとに影アナが入り、解説が終わってから演奏者が登場して、拍手が起こり、それから演奏が行われると、音楽による興奮が途切れてしまって、持続しない。

せっかくのドゥカーティの美声のわりにはコンサートに盛り上がりが欠けたような気がしたが、その原因として、透明な袋のカサカサ音と、場違いな影アナがあったのではないかと思った。

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