グルベローヴァ ソプラノ・リサイタル このコンサートのことは一生忘れない
2016年11月12日、川口リリア・メインホールでエディタ・グルベローヴァ ソプラノ・リサイタルを聴いた。ピアノは先日の東京オペラシティでのコンサートでプラハ国立歌劇場管弦楽団を指揮したペーター・ヴァレントヴィッチ。言葉をなくす凄さ。最高のコンサートだった。
前半はスラブ系の歌曲。チャイコフスキーの「6つの歌 op.16」からとリムスキー=コルサコフの「春に」から2曲ずつ。そのあと、ドヴォルザーク「ジプシーの歌」全曲。
私はこれまでずっとグルベローヴァはあくまでもオペラ歌手であって、歌曲に関しては、私がこれまで夢中になって聴いてきたシュヴァルツコップやクリスタ・ルードヴィヒやジェシー・ノーマンに比べると繊細さに欠けると思っていた。だが、まったくそんなことはない。かつて聴いたグルベローヴァの歌曲の録音からは考えられないほどの円熟。チャイコフスキーの最初の曲目「なぜ?」の最初の小さな声のしなやかで美しいこと! 一声で観客を引き付け、完璧にコントロールされた美しい声で、細やかに歌う。「ジプシーの歌」は自然とともに過酷に生きる人々の心の奥を描くような繊細さが素晴らしかった。「わが母の教えたまいし歌」はとりわけ絶品だった。グルベローヴァは歌曲についても現在最高の歌手だと知った。ぜひとも、これから歌曲を歌ってほしい。得意にしていたシュトラウスの歌曲をこれからもっと聴きたい。
後半はシャルパンティエの「ルイーズ」やプッチーニの「つばめ」の「ドレッタの夢の歌」、デラックァの「牧歌」アリャビエフの「夜鳴きうぐいす」、ヨハン・シュトラウスⅡの「こうもり」のアデーレの「侯爵様、あなたのようなお方は」など、コロラトゥーラ・ソプラノの定番曲のオンパレード。前半抑え気味に深く沈潜した思いを歌ったのに対して、後半は華麗さを前面に出す。そのすべての声の素晴らしいこと!! まさしくコロラトゥーラ・ソプラノの技巧を最高レベルで味わうことができた。
完璧にコントロールされた美しい高音がホール中に響き渡る。人間の声がこれほどまでに美しく響くこと、それどころか人間にこれだけ声をコントロールできるということそのものにまず素直に驚く。奇跡というか超人的というか。しかもこの人が70歳だというのだから信じられない。まったく衰えていない。11月9日の東京オペラシティのコンサートも素晴らしいと思ったが、それ以上に好調だと思う。リリアホールは、オペラシティのコンサートホールに比べて響きが悪いが、それでもホール全体がグルベローヴァの声で響きわたる。声の奇跡、音楽の愉楽の心をときめかせ、驚き、感動し、陶酔する。
しかも、エンターテインメントとしても実にこなれている。アデーレのアリアでは、突然ピアノ伴奏のヴァレントヴィッチが合唱の部分を歌いだし他のには笑うしかなかった。二人の無言のやり取りがおもしろい。観衆の大喝采に応えてのアンコールは、最初はスメタナの「キス」。初めて聴く曲。チェコ語なのできっとスメタナだろうと思ったが、曲名は後でネットをみて知った。そのあとピアノソロでラフマニノフのピアノ協奏曲の抜粋版。
次になんと「タンホイザー」からエリーザベトのアリア「歌の殿堂にて」。これには驚いた。アンコールで夜の女王のアリアかツェルビネッタのアリアを歌ってくれるとこんなうれしいことはないと思っていたが、ワーグナーをこよなく愛する私としては、それ以上のうれしさ。グルベローヴァのワーグナーを実演で聴けるなんてこんな幸せなことがあるだろうか。しかも、それが実に素晴らしい。十分にドラマティックなエリーザベトだった。これからぜひともこの役でバイロイトに出演してほしいと思った。
最後に「さくら」を日本語で歌った。もちろん、ちょっとイタリア語っぽい日本語だったが、それでも実に明瞭な発音。しっかりと言葉が聞き取れ、しかも本当に美しい。
今日もまた心の底から感動した。心の底から幸せだった。グルベローヴァを最初に聴いた1980年の「ナクソス島のアリアドネ」とともに、この日のコンサートも一生忘れないだろう。
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