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マリインスキー 「エフゲニー・オネーギン」、第3幕に感動

 20161015日、東京文化会館でマリインスキー・オペラ公演チャイコフスキー「エフゲニー・ネーギン」をみた。指揮はワレリー・ゲルギエフ。演出はアレクセイ・ステパニュク。素晴らしかった。

 歌手の中では、オネーギンのアレクセイ・マルコフが図抜けていると思った。太い美声で、嫌味でありながら魅力のある青年を演じている。第3幕最後の、自分の人生を悔いての嘆きはとても説得力があった。タチヤーナのマリア・バヤンキナはヴィブラートの少ないよく通る清らかな声。ただ、手紙の場面はちょっと一本調子だった。もう少し表現力が伴えばすごい歌手になりそう。グレーミン公爵はエドワルド・ツァンガ。太くてきれいな声で、貫禄たっぷり。レンスキーのエフゲニー・アフメドフは、きれいな声で清潔な歌い方だが、声量がないのが残念。オルガのエカテリーナ・セルゲイエワは可憐な歌いっぷり。とてもいい。

 プログラムに林田直樹さんが書いておられるとおり、マリインスキー・オペラは次々と世界的な歌手を送りだしている。今回の配役もまさにそのような人々だ。それにしてもレベルが高い。

 その中で、やはり特筆するべきはワレリー・ゲルギエフの指揮だろう。手紙の場など、心の奥からムズムズするというか、ワサワサするというか、そのような心の奥のうずきのようなものを見事に音にしている。感情の切り替えも見事。オーケストラは、きわめて精妙にしてエネルギッシュ。さすが。

 演出は特に新しい解釈を示すものではない。リンゴが盛んに用いられるが、タチャーナの自然なキャラクターを象徴しているのだろうか。第2幕で大きな水車が登場するが、「運命の流れ」を象徴するのだろう。トリケが老いた色情狂のように描かれる。きっと決闘騒ぎの前に喜劇的要素を加えたかったのだと思うが、少しやりすぎではないかと思った。

 手紙の場面のタチャーナの説得力が不足であったり、レンスキーの弱かったりといった細かい欠点はないでもないが、やはり最後の場面には感動した。

 チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」は、オネーギンが身勝手な男として描かれている。だが、上にも書いたが、マルコフはすべてに嫌気がさして世界を斜に見てきた男(プーシキンではそのように描かれている。私はプーシキンの描くオネーギンが大好きだった!)の嫌味なところとうぶなところを実にうまく歌っていると思った。最後の場面にそれが見事に現れている。

 大変満足した。

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