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「ごしてんのう」のこと

4、5年前のことだ。「ごしてんのう」という言葉を50数年ぶりに突然、口にしたのは、母だった。なぜそんな話になったのか、まったく憶えていない。母はまだ元気で、記憶も判断力もしっかりしていた。「あんたはよく、ごしてんのうに遊びに行っていたよね」。そんな話をしたのだった。

「ごしてんのう」。まるでかすかな色や臭いから前世での出来事を掘り出すように、私はその言葉を自分の昔々の過去の中から取り出した。

 私は大分県日田市で生まれたが、5才から小学校4年生の終わりまで(1957年から1961年までだったか?)同じ大分県の中津市で暮らした。その時代、田舎はどこもそうだったのか、それともその地域だけだったのかはよくわからないが、中津市上宮永四丁目の子どもたちは集団になって遊びまくった。野原や川に入り、木や竹を切ってチャンバラごっこをし、市販のものだけでなく、手製のバットやグローブを使って野球をした。コマ回し、めんこ(私たちはパッチンと呼んでいた)、相撲、プロレスごっこ、缶蹴り、鬼ごっこ、虫取りなどなど。なぜかその地域には男の子が多かったので、荒っぽい遊びばかりしていた。下は幼稚園児、上は中学生までの10人以上の集団で遊んだ。私はおとなしくて泣き虫で、すべての遊びがほかの子どもたちに比べてめっぽう下手だったが、それでも年上の友だちのあとについて、ときに泥だらけ、傷だらけになりながら遊んでいた。

 そんな私たちが、ときどき意を決して遠出し、探検のつもりで出かけたのが、「ごしてんのう」だったのだ。

 が、実は「ごしてんのう」でどんな遊びをしたのか、定かな記憶はない。ただ、うっそうとした木が茂り、薮が広がり、虫がいて、ヘビがいて、ぼやぼやしていると置いてけぼりを食う、いやそれどころか神隠しにあってしまう・・・。そんな恐怖を呼び起こす場所だった記憶がある。臆病者だった私は子どもたちで「ごしてんのう」に行くことになると、心の底で、「とりやめになってほしい」「誰か反対してほしい」と思いながら、だからといって反対を口にするのも恥ずかしくて、みんなに従っていた。ごしてんのうは、子どもの脚ではかなり遠くにあったので、帰りが遅くなった。暗くなることもあった。それもまた怖かった。「ごしてんのう」がどんなところかは覚えていないが、何かしら薄気味悪く怖い気分だけは今もはっきりとよみがえる。

 それにしても、「ごしてんのう」とは何だったのか。なぜ、そんな名前で呼んでいたのか。由緒あり気な言葉の響きではあるが、その正体がわからずにいた。そして、中津を離れ、大分市で暮らすようになった。その後もしばらくは「ごしてんのう」のことを思い出していた。だが、時がたつうちにそのまますっかり忘れ去った。

 そして、つい先ごろ。老人ホームで暮らし、認知症のために時々つじつまの合わないことを口にする母が、また「ごしてんのう」のことを言いだした。「中津にいたころは楽しかったねえ」「あんたが、ごしてんのうに行くと、帰りが遅くなるんで心配することが多かったねえ」。そんな話を始めた。

 4、5年前に母が「ごしてんのう」の話をしたときにも、ネットで調べてみた。だが、確証は得られなかった。「中津 ごしてんのう」と検索しても、何も引っかからなかった。

中津時代にともに子供時代を過ごした久恒啓一・多摩大学副学長(昔、「ケイボちゃん」と呼んでいた。100メートルと離れていない家に住み、行動を共にしていた)に「ごしてんのう」を覚えているのかを尋ねてみた。もちろん、良く覚えていた。が、やはり細かい記憶はなかったようだ。「一体何だったんだろうね。どんな漢字を書くかわかるといいんだけどねえ」などと話しただけだった。

ところが、次に母の老人ホームで話をしたとき、また「ごしてんのう」の話になった。母を前にして老人ホームでスマホを使って調べてみたら、すると、今度はすぐに出てきた。

「牛頭天王(ごずてんのう)」。これが、私たち、当時の子どもが「ごしてんのう」と呼んでいたものの正体だった。

 福岡県上毛(こうげ)町に牛頭天王公園があるという。上毛町は山国川を挟んで中津市の隣の町だ。「牛頭天王」というのは、「神仏習合の神。釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神」とのこと。ネットに公園の写真が出ていた。きれいに整備された公園。記憶の中の「ごしてんのう」とはあまりに違う(その写真を見た久恒副学長もそのような感想を漏らしていた)。しかし、私たちの記憶の中の「ごしてんのう」は60年近く前のものだ。きっとその後に整備されたのだろう。地図で見ても、私たちが住んでいた中津市上宮永4丁目から、子どもでも行ける距離にある。

 長年の謎が解けた気がした。すぐに母に報告した。久恒副学長にもメールした。私の子ども時代、母がまだ30歳前後だったころの出来事が今また蘇った気持ちになった。

 長々と書いたが、たいした話ではない。このところ、ずっとこのブログに音楽、特にオペラの感想ばかり書いてきたので、久しぶりに違うことを書きたくなったのだった。

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