METライブビューイング「トリスタンとイゾルデ」 言葉をなくす凄さ
2016年11月5日、東銀座の東劇でMETライブビューイング「トリスタンとイゾルデ」の試写をみた。2016-17年のシーズンの幕開けの上演だ。演奏については言葉をなくす凄さ。
圧倒的なのはイゾルデを歌うニーナ・ステンメ。強靭で太いドラマティックな声だが、色気があり柔和さがある。しかも演技力もあって、まさしくイゾルデそのもの。第一幕からあれだけ歌いながら、最後の「愛の死」までまったく声の伸びが衰えない。最後の場面ではあまりの感動に涙するしかなかった。
もう一人特筆するべきはマルケ王のルネ・パーペ。この人の声はこれまで生でも何度も聴いたが、相変わらず衰えない。太くて周囲を圧倒する声の威力を持っている。が、それだけでなく、マルケ王の心境を実に細かく歌っているのにも驚いた。
トリスタンのスチュアート・スケルトンもとてもいい。美しい強靭な声が最後まで崩れなかった。イゾルデと二重唱でもまったく負けておらず、最高のハーモニーを作りだしていた。エフゲニー・ニキティンによるクルヴェナールも、演出のせいもあるのだろうが、あまり従順ではない、ならず者風の人物像を出しておもしろかった。エカテリーナ・グバノバによるブランゲーネは逆に従順で生真面目。声に関しては二人とも申し分ない。現代考えられる最高の歌手陣だと思う。本当にすべてが最高の歌唱だった。
サイモン・ラトルの指揮するオーケストラもすさまじかった。私はラトルの指揮する演奏を聴くと、宮崎駿監督のジブリ映画(たとえば「もののけ姫」)のいくつかの場面を思い出す。細部に至るまで生命力を持って描かれ、ものであってもまるで生き物のように動いている。ラトルの指揮も音が生命をなしている。そのため、彼が「トリスタン」を振ると、汎神論的世界になる。まるでトリスタンとイゾルデの生きた世界が、神が宿りすべての生物が神の恩恵を受けて輝くような世界に思えた。実を言うと、時々そのような音の世界をうっとうしく思う部分もあったが、聴かせどころなど最大の効果を発揮する部分も多かった。
マリウシュ・トレリンスキの演出もおもしろかった。舞台は現代に変えられている。海が強調され、揺れ動く生命、すべてが一体化する宇宙を描こうとしている。そこに太陽、ライターの光といった生命を思わせるものが現れる。一人一人の生と死、海のように広がる世界との一体化というテーマが見える。ただ、円形のレーダーが何度も出てくるのは、よく理解できなかった。「円」という一体化、見えないもの見えるようにするという象徴なのだろうか。また、マルケ王の属すグループ(当然、トリスタンもその一人)がナチスを思わせるような軍服を着ており、トリスタンが傷を受けるのがピストルによることについても私にはその意図がよくわからなかった。第二幕の最後、ブーイングが起こっていたようだが、きっとこのような演出に向けたものだったのだろう。
「トリスタンとイゾルデ」は、50年近く前から私の好きなオペラの不動のトップを占め続けている。第二位以降は私の年代とともに変わってきたが、一位だけはずっと「トリスタン」だった。その「トリスタン」で、これほどの名演奏を映像で見られて実にうれしい。シーズンの開幕を告げるにふさわしい圧倒的名演といってよいのではないか。第二幕と第三幕で何度か感動のあまり身体中がしびれた。
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